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黒雨の夢の中


 あれから夜が明けて、俺と黒雨くろさめは医院長の所にいた。


 どうにもならないだろうが、個人的に黒雨の夢のことが気がかりで相談に来ていたのだ。


「怖い夢?」


「はい。ただ、黒雨が何を思っているとかが分かり切れてなくて……。せめて精神的に苦しんでいるとかそう言う事だけでも知れればいいんですが。」


 医院長は医者の次号の方だと思われる書類を書きながら言った。


「まあ、言葉も無しに数少ない表情だけで何を考えているかを当てろなんて言われても困るわよね。」


「……はい。」


「でも、さすがに私も黒雨ちゃんの思考までは読めないわ。……そうねぇ、研究・開発室にでも行ってみたらどう?」


「研究・開発室──。」


 俺は高松たかまつさんの話(※7話より)を思い出した。


「あそこに行けば何かあるんです?」


「もしかしたら黒雨ちゃんの夢を覗き見できる機械みたいのがあるかもよ?」


「覗き見…ですか。」


 そんな事ができるのだろうか。



 その後、少し考えてみたがとりあえず行ってみることにした。



 あれから数十分後、黒雨と一緒に恐る恐る研究・開発室の入り口の前で立っていた。

 研究・開発室と書かれた部屋の入り口は何か異様な空気が漂っているように感じられる。

 扉は自動ドアになっていて近づいたら勝手に開いた。


「し、失礼します。」


 中に入ると黒雨は俺の手を握ってきた。きっとこの部屋の空気に怯えているのであろう。

 それにしても部屋は全体的に薄暗い。


「誰だぁい?」


 ゆっくりと前に進んでいくと奥から白衣の女性が現れた。

 その人はこの空気とは真逆の清潔感溢れた黒いロングヘアーに、ここ最近の人の中で一番胸の大きさが豊かに見える…。


「えーと、最近ここに配属された常田優心ときたゆうしんと言います。」


「ああ、君が噂の。私はここの研究・開発室の長の岡本加奈子おかもとかなこよ。皆には岡本博士と呼ばれているわ。ところで私の作った装備はどう?」


 そういえば前に朧丸が研究所の人達が装備を作っていると言っていたのを思い出した。(※8話より)


 というかこの人が博士だったのか。

 俺は勝手にひげ面のおじさんを想像していた。


「凄く使いやすいですよ。戦闘スーツのパーワーを上げる機能には一度、爆撃機からの爆撃を逃げるのに大活躍しましたし(※11話より)、あのゴーグルの性能には感動しました。」


「本当かい! あのゴーグルは私達の力作でね。」


「そ、そうなんですか。」


 この人、もしかしたら語り出したら止まらないタイプの人なのかもしれないと俺は心の底で思った。


「所で君はここに何の用事だい?」


「そうでした。その──」


 俺は昨晩とさっきの医院長の話をした。 


「ほほう、君も大変だね。黒雨ちゃんの噂ならちょくちょく聞いていたけど、まさかそこの彼女だとは…。さて、君達が言うような機械なんだけど……無いわけではないんだよ。」


「本当ですか!」


「ちょいと来てごらん。」


 俺は岡本博士を追って部屋の奥へと行った。

 部屋の奥にはMRIをするような機械が置いてある。


「…これは?」


「正式な名前は無いわ。どういう装置か説明するなら、装置に入れた人の記憶や脳で考えている事を映像化出来るって感じかしら。」


 岡本博士は装置の隣に置いてあるコンピューターをいじりながら言った。


「脳で考えていること…、つまりこの装置の中に人を入れれば、その人の夢とかも映像化できるんですか?」


「やろうと思えばね。そもそもは、君たちの使っているゴーグルみたいな人の脳による思考で動く機械をプログラムする為の機械なんだけど、応用すればさっき言った彼女の夢の記憶を映像化するとかもできるわ。さっそくだけど試してみる?」


