少女との出会い
時は西暦2645年。
率直に言って今の地球は恐ろしいくらいに環境汚染が進んでいる。
空は昔と違い決して青くなどない。
白い雲だって一つもありはしない。
普段の空は厚い黒い雲がを辺り一面覆っている。
時々見える雲の上の景色は黄ばんでいて、太陽も薄暗くしか見えない。
そのため街中は常に薄暗い状態となっていて、街灯か消灯することはないだろう。
さらにこの黒い雲が降らせる雨は酸性が強く、直接浴び続けると身体に悪い影響が起こる。
しかし、黒い雲が空を覆って太陽を隠しているといっても決して寒いということはない。
それは地球温暖化の影響だ。日本の北の地方でも、本格的な冬の気候にでもならなければ気温が二十度を下回ることは殆どない。
さて、温暖化による海の水位上昇はどうなったかというと、もちろん上昇してしまった。その結果、世界的に大きな浸水被害をもたらしたのだ。
しかし、人々は海に沈んでしまった土地の上に、新たに人工的な土地を作り上げ、水位上昇の被害を受けた国々は、以前より人が足を踏み入れられる土地を拡大したのだった。
その水位が上昇した海も環境汚染の被害が大きく出ている。
今では海水浴などする者はいないだろう。
なんせ、汚染された泥水に浸かりに行くのと変わらないのだから。そもそも浜辺は漂流ゴミで溢れてしまっているがな…。
また、今の海を潜るには最低でも全身を完璧に保護できるダイブスーツの着用が必須だとされている。
さらに、もともと海とは未解明な所が多かった場所ではあるが、環境汚染問題に執着して人々が海の研究をおろそかにしている間、汚染された海はさらに未知な場所へと変化していた。
今では浅瀬な所でも生態系がどうなっているかはっきりしていなく、海は最も危険な領域に指定されている。
もちろん、これら環境汚染の理由は地上で人間が行ってきた行為の結果である。
増え続ける人口。
それに比例して増え続けるゴミ。
反対に減り続ける資源。
人口が増えるたびに人間が必用とする消耗品の需要は高まり、それを作るための工場が世界中で爆発的に増えた。
それらが環境汚染をさらなる急速的なものへと進化させている。
地球が人類に提供することのできる資源よりも、消費する人類の方が上まってしまったのだ。
そんな中、食料問題はどう対処しているかという話だ。
食物になる植物や家畜に魚など、それらをもともと育てていた牧場や農場などを取り崩し、跡地に専用のプラント施設を建設し、その中で量産されて出荷されている。
また、プラント施設の管理は主にコンピューターによって行われている為、品質や味は常に一定のものが提供されるようになっている。
そして、どこを行っても汚染された川や海しかないこの状況で飲料水はどうしてるかという話だ。
それに関しては汚染された川など、それらの水を汲み上げて何度も何度も念入りにろ過されたものが提供されている。
また、日本と言えども水道管は通っていない。
各家の地下に大量の水を貯蓄しておくタンクが設けられていて、そこにろ過された水を専門の業者によって外部から供給されるようになっている。
水は最短でも一ヶ月単位でないと補給されないため、節水を心がける必要がある。
こんな状況で世界中の国々では人口問題に頭を悩まされていた。
増えすぎた人口は自国で収める事ができず、人口の少ない国などに移住させたりと対処はしてきたものの限界がきていた。
日本も同じ理由で純日本人は少ないものの、他国からの移住者で人は溢れかえっている。
そのため、海に人工の島を建造してそこに移住者を住まわせるなど対策を取っているが、それもた環境汚染を急速化する問題となっていた。
そんなだからこそ、領土問題や人種問題、水や食料を求める為と言った新たな世界規模な戦争が起こりそうな状態へとなっている。
日本ではそれらの他にもう一つ問題を抱えている。
それは生物兵器問題だ。
日本では十五年前から何者かが造った生物兵器が暴走したために、世界中の力を借りて生物兵器との苦闘を繰り返してきた。
