姉妹の再開
発砲音の先に見えたのは、ギャラリーに立っている5人の人影だった。
「貴様ら、無駄な抵抗はやめて大人しくここで死ぬか私達の楽しい尋問でもうけるか?」
話しかけてきたのはその5人のリーダーだと思しき女だった。
奴らは全員ガスマスクを着けて顔を隠しているため素顔は認識できず、性別は声を聞くまでは分からない。
「お前ら、何者だ? ここの連中とは雰囲気が違うが……。」
俺が質問するとガスマスク面の女はフンと言わんばかりの仕草をすると話し始めた。
「教えてやってもいいだろう。私達はここに高い金で雇われているPMC(傭兵)だよ。」
民間兵は傭兵まで雇っているのか。
「そうか。んで、俺らを殺すか生け捕りにするかのどちらかが今回の任務かな?」
「大正解。私達はここを守護するために雇われているの。害虫が入ってきたのを駆除するのも仕事。覚悟なさい。」
そう言うとガスマスク面の連中は一斉に射撃を開始した。
俺は走って優月を抱えてよく分からない機械を盾に隠れた。鈴鳴も同じようにして近くに隠れた。
「怪我ないか?」
俺は早口で優月に確認をとった。
「だ、大丈夫。」
彼女はかなり動揺している様子だ。無理もない。
俺はスタン弾にマグチェンジをして、あいつ等に反撃をした。
鈴鳴も俺に続いてすぐに発砲を始めた。
対人でこんな激しい銃撃戦をするのは初めてだ。
これが銃撃戦っと言うものなだろうか。
俺はいつ被弾するかも分からない感覚にピリピリしながら相手を銃口を向けた。それにしても傭兵だけあってかなり手強い。
「ロケットランチャーよ!」
鈴鳴の一言で照準から目を離し5人全員の姿を見渡した。
すると、右端にいる奴がこっちに向けてロケットランチャーを構えていた。
「っ!」
俺は再び優月を抱えて別の機械へと向かって走った。
同時に相手もロケット弾を発射。
俺は爆風に吹き飛ばされて転ぶような感じで別の機械のもとへとたどり着いた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「あ、ああ…なんとか。」
俺は鈴鳴の方を向いて続けて言った。
「鈴鳴、グレネードランチャーの弾はまだ残ってるか?」
「あるよ!」
「奴らにお返しの一発を撃ってくれ!」
鈴鳴は頷きながらグレネードランチャーに弾を込めて素早くガスマスク面の連中が立っているギャラリーに向けて撃った。
グレネード弾がギャラリーに着弾すると一気に崩れ落ちてしまった。
「っ痛いわね。」
ガスマスク面の連中は結構な勢いで落ちたせいか腰などを痛めたようだ。
「お前たちそこまでだ。」
ガスマスク面の連中が立ち上がろうとすると施設のスピーカーから男の声が聞こえた。
「ぬっ、あんた、見てたのか…?」
ガスマスク面の隊長だと思う女はそのスピーカーから聞こえる声の主に語りかけていた。
「ああ。そこの青年がその施設に入っていく辺りから見てたよ。」
俺は機械に隠れたまま、鈴鳴と無線で小声で話していた。
「常田、この声の主に心当たりとかはある?」
「…少しあるかもしれない。」
「本当に?」
鈴鳴は少し驚いた顔をしてこっちを見てきた。
「ああ。黒雨の体内に毒物を入れた奴だ。この組織のお偉いさんって言えばいいのか。」
「その通りだ青年。」
スピーカーから聞こえる声の主はこちらの会話をまるまる聞いていたように話しかけてきた。
「今ここに出てきた理由を教えてくれない?」
ガスマスク面の隊長は溜め息混じりの口調で質問した。
「そうだったな。これより君たちのいるその施設は爆発処理をする事に決定した。」
「はっ!? ふざけないでよね。クローンはどうするんだい? それに脱出する時間はくれるんだろうね。」
「安心したまえ、君達の脱出手段は用意している。それに、代わりの戦力もそこへ派遣している。クローンはもう十分だ。新しい兵器技術が見つかったのでね。」