「……お願いします。」


 俺がそう言うと岡本博士は装置を起動させた。


「それではまず、常田はこのVRバーチャルゴーグルを持ってそこの椅子に座ってちょうだい。」


「は、はい。」


 戦闘時に俺が使っているVゴーグルくらいの大きさのVRゴーグルを受け取ると、そばに置かれた椅子に座った。


「次は彼女…黒雨なんだけど、装置のベッドに寝てちょうだい。」


 黒雨は、静かに履き物を脱いで装置のベッドに寝転がった。

 岡本博士は寝転がった黒雨をベルトでベッドに固定した。


「よし、装置の中に入れるわよ。」


 岡本博士がそう言ってコンピューターを操作すると、ベッドはゆっくりと装置の中へ入っていった。

 それからしばらくしてから岡本博士は言った。


「さて、彼女の脳にアクセスは出来たわ。後は読み込むのを待つだけ。」


「はい。」


 俺は変に緊張してきた。

 なんせ、初めて黒雨の思う世界を覗くことができるからだ。


「読み込みが終わりそうね、ゴーグルを装着するといいわ。そこに彼女の夢が映し出されるわよ。まあ、私はこのコンピューターのモニターで同じものを見るけどね。」


「それってこのゴーグルの意味無くないですか?」


「感覚的に彼女の視点になれるっていうのが大切なの。」


 まあ、確かにそうなのかもしれない。


「さあ、ゴーグルを装着して。」


 俺は無言でゴーグルを装着した。


「ここはいったい……。」


 ゴーグルを装着して最初に映し出されたのはどこかの射撃場だった。

 これは黒雨の視点なのだろうか。

 黒雨だと思われる視点の人は拳銃を両手でしっかりと構えて、的へ射撃をしていた。隣には怖い顔の男が立ってこっちを見ている。


「この男、見たことがあるな…。」


 男の顔に見覚えがある。

 よく考えると、その男は最初に俺と黒雨が出会った時に、黒雨の頭を殴っていた男だった。(※2話より)


