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二世代目のクローン兵器


 目を覚まして最初に見たのは見覚えのある天井だった。ここは医療棟のベットの上のようだ。


「おはよう常田(ときた)。気分はどう?」


 目覚めて最初に声を掛けてきたのは沙織さおりさんだった。


「あ…はい。気分はそこそこ……ところで作戦は? ……黒雨(くろさめ)は!?」


 俺は勢いをつけて起き上がり沙織さんに質問した。


「まあまあ、落ち着きなさい。作戦はなんとか成功よ。黒雨の方も優月(ゆづき)ちゃんがあなたにお礼をしたいと言ってサンプルの提供に協力してくれて、今はあの毒物を体内から除去している作業中よ。」


「そうですか…。それで、どんな具合ですか?」


「そうね、直接は見てないけど司令官が言うには呼吸も安定してきたし、熱も下がっていて順調らしいわ。」


 その言葉を聞いて一安心した俺は、再びベットへ横になった。


「私、司令官にあなたが目を覚ましたこと報告してくるわね。」


「わかりました。」


 それから沙織さんが部屋を出ていくと異様な静けさが広がった。



 

「常田君、具合はどうだい?」


 10分くらいすると医院長がやってきた。


「良好です。」


「それはよかった。」


 医院長はベットの近くにあるさっきまで沙織さんが座っていた椅子に座った。


「黒雨、どうですか?」


「黒雨ちゃんなら大丈夫だよ。優月ちゃんが提供してくれたサンプルのおかげで、今は体内から約90パーセントの毒物を除去できたわ。あとの10パーセントも、もう少しで除去が終わるはず。」


「そうですか。」


 異様なくらい気が抜けたようになった。

 チームの皆に今すぐお礼を言いたい気分だ。


「ところで君が連れてきたもう一人の子についてだけど、彼女はどうするんだい?」


 多分、黒雨と同じ巫女装束を着たクローン少女のことだろう。


「正直な話をすると、勢いで助けただけで先のことは考えていなかったです。」


「ふむ、そうだろうとは思っていたけど。なら君たちの新しい仲間として受け入れるのはどうだい? ここには寝泊まりする場所もあるわけだしね。」


「それが無難何ですかね。…彼女がそれでいいと言うのなら、そうします。」


 結局の所は本人の意思に任せたいと思っている。


「そうね。そうそう、君はもう退院しても構わない身なのだから彼女の所に行って直接話してきてはどうだい?」


 覚醒して直ぐに退院許可が出るとは、相変わらず手早い治療の様だ。


「そうします。」


 さておき、彼女とは一度話をしておきたいとは思っていたので丁度良いだろう。


「決まりね。」


 俺は医院長が持ってきてくれていた学校の制服に着替えると、連絡用端末などもしっかり持って、巫女装束の少女がいるという病室に一人で向かった。

 医院長も来る予定だったが、いつものごとく看護士が呼びにきて医者の仕事でそっちに行かなければならなくなった。



 巫女装束の少女がいる病室の前に立つと軽く二回ノックした。

 だが、中から返事はない。

 とりあえずと扉を開けて中に入ると、彼女はベットの上に座ったまま薄暗い外を黙って眺めていた。


 ちなみに今は巫女装束ではなく、患者用の現在着なるものを着ている。


「具合はどうだ?」


 俺が話しかけると彼女は軽くビクッと体を振るわせて、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「あ…生きてた…!」


