無事に帰還
あれから数十分、俺達はなんとか基地に戻ることができた。
装甲車がゲートに到着すると、俺は一番のりで黒雨を抱えて装甲車から降りた。
降りた先にはには沙織さんと医院長が立って待っていた。
「お帰り、無事で良かったよ常田君。」
医院長は優しく微笑んだ。
「まだまだ力不足です…。」
その言葉に沙織さんは俺の肩を軽く叩きながら言った。
「初回なんだから仕方ないわ。一部例外を除いて誰もが最初は苦労して苦しむものよ。」
「沙織の言うとおりよ常田君。黒雨ちゃんもそんな酷い怪我ではないわ。私が治療してあげるから安心しなさい。」
「…すみません。」
俺は急にホッとしたためか、肩の力が一気に抜けたようになった。
「おーい、常田。チームルームで休憩しないか?」
弘が出撃ゲートとロビーを繋ぐ出入り口に立って手を振りながら大声で言ってきた。
「ああ、今いくよ。…医院長、黒雨をお願いしますね。」
「任せなさい。」
医院長のその返事を聞いてから、お姫様抱っこで抱えていた黒雨を医院長に引き渡すと、弘のもとへ向かった。
「皆がチームルームに揃ったら一杯乾杯しようぜ。」
弘の手元には乾杯用だと思われる酒が入っていそうなビ
ンボトルがあった。
「俺、未成年だぞ…?」
「ん? ああ、これはただのリンゴジュースだぜ。」
弘は半笑いしながら言ってきた。
「ジュースだったのか。」
俺は苦笑いをした。
「これさ、沙織さんが用意してたやつなんだぜ。」
「高級品なのか?」
「…んー、わからん。まあ、飲めればいいだろう。」
弘はそう言ってから軽く笑った。
チームルームへ到着すると弘は勢いよく扉を開けた。
ついでに普通のチームルームの扉は自動ドアだが、俺達のチームルームは人数が少ないために物置部屋のような所を仮設のチームルームとして使わせられているため、手動の扉となっている。
「朧丸、鈴鳴!沙織からジュースを貰ったから常田と黒雨の初任務成功を祝って乾杯しようぜ!」
弘はジュースをアピールするように掲げた。
「お、おう。ちゃんと全員揃ったら、な…?」
「そうですよ。朧丸の言うとおり、沙織や黒雨が来るまでお預けです。」
鈴鳴は朧丸が言ったことを強調するように弘に言った。
「そんな卑しん坊じゃねえよ!…たぶん。」
「…自信が無いんだな。」
俺は弘の肩をポンと叩いて言った。
そこで静かにチームルームの扉が開いた。
「あら、もう始めちゃった?」
扉を開けたのは沙織さんだった。
「いや、まだ始めてないぜ!」
「そう、なら間に合ったみたいね。」
そう言う沙織さんは俺の方を見てきた。
俺は何で見てきたのかわからず首を傾げた。すると沙織さんはクスッと笑い扉を完全に開けた。
すると沙織さんの隣に眠そうにしている黒雨が立っていた。
「黒雨…!」
「酷い怪我じゃないから軽い手当てで終わったわ。さあ、乾杯しましょう!」
そうして沙織さんは中に入ってきた。
黒雨はスタスタと俺の方に真っ直ぐ歩いてきた。
「よっしゃ! グラス用意しようぜ!」
弘はそう言いながら人数分のグラスをお盆にのせてテーブルに置いた。
「さあて、私が注いであげるわ。」
いつの間にかビンの蓋を開けて待機していた沙織さんは、グラスにジュースを注ぎ始めた。
「よし、各自一つグラスを手に取って。」
皆は無言でグラスを手に取った。
遅れないよう俺もサっと手に取った。
「よし、みんな持ったわね。では、常田と黒雨の初任務成功とチームの実力テスト成功を祝って…乾杯!」
沙織さんがそう言うと俺達も続いて「乾杯!」と声を合わせてグラスのジュースをクイッと飲んだ。
「かあ、うめえ!」
弘が真っ先に飲み干した。
「…行儀が悪いですよ。」
鈴鳴はそんな弘に軽く注意をした。
弘はテヘッと言わんばかりの仕草をとった。
「初任務どうだった?」
俺が弘達を見ていると沙織さんが話しかけてきた。
「避難する側としては勿論、表舞台とは違う緊張感がありました…。」
「それはそうよね、あんまり無理はしないでね。特殊戦闘員である私達は常に殺人のラインセンスが出ているの。もしかしたら、これから信じられないほどに辛い現実を見ることになるかもよ。」
「…覚悟しておきます。」
