黒雨を助けるために
「ここは……本当にP.K.D.F?」
チームルームに到着すると希さんが動揺した様子で質問してきた。勿論、希さんはP.K.D.Fの表裏の関係を知らない。
特殊戦闘員のロビーに入ってからはずっとこんな様子だった。
「そうよ。P.K.D.Fには一般戦闘員と特殊戦闘員というのがあるの。あなた達がテレビなどの報道でよく見るのが一般戦闘員よ。特殊戦闘員は表には出ないで、こそこそと活躍しているの。」
医院長はチームルームの椅子に座って説明をしていた。
「一般戦闘員と特殊戦闘員……か。」
希さんが何かを考えて黙り込んでしまった。
俺が出撃の準備を終える頃に凄い勢いでチームルームの扉を開けて沙織さんが入ってきた。
「常田!?」
沙織さんはかなり息切れしている。
「少し落ち着きなさい、沙織。」
医院長はコーヒーを口にしながら言った。
「……そうですね。」
沙織さんは返事をしてから重みのある溜め息をついて前を向くと、そこに知らない人物がいることに気がついた。
「……あなたは?」
「私は紫雨希と言います。今回だけ特別に作戦に参加することをお願いしてここにいます。」
希さんはそう言いながら頭を下げた。
「そ、そうなの。っていうか作戦って……?」
言われてみれば今回の作戦は単独で行う予定だったため、朧丸の付き添いでいなかった沙織さん達には何も話していなかった。
「そんなことより黒雨の話を聞いたのだけど、どんな状況なの?」
どうやら、沙織さんは黒雨の話を聞いてここへ駆けつけたようだ。
「そうですね。放っておけば、あと3日らしいです。」
「……そんな。」
「だから今から黒雨を治療するために、オリジナルであり、希さんの妹である紫雨優月を救出に行きます。」
俺は装備の再確認を軽く行いながら言った。
「今から?」
「そうです。」
「急すぎるわ!」
沙織さんが怒鳴るように言うと、医院長と希さんは驚いたようにそちらに視線をやった。
「……ですが、黒雨の容体は待ってくれません。一日でも時間が絶てば救えなくなるかもしれない。」
俺は最後の一言を強調するような口調で言った。
「……わ、わかったわ。でも私はここのチームの隊長として部下を守る責任がある。この作戦にはチーム一丸となって参加するわ。」
「ですが人員的にも厳しいです。今回は俺一人でやりますよ。」
俺がそう言うと沙織さんは軽く首を横に振った。
「いい常田、そういう考えはやめなさい。チームというのは一人だけではなく皆で一丸になって行動するものなの。“一人は皆のために。皆は一人のために”とも言うでしょ?」
「は、はあ。」
「それに、私達は一般戦闘員とは違って同じ作戦でもまとって行動するんじゃなく、別の間場所にいても個々それぞれに役目があるわ。」
そこまで言われると言い返しにくくなる。
まあ、そもそも一人で何でも解決するようならばここには所属はしていない。
「……そうですよね、わかりました。チームの皆に協力を要請します。」
「任せなさい。さて、実は鈴鳴と弘はこの件を既に知っていて、出現ゲートで田中さんと出現の準備を進めているわ。朧丸はまださっきの戦闘で負傷していて今回は無理だと思うけれど。」
まさか既に準備をしていたとは。
「沙織さんは?」
「私はいつも通りオペレーターを務めるわ。」
「では、私も!」
沙織さんは目を丸くして希さんを見た。
「あなたも?」
「さっき作戦に参加するって言ったじゃないですか!」
希さんは早口気味に言った。
「……そう、だったわね。」
しばらく沙織さんと希さんが話している中、俺は銃の簡易点検を手短に始めた。
「では、まず任務の概要を整理しましょう。」
それぞれのやっている事が終わりかけた時、コーヒーカップを片手に医院長が立ち上がって言った。
