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Crescente  作者: 高里奏
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序章


 森嶋宙もりしまはるかはその日、いつもの如く、野球部のエース殿から逃げ回り、オカルト部の部室で何やら魔術書を開きながら床に魔法陣を書き込んでいた。

「部長、今日は自宅で新月の儀式を行うので帰らせていただきます」

「ああ、僕はこの本の術式を試してから帰るよ」

 正直、宙自身もこんなものは自宅でやれば良いとは思っているが、一度見つけてしまったものを中断して帰宅できるほど宙は好奇心を抑えられる人間では無かった。

「それはなんですか?」

「時の魔女とやらと契約する魔法陣らしい。尤も、実在するかも定かじゃないけどね」

 佐々木の問いに、宙は顔を上げもせずに答える。

 実際本に描かれた魔法陣はかなり複雑なもので、宙が今まで描いたどの魔法陣よりも大きなものだった。

「随分大きいですね」

「ああ、佐藤、お前も試すか?」

「いえ、私は。西洋魔術よりは陰陽道に興味があるので」

「だったら僕の鞄の中の本を持っていくといいよ。江戸時代の陰陽師について非常に興味深い一文がある」

「本当ですか? ありがとうございます」

 オカルト部においては部長の書物はみんなのもの。一度読んだ書物をすべて記憶している宙は読み終わった文献を部室まで持ってくる。

 部員たちの楽しみの一つはその文献であった。

「これは……部長、お借りしても?」

「ああ。あげるよ。僕には必要ない」

「ありがとうございます」

佐藤は嬉しそうに本を眺め、抱きしめる。

「佐藤は遅くなる前に帰るといい。暗くなると女の子は危ないからね。佐々木、送ってあげなよ」

「はい。って、部長も“女の子”でしょう?」

「生物学上だけの話だ」

 そう答えながら、宙は本と図面を見比べる。

「相変わらずですね。部長は」

「僕はこれでいいんだよ。まぁ、時の魔女に出会えれば、僕はもうここには戻らないよ」

「え?」

「あの野球部エース殿には二度と会いたくないからね」

 宙は心底忌々しそうに言う。

「ああ、月見里やまなし先輩ですね…」

「部長は本当に月見里先輩が嫌いですよね。結構モテるのに」

 野球部のエース殿こと月見里武は宙曰くストーカー。宙はなぜあんな奴に好かれてしまったのだろうと常日頃からぼやいていた。

「良い人だと思いますよ? 月見里先輩は」

「女子にも男子にも人気ですよね。噂じゃファンクラブまであるとか」

 部員たちが言うと宙は大きくため息を吐く。

「次の生贄はエース殿に決まりだ」

 意地悪く笑う宙に、今度は部員たちがため息を吐く番だった。

「ほら、みんなもう帰りなよ」

「部長一人で大丈夫なんですか?」

「僕を誰だと思ってるんだ?」

「我らがオカルト部部長、二年一組だけならず、学校の羨望の的森嶋宙様です」

 佐々木が言うと、部、全体から拍手が沸く。

「誰が世辞を言えと言った。僕はそういうのは嫌いだ」

「いえいえ、謙遜なさらずに。部長が素晴らしい方だということはここにいる全員が知っています。もちろんリディ様も」

「……そうか」

 少しばかり恥ずかしくなって宙は俯く。

「ほら、早く帰りなよ」

「はい。それでは失礼します」

 佐々木が挨拶をすると、ぞろぞろと部員たちが出ていく。

 それを確認して宙は再び魔法陣へと向かった。

「リディ、これが成功したら君の故郷に行けるかもしれない」

「宙、それよりももっと違う世界を見られるかもしれないわ」

 宙が話しかける相手、リディは宙の肩の上で楽しそうに宙の手元を見つめていた。

「別の世界か…だったらもっと魔術の発達した世界が良いな」

「うん。宙ならきっと」

 宙は微かに微笑む。

「へぇ、部長、そうやって笑えたんだ」

「なっ…貴様!何故ここに!」

 宙が驚いて見上げると、例の野球部のエース、月見里武やまなしたけるが居た。

「部長と一緒に帰ろうと思って」

「貴様に部長と呼ばれる筋合いはない!」

 宙は苛々しながら叫ぶ。

 リディは驚いて宙から離れた。

「宙、落ち着いて」

「ごめんよリディ。恐がらなくていいからね。君には怒ってないよ」

 宙はリディに手を伸ばす。

「部長? 誰に話しかけてるんだ?」

「貴様には関係ない」

 不思議そうな月見里を、宙は撥ね退ける。

 実のところリディは、宙とオカルト部の人間以外には見えない。

 おそらくそれは信じる心に関係しているのだろうと宙は思っていたが、それをわざわざ月見里に教える気にはなれなかった。

「で? 部長、なにやってんの?」

「貴様には関係ない」

「教えてくれるくらいはいいんじゃねぇの?」

 月見里の言葉に、宙は少しばかり見下した視線を送る。

「貴様のその下等な脳では理解できんとは思うが教えてやろう。これは時の魔女を召喚するための魔法陣だ。これにより時の魔女と契約を交わす。利用できるのは新月の夜のみ。つまり、今夜だ」

 宙は些か得意げな表情になる。

「で? 何時に帰るつもりなんだ?まさか学校に泊まったりとかしねぇよな?」

 少し怒ったように月見里が言うので、宙は不機嫌になる。

「お前には関係ない」

「いや、関係ある。心配なんだよ。部長がさ」

「心配してくれと頼んだ覚えはない」

 そう言って宙はキャンドルに火を点す。

「邪魔だ、出ていけ」

「嫌だね。どうせ部長はまた危険なことをするんだ」

 月見里がずかずかと魔法陣の中に入り込む。

「馬鹿! 止せ!」

 宙が叫んだ瞬間だった。

 オカルト部部室は真っ青な光に包まれ、次の瞬間二人は真っ黒な空間へと辿り着いた。




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