表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crescente  作者: 高里奏
3/6

第二章


 宙が連れてこられた場所は、とても薄暗い宿屋のような場所だった。

「宙、私の部屋で良い?」

「あ、ありがとう」

 玻璃の部屋と言う場所に通された宙は驚いた。

 何も無いのだ。

 クローゼットらしきもののほかは、床に毛布とクッションが置いてあるだけ。他にあるとしたらカーテンと壁に飾られた絵だけだった。

「えっと、玻璃、ベッドとか無いの?」

「無いよ。あんまりこの部屋に居ることもないし」

 玻璃の言葉に宙は少し納得する。

「普段はね。アラストルのお部屋の長椅子で寝るの」

「アラストル?」

「えっと…保護者?」

 玻璃自身も良くわからないと言った風に言う。

「アラストルって凄く温かくてね、遊びに行っても怒らないし、雨の日も遊んでくれるし、寒い日はココアをくれるんだよ」

「へ、へぇ…」

 正直宙は玻璃にどう対応すれば良いのかわからなかった。

「それに、この前はお仕事くれたの」

「玻璃はどんな仕事をしてるんだ?」

「暗殺者」

 そういえばクレッシェンテで一番人気の職業だと時の魔女が言っていた。

「でも、解雇されたから今は図鑑の蝶や蛾の絵を描く仕事」

「へぇ、絵が得意なんだ」

「うん。蝶を描くのが好き。蝶を描くとリリムが喜ぶんだ」

 玻璃は人と話すこと自体が少ないのか楽しそうに話す。

「えっと、僕はここに居る間どうしたら良いのかな?」

「ちょっと待ってて、今瑠璃に毛布借りてくる」

 そう言って玻璃は部屋を出て行ってしまう。

 玻璃のどこと無く心地よい小さな可愛らしい声が聞こえないのが少しばかり寂しく思える。

「瑠璃って誰だろう?」

 玻璃の話は登場人物が唐突に増える上に人物も多くて全く整理できない。

 何よりベッドも布団も無いような場所でかなりの間世話にならなくてはいけないと思うと憂鬱だった。

「どうやったら元の世界に帰れるんだ?」

 この世界の最大の難点はリディとの意思の疎通が出来ないことだ。

 もしかしたらこの世界に自分以外に妖精の存在を信じる者が居ないせいで彼女が存在できないのかもしれない。

 そう考え、微かに身体を震わせる。


「僕の魔力はどうなるんだろう?」

 使えなければ、もうもとの世界には戻れないかもしれない。

 日本という国に、あの世界にそれほど未練は無いが、あの世界はとても平和だったと思う。とりあえず法律で殺人や誘拐や人身売買なんかは禁止されていたし、薬物だって取り締まられていた。そんな世界で育った自分がこんな世界で生き延びられるだろうかとは不安に襲われる。

 魔女が居る。

 ということは魔術自体は使えるはずなのだ。

 だけどもリディが居ない。その事実が不安をより一層大きくした。


「宙」

 戻ってきた玻璃の声にびくりとする。

「どうしたんだ?」

「瑠璃が宙に会いたいって」

「瑠璃?」

「私だ」

 そう言って入ってきたのは玻璃より五センチほど背の高い栗毛の女。

 風呂あがりなのか、濡れた髪をタオルで拭きながら入ってきたようだった。

「お前が宙か?」

「はい。森嶋宙です」

 そう言うと女は驚いたように宙を見る。

「へぇ、姓があるってことは良いとこの身なんだね」

「え?」

「私たちはみんな捨てられた身だ。マスターの世話になってようやく生きている。マスターも口は悪いけど面倒見はいいんだ。そういやもう一人ガキが居るって聞いたな。男なら、うちには来ないだろうが、どこかに預けるくらいはするだろうよ。安心しな」