沙織さんと話をしていると黒雨が俺の服を引っ張ってきた。
「どうした?」
黒雨の方を見ると眠気が限界まで来ている顔をしていた。
「あらら、黒雨は限界ね。今日は色々あったし先に家に帰って休むと良いわ。」
「いいんですか?」
「気にしないで。そうそう、これをあなたに渡しておくわ。」
すると沙織さんはスマートフォンのような端末とそのケースだと思われるものをポケットから取り出して渡してきた。
「これは…?」
「特殊戦闘員専用のプライベート連絡用端末っと言ったところかしら。そのケースはベルトとかにつけられるからちゃんとそのケースに入れて身につけておきなさいよ。あとで何かあったらそれに連絡するからね。」
「了解です。」
「あと、そのケースにインカムとか他のものもいくつかあるから有効活用してね。」
「あ、はい。」
そう言うと俺は黒雨を連れてチームルームを出た。
「常田、今日はお疲れ! また後でな!」
扉を閉めようとしたら弘が手を振ってきた。
「ああ、今日はありがとう。」
俺はそう返事をして静かに扉を閉めた。それからエレベーターへ向けてゆっくりと歩き始めた。
黒雨はふらふらとしていたが、なんとか俺について来ている様子だ。
エレベーターの目の前につくと黒雨は首を時々カクっとさせながらも意識を維持させていた。
「…あんまり無理そうならおぶってやるよ?」
俺がそう言うと、黒雨はしばらく俺の顔を見つめてから首を横に振った。
「そ、そうか。」
俺は一生懸命になっている黒雨を見ながら軽く笑い、エレベーターの扉の開ボタンを押した。
エレベーターの扉は直ぐに開いたので、ささっと乗って地上へと向かった。
地上に到着すると何事もなかったかのように一般戦闘員のロビーへと出た。
「おや? 常田君じゃないか。」
ロビーを駆け足で歩いていると医院長がたっていた。
「医院長、こんな所でなにしてるんですか?」
「ほらあ、私は医療の仕事がサブでメインがこっちの司令官と言っただろう?」
「あ、そう言えばそうでしたね。」
「ま、そういう関係でここにいるんだ。そんな事より黒雨ちゃん、随分と眠そうだね。」
医院長はちらっと黒雨を見た。
「わかっちゃいますよね。」
「私の所で仮眠とらせてあげようか?」
「いいんですか?」
黒雨が無事に家までたどり着けるか不安だったので、仮眠をとらせて貰えるなら凄く助かる…。
「勿論よ。じゃ、ここから医療棟まで案内するわね。」
医院長はついてくるように手招きをして歩き出した。
俺は黒雨の手を握って医院長についていった。
「ここが基地から普段来ている医療棟へ行くための道だ。」
前にも説明したが避難所はP.K.D.Fの基地と一体化していて、食料の提供や治療などが直ぐに受けることが可能となっている。
普段の俺は医療棟から避難シェルターへを往復している。基地からこうして行くのははじめてだ。
「さて、ここに黒雨ちゃんを寝かせるといい。すまないけど医者としての仕事があるから私は席を外すよ。帰るときに顔ぐらいだしてちょうだいね。」
「わかりました、ありがとうございます。」
俺は医院長に軽く頭をさげて部屋の中に入った。この部屋は入院準備室と札が貼ってあって、中は沢山のベッドが置かれていた。
「黒雨、好きなところで寝ていいぞ。」
そう言うと黒雨は一番手前にあったベッドに潜り込んだ。そして直ぐに眠ってしまった。
「…おやすみ。」
俺は静かにそう言って近くにあった椅子に座った。
その瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「あ…!失礼します。」
開けた人は看護婦らしき人だった。たぶんベッドを取りに来たのだろう。
看護婦の人は静かにベッドに向かって歩き出すと、寝ている黒雨を見つけて動きが止まった。
「わあ、可愛い!」
看護婦の人は凄い勢いで近づいてきた。
「妹さんですか~?」
「と…は少し違います。言うなら血のつながってない家族ですかね。」
「そうなんですか。にしても、可愛いですね!」
俺は看護婦の人の勢いに驚きながら苦笑いをした。
「こらこら、はやくベッド持っていきなさい。」
