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Crescente  作者: 高里奏
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第三章


 翌日、宙は玻璃に連れられ、随分と古く、いかにも雨漏れでもしそうなアパートメントを訪れた。


「アラストル、居る?」

「おぅ、玻璃か。ちょっと待ってろ…先客が居るんだ。って、てめぇはいい加減起きやがれ!」

 アラストルと呼ばれた男の怒鳴り声が響く。

 宙はなんとなく嫌な予感がしていた。

「玻璃、アラストルって何者?」

「銀の剣士。すっごく優しいよ。三十路だけど。声が大きくてね、料理が上手なの。三十路だけど」

 玻璃はやたらと三十路を強調して言う。奥から「三十路って言うんじゃねぇ」などという声が響いた。

「玻璃、そいつは?」

「宙。昨日から一緒に住んでるの」

 よくわからない紹介をされた。

「あ、森嶋宙です」

「アラストル・マングスタだ。悪い、散らかってるが適当に座ってくれ」

 そう、彼が入れてくれた室内は書類が少しばかり散乱している他、とくに散らかっている様子は窺えない。

 おそらく彼はとても几帳面なのだろうと宙は思った。

「おい、お前も挨拶くらいしろ」

「ふぇ? あ、部長、おはよ」

「……やはり貴様か」

 悪感の正体はこいつだったと宙はため息が出た。

「なんだぁ? 知り合いか?」

「ま、まぁ…」

 宙は曖昧に言葉を濁す。

「宙、それ誰?」

「この世で最も忌々しい野球部のエース殿だ。早くくたばってくれないかと心の底から願っているというのにも関わらず、異常な生命力であらゆる呪いが効かんのだ」

「酷ぇな…あ、月見里武だ。えっと、あんたが噂の玻璃?」

「噂?」

 武の言葉に玻璃は不思議そうに首をかしげた。

「アラストルがあんたの話ばっかりでな。明日当たり来るかもしれねぇって言ってたの、当たったな」

「ふぅん。でも、ほぼ毎日来るからあんまり意味のない予報だよ」

 玻璃はさして興味無さそうに言う。

「アラストル、これ、邪魔。消していい?」

「おい…一応、俺の客人だ。消すな」

「……私だけで良いでしょ? こんな人要らないよね?」

 玻璃はおそらくは商売道具と思われるナイフを取り出し、武に向けた。

「玻璃、そのままやってくれると僕は心から嬉しいんだけど」

「あれ? 何? この状況? 劇の練習か?」

「…てめぇは少し危機感持ちやがれ!」

 アラストルは武の頭を思いっきり殴った。

「いてぇ」

「死ななかっただけマシだと思え」

 アラストルはため息をついた。

「で? なんでこいつがアラストルさんのところに居るんですか?」

 一応、いや、随分年上のようだったので、宙は出来る限り丁寧に訊ねた。

「昨日、広場で倒れてたのを拾ったんだよ。なんでもセシリオ・アゲロに断られてウラーノ・ナルチーゾ伯を探しに行く途中で倒れたらしい。尤も、あの気まぐれ伯爵はそう簡単につかまらねぇけどな」

「ナルチーゾ伯?」

 初めて聞く名に宙は再び質問する。

「そういや、お前ら異国から来たんだってな。おい、玻璃、紙とペン取ってくれ」

 アラストルが玻璃に言うと、玻璃は少しばかり不機嫌そうに、紙の束と万年筆を投げつけた。

「投げるなよ。まぁいい、まず初めに、この国はクレッシェンテっていう。これは知ってるか?」

 そう、彼が言うと、宙は頷き武は首を傾げる。

「武…てめぇには昨日一通り説明したよな? 何聞いてたんだ!」

 アラストルは思いっきり武の鳩尾に蹴りを入れた。

「あの馬鹿は放っておいて、大体世界がこうあるとしたら、クレッシェンテはこの辺りだ」

 アラストルが描いた地図は見慣れた世界地図のようで、ところどころが少しずつ違っていた。そして、クレッシェンテと書かれたところはイタリアがある場所と酷似していた。

 文字は全く読めない。楽譜に酷似しているがアラストルの少しばかり崩れたそれは読み辛く、別物のように感じられた。

 宙は黙って続きを促した。

「で、今俺たちが居るこの街が、王都ムゲットだ」

 丁度ローマがあるあたりを彼はペンで印をつける。

「そして、さっき言っていたウラーノ・ナルチーゾ伯が居るのはナルチーゾ。俺の出身地だな」

 そう言って彼がペンで印をつけたのはだいたいヴェネチアのある辺りだった。

「特産物は主に葡萄と薔薇。必然的にワインや香水が良く作られる比較的大人しい地方だな。クレッシェンテにしては。他には武道大会が多い。尤も、今のナルチーゾ伯は戦闘よりも芸術を好む。ここ近年は絵画や音楽が盛んだ」

「アラストルがまともなこと言ってる…」

「何だと? 玻璃、てめぇは喧嘩売ってるのか?」

「別に」

 アラストルは気が短いようだ。宙は怒らせまいと肝に銘じた。

「それで、この国は異国から来たやつには危険が多すぎる。お前は絶対に一人で出歩くなよ?」

「売られるから?」

「まぁ、そんなところだ。誘拐、暗殺、売春、人身売買はこの国の十八番だからな」

 アラストルは深刻そうな表情で言う。

「宗教は?」

「無い。いや、一応、異国の光の神を崇める奴らも居るから、ムゲットに国で唯一の大聖堂がある。だけど、殆どの奴は神を信じない奴らだ」

 勿論、俺もな。と彼は言う。

「ルーンっていうんだよ」

「ほぅ、それは初耳だ」

 玻璃の言葉にアラストルはどうでもよさそうに答える。

「他に特徴は?」

「ほぅ、お前はこの馬鹿と違って賢いな。良い心がけだ。情報は身を守る武器だ。但し、この国で正しい情報を手にすることは難しいと思っておけ。信頼のおける情報屋でもない限りはそうやすやすと信用するなよ?」