「はい。」
俺は返事をしながら弾倉をマガジンポーチに入れた。
「えーと、常田の相棒である黒雨が謎の毒物により、命の危機に面している。その毒物を体内から除去するために黒雨のオリジナルである紫雨優月を救助して、必要な情報やサンプルを承諾を得たうえで回収し、血清になるものを開発するって感じですね。」
沙織さんは一点を見つめて必死に頭の中で文を作りながら喋っていた。
「そうね、ただ……どこに優月ちゃんがいるかはさっぱりだけど。そこは希さん、教えてもらって良いわね?」
医院長がそう言うと希さんは軽く頷いて一歩前にでた。
「地図はありますか?」
希さんの質問に沙織さんがホロモニターを起動させて現在地を表示した地図を映した。
「ありがとうございます。えと、優月が捕らわれている場所はここのちょっと前まで県庁所在地だった街です。そこに奴らの施設があります。」
希さんはホロモニターをタッチしてその場所を拡大した。
「元県庁所在地って、今現在は廃虚になっているあの街?」
医院長は嫌そうな顔をしながら質問した。
「はい。そこに奴らがクローンを量産するための施設があります。」
「厄介ねぇ。そこは廃虚になってるせいでクライシスの住みかと化している危険区域なのよね。」
「どうしてその場所を?」
沙織さんが唐突に質問した。
「常田にはさっき話したのだけど、優月が誘拐された時に研究員たちも誘拐されたんです。それで、研究員たちのネームプレートには誘拐や拉致などされたときの措置として小型のGPSが埋め込まれているんです。」
「つまり、そのGPSで発見したのがそこって訳ね。」
沙織さんが納得したように言った。
「はい。それで、すぐにそこへ救助部隊が向かったんですが、全員通信が途絶えました。その後も何週間か掛けていろんな部隊を突入したのだけど、ほとんどの隊員の通信が途絶えました。生きて帰ってきた者も何人かいますが、全員重傷でした。」
希さんの頬には涙が伝っていたが、歯を食いしばって続けて喋った。
「作戦は研究員らのGPS信号が全て途絶えた辺りに中止にはなりました。私はオペレータールームで隊員のヘルメットに越しに投影された映像で軍事基地みたいな研究施設を目の当たりしたのを覚えています……。あの手強さから奴らは相当訓練された兵士たちです。」
「今も優月さんがいるという確信は?」
医院長が考察しながら言った。
「これを見てください。」
希さんは手帳からこの時代にしては珍しいが、俺の家にはそこそこある紙の写真を医院長に差し出した。
「これは──」
その写真には何かの機械に入れられている優月の姿があった。
「なんとか潜入した隊員が手持ちのカメラで撮影したものです。多分クローンを作るための機械に入れられているのだと思います。」
希さんはそう言うとそっと写真をしまった。
「そうね……。それじゃ、その施設に今現在もいると掛けて行ってみましょう。さあ、出撃するわよ。」
「はい!」
俺と沙織さんはほぼ同時に返事をした。
俺は直ぐにチームルームを出て出現ゲートに小走りで向かった。
「あの、待って!」
誰かに呼び止められ急ブレーキを掛けるように振り向くと、息を切らした希さんが立っていた。
「どうしたんです?」
「この写真をあなたへ……あなたにだけは見てもらいたい。あと、もし優月が警戒するようだったらその写真を見せてあげて。それでお姉ちゃんが心配しているって言ってあげて。」
俺は無言でその写真を受け取った。
「これは……。」
その写真には3人の少女が写っていた。左側が多分優月で右側が希さん。
どちらも微笑ましいくらいの笑顔で写っていた。