しかし、今だに生物兵器らを殲滅するまでにはいたってなく、これからも戦いは終わることなく続くだろう…。
もう、地球は弱りに弱り果てているのだ……。
「ああ…疲れたなあ…。」
俺の名前は常田優心。
現在高校1年生になったばかりで、まだ高校生活には慣れていない身だ。
「別に何もしてないだろ。」
こいつの名前は川嶋東夜。小学校からの幼なじみだ。
俺達は学校の帰りのホームルームを終えて玄関に向かっている最中だった。
「なあ、常田」
「うん?」
「最近思ったんだけど俺達の生活って刺激ないよな?」
俺は東夜のその発言に疑問を抱きながら聞いた。
正直この過酷な環境で刺激がないとは思えないからである。
「急にどうした?」
玄関についた俺達は靴を履き替えながら話を続けた。
「いやあ、なんか刺激が欲しいなあ…って思ってね。」
「どういう刺激の話をしてるのかは分からんが、そんなに刺激が欲しかったら、P.K.D.Fにでも入隊すればいいだろう。」
俺は軽い冗談のつもりで笑いながら言った。
「い、いや、それは生死に関わるだろうに!」
「はは、冗談だよ、冗談。」
すると東夜は俺につられるように笑った。
「そう言えば常田。ここ最近、このあたりでクライシスが出現してるそうだぜ。」
「ああ、噂は聞いてるよ。お互い気をつけような…。」
その後も大した事のない日常会話を交わしながら帰り道を進んだ。
あれから十分ほど歩いた所でお互いの家への別れ道にたどり着いた。
「じゃあ、俺はこっちだから気をつけてな。」
そう言うと東夜は俺と反対方向の道を歩き出した。
特に寄り道する用事もはないので、まっすぐ家に向かうことにした。
ウー!ウー!
一歩踏み出した瞬間、モーターサイレンのような警報が街中に鳴り響いた。
この警報はクライシス出現した時に避難を知らせるものだ。
「緊急避難警報発令、この地域にクライシスが出現しました。この地域の住民は直ちに避難用シェルターに移動してください。繰り返します、」
警報に続いて避難を知らせるアナウンスがながれた。
「東夜!」
俺は真っ先に後ろを振り向いて喋った。
しかし、東夜の姿はもうなかった。
「歩く速度はやいな…」
とにか自分だけでも避難場所に移動しようと前方を見ると、5メートルほど先に一体のクライシスが姿を現していた。
そのクライシスは俺のいる方向を黙って見つめている。
「最悪だ…。」
そのクライシスの姿は超巨大芋虫といった感じで、正直気持ち悪い。
しかし、突然クライシスが現れたこともあって酷く動揺しているためか、その場を動けずにいた。
するとクライシスが先手を取って、俺に向かって勢いよく突撃してきた。
「うわ!」
俺は飛び込むようにして回避した。
クライシスはそのまま真っすぐ通り過ぎてしまった。
「ふう…」
ズドン!
一安心したところに、後ろの地面からまた何か出てきた。
分かり切っていたことではあるが、恐る恐る後ろを振り向いてみると、そこにいたのはやはりクライシスだった。
すぐに俺は猛ダッシュでその場から走って逃げた。
「はあ、はあ、逃げ切ったのか…?」
しばらくすると、さっき俺がいた方面から銃声が聞こえてきた。
どうやらP.K.D.Fが到着して戦闘を始めたようだ。
「はあ…来るのおせえよ…。」
俺は一人でブツブツ文句を言いながらも避難場所に向かう事にした。
避難所はシェルターになっているため、そこなら完璧ではないが安全性はかなり高い。
さらに避難所のシェルターはP.K.D.Fの基地とも一体化していて、防衛システムは勿論、食事の提供や怪我などの治療も行うことができる。
しばらくして、大きな川にかかっている橋についた。
橋の中央あたりには、いかにも怪しい格好をした男が二人いた。
「く、なんで俺らがこんなもんの処理係なんだ…」
「仕方ないっすよ~。」
非難場所へ行くにはこの橋を渡らなければならないが、あの2人があまりにも怪しすぎるため下手に動けない。
とりあえず橋の手前にある建物に身を隠し、二人の様子を伺うことにした。
「ったくよ…面倒だし、ここでいいか。終わったらそのまま川に流せばいいし。」