「その辺の人に訊いたら嘘を教えられる?」

「そんなこともあるってことだ」

 そう言って彼は笑う。

「後は…そうだな。魔術と科学の共存する国、ってのが最大の特徴か? 尤も宮廷騎士は魔術師を嫌っているがな」

「魔術と科学の融合?」

 宙は目を見開いた。

 魔術なら得意分野だ。

「簡単にいえば、車とか汽車なんかは蒸気で動いてる。だが、工場なんかは蒸気と人力、他に魔動のとこなんかもあるってわけだ。もっともクレッシェンテに工場なんて数える程度しかないがな。大抵魔術も戦闘に使う。他は医療だ。医療は特に発達してる。怪我人や毒を盛られる奴が多いからな。その医療技術の他に、魔法薬があるわけで、こっちは時の魔女の十八番だな。大抵の魔術師や術師は幻術で人を騙す。それ以外には使わない。まれに呪詛なんかを使うやつもいるが、クレッシェンテじゃあまり好まれないな。直接殺し屋を雇うのが上流だそうだ」

 忌々しそうに言うアラストルに宙はがっかりする。

「なんだぁ? しけた面しやがって」

「部長は呪いとか魔術とかそういうの大好きだからな」

「げ…復活した…」

 てっきり気絶していたと思っていた武が起き上って言ったので宙は口から心臓が飛び出るかと思った。

「お前…嫌われてるな…」

「なに言ってるんだよ! あれは部長の愛情表現。な? 部長」

 とりあえずそばにあった箱を投げつけておいた。

「……ねぇ、アラストル」

「なんだぁ?」

「こういうの変態って言うんでしょ?」

 玻璃が真面目な顔で武を指して言うのでアラストルは思わず噴き出した。

「ちがいねぇ」

 宙はそんな玻璃とアラストルを見て、親子か兄妹のように思えた。

「そう言えばアラストルさんと玻璃の関係って、兄妹ですか?」

「いや」

 アラストルは少しばかり気まずそうな表情をする。

「標的と殺し屋の関係」

「へ?」

「もともと玻璃は俺を狙ってきた殺し屋なんだよ」

 アラストルはあまり思い出したくないと言った様子で言う。

「は、はぁ…」

「すげぇな。自分の命狙ってきた奴と一緒に暮らしてたのか?」

 武の言葉に宙も驚く。

「一緒に暮らしてた?」

「どっちかっていうと保護、だな」

 今もそんなもんだろ、とアラストルは武の頭をぽんぽん叩く。

「そ、そうなんだ…」

「ちなみに私が保護者」

「え?」

 玻璃の抑揚のない声に少し驚く。

「嘘吐くな! ったく…お前はそろそろ躾けないとダメだな…俺はこんな手のかかる妹はいらねぇぞぉ?」

「悪かったわ。リリアンじゃなくて。でも、私も三十路の兄なんていらないわ。もう姉二人で十分」

 険悪な雰囲気になって武は少し慌てるが、宙は平然とその様子を眺めていた。

「へぇ、魂レベルの信頼関係か。君たち、その関係を大切にした方がいい。いや、切っても切れない前世からの深い縁がある。きっとその縁は永久に続くよ」

 宙の言葉に玻璃は目を見開いた。

「それ……」

「え?」

「蘭も同じこと言ってた…」

「時の魔女が?」

 宙自身驚いた。いや、本来は驚くことなど無いのかもしれない。

 時の魔女と呼ばれる程の魔女だ。ひょっとしたら宙以上の能力を、いや、絶対に持っていなくてはいけない。

「だったら、僕の予言は絶対だ」

「悪いが俺は前世とかそういうのは信じない」

 アラストルが言う。

「信じるか信じないかは君次第だ。でも、運命というものは必ずある。そして、宿命も」

 宙の言葉にアラストルは考え込む。

「すっと、アラストルと居れるならなんでもいい」

 そう言った玻璃の頭を撫で、彼は驚くほど柔らかく微笑んだ。

「お前は術師向きだな、宙。それも良い術師だ。お前はクレッシェンテを出て術師の修業をした方が良いかもな。いや、逆に宮廷に抱え込まれる方が良いかもしれない。もうすでにそれなりの実力はありそうだ」

「え?」

 アラストルの言葉に宙だけではなく、その場の全員が驚く。

 宙自身、まさかアラストルにそこまで認めてもらえるとは思っても居なかった。

「生憎、俺には宮廷騎士へ推薦状を書く資格はねぇ。時の魔女かセシリオ・アゲロかルシファー、今、宮廷に推薦状を書けるのはこの三人だ」

「え?」

「三大恐怖は宮廷にも影響を与えられる。そして、宮廷騎士団からの厳しい審査があるらしい。その過程で洗脳される奴も多いみたいだがな」

「洗脳……」

「宮廷ってのはそういう場所だ」

 アラストルは複雑そうな表情でそう言った。



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