それに対して真ん中の検査着を着た恥ずかしそうにしているのはまさか──。
「黒雨がこの世に生まれた日、学習装置によって必要最低限の知識を得た後、二時間位してから私と優月とで撮った写真よ。その時の黒雨には兵器ではなく人って言えるたくさんの感情があったわ。」
俺はその写真をそっと装備のポーチにしまった。
「ありがとう、見せてくれて。」
今の黒雨にも、あのような表情をできるようにしてあげたいと心の底から思った。
それから走ってゲートに入ると4番のゲートに出撃の準備が整った戦闘ヘリが停まっていた。
「常田、こっちです!」
各ゲートに行くための細い通路を歩いていると、ヘリの乗車口から鈴鳴が手を振ってきた。それを見た俺は小走りでヘリへと乗り込んだ。
「よし、出発するぞ!」
「オーケーですっ。」
返事をすると田中さんは直ぐにヘリを離陸させた。
「常田、いろいろ立て続けて起きてるが頑張ろうぜ。」
外の様子をを見ていると弘が隣にドスっと座って言った。
「ああ。弘達には迷惑かけてばかりだ。」
「気にするな。」
それからしばらく無言のままヘリは進み続けた。
ここからでもあの巨体のクライシスの亡骸がよく見える。
街の様子はかなり酷い。地区によってはほとんどか崩壊してる所もある。
あれからどのくらいの時間をフライトしたかは分からない。
胃をキリキリさせながら座っていると沙織さんからの無線がきた。
「常田、聞こえる?」
「はい、問題ありません。」
「まもなく元県庁所在地だった街の上空よ。施設の詳細な場所は、さっき希さんが話していた一般戦闘員の救助専門の部隊から情報を回してもらったわ。いま田中さんにデータを送ってる所よ。」
「了解です。」
俺は返事をして操縦席を見ると田中さんはグッドと合図をしてくれた。どうやら無事にデータは届いているようだ。
「よし、ここが街の上空だ!」
田中さん一言で全員が窓の外を見た。
街は荒れ果てた建物がたくさん並んでいて、あちらこちらにクライシスの姿が目視できる。
建物の中はクライシスの巣靴になっている可能性が高い。
「あれが施設じゃないか?」
弘の指差す方向を見ると、この廃虚街に不似合いなほど整った形状のデカい建物があった。
「どうやらそうみたいだな。」
田中さんは送られてきたデータと照らし合わせながら言った。
いよいよかと思うと緊張感が高まってくる。
窓から目を離すと再び武器の動作確認を始めた。
「なに……あれ……。」
鈴鳴のその一言で再び外を見ると、あの施設を囲っている対クライシス用だと思われる塀に大小様々なクライシスが群がっているではないか。
その光景はあまりにも異様であり、いつ塀を壊されてもおかしくない状況に見える。
「とりあえず施設の屋上に着陸するぞ。」
「お願いします。」
ヘリは減速して施設の屋上へゆっくりと着陸した。
施設の窓を見る限りでは内部にはまだ人がいる様だ。
「常田、俺はもしものためにこのヘリの護衛に務める。何かあったらすぐに駆けつけるから連絡を頼むぞ。」
弘はそう言いながらヘリの扉を開けた。
「分かった。施設内部には鈴鳴と2人で潜入する。」
俺はそう言ってから鈴鳴とアイコンタクトをして一緒にヘリを降りると、小走りで屋上にある施設の入口へと向かった。
「これより、施設への潜入を開始します。」
俺は無線で皆に伝えた。
「了解。」
沙織さんからの返事を確認するとゆっくり入口の扉をあけた。
そして中へ入ろうとすると鈴鳴が俺の肩を軽く叩いた。
「どうした?」
「ヘリで堂々と来たんだから、進んだ先で敵が待ちかまえているのは想定しておいて。」
鈴鳴ら前しか見ていない俺に警告をした。
「……ああ、そうだな。」
扉の向こうは下へ行くための階段だけがあった。