 彼女は俺の姿を見るなり涙が溢れるように出し始めた。

 俺はいきなり泣き始めた彼女にどうしたらいいか困ってしまった。


「お、おいおい、泣くことはないだろ?」


「う、うん。でも、この間はありがとう。あなたが死んでしまったのかと思ってずっと不安だった。」


 彼女は検査着の袖で一生懸命涙を拭った。


「き、気にするな。お前の案内がなかったら本当に死んでたかもしれんしな…。」


 俺はそう言って彼女に笑って見せた。


「その……助けてくれたお礼といってはあれだけど、私の知っている範囲であっち側の情報を提供するわ。」


「そうなると、お前がいたその組織に追われることになるぞ?」


「既に、ここにいる時点でお終いよ。」


 彼女は開き直って言った。


「そうか。んー、それじゃあ、まずお前の名前を教えてくれないか?」


「私の名前? ……私にはちゃんとした名前はないけど──」


 彼女はベットに隣接して設置されているテーブルの上に置いてあったドッグタグに似たようなものを俺に渡してきた。


「製造された順番から“ファースト”と呼ばれていたわ。」


 タグをみると“No.01”と書かれている。


「1番目ファーストか。」


「やっぱりお前以外にもクローンはいるのか?」


 俺がそう質問すると黙って頷いた。


「私を含めて10体はいるわ。たぶん、もっと増えているかもしれないけど。」


「そうか……。」


 次に何を質問しようかで沈黙が始まった。


「ところで、お前は紫雨むらさめクローン計画についてどれくらい知ってる?」


 これは俺が知りたい一番の情報だ。


「あなたがどこまで知ってるかは分からないけど、結構深くまでは知ってるわ。私はその計画の過程で生み出されたようなものだしね。」


「それもそうか……。」


「ただ、私は紫雨クローン計画の“二世代目”クローンの第一号だけど。」


「二世代目?」


「ええ。あなたは通称プロトタイプと呼ばれたクローンと暮らしているわね?」


 プロトタイプとは黒雨の事だろう。


「ああ。」


「そのプロトタイプはあなた達が民間兵と呼んでいる組織が作ったのではなく政府が公式に作った第一号なの。まあ、プロトタイプは実戦テストもせず、完成して直ぐにコールドスリープさせて計画を中止にしたそうだけど。」


 きっとのぞみさんに避難所で聞かされた話の事だろう。


「その後、民間兵が政府から奪ったクローンの資料を元に一定の能力を徹底的に上げて作り上げたクローンが二世代目の私達。」


「一定の能力?」


「ええ。一世代目のクローンは“特殊な能力を持った”を条件にしたらしいの。まあ、実際プロトタイプにどんな能力があるとかはよく分からないのだけど。ともかく二世代目は特殊ではなく現実的に一定の戦闘能力だけを上げて作ることになったの。例えば私の場合は移動速度や反射神経など他にもあるけど、とにかく近接戦闘に関する身体能力を底上げされて作られているわ。」


 ファーストとの戦闘を脳裏で思い出しながら聞いた。

 確かにあの移動速度は普通の人間には不可能だ。


「お前は黒さ……プロトタイプと会ったことはあるのか?」


「ええ、何回かは。」 


「どんな感じだった?」 


「どうもこうも、私と出会った頃は刃向かわないように脳をいじられた後だったから人形みたいだったとしか言いようがないけど……。」


「そうか……。」


 自分で聞いていながらも、あまり聞きたくない返答だった。


「あと、他に今聞きたいことはある?」


「…そういえばグリードってなんなんだ?」


 俺がその単語を発すると彼女の表情が少し真剣なものになった。


「グリードとはあなた達が民間兵と呼ぶ組織の実名よ。」


「なるほど…。」


 薄々分かってはいたが、やはり事実だと分かれば驚きが隠せない。


「ただ、グリードは誰が創設して誰がトップなのかは私には情報を開示されていなかったし、何を目的に活動しているのかもいまいち分かんない。私は命令された通りにだけ動いていたからね。きっと私はただの使い捨てだから教えられなかっただけなんだと思うけど。」