「そうですね。」
よく見るとその二人は銃など持って武装をしていた。
しかし、P.K.D.Fの装備にしては貧相にも見える。
着ている服装にせよP.K.D.Fを示すマークなどが何も書かれていない。
奴らは何者で何をするつもりなのだろうか。処理係といっていたな…。
「ほれ!」
ドサッ
すると奴らは何かを地面に置いた。
それをよく見ると、なぜか赤い袴に白衣とまさに巫女装束を身にまとった背丈約140センチほどの少女だった。
まさか、処理って…。
「さあ、始めっかぁ。」
「りょうか~い。」
すると1人が小さなハンマーのようなものを手に持ち、彼女を首をつかんで持ち上げた。
「ほんじゃ、あばよっ」
グシャ
そして、その小さなハンマーのようなもので彼女の頭をおもいっきり殴り、地面へ捨てるように首から手をはなした。
「気持ちのいい作業じゃねぇなあ…。」
「おや、まだ生きてるみたいすっよ。」
彼女は手だけを動かして、立ち上がろうとした。
「ちっ、むやみに銃は使えねえしな…」
俺はそれを黙って見ていることしかできない。
相手の武装から考えれば立ち向かった所で確実にやられてしまうだろう…。
「もういっちょやっとくか。」
また彼女を首をつかみ持ち上げた。
やっぱり黙って見ていられない……。
「お、おい、お前らなにやってる…?」
我慢できなくなった俺は奴らの前に姿を出してしまった。
後戻りはもうできない。
「ああん?おい、このあたりの一般人は避難したんじゃないのか?」
「どうやら逃げ遅れのようですね。」
俺は奴らの武装に怯えながらもう一回言った。
「お前ら、なにやってる?」
「ああ?…うっせえガキだなぁ。やっちまうかぁ?」
そいつは彼女から手を離し俺を睨むように見てきた。
「まままってください!今回は一般人は殺すなと上からの命令があります!」
「…ちぃ、分かってらよ!」
俺は奴らの話しを飲み込めずに黙って聞いていた。
「ん、殺さなきゃいいんだろ?そんなら殺さない程度に痛めつけてやるか…。」
するとさっき彼女を殴った男はゆっくりと俺に近づいてきた。
「…な、なんだ?」
「ふ、笑わせるな」
そう言うとそいつは俺の顔をおもいっきり殴ってきた。
俺は後ろにジャンプするように下がって、その一撃を回避し、足でおもいっきりそいつの腹に蹴りをいれた。
「カハっ」
そいつは腹を押さえながら俺を睨んできた。
「貴様あ!」
そいつは大きく叫ぶと、お返しにと言わんばかりに頭から俺に向かって突っ込んできて、腹パンを数回してきた。
「ぐふ、がは…」
「ふー、ふー、俺様を怒らせるからだ」
思ったよりダメージをくらってしまい、地面にひざを突いてしまった。
ウー!ウー!
避難の警報が再び鳴り響いた。
「く、そろそろここもヤバいな。俺達も一時撤退するぞ!」
「りょうか~い!」
奴らは彼女を連れてどこかへ撤退しようとした。
俺は倒れそうになりながらももう一度立ち上がり、今度は頭でそいつに背中から突っ込んだ。
「うお!」
俺の事を気にしていなかったそいつは、突撃された勢いで彼女を地面に落とした。
そして、バランスを崩して川に落ちていってしまった。
俺はやってしまったと思いつつも、もう一人を睨んだ。
「ひえ!」
もう一人の男は声をあげて逃げていった。
「おい、大丈夫か?」
もう一人の男の姿も見えなくなると、真っ先に殴られた彼女へ声をかけた。
彼女は意識はあるものの息は荒く、返事はなかった。
後頭部は酷く出血していて、身体中にはあざなどがいくつもある。
彼女は一体何をされていたのだろうか。
「なんてゲスイ奴らだ…」
俺は彼女を背負い避難場所へ向かうことにした。
「いたぞ!ガキ一人と目標一!」
移動しようとするとさっきの奴らの仲間なのだろうか、5人組の人達が俺を目掛けて走ってきた。
「なんだ…?」
棒立ちしているとそいつらは容赦なく銃を発砲してきた。
身の危険を悟った俺は、すぐにその場から離れ、ジグザグに道を進んで逃げた
ダダダダッ
時々足元に飛んでくる銃弾に恐怖しながら、死に物狂いで走った。
ドカン!