今すぐにでも駆け足で施設内をうろつきたいが、ここは慎重に階段を一段一段降りていくとにした。
「いるわね……。」
Vゴーグルを付けていた鈴鳴は、階段を降りた先にある通路の右側を見つめていった。
俺も早急にゴーグルを装着して覗くと片手に防弾の盾、もう片手にはサブマシンガンを構えた兵士が通路を塞ぐように三人立っていた。
左側は壁になっていて、もし知らずに突撃したら通路は通れず蜂の巣にされていたことだろう……。
「これを使う。」
鈴鳴の右手にはスタングレネードが握られていた。
「ああ。起爆したら俺が一気に突っ込む。」
鈴鳴は首だけで返事をした。
俺達は階段の踊場まで降りると身を隠すような大勢に変えて、スタングレネードを投げた。
スタングレネードが地面に着地した頃には下の兵士たちは驚いた声をあげて退避行動に移った。
それから猛烈な音と光をだしてスタングレネードが破裂した。
俺は鈴鳴の肩にポンと手をおいて合図をすると階段を駆け降り、目に映った人に次々とスタン弾を撃ち込んだ。
この弾はここへ来る前に基地で調達したもので、岡本博士が作った新作だ。対クライシス用のカスタムをされた銃にそのまま入れて使える対人用のスタン弾だ。
命中した人達は皆、痙攣を起こしたようになって倒れた。
「クリア。」
俺はそう言って鈴鳴の方を振り向いた。
鈴鳴は軽く頷くと銃を構えたまま奥へと歩いていった。
俺はそれを追うよに奥へと進んだ。
「さっき沙織さんが田中さんに送ったデータを共有してもらったんだけど、そこに施設内の地図があった。常田にも共有するね。」
鈴鳴はそう言いながら腕に付けている端末を操作して俺にデータを送ってくれた。
「ありがとう。」
データをインストールしてVゴーグルを付けると、施設内の現在地が表示された地図が小さく表示された。本当に便利なゴーグルだ。
地図を見たところ、ここの施設は上には5階まで、下には地下6階まであり、横長に大きくなっている建物のようだ。
「どうやって探すの?」
「運任せに部屋を片っ端から見ていくしかないだろう…。」
俺自身もどう探すかなんて考えていなかった。
「…わかったわ。」
あれから30分ほどが経った。
当てずっぽうに部屋を巡り歩いたが、優月がいそうな場所は全然見つからない。
おまけに、探索途中に何度か敵にも遭遇して逃げるように交戦借り換えしている。数でこられたらこちらはひとたまりもない。
その結果でもあるのだが、気がついたら地下5階まで逃げていた。
「ダメ、彼女のいそうな場所なんて分からない。それに落ち着いて探索もできない。」
「くそっ、時間だけが消費される。」
その時である、地面に一瞬小さな揺れが走った。
「なにっ?」
鈴鳴は警戒するように辺りを見渡した。
その揺れは一定のテンポで発生し、段々と大きくなっているのがわかる。
「これは何かが歩いている揺れか?」
「だとしたら近づいている。」
俺と鈴鳴は警戒するように銃を構えてその場に立ち止まった。揺れはさらに大きくなっている。
「マジか……あれが正体だな。」
「間違いない。……でも倒せるの?」
ゴーグル越しに向こうの通路に見えたのは、全身を分厚いスーツに身を包んで、その手元には機関砲のような銃を持っている奴の姿だった
人…なのか? どうにしろ、この狭さでは相手にできない。
「仕方ない、対クライシス用しかないが殺傷弾に切り替えて応戦するぞ。」
「仕方ない……よね。そらにわあれが来た道をたどれば何かしら情報を得られるかもしれない。」
「ああ。」
俺達は素早くマグチェンジして弾をスタン弾から実弾に切り替えた。
「常田、クライシス用のグレネードランチャーがあるからそれを一発先にぶち込むのはどう?」