「“使い捨て”か……。」


 俺は黒雨に毒物を打ち込んだあの男を思い出した。

 あいつは『私は君達が民間兵と呼ぶ組織の言わばボスだ』と言っていたな。


「お前は施設を爆破させた男に会ったことはあるのか?」


「あの男は声しか聞いたことはないわ。多分そいつがお偉いさんなんだとは思うけど、私達にも正体は明かしたくなかったようね。」


「そうか……。」


 あのボスはなぜ俺に素顔を晒したのだろうか…。


「……私はね、クライシスなんてどうでもよかった。私は誰も傷つけたくないし、殺したくもない。もし平和のために戦うのならP.K.D.Fとやりあうんじゃなく、生物兵器を退治する方が良かった。でも、あの組織で生きていくためには仕方がなかった。私だって死にたくない。死ぬのは怖い。」


 俺は黙って彼女の話を聞いた。

 その話を聞いていると彼女だって、クローンといえども人。個性や意思を持って生きているんだという事に改めて実感する。


「私ってやっぱり使い捨ての存在なのかな……?」


「そんな事はない。お前が使い捨ての存在ならば俺はお前を助けなかっただろうし、ここで治療されることもなかったよ。」


 彼女は再び頬を流れ始めた涙を手のひらで拭いた


「これから私はどうしたらいいのかな……。」


「俺らのところにこないか?」


「P.K.D.F?」


「ああ。P.K.D.Fの特殊戦闘員という裏の方だ。ここの司令官はお前が良ければ受け入れたいと言っていたぞ。」


「本当に?」


 彼女は少し嬉しそうにして俺を見た。


「本当だ。」


 俺の返事に彼女は一人で何かを考え込むようにして沈黙していた。そこに医院長が病室内に入ってきた。


「やあやあ、少し遅れたけどちゃんときたよ。」


「あなたは、あの時の……。」


 彼女が名前を知らないのに少し焦った顔をした。


「この人はここの医療棟のお偉い人で、世界的にも医療技術の実績があるお方だ。さらに、ここのP.K.D.Fの司令官でもある。呼び名は医院長だ。」


 俺が軽く説明すると医院長はニヤニヤしながら近づいてきた。


「軽い自己紹介ありがとう。私の本名は須藤泉すとういずみ、紹介をして貰った通りここの司令官であり医者だ。勿論、医院長と呼んでくれて構わないよ。」


「あなたがここの司令官さんだったのですか。」


 ファーストは目を丸くして言った。


「そうよ。ところで君は今後どうするか決めたのかい?」


 医院長は彼女のそばに静かに歩いていった。


「その·····ここに配属させてくれませんか!」


 彼女は全力で喋っていた。


「ええ、勿論よ。これからよろしくね。」


 医院長はニヤニヤした表情で言った。


「は、はい!」


 俺が黙ってその様子を見ていると、医院長はニヤニヤした表情を今度は俺に向けてきた。


「…えと、俺の顔に何かついてますか?」


 俺が質問すると医院長はゆっくりと病室の扉を指差した。


「そうそう、廊下であなたに面会したいって人が待っているわよ。」


 そのニヤニヤは何を企んでるのだろうか…。


「は、はあ。」


 俺は首を傾げながら返事をして、廊下に出ていった。


 廊下に出ると、そこにいたのは寂しそうな表情で立っている黒雨(くろさめ)だった。


「黒雨!?」


 俺がそう言うと小走りで抱きついてきた。


「無事で良かった······。」


 俺はゆっくりと静かに抱きしめ返した。

 何よりもお互い無事でいることが奇跡であり幸せだ。




「あなたはクローンとして生まれてきてどう思っている?」


 常田ときたと黒雨が再開を堪能している最中、ファーストがいる病室では雑談らしきものが始まっていた。


「私、ですか? ……以前はどうして生まれてきたんだろうって悩んでいました。生まれてからまだ時は浅いですが、人を殺すことだけを教育されてきました。それをするために作られたのに、心のどこかでそれを拒絶する感情があり、とても苦しかった。……ですが、“以前”の話です。彼に助けられた今は生きる目標が見つかった気がします。」