避難所付近に到着すると今度は地面からクライシスが出てきた。
いきなり出てきたため、俺は転びそうになりながらも止まった。
「死ねえ!」
しかし、止まったせいで奴らに追いつかれてしまった。
奴らは躊躇などせず、発砲してきた。
俺は死への恐怖でおもいっきり目を閉じた。
「コホ…」
目をあけると、背負っていたはずの彼女が俺の目の前にいて、口から血を吐きながら俺を黙って見つめて倒れた。
その時、奴らへの怒りと彼女への罪悪感が同時に生まれた。
「お前らに生きる資格なんてないな…」
俺はそいつ等にそう言った。
しかし、今の俺には口だけでしてやれることは何もない。
「君!大丈夫か!?」
俺が罪悪感に浸っていると、いつの間にかP.K.D.Fの人達が来ていた。
どうやらこのクライシスを追ってたどり着いたようだ。
辺りを見渡すと、奴らの姿はなかった。
どうやらP.K.D.Fが来たため逃げたようだ。
「はあ…、はあ…」
あれから俺はP.K.D.Fの装甲車に乗せてもらい避難場所になんとかたどり着いた。
そこには心配そうに俺のことを待っていた東夜の姿が見える。
俺は俺の身代わりになった彼女を背負って装甲車から降りた。
「常田、無事で良かった。…ってなにがあった!?」
東夜は背負っている彼女を見てから驚いて聞いてきた。
「話すと長い…。すぐに治療してあげたい。」
俺はそれだけを言って、走って避難所の医療棟へと向かった。
そこには俺の親代わりのような存在の女性の医者がいる。
その人はこの医療棟の医院長と偉い人で、彼女の医療技術の腕は一流で世界でも話題となるくらいだ。勿論、それほど信頼もできるってことでもある。
ついでに俺はいつも医院長と呼んでいて本名はうろ覚えだ。
医療棟に入ると患者の数は思ったより多かった。
俺はその人達の目の前を通り過ぎて、まっすぐ医院長がいる部屋へと入っていった。
「医院長!」
中に入ると沢山の資料を抱えた医院長がいた。
「おや?常田君か、どうしたんだい?」
すると、医院長は背中に背負っている彼女を見て、すぐに表情を変えた。
「その子は!いったいどうしたんだい…!?」
「話すと長いんです…。」
「…そうか、見た感じ今一番の重傷患者だと思うわ。直ぐに治療してやろう。診察室のベッドに寝かせておいて。」
「あ、ありがとうございます!」
「なあに、それが仕事だからね」
医院長はそういうと治療の準備するため道具をそろえ始めた。
俺は彼女を診察室へと運び、言われた通りそこにあるベッドに寝かせた。
「よし、こっちの準備は終わったわ。他の患者さんもいるしササッとやるよ!常田くんは待合室で待ってちょうだい。」
「わ、わかりました。」
それから言われた通り俺は待合室へと戻り、そこにある長椅子に座った。
それにしても、いろんな出来事が一気に起きてしまい、頭が混乱してしまっている。
俺はここに来るまでの流れを頭の中で整理し始めたが、疲れが一気に出てしまい意識が飛吹っ飛んでしまった。
「…た…くん、常田くん?」
ふと気がつくと俺は待合室の長椅子で熟睡してしまっていた。
「あ、医院長…」
「ずいぶんお疲れの様子だね。本当に何があったんだい?」
「そうですね──」
俺はここに来るまでにあった出来事を話した。
「なるほど…、それは大変だったね。」
「それで、彼女はどうなりましたか?」
「大丈夫だよ。来てごらん」
そう言うと医院長は彼女が寝ている一人用の入院室に案内してくれた。
入院室にはいると頭に包帯を巻いた彼女が寝ている姿が見えた。
服装は巫女装束ではなく患者用の服に着替えさせられている。
「無事でよかった…」
「ふふーん。私を誰だと思ってるのよ。」
医院長は自慢気に俺を見てきた。
「ところで、常田くんに言わなければならないことがあるの。」
すると医院長はさっきまでとは違う真面目な表情を浮かべた。
「な、なんですか。」
「治療したときに気がついたのだけど、彼女は“普通の人間”ではないわ。」
「え?“普通の人間”ではない…?」
俺は医院長のその言葉を聞いて、さらに頭が混乱した。