「そうだな、もしかしたらその一発で決着がつくかもしれない。あと光学迷彩で姿を隠しておいて、初回の攻撃の被弾率を少しだけでも下げよう。」
「わかった。」
鈴鳴は素早く背負っていたグレネードランチャーを手にとって光学迷彩で姿を隠した。
前を見るとあのデカ物の機関砲のバレルが姿を表していた。
俺はそれにギョッとしながらもすぐに光学迷彩を起動させた。
デカ物はゆっくりと全身を表してくる。
「今だっ」
俺が小声でそう言うとグレネード弾が発射された。
着弾してからは煙でよく見えなかったが、俺は鈴鳴に手を引かれて走っていた。
「やっぱりだめ、やれたかなんてどうでもいいわ。逃げれそうなうちに行くべきよ。」
いつも冷静にみえる鈴鳴が動揺したようにこう言うのは始めてみた。
「あ、ああ。」
俺はただ返事をする事ぐらいしかできなかった。
走りながら気を落ち着かせて周りを確認すると防火サイレンが鳴っていた。グレネード弾を使用したことによって作動したのだろう。
付近では白衣で逃げ惑う人や現場に駆けつけようとしている兵士たちがいる。
どうして皆俺達の存在を気にしないのだろうと考えると、ゴーグル越しで鈴鳴を見ていたから忘れていたが、俺達は光学迷彩を使用中だった。
「常田、もしかしてここがクローンを作っている場所じゃない?」
ふと立ち止まると目の前に“クローン研究エリア”と太字で書かれた鉄のゲートがあった。
「間違いないな。」
光学迷彩を解除してからそのゲートの左端にあった端末を操作してゲートを開けた。
気が落ち着かないのもあるがゲートが開ききる前に中へと入った。
中は仕切りのない広い部屋で天井の高さも結構ある。
周りには何に使うのか分からない機械がたくさん置いてある。
だだ、人はいないようだ。
しけし、この景色はどこかで見覚えがある。
そうだ、希さんが見せてくれた救助隊が撮影した写真だ。
俺は必死に脳内の記憶を探りながら優月が入れられていた機械を思い出して、類似した物はないかと見渡した。
「あれだ!」
俺のその一言を聞いて鈴鳴も俺の視線の先を見た。
そこには細長いポットになった装置がある。
それに小走りで近づき、静かに中を覗くと──
「…さすがに入ってはないか。」
薄々予想はしていたが中に優月はいなかった。
落ちこぼれそうになっていると耳元のインカムから医院長の声がした。
「まあ、予想していたことではないか。」
どうやら俺のVゴーグルのアイモニターから見ているようだ。
「そうですが…。」
「こっちの方で基地内の地図を見直していたんだがね、まだ優月ちゃんがこの基地にいるのなら地下6階だと思うわ。」
「どうしてですか?」
俺は左腕に付けている端末からここの全体地図を表示した。
「地図を見たところ、地下6階には捕虜などを隔離する独房みたいなになっているエリアがあるのよ。奴らがイレギュラーな客を泊める部屋なんてそこぐらいだと思うのよ。」
「…時間も結構経っているので、早急にそちらに向かいます。」
それから俺と鈴鳴は地下6階の独房があるエリアへと向かった。
「上の階とは違って雰囲気が悪いわね。」
下に降りて直ぐに鈴鳴は辺りを見渡して言った。
確かに薄暗く気味が悪い場所ではある。
あと衛生的にも良さそうには見えない。
「あれが独房があるエリアじゃない?」
鈴鳴が指差した先にはいかにもって感じの鉄格子の扉が見える。
それを静かに開けて入ると、沢山の牢屋のような仕切りの部屋があった。
「すごい数だな。」
「そうね…。」
俺達は一つ一つ手短に中を覗いて進んだ。
「中を見ていると気分が悪くなるね。」
鈴鳴が一つの牢屋の中を見て言った。
牢屋の中は無人だったり、腐った死体が残されていたりする。
