哀しみ
ライブが始まった。
俺らのバンドの枠は最後。
常連なので、かなり良い「トリ」というポジションを頂いた。
「坂城!高見は…?」
俺の質問に坂城は無言で首を振る。
トリとは言っても、小さなライブハウス、小さなライブだ。
俺らが出場するまでであと1時間と半ちょいくらいしかない。
だから早く来てほしかった。
そんな中、坂城の携帯が鳴る。
俺は思わず前かがみになる。
坂城はすぐに携帯を耳に当てる。
「…はい。」
「………!……!?」
「ど…どうしたんだよ、坂城。相手は…高見なのか?」
「………。」
「おい…坂城?」
「………は…はい、分かりました。すぐ向かいます…。」
そういうと、坂城は携帯を耳から落とした。
「おい!?」
「……きが……。」
「…?」
「…憂希が……トラックにはねられた。」
ライブハウス付近の病院へ坂城と共に駆け込む。
「高見は!?」
「……高見 憂希さんの…ご友人の方ですか?」
俺たちがキョロキョロしていると、医者が話しかけてきた。
「はい…!高見は…大丈夫なんですか?」
「………腹部から大量に出血…と、着地のときに頭を強く打たれたようで…。
出血の処理は全力を尽くしたんですが……。」
ー全身をナイフで貫かれたような痛みが走った。
「…高見が……死んだ!?」
「うそ…憂希。」
「そんな……どうして!?」
俺は思わず医者に突っかかる。
「…れ…連絡してくれた方によると…ものすごい急いで走っていたらしく…。
そこへ、暴走していたトラックが突っ込んできて…。
……はねられて、地面に叩き付けられて、その人が駆け寄ったときに…
『ライブ会場に行かなきゃ…』と、うわごとを言っていたようです……。」
体中の力が抜ける。
「そ…そのトラックの運転手は!?」
「…そのまま暴走してコンクリート壁に突っ込み、運転手は即死でした…。」
わき起こっていた怒りは、哀しみを倍増させるだけのエネルギーになっていた。
俺は唇を噛み締めて、拳をグッと握る。
「高見は……ライブハウスに向かってる途中で…事故にあったのか……。
……俺らの…ライブを見に来るために…急いで…。」
体が勝手に、フラフラと壁に寄りかかる。
「…め…面会はこちらです…。」
扉をあけると、布が被せられているベッドがあった。
「そんな…、憂希?」
坂城はあふれる涙を押さえながらそっと布をとった。
間違いなく、高見 憂希、その人だった。
「嘘だろ……、なぁ!高見!!今日だぞ!?」
気がついたら、俺の目から滝のように涙が溢れてきた。
「滝本……これ…。」
震える声で、坂城が俺に手渡してきたのは……手紙だった。
「…どうしてかな。この子、ずっと手に握ってたみたいよ。」
ボロボロなその紙切れを俺は涙を拭いて見た。
ーーーーー
滝本くんへ
川上先輩のこと、ごめんなさい。
あれは全部一方的に川上先輩がやってきたの。
私、キスされたときは本気で怒って、先輩の頬叩いたのよ?
私が好きなのはあなただけだから。
声にだして、あなたに言いたいことばっかりだけど、
このライブが終わったら、私、すぐに部活の合宿に行かなきゃならないの。
ごめんなさい。
この手紙書いてて思うのは、あなたの演奏をもう一回早く聞きたいということ。
それだけだわ。
とてもライブが楽しみ。
部活の合間に走っていくつもりだから。
…なんか時間軸がおかしいわよね。
これをあなたが見ているのは、ライブが終わった後のハズなのに。
でも、こうやって書いておきたいの。
合宿が終わったら、もう一回、前みたいに過ごしたい。
今度は、できるなら「滝本くん」じゃなくて、「蓮華」って呼びたい。
本当にごめんなさい。
そして、ライブ、ありがとう。
高見 憂希
ーーーーー
最後まで読まないうちに一度拭いたハズの涙が再びあふれてきた。
「高見…いや…憂希。ごめん…ごめん……!」
ぶつけようの無い、自分の愚かさ。
悲しみ。
心から好きだったと、居なくなってからいっそう深く感じる。
「…っ坂城…!行かなきゃ…。」
「………え?」
「俺たちは…しなきゃいけないことが…あるんだ…!」
時計は、俺らの演奏の始まる、10分前を指していた。