「おい、何度言ったら分かるんだ。銃を撃つときはこうしなきゃダメだって何度も言ってんだろ。」


 この状況は、この男が射撃の教育をしているのだろうか。

 その男は黒雨に大声で怒鳴ると顔を一発殴った。黒雨はその反動で床に倒れ込んでいる。

 すると橋で頭を殴った時にそばにいた相棒が部屋に入ってきた。


「なんすか、今の音…ってまた殴ったんすか。」


 どうやら“また”という単語からさっするに、黒雨は怒られるたび殴られているに違いない。


「何か問題でもあるか?」


「…いえ、ただ、教育係としてもう少し丁重に扱うべきではないでしょうか。」


「ふん、知った事か。」


 この会話の中、黒雨はずっと倒れたままだった。


「それより、いい加減立てやコラ。」


 男は黒雨の巫女装束の襟を掴んで無理矢理立たせた。

 多分、黒雨はこの男にかなりの恐怖を覚えているに違いない。


「お前たち少しいいか?」


「あぁん? なんか用か?」


 今度は知らない顔の男が登場した。


「少し、そのプロトタイプのクローンの事で話がある。」


「わかった今行く。」


 そうして男達はその射撃場から出て行った。

 すると、男達が出て行った扉とは別の扉から誰かが素早く入ってきた。


「プロトタイプ!」


 入ってきた人は黒雨に顔が異様にそっくりだった。着ているものも袴の色は違うが巫女装束を着ている。

 もしかしたら民間兵が作り上げた黒雨以外のクローンなのだろうか。それとも黒雨のただの夢なのだろうか。


 そう考えているうちに彼女は小走りで黒雨に近づいた。

 “プロトタイプ”とはあっちでの黒雨の呼び名なのだろうか。


「また、殴られたのね。……とりあえずこれを飲んで。」


 彼女は水の入ったペットボトルを黒雨に差し出した。

しかし、黒雨は遠慮しているのか「大丈夫」と言わんばかりのジェスチャーをして、その水を受け取らなかった。


「どうして…? あなたはいつも食事を抜きにされたりして、水さえもまともに飲んでないじゃない。水だってここじゃ手に入りにくいし…。」


 だからこそ遠慮しているのだろうか。


「あなたは脳に制限を掛けられたって皆に言われているけど、まだ優しさだけは残っているのよね……。」


 彼女が黒雨に語っているとあの男達が戻ってきた。


「あん? お前……No.8(ナンバーエイト)か。」


 男は彼女が首にかけているタグを見て言った。


「どうしてここにいる?」


「い、いえ。プロトタイプの様子を見に…。」


「はん、そうか。それじゃあ、ついでに他のクローン達に伝言を頼んで貰っていいか?」


 男はかなりの威圧を掛けるような話し方をしている。


「は、はい。」


「“プロトタイプは処分が決定した”と伝えてほしい。」


「…え? それはどういう意味ですか?」


「意味? 上の連中にプロトタイプはもう用済みだから捨ててこいと言われたんだよ。」


「そんな、ひどい……。」


 彼女は小声で言った。


「あん? 何か言ったか?」


「い、いえ。それでは伝えて来ます。」


 そして彼女は小走りでこの射撃場を出て行った。


「さて、プロトタイプ、お前は不必要となったわけだが最後に一つだけやってもらいたい事がある。」


 男はそう言うといきなり黒雨の腹部を殴った。

黒雨はよろめき腹を押さえながら膝をついた。


「それは、俺の気が済むまでサンドバックになる事だよ。」


 それから男は黒雨を殴ったり蹴ったりを数分間繰り返した。

 その間、打撃によるえげつない音がずっと聞こえている。そのうち黒雨の視界は暗くなり、音も聞こえなくなった。


 しばらくブラックアウトが続いた後に再び映像に光が入った。

 その映し出された風景はどこかの橋の上のようで、なぜか見覚えがある。


「ったくよ…面倒だし、ここでいいか。終わったらそのまま川に流せばいいし。」


 黒雨をサンドバックにしていた男がそう言った。

 この発言には聞き覚えがある。そう、この橋は俺と黒雨が初めて出会った場所である。

 


 まてよ、これは夢なのか…?

 もしかしなくても俺と出会うまでの過去の記憶なのではないだろうか。



 その後、まさに俺と黒雨が出会ったあの時の様子が黒雨の視点で映し出された。



 映像が終わると俺はゴーグルを外して装置から出てくる黒雨を見つめた。


「夢の中に君が登場していたが、あれはいったい。」


 岡本博士は機械を操作しながら言った。


「あれは…多分夢ではなく、実際にあった事だと思います。」


 岡本博士は機械を操作する手を止めて俺を見た。


「実際にあったこと?」


「はい。もしかしたら再生する記憶を間違った……?」


「そんなはずは──」


 岡本博士はコンピューターをいじりはじめた。


「……ふむう、分からないわ。」


「何がです?」


 俺が質問すると岡本博士は黒雨をベッドに固定しているベルトを解除しながら言った。


「読み込んで再生した映像は確かに彼女が昨夜見た夢なのよ。私は生物専門じゃないから分からないけど、彼女は過去のこの記憶を昨晩は夢として見ていたのかもね。」


 装置から起き上がった黒雨は俺のそばまで歩いてきた。


「それでは、今のは過去でもあり夢の中の記憶でもあると…?」


 俺は腕を組んで言った。その後少しの沈黙が起きた。

 すると研究所の奥から黒い影が近づいてきた。


「やあ、様子を見に来たわよ。」


 黒い影の正体は医院長だった。


「おお、司令官。ちょうどいい所に。」


 岡本博士はそう言うとさっきまでの事を話した。


「過去の記憶を夢に見ていた、か……。黒雨ちゃんに関しては脳のセーフティーが掛かっているから、私にもはっきりとしたことは言えたもんじゃないけど、多分そのセーフティーの関係で夢と言う夢は見れてないのだろうね。」