ここに入れられた人たちは放置されてしまったのだろうか。
「優月は生きていればいいのだが。」
それからしばらく牢屋の中を探し続けていると、数十個目の牢屋で床に横たわったっている少女を見つけた。
急いで牢屋の扉を開けようとしたが扉には勿論鍵が掛かっている。
「くそ、どうにかして開けられないものか?」
「常田…少しだけそこをどいて。」
鈴鳴はそう言うと小さくて細い工具を2本出して鍵穴へ入れるといじりはじめた。
カチッ
「開いたわ。」
「お前、ピッキング出来たんだな。」
扉をゆっくりと開けて中へと入った。
Vゴーグルをはずして横たわったっている少女の顔を見ると──
少し痩せてはいるが……黒雨とそっくりな顔。間違いなく優月だろう。
「君、大丈夫?」
俺が声をかけるとゆっくりと俺の方を見た。
まだ、意識はあるようだ。
しかし、表情は完全に恐怖に浸されてしまったあとものだった。
「次は何?」
彼女は小刻みに震えていた。
「俺はここの人間じゃない。君を、優月を助けにきた。」
「私を? …それじゃ、P.K.D.Fの人?」
「ああ。俺はP.K.D.Fの救出隊だ。」
彼女はゆっくりと体を起こして座った。
よく見ると来ている検査着のような服もボロボロだ。
「あのね。もう戻ってもクローンの実験とかない?」
その質問には喉に詰まるものがある。
黒雨の治療とクローンの実験とは離れられないものがあるからだ。
「ねえ、何で黙るのっ?」
優月は涙目になりながら言った。
「…君はこの写真の真ん中の子を覚えているかい?」
俺は希さんから貰っていた写真を胸ポケットから出して彼女に見せた。
「…うん。」
「今、その子は俺の家族なんだ。俺は黒雨って呼んでいる。」
優月は黙って頷いていた。
「黒雨はな、お前を誘拐したここの連中の仲間に毒物を身体に入れられて、あと3日くらいしか生きられないんだ。でも、君のDNA情報があれば黒雨は救える。だから、俺に力を貸してくれないか?」
「そうやって…。皆、私のことよりそっちの方ばかり…。」
涙目になっていた瞳からついに涙がこぼれた。
俺はどうしたら良いか分からず軽く彼女を抱きしめた。
「そんなことはない。確かに俺は黒雨を助けるためにここまで来た。だけど、過程で君を助けに来た訳じゃない。本気で君を救助しにきたんだ。」
「本当に……?」
「ああ。それに俺だけじゃない。そこにいる今の俺のパートナーもだし、P.K.D.Fの基地には君の姉さんも待っている。」
「お姉ちゃんが?」
俺は抱きしめるのをやめて彼女の瞳を見た。
こぼれている涙の量は増している。
「ああ。この写真も君の姉さんが君が怖がっていたら見せてやれと預かった物だ。さあ、ここから出よう?」
「うん。」
俺は鈴鳴にアイコンタクトで合図をしてから立ち上がった。
「歩けるかい?」
「大丈夫。」
多少無理しているようにも見えるが今はそんなに気にしてもいれないだろう。
「無理はしないでな。」
「うん。」
さて、無事に優月に会うことはできたが脱出するまでが救出だ。
「ところでお兄さん達、名前はなんて言うの?」
「俺は常田優心だ。」
「私はこの作戦の彼のパートナー、浅野鈴鳴。よろしくね。」
「よろしく!」
涙がこぼれていた彼女の表情もすっかり元通りだ。
それからとりあえず、一つ上の階のクローン研究エリアに戻ることにした。
研究エリアに到すると、どこからか発砲音がして俺達は反射的にしゃがんだ。
「なんだっ?」
発砲音は上から聞こえた。
よく見るとここの部屋は、ひとつ上の階にあたる場所にギャラリーが設けられている。
今はそこに5人の人影が見える。
「あんたらが厄介者の侵入者ね?」
あの声の主が警戒発砲をしたのだろうか。
また厄介なのが出てきたな……。