第四章
ディアーナのアジトに戻ると、瑠璃が武装していた。
「これから仕事?」
「いや、今戻ったところだ」
「棒?」
「ああ、私は棒術がメインだからね」
そう言って金属製の長い棒を六つに崩す。
「これは服の下に隠せて便利だ」
六つのパーツはそれぞれ三つずつ、ゴム紐のようなもので結ばれている。ヌンチャクのような形だ。
「接近戦にも中距離でも使える」
「へぇ」
宙はあまり格闘技には詳しくは無いが、瑠璃が楽しそうに話す様子を見て、この国では凄いことなのだろうと予測を立てた。
「それより、僕も何か仕事は無いか?」
「なんだ? 急に」
「いつまでも世話になるのも悪いと思ってさ」
「んー、じゃあ、朔夜の手伝いするか? なくほど喜ぶぞ。何せ家事ができるのはディアーナじゃ朔夜とマスターとアンバーとジャスパーだけだからな」
「朔夜? アンバー? ジャスパー?」
知らない名前ばかりだ。
「朔夜は姉貴、アンバーは私の部下。ジャスパーは玻璃の信者だ」
「へぇ。って、私もあんまり家事は得意じゃないけど……」
「何ができる?」
「掃除は得意だよ。あと、スープの調合」
「十分だ。ついでに洗濯とか水汲みができると尚よろしい」
「あ、それくらいなら」
この国に洗濯機はおそらく存在しないのだろうが、問題は無いだろうと宙は考えた。
「じゃあ、朔夜呼んでくる」
「あ、僕も行きます」
「ついでに読み書きは?」
「ここの文字は読めません」
「そっか。それも朔夜に教えてもらえよ」
「は、はい」
瑠璃はぐいぐい引っ張るように宙の腕を掴んで、足早に奥へと進んだ。
幸い、地下には行かないようだ。
「そう言えば、地下って何があるの?」
「マスターのコレクションルーム」
「へ?」
「毒薬倉庫だよ」
「……近づかなくて正解」
「まぁな。ちなみに二階は祭壇があるだけで殆ど何もない」
「祭壇?」
「月の女神の絵が飾ってるだけなんだけどな、ディアーナに入る時、そこで誓いを立てて、これを貰うんだ」
そう言って瑠璃はペンダントを見せる。
「それは?」
「月の女神の紋章。クレッシェンテで絶対の安全を保障するほどの効力がある」
瑠璃はそう、笑って見せ、突如戸を開けた。
「朔夜、助手が出来たぞ」
「助手?」
若い女の声がしたかと思うと、彼女はエプロンで手を拭きながらこちらに来た。
「宙だ」
「はじめまして」
「はじめまして。私は朔夜。ところで助手ってどういうことかしら?」
朔夜と名乗った彼女は鳶色の瞳に薄い茶髪の癖毛をした人だった。
前髪が妙な角度で跳ねている。それ以外は柔らかそうにふわふわとした髪を一つに纏めていた。
「家事手伝いしてくれるんだと」
「まぁ。嬉しいわ。早速だけど洗濯物を干すのを手伝ってくださる? 雨が降ってもいいように、家の中に干すの」
「は、はい」
本当に嬉しそうに笑いながら、彼女は言う。
なんか可愛い。
「そういやマスターは?」
「情報収集、とか言って酒場に居るわ。ただ呑みたいだけだと思うわ」
「マスター?」
「玻璃と一緒にお前を引き取りに行った赤毛の男だよ。見ただろ?」
「うん」
「あの人には絶対に逆らうなよ? 殺されるぜ」
冗談のように言うが冗談ではないのだろう。恐ろしい。
「強いの?」
「ああ、この国、いや、この世界で一番強い」
この世界、か。
元の世界にどうしても戻りたいというほど愛着は無いけれど長居も良くないのだろうとは思う。
「あ、洗濯物、どこに干します?」
「あの角を左に曲がった梯子を上がったところよ」
「はい」
とりあえず、生きよう。
そのためにあの魔女はここに預けたのだろうから。
次に会ったときに色々聞き出せばいい。
宙は大人しく朔夜の指示に従うことにした。