「そうですか……。」


 なるほど。脳の中で記憶を整理するために夢は見ると聞いたことがあるが、セーフティがあるのならば、そのままの過去を見てしまうという訳か。


「でもね、別に悲しむ事ではないと思うわ。夢を見れなくても死ぬわけじゃないしね。」


「そうですよね……。」


「もし君が何かしてあげたいと思うなら、彼女が眠っている少しの時間だけでも見ているものが幸せに感じるようにしてあげる事ね。」


 医院長はそう言うと黒雨の頭を優しく撫でた。


「そんなことが俺にできますか?」


「そうね、一番はスキンシップしてあげることだけど、あなたの年齢で黒雨ちゃんにそんな事すると何かいけない気がするわね。」


「は、はあ。」


 少しだが反応に困ってしまった。


「とりあえず、コミュニケーションぐらいはしてあげたらどうかな。寝る前に何でもいいから話をしてあげるのよ。あと、音楽を聞きながら寝かせてあげるとかならいいんじゃない?」


「…そうですね。小さな事からやっていきますよ。」


 そうしてなんやかんやで一段落ついた俺は、岡本博士にお礼を言って研究・開発室を後にした。




 その後、今日は出撃などは無かったので射撃訓練をしてこの日は無事に夜を向かえた。


 俺は医院長に言われた通り黒雨に何か話そうと、布団に入るその瞬間まで話題を考えた。

 就寝時刻になると黒雨は相変わらずの無に近い表情で布団に潜った。


 結局話題を思いつかなかった俺は、和室にあるタンスを開けて何か話題になるような物がないかを探った。

 すると、布団に潜ったはずの黒雨が俺の横から顔を出してきた。


「どうした?」


 俺が問いかけると、タンスの中に手を入れて小さな物を取り出して見せてきた。


「それは、父さんが使ってた……ウォークマンだっけか。」


 黒雨が見せてきたのは俺の父さんが使ってた音楽プレイヤーのウォークマンだった。

 多分何の機械なのか気になったのだろう。


「これはな、外部の機器から音楽のデータをいれておくと、そこの穴に有線のイヤホンをさす事によって音楽を聞くことができるてっいう数世代昔の代物だよ。」


 俺はそう言いながら、そのウォークマンの充電器とイヤホンをタンスから出した。


「これはそのウォークマンを充電するための機械とさっき言ったイヤホンだ。」


 黒雨は興味津々にそれらを見てきた。

 まあ、今時は音楽くらいならこんな機械を持たなくてもウェアラブル端末等に搭載されている音楽アプリで十分に聞ける。

 俺はウォークマンを充電器に取り付けてからイヤホンをさして黒雨に渡した。


「ほら、イヤホンを耳に着けてごらん。」


 黒雨がイヤホンを耳に着けると、俺は音楽を再生した。

 すると、黒雨は驚いた表情をしてその音楽を聞き始めた。


 ついでに、父さんは幻想的なBGMを好んで、そんなのばかりをウォークマンに入れていたため、どういう曲か分からないものが多い。


「そうだ、どうせ俺は使わないし、このウォークマンは黒雨にあげるよ。」 


 俺がそう言うと黒雨は少しだけ笑顔に近い表情になった。

 少しずつ感情が戻っているというのが実感できる。


 その後、黒雨は音楽を聞いたまま布団に潜って寝てしまった。

 それを見た俺も、どこか安心して眠気が沸いてきたので今日は寝ることにした。


 それにしてもあの機械で見た黒雨の夢の記憶…いや、過去の記憶は見ている俺も辛かった。

 黒雨はまだ言葉を発するまでに脳の制限は解除されてはいない。根拠はないが、ずっと俺たちにあの辛かった出来事を伝えたかったのかもしれない。

 ……何はともあれ今日の最後に黒雨の笑顔(?)が見れてよかった。

 これから、もっと脳の制限が解除されて喜怒哀楽が激しくなって会話が出来るようになればいいのだが……。


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