お婆ちゃんの針穴糸通し
温かな日常が、静かに侵食されていく。
身近な親愛の情が不気味な違和感へと変わり、やがて逃れられない恐怖へと変貌する不条理ホラー。
おばあちゃんは裁縫がうまいけれど、最近はすっかり目が悪くなって針穴に糸を通せない。
「ちょっと、手伝っておくれ」
呼ばれて指先を見ると、おばあちゃんが摘んでいたのは糸ではなく、赤く細い一本の血管だった。驚いて声を上げようとした瞬間、彼女は素早い手つきでそれを僕の首元へと伸ばす。
「目がダメなら、手探りでやればいいんだよ」
糸を通す先は針穴ではない。僕の皮ふの縫い目だ。冷たい指先が首筋を撫でたかと思うと、ちくりとした痛みが走り、視界が急激に赤く染まっていく。おばあちゃんは満足そうに微笑みながら、手際よく僕の意識と体を折りたたんで縫い合わせていった。
部屋にはただ、チョキ、チョキと布を裁つようなハサミの音だけが響いていた。
【了】
ご一読いただきありがとうございます。
本作は「日常のすぐ隣にある狂気」をテーマに描いたショートショートです。優しかったはずのおばあちゃんが見せる無機質な狂気と、静かな部屋に響くハサミの音の不気味さを感じていただけたら幸いです。
人は誰しも、自分でも気づかないうちに「何か」を縫い合わせたり、裁ったりしているのかもしれません。
また次の物語でお会いしましょう。