「あっそう。それで、代わりの戦力って?」
「入りたまえ。」
スピーカーの声の主がそう言うと巫女装束の見慣れた素顔の少女が奥の扉から出てきた。
たぶん、紫雨クローンの一人なのだろう。
「くっ、早いうちに抜け出さないとヤバいかもな。」
俺は独り言のようにつぶやいた。
「さて、準備はオーケーだ。君達傭兵はそこから離脱したまえ。いまから施設の起爆装置を起動させる。起動させれば一定時間後に最初に施設を囲っている塀が爆発して、あとは施設の上から順番に爆発して行く。幸運を祈るぞ。」
スピーカーから聞こえてくる話を最後まで聞かずにガスマスク面の連中はこの部屋から出て行った。
『起爆装置の起動を確認しました。この施設はまもなく爆破処理されます。施設内の人間は直ちに避難を開始してください。』
今度は施設中に爆発警告を促すアナウンスが流れた。
本当に起爆装置が起動したようだ。
「くそ、ここを離脱しよう!」
俺はそう言って優月の手を引いてこの部屋を出ようとした。
「おっと、青年たち。君らにはここで死んでもらいたいのでね、遊んでやれ。」
スピーカーの声の主がそう言うと奥から物凄い勢いで何かが近づいてきた。俺はとっさにアサルトライフルを構えたが、驚くことに俺の構えたアサルトライフルは綺麗に四等分にカットされて使い物にならなくなった。
「なんだ!?」
ふと背後を見ると、さっきまで奥の扉に立っていた巫女装束の少女が刀の様な刃物を両手に構えて背を向けていた。
これが戦闘用クローンの実力か。人間離れしている。
「あなたが常田ですね。お覚悟を。」
巫女装束の少女は低いトーンの声でそう言った。
ここで俺は、鈴鳴だけで優月を連れて脱出する方案を考えた。
「お前だけで優月を連れて弘たちと合流してくれないか?」
「あなたを置いていけない!」
「頼む、時間がない!!」
俺が力強く言うと鈴鳴は次に発言しようとしていた言葉を封じた。
「わかった。でも必ず生きて私たちの元に来て。あなたが死んだら黒雨は治ってもきっと悲しむ。」
「ああ、必ず戻る!」
俺の返事を聞いてから鈴鳴は優月の手を引いてこの部屋を出て行った。
巫女装束の少女が2人を追撃しようとしたため、俺はグロック拳銃を素早く構えて彼女の足下に何発か撃ち込んだ。
すると巫女装束の少女は追撃を止めて俺の事を睨んだ。
「彼女たちは見逃してくれ。」
「…まあいいです。私はあなたを殺すように“グリード”の総司令部から命じられていますからね。」
少女の口から発せられた単語の“グリード”。
確か希さんが俺に最初にした質問の中にもその単語を聞いている。
「悪いけどこんな所で死んではいられない。」
俺はそう言いながら手に持っているグロック拳銃を彼女に向けて構えた。
今装填されている弾はスタン弾。あの巫女装束の上からならば一発でも当たれば気絶に追い込めるはず。
「…そうですか。」
彼女は俺の言葉にそう答えると短刀を両手に構えた。そして体制を変えたと思った頃には既にはその場から移動中していた。
「なんて速さだ……。」
彼女は驚異的な速度で移動している。
俺が照準を定められないままでいると、彼女は俺の腹めがけて短刀の柄の部分で突撃してきた。
「うぐ……!」
猛烈に走る嘔吐感。見た目に限らずかなりのパワーもある。
膝をつきそうになるが踏ん張って立ち、彼女の様子を確認しようと前を向いた。
相手は黙って立ってこちらの様子をうかがっている。
再びグロック拳銃を構えると彼女は再び即座に移動を開始した。俺は自滅覚悟で腰につけていたスタングレネードを手に持ち、安全装置を外して上空に投げた。
物凄い光と音をだしながら炸裂するスタングレネード。
その光と音に彼女は敏感に反応して立ち止まった。
──今だ!
