初会話
「さ…坂城…。」
漏れた言葉だった。
坂城は本を読んでいる。視線はずっと本に向けられたままだ。
坂城は無口だが、うちの高校で不落のトップを守っている秀才でもある。
美人な顔立ちなので、密かに人気もあるらしい。
しかし、めったにというか、本当に喋らないので、
(一部のマニア以外)には話しかけづらい存在として位置しているのも事実だ。
「…あんたが何してんのか、大体分かる。……話…聞こうか。」
そう言いながらも、坂城はずっと本を見つめている。さらにはページをめくる。
「坂城…悪いけど今は…」
「間違えた。……『聞こうか』じゃない、『聞かせろ』だ。」
少し強めの口調に思わず反応してしまう。
こんなに喋ったのは初めてだ。
恐らく、この状況を一般の男子生徒が見たら、俺が怨まれて当然だろう。
……内容を除いてはだが。
「どういうことだよ…?」
「あたし…あんたの彼女と…長い付き合いなんだよね。」
坂城はさらにページをめくる。
「…!高見と…!?」
「…そう。小学校の高学年くらいからかな……ずっと。」
坂城は短い髪の毛を耳に掻き揚げる。視線は相変わらず本。
『話し声』というのを初めて聞いたが、大人びていて、スマートな声だ。
「あたし『つるみ』に興味なかったから、ずっと一人でボーッとしてたの…。
でもね、あの子は…憂希は…あたしを使って遊ぶのが好きでね…。
ボーッとしてるところに耳元で風船割ってきたり…とか。」
これを本を眺めながら表情を変えずに淡々と話す坂城はなかなか面白かった。
緊張の糸や、さっきまでいっぱいだった気持ちが少しずつ晴れていくようだった。
「小学校は『うっとうしい』としか思ってなかったけど、
中学になってもしつこく絡んでくるんだよ…あの子…。
で、何でかって聞いてみたら、『友達になりたい』とか言っちゃってさ。
……初めて人前で笑ったかもね。」
目を閉じて、本を閉じる。
そして初めて俺の目を見て、にやりと笑った。
俺はこいつが人前で笑顔を見せるのを初めて見た。
「あたしがこの高校選んだのも、あの子が行くって言ってたから。」
空を見上げる坂城。視線の先には、何があったんだろうか。
俺は、普段話さない奴と話していて、何となく、高揚感に浸っていた。
だが、次の一言で俺は我に返った。
「……まぁそんなことは今は重要じゃなくて…。」
睨みつけられる感覚。両手拳がきつくなっているのが分かる。
強くでは無いにせよ、少々の敵意識を持たれている事は感じた。
「とりあえず…話…『聞かせろ』…。知る権利が私にはある。」
「……。ふん…。なるほど……。」
俺は一通りの流れを坂城に説明した。
坂城は腕を組んでいる。
「…で?断るんでしょ?その…後輩の子……。」
「当たり前だ!俺はそれで誤解されたのが……。」
「誤解されて…、頭にきて当てつけみたいなことを言っちゃったと…。」
俺はうつむきながら首を縦に振る。
「……。なんだ…痴話げんかじゃん。」
「…!?」
「…大丈夫、心配しなくても。アンタがちゃんと謝れば、許すよあの子は。」
「……どうだろう…。」
「ちゃんと謝るのよ。…そうすればきっと。」
「…うん。」
「ただ、あの子はあの子で考える時間がいるから。…それにもうすぐ中間でしょ?」
「あ…そっか。…で…でもどうするんだ?」
「中間終わりにでもサプライズがてら謝れば、また仲直りできるわよ。」
「そうかな…。悪かったな坂城。ありがと!」
俺は坂城に礼を言うと、ダッシュでその場を後にした。
「……。あたしってば…何やってんだか。」