看護婦の人が黒雨に夢中になっていると、もう一人のベテラン看護婦の人が来た。
「あ、すみません!」
ベテラン看護婦の人はため息をつくと俺に近づいてきた。
「いやあ、すまないね。彼女は可愛い子を見ると直ぐに興奮しちゃうんだよ。」
「いえ、気にしないでください。そちらも大変そうですね。」
するとベテラン看護婦の人は疲れたように笑った。
「いやあ、本当に大変だよ。さっきね大群でクライシスが街中を暴れてたそうなのよ。そのせいで怪我人が山のように出てしまって、…もう手いっぱいだよ。」
ベテラン看護婦の人と話していると、さっきの看護婦の人が来た。
「ベッド運びました~!」
「お疲れ様。じゃ、仕事に戻るわね。愚痴を聞いてくれてすまないね。」
そう言うと看護婦の人達は出ていってしまった。
「ふう…。腹へったな…」
ふと腕時計を見ると時刻は15時をとっくに過ぎていた。よく考えると俺は昼をまだ食べていない。
黒雨も気持ちよさそうに寝ているし、一人で売店を見てくる事にした。
売店に行くと、昼に陳列されたであろうおにぎりやサンドイッチなどの軽食の売れ残りが置いてあった。
俺は特に考えず手前にあるサンドイッチを3つとペットボトルに入ったお茶を2本買った。
それから寄り道しないで黒雨の寝ている部屋に向かった。
「常田…さん…?」
部屋に向かおうと売店を出ると聞き覚えのある声に呼び止められた。後ろを見るとそこには車椅子に乗った桜さんがいた。
「桜さん、車椅子なんか乗ってどうしたんだ!?」
「その…先ほど大群で攻めてきたクライシスと戦闘をしていた際に足をクライシスに噛まれたんです…」
「大丈夫ななのか?」
桜さんの足を見ると右足にはギブスだと思われるものが巻かれて固定されていた。
「噛まれたのが足だったのが幸いです。もし頭とかだったら…」
「そうだな。…美穂さんとか他のみんなは無事なのか?」
すると桜さんは少し暗い顔をした。
「実は美穂さんは一人で襲われた簡易避難所へ向かって行き、しばらくしてから応答が途絶えてしまいました。」
「一人で!?」
「ええ。私達が戦闘していた付近にあった簡易避難所がクライシスに襲われたらしく、救助連絡がありました。本当ならば本部にそれを連絡をして指示を待たなければなりませんが、美穂さんは本部に連絡をしてまもなく間に合わないとおっしゃり、指示を待たず一人で行ってしまいました…。」
「どうして誰もついて行かなかったんだ?」
「他の方は、私を含めて大半が負傷をしていて、それどころではなかったんです…。」
「…そうか、大変だったな。」
俺は裏側のP.K.D.Fのため無闇に活動ができない。
この事には何も力になれないと思い、胸にしまっておくことにした。
「じゃあ、俺は用事があるから行くよ。」
俺は直ぐに立ち去ることにした。
「誰か入院されてるんですか?」
「んー、まあちょっとね。」
それだけを言い残して再び黒雨の寝ている部屋に向かった。
部屋に戻ると黒雨はまだ熟睡していた。
「よく寝てるな…」
俺は近くの椅子に座り、売店で買ったサンドイッチを食べ始めた。するとさっき沙織さんからもらったスマートフォンのような端末からバイブレーションが発した。
「…ん?」
俺はベルトに付けたポーチから取り出してみると、画面に“沙織 着信”と“応答”と“拒否”と書かれた文字が映っていた。
どうやら沙織さんから電話がきたようだ。俺は恐る恐る応答をタップして端末を耳に当てた。
「もしもし、常田?」
すると沙織さんの声がした。
「あ、はい。どうしました?」
「よかった。緊急事態よ、急いで黒雨を連れてチームルームに戻って!」
「緊急事態ってなんですか…?」
「大群のクライシスがここの本部を目指して攻めてきてるそうなのよ!」
「え!? 今すぐ行きます!」
俺は電話を切ると直ぐに黒雨を起こした。
「黒雨! 大変だ、起きてくれ!」
黒雨は眠そうながらも身体を起こした。
「黒雨、クライシスがここを目指して攻めてきてるらしい…。沙織さんからチームルームに集合するように言われている。
」
俺がそう言うと黒雨は頷き直ぐにベッドから降りた。
「よし、行こう!」
そして俺と黒雨は駆け足でチームルームへと戻った。