銃を構えた。しかし…
「あまいです。」
スタングレネードのダメージは演技だったと言わんばかりに彼女は正確に短剣を投げてきた。
それはスタングレネードの爆発が終わりきる寸前の出来事で俺の脳では処理しきれず、気がついた時には見事に腹へ短剣が刺さっていた。
「ぐほっ……。」
あまりの痛みにその場に膝をつく。
彼女はゆっくりと近づいてきた。
「もう十分だ。もうすぐ爆発が開始する。」
聞こえてきた声は巫女装束の少女ではなくスピーカーからの声だった。
俺はあまりの激痛に頭が真っ白になり始めていて、意識を保つのに精一杯だった。
「青年。君を殺すための最終兵器として施設の工作員にそこの部屋へ起爆装置とは別に大量のプラスチック爆弾を設置させておいた。」
「そ、それでは私は離脱します!」
巫女装束の少女はそう言って出口へ振り返った。
俺はその隙に腹に刺さった短刀を引き抜いた。なかなかの痛みだ。
「なにを言っている? お前は消耗品に過ぎない使い捨ての兵器なんだ。その青年と共に黙って死んでもらうよ。」
「そんなっ! 脱出させてくれるって言ったではないですか!」
巫女装束の少女は泣きそうな声をして言った。
「ふん、そんなのお前を戦わせるための口実にすぎない。それではな。」
「ま、待ってくださ──」
巫女装束の少女が嘆きの言葉を叫んだと同時に仕掛けられているプラスチック爆弾が一斉に爆発した。
どうやら天井に仕掛けられていたようだ。
「く、まずい!」
とは言ったもののなすすべは思いつかなかった。
一気に天井が崩れ落ちてくる。
爆発中に俺が目にしていた光景は、悲しそうに棒立ちをしている少女の頭上に、爆発で崩れた天井が落ちてきていく様子だった。
『あと3分で第一シークエンスの爆破を開始します。施設内の人間は直ちに避難を開始してください。』
目覚ましのようにしてこのアナウンスを聞いた俺は目を覚ました。
「生きてるのか……?」
思わず口にしてしまった。
体を見ると瓦礫の隙間に挟まるようにして寝転がっていた。運がよかったようだ。
力任せに瓦礫の隙間から抜けて立ち上がると事態の深刻さが物語っていた。
爆発の影響で部屋が吹き飛んだだけでなく、よく分からない機械たちが炎上して部屋は火の海になりかけていた。
室温もかなり高くなっている。
「誰か、応答してくれ。」
俺は直ぐに無線で外に連絡を入れた。
「弘だ、大丈夫か!?」
すぐに弘からの返事がきた。かなり心配してくれているようだ。
「ああ、なんとか。そっちこそ大丈夫か?」
「こっちもなんとかって感じだ。ついさっき鈴鳴が小さなお姫様を連れてきたところだ。そっちの話は聞いている、施設の爆発を避けるために今は上空に退避しているところだ。」
優月は無事のようだ。少し安心した。
「よかった。今から俺も外にでる。」
「正面ゲートの場所はわかるのか?」
ふとVゴーグルを見ると瓦礫に挟まれたせいなのか完全に壊れていた。
「…勘を頼りに突き進んでみるよ。」
「お、おう。無茶はするな。」
「ああ。」
無線を終えると崩れて通れるようになっていた鉄の扉に向かって走った。
「……うぅ。」
扉から少し離れたところから少女の声がする。
間違いなくこの声は巫女装束の少女だ。
施設は起爆のカウントダウンがまもなく終わる頃。
彼女は俺の命を奪おうとした奴だ。
しかし、さっきの爆発される寸前の彼女の悲しそうにしていた姿を思い出すと、どこからか青臭い正義感がこみ上げてくるのは何故だろう。
気がつくと瓦礫の下に埋まっているだろう少女の探索を始めていた。
「大丈夫か!?」
しばらく瓦礫をどけていると少女の頭が見えた。
「……あなたは。」
「いま助けてやる!」
俺は彼女の体の上にある瓦礫を投げるようにしてどかした。
「私は……貴方のことを殺そうとしたのに、なんで助けてくれるの……?」
彼女は涙目になりながら言った。
「…なんでだろうな。」
「意味分かんない。」
涙目の彼女に軽い微笑が見えた。
その時、再びアナウンスが流れた。
『これより第一シークエンスの爆破を開始します。また3分後に第二シークエンスの爆破を開始します。』
外から大きな爆発音が聞こえる。
最初はこの施設を囲む塀を爆破してから施設の上から爆破するんだったけか。
だとすれば第一シークエンスとは塀の爆破となるだろう。
瓦礫をどける手を早めた。
「私のことはいい、貴方だけでも逃げて!」
さっきまで敵対していたとは思えない口調だった。
「ここまでやっておいて、そんなんできるか。」
休まず瓦礫をどけた。
すると彼女の小さな体がやっと姿を現した。
「……立てるか?」
彼女は立とうと踏ん張っていたが体が動く気配はない。
もしかしたら足を骨折したか?