「そう、よかった。あなたが人を殺すことに抵抗があるのはきっと学習プログラムの影響かもしれないわね。」


 医院長はそう言ってファーストの寝ているベッドの隅に座った。


「学習プログラムとは、私たちクローンが完成後に話すためなどの、最低限の知力を瞬時に脳に記録させるための装置の事ですよね?」


「ええ。実は民間兵が紫雨クローン計画のデータと一緒に研究所から拉致していった研究員の中に学習プログラムを担当していた者がいたの。きっと彼がその学習プログラムの内容にあなた達が殺人鬼にならないよう感情に何らかのセーフティが掛かるような細工を一手間加えたのかもしれないわ。」


「そうだったのですか…。その人に会えたらお礼を言いたいものです。……それにしても、司令官さんはどうして紫雨クローンの事を? やっぱり、司令クラスだからとか医療関係の仕事柄とかですか?」


 ファーストは首を傾げて質問をした。

 その姿はどこか黒雨に似ているような気もする。


「隠したところで何もないから、正直に話すわ。あなた達、紫雨クローンに関係するクローンの基礎設計をしたのは私よ。」


 ファーストはあまりの驚きに逆にリアクションが取れなくなっていた。


「なんで、クローンなんか作ろうと思ったんですか?」


「私は医療の仕事もやっている言ったろう?」


 彼女はだまって頷いた。


「一昔前にこの辺の地域でクライシス関係の大きな災害があって、大勢の怪我人が出たのよ。それでここの医療棟にも多くの怪我人が運び込まれてね、今でもあまり改善されていないんだけど、働いている看護婦も医者も人手が足りないんだよ。そこで医療の仕事を助っ人してくれる人をどうにかできないかと考えて思いついたのが、クローン人間だったの。」


「どうしてクローンだったのですか? アンドロイドなどの機械を使う手もあったはず。」


「そうね、これは私の個人的な考えだけど、確かに今は技術が発展して下手にクローンなどをつくるよりロボットはコストも安いわ。だけど日々のメンテナンスは大変だし、機械には感情的な面で必ず欠陥が生じてしまうと思うの。治療をするにあたって何もかも機械的に分析するより、相手の意見を尊重し、同情ができる“人間”の方が的確だと思ったの。幸い今はどんな細胞にも変化できる万能な細胞があって人間の臓器や皮膚などを好きなように簡単に造り上げることができる。必要なのはベースになる人間のDNA情報だけだってね。まあ、だからと言ってクローンが正しいかといえばそうとも言えないけどね。」


「それではどうして、戦闘用のクローンになったんですか?」


 ファーストはオロオロとして質問をした。


「勿論クローンを無断で造るとなったら国際問題になりかねないから、国に承諾書を提出したのよ。だけど……、医療より人手が足りない戦闘員として造るなら考えてやると言われたから諦めたの。だけど、数日後に政府のお偉いさんが私のもとにきて“紫雨クローン計画”について話をしてきたわ。私は直ぐ断ったのだけど、あんまりにもしつこいからクローンの製造過程についてのデータだけを提供する事にしたの。データを提供するだけで後は何もしないって約束でね。」


「ない話だろうけど、もしかしたら私は“戦闘用”ではなく“治療用”だったのかもしれないのですね。」


 ファーストは落ち込んだように下を向いた。


「ごめんなさいね。私が無責任なあまりに、君たちにはとても辛い思いをさせてしまったわね……。」


「いいのです。今こうして生きているのですから。」


 ファーストは涙目になりながら微笑んで言った。


「そうだ、君は私の所で司令官の護衛兼医療の助っ人になるというのはどうだい?」


「出きるんですか?」


「勿論。」

  

 彼女の疑問に医院長は笑顔で答えた。


「なれるのならお願いしたいです。今度は人を傷つけるのではなく、守る側になりたい…。」


「それじゃ、決まりね。」

    



 その後、ファーストは常田のいる部隊に名前だけを登録して、医院長のもとで司令官の護衛を兼ねて医療関係の仕事の助手としてP.K.D.Fに所属をすることになった。


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