 そう、女は豪快に笑う。

 どことなく、“男らしさ”を感じさせるような笑いだった。

「えっと、なんてお呼びしたら?」

「瑠璃、もしくはヴェント」

「ヴェント? 風、ですか?」

 宙は驚き、そして納得する。

 確かに風のような人だと感じた。

「ヴェントってのはコードネームだ。玻璃はドーリー、朔夜はレオーネ。マスターは無いけどな。で、瑠璃が日ノ本から持ってきた唯一の名だ。玻璃も一緒だな」

「うん」

「えっと、お二人はどういう関係で?」

 そんなことを訊いてもいいのか迷ったが、宙は訊かずにはいられなかった。

「あ? 姉妹だよ。双子のな」

「え?」

「見えねぇか?」

 瑠璃の言葉に宙は大きくう頷いた。

「髪の色とか全然違うからな」

 そう、瑠璃は笑うが、そういう次元ではないと宙は思った。

「双子は不吉だって捨てられた」

 あっさりと言う瑠璃に少し驚いたが、おそらくはセシリオ・アゲロが面倒見の良い人間だということだろう。

「瑠璃は今宮廷からも勧誘が来てるんだよ」

「勧誘?」

「騎士団に入れって話だ。断ったがな」

 瑠璃は少しばかり不機嫌そうに言う。

「玻璃は無いの?」

「ないよ。今は大学の教授と一緒に絵を描くお仕事。昨日はね、青い大きな蝶の絵を描いたの。リリムにも見せたかったけど、見せに行っちゃダメって教授に言われちゃった」

 少し悲しそうに言う玻璃に笑みが零れた。

「話を聞いていると全然暗殺者に思えないな。二人とも」

「そうか? まぁ、最近は護衛の仕事の方が多いしな。王が崩御したって言うんで、散々恨みを買っていたお偉いさん達が怯えてディアーナやハデスに依頼するんだ」

「月の女神と地下の王?」

「いや、独立暗殺組織だ。ディアーナもハデスも国に仕えているわけではない。かといってどこぞの貴族に仕えているわけでもない。今いるここは、ディアーナのスラム街アジトだ。マスターもここで育ったし、宮廷の奴らはこんな場所に近づきたがらねぇ。まぁ、戦えねぇ商人とかは少し危険だが、私たちにとってこれほど安全な場所は無い」

 そう言う瑠璃に宙はついていけなくなる。

「宮廷の人がなんで近づきたがらないんですか?」

「楽に話せよ。宮廷の下っ端はここらの連中に怯えてるし、宮廷騎士団長殿は雨が嫌いでね。少しでも曇ってくるとよほどの相手に会わない限り全部部下に任せて帰っちまうんだよ」

瑠璃の言い分は、まるで宮廷騎士団長を知り尽くしていると言わんばかりだった。

「ジルは雨が嫌いだから雨の日に遊びに行くと怒るんだよ」

玻璃が退屈そうにあくびをした。

「お前は遊ぶことばっかりだな」

「明日アラストルのお家に遊びに行こうと思って」

「…またあいつか……明日は晴れることを祈るよ」

 瑠璃は大げさにため息を吐く。

「そんなに雨が多いの?」

「ああ、とくに夏場はな。クレッシェンテは夏が長いんだ。代わりに春が短い。秋は無い」

「へぇ、玻璃は雨が嬉しいみたいだけど?」

「まぁ、こいつみたいなやつも居るって程度に考えとけ。あまり多くは無いがな。あの銀の剣士も雨が好きな変わり者だ」

「銀の剣士?」

 宙が訊ねると、瑠璃は本当に忌々しそうに名を口にした。


「アラストル・マングスタだ」


 その後、宙は散々アラストルという男についての瑠璃の意見を聞かされ、玻璃のフォローになっていないフォローを聞かされた。

 正直、かなりうんざりしていた。


「ほら、もう遅い。ガキは寝ろ」

「……ガキですか…」

 もうそんな歳じゃないと言いたかったが、実際瑠璃は年上だったし、これからかなり長く世話になるであろう相手にそんなことは言えなかった。

「おやすみ、瑠璃」

「ああ、おやすみ。良い夢を見ろよ」

 そう、瑠璃は玻璃の頬に軽く口づける。

「宙も良い夢をな」

「瑠璃も、優しい夢を」

 そう宙が返すと、瑠璃はくつくつと笑って出て行った。


「玻璃」

「なぁに?」

「クレッシェンテではキスが挨拶なのか?」

「さぁ? アラストルはしないけど。マスターも時々朔夜にしてもらってる。瑠璃は朔夜にされそうになると怒るけど?」

 一般的ではなくこの組織内の挨拶なのだろうか。そう考えていると玻璃が柔らかい毛布を渡してくれた。

「ありがとう」

「ううん。好きな場所で寝て。私は窓際の壁のところが朝になっても日光が当たらなくて好き」

「だったらその反対側で寝てもいい?」

「うん」

 どうやら玻璃とは趣味が合いそうだ。

 玻璃の部屋は涼しいし、薄暗くて居心地が良い。

 もう、ベッドが無いとかそういったことはどうでもよくなってきた。

「玻璃」

「なぁに?」

「なんで床で寝てるの?」

 答えは分かっている。

「硬くて涼しい場所が好きだから」

「僕も同じだ」

 家では出来ないことを出来る喜びがある。

 そして、玻璃も同じだということがとても嬉しく感じられた。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