とにかく俺は彼女を無言で抱えてこの部屋から飛び出した。
廊下へ出ると、さっきの天井爆破で廊下の一部も崩れているのが分かる。
「あ、ありがとう。」
「よく言うだろう、礼を言うのはまだ早いって。」
そう、施設を脱出できないとお礼を言われても意味がない。
俺は勘任せに施設の中をぐるぐる走った。
『第二シークエンスの爆破を開始します。また、5分後に第三シークエンスの爆破を開始します。』
頭上から揺れとともに施設が爆発したのが伝わる。
「次はどこが爆破されるんだっけか…。」
独り言のようにつぶやくと巫女装束の少女はそれに答えてくれた。
「第一シークエンスは塀を、第二シークエンスは地上に出ている施設を爆破するの。そして第三シークエンスは今いる地下よ。」
「そ、そうか。」
変な汗が流れだした。
「まって、そこを左に進んで。」
「どこに行く道だ?」
「地上へ出る道。あなた、さっきから当てずっぽうに走っているように思えたから……。」
俺が勘頼りに走っている事は彼女にはバレバレのようだ。
「すまない。」
「別に…気にしないで。」
それからは彼女の誘導に従い走りつづけた。
「こちら常田、もう直ぐ正面ゲートにつく、離脱の準備を頼む!」
「了解! 正面ゲート付近に一時的に強制着陸するぜ。」
無線の返事は田中さんだった。
爆破でヘリがやられるかもしれないのに、たいした自信のある返事だ。気が強くなる。
一階に到着すると、さっきの爆発のせいか空がむき出しの状態になっていた。
「あれが正面ゲートよ!」
見たところ、正確にはあった場所って感じだ。
俺はそこを通過して施設の外にでるとローターが動いたままのヘリが止まっていた。
「こっちだあ! 早く乗れ!」
叫んでいたのは弘だった。
俺は走る足を止めないでヘリに飛び込むようにして乗り込んだ。
「よし、離脱するぞ!!」
弘のその一言でヘリは上昇を始めた。
そして、上昇が終わる頃に施設の第三シークエンスの爆破も始まった。
もう少し遅ければヘリごとあの爆破に巻き込まれたかもしれない。
「……ふう、生きてるんだよな。」
俺はそう呟くように言うとガクンと力が抜けて視界が狭まる感覚に襲われ、その場に座り込んだ。
あまり気にしていなかったが、腹に刺さった短剣のせいで出血が酷く、血を失いすぎたのかもしれない。
よく見ると一緒に脱出してきた巫女装束の少女は俺が抱えていたせいで、俺の血液がべっとりと巫女装束についていた。
「ち、ちょっと、大丈夫?」
俺に抱えられている巫女装束の少女は不安そうな顔をして俺を見た。
もう敵意は完全になくなったのだろうか。
「……なんと…か。」
そう返事した時、俺の視界は一気に暗くなった。
「ちょっと!? 死なないでよね!」
ヘリが基地の出撃ゲートに入った時、そこには数人の衛生隊員や数台のストレッチャー、それと医院長に沙織、希が待機していた。
ヘリが到着するなり真っ先に希がヘリへと掛けよった。
「優月っ!」
「お姉ちゃん!」
たくさんの犠牲を生んでやっと再開を叶えた姉妹たち。
彼女たちは涙を流しながら抱きしめあった。
一方、その裏では衛生隊員が怪我人をストレッチャーに乗せていた。
「おや。常田君は新顔まで連れて帰ってきたようだね。」
医院長はストレッチャーに乗せられた巫女装束の少女を見て驚いた顔をした。
彼女は医院長にかなり怯えた反応を見せていた。
「あ、あなたは?」
「私は君をここに招いたであろう青年の保護者代行だよ。安心して、別に何もしないから。」
医院長はそう言って軽く少女の頭を撫でた。
彼女は安心したかのように目を閉じると眠りについてしまった。
「おやおや、過度の緊張で疲れが溜まってたのかな。…まったく、常田君といい無茶してくれちゃって。」
医院長は苦笑いしながら治療をするべく駆け足で医療棟へと向かって走った。