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SF作家のアキバ事件簿262 ミユリのブログ 世界線は彼を知らない

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/07/19

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第262話「ミユリのブログ 世界線はアレクを知らない」。さて、今回は親友の死の謎をめぐりヲタッキーズ内に亀裂がw


死を悼む気持ちを逆撫でするような犯人探し。そもそも、事故死なのか、それとも?直前のメソポタミア旅行にも色々と不可解な点が見つかって…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 スピアの前説


最初にハッキリと断っておくけど、

アレクは思い切り人生を楽しんでいたわ。


昼はカルチャーセンターで学び、

夜はバンドでベースを弾き、恋まで見つける。


メソポタミア旅行の思い出を何度も話し、

未来を語る時は、いつも照れくさそうに笑う。


アレクには、これから先の人生がちゃんと続く。

誰もが、そう信じる日々。


なのに、あの忌まわしい事故が、すべてを奪う。

永遠に。


少なくとも、私たちはそう思うの。

でも、ミユリ姉様だけは違う。


「あれは事故じゃないわ」


そう言い切る。


しかも、時空漂流者(レーンウォーカー)が関わっている、と。


でも、誰も信じなかったの。

あの日までは。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「貴女たちだって、

 ホントは心のどこかで疑っている」


私たちを見渡しながら、

ミユリ姉様は静かに言う。


「実は、自分たちのせいじゃないかって。

 でも、それを認めるのが怖いだけ」


部屋の空気が凍りつく。


「帰ろう」


誰より先に立ち上がったのはテリィたんだ。

ティル、エアリ、そして私も続く。


「最低」


私は小さく吐き捨てる。


「ヲタクがスーパーヒロインと争う日なんて、

 永遠に来ないと思ってた」


背中越しに、ミユリ姉様の声だけが響く。


「それでも、私は真実を突き止めるわ」


誰も振り返らない。

けれど、その言葉は、みんなの胸に刺さる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


アレクの家。

応対に出たのはアレクのパパだ。


「カルチャーセンターの年次アルバムです」


ミユリさんが頭を下げる。


「見開きページをアレクに捧げます。

 彼の画像を集めて、

 思い出をコラージュにしたくて」


アレクのパパは、静かにうなずく。


「そうか。ミユリ姉様、君たちは、本当に

 息子の親友だったんだな」


少し笑って続ける。


「ありがとう。それと、葬儀に差し入れてくれた、

 "マチガイダ・サンドウィッチズ"にも

お礼を伝えておいてくれるかな」

「もちろんです。」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


アレクの部屋。


デスクのパソコンは、電源が入ったままだ。

画面には、1通のメールが開かれている。


「これは…?」

「メソポタミアから届いた弔文だよ」


アレクのパパが画面をのぞき込む。


「ウルソさん?」

「向こうで世話になったホストファミリーさ。

 本当は私が連絡しなきゃいけなかったんだが、

 すっかり失念していてね」

「じゃ誰が知らせたんです?」

「恐らく、カルチャーセンターだろう。

 担当の留学支援部じゃないかな」


アレクのパパは腕時計を見る。


「遺品整理には、まだ時間がかかりそうだ。

 ピザでも頼んでくるよ」

「お気遣いなく」

「遠慮しないで」


穏やかに笑うと、ドアを閉め部屋を出ていく。

静寂が落ちる。


ミユリさんはゆっくりパソコンへ向き直る。


「アレクは、大事なものを全部、

 この中に残していた」


画面を見つめたまま、つぶやく。


「だったら、真相へつながる手掛かりも、

 きっと、この中にあるはずよ」

「姉様」


スピアは、ためらう。


「私たち、アルバムを作るって理由で

 部屋に入れてもらったのよ?

 他人のパソコンを勝手に調べるなんて…」

「モラルに反しているのは、

 アレクを殺した犯人の方だと思わない?」


ミユリさんの声には、迷いがない。


「今ある手掛かりは、

 この領収書とリアナという腐女子だけ」


引き出しを指さす。


「そっちも見て。」


絨毯に膝をついたまま、画面から目を離さない。


「私は嫌」

「どうして?」

「お願いだから、もうやめて」


スピアは首を振る。


「スピア…時間がないの」

「姉様。テリィたんは、このこと知ってるの?」


一瞬だけ、ミユリさんの指が止まる。


「御存知ないわ」

「ほら」


スピアの声が震える。


「姉様は真実を知りたい。

 でも、テリィたんは違う。

 だから黙ってるんでしょう?」

「仕方ないじゃない」

「違う」


スピアはうつむく。


「私たち、あの日から変わっちゃった」


沈黙。


時空漂流者(レーンウォーカー)がアレクを殺したって、

 姉様が言い出した、あの日から」


ミユリさんは小さく息を吐く。


「そうね」

「私、マリレとも何日も口を利いてない。

 このままじゃ、みんなバラバラになっちゃう」


その時だ。


「あら?」


ミユリさんの指が止まる。


「どうしたの?」

「このフォルダだけ、ロックがかかってるわ」


画面を拡大する。


「5つあるフォルダのうち、1つだけ」


スピアを見上げる。


PW(パスワード)の心当たりは?」


目をそらすスピア。


「あるのね?」

「だから、こういうの、マズいって。」

「お願い」


長い沈黙。


「"I'm the stud"。」


小さく答えた。


「メールのログインで、何度か使ってた」


ミユリさんが入力する。

ロックが解除される。


画面いっぱいに、同じ文章が並ぶ。


リアナ is not リアナ

リアナ is not リアナ

リアナ is not リアナ

リアナ is not リアナ…


無数の文字列が、果てしなく続く。

2人は息をのむ。


第2章 謎の数列


「つまり、この数列だけじゃ、

 何にもわからないってことなの?」


カルチャーセンター。


ミユリさんはパソコンヲタクの机に

身を乗り出す。


「ねぇ。もし解読できたら、

 1回だけデートしてあげても良いわよ」


「えっ、マジで?」


一瞬で顔を赤くするヲタク。


「実は、これは二進数って言ってね。

 ほら、コンピューターって、

 1と0だけで情報を扱うだろ?だから…」

「STOP。もっとわかりやすく」

「この数字だけ見せられても、意味はないんだよ。 文字列か、画像か、それともプログラムか。

 読み込むアプリかプロトコルがなきゃ、

 ただの1と0なのさ」

「つまり?」

「現状じゃ解読不能」


ミユリさんは小さく溜め息をつく。


「わかったわ。ありがと」


青年が何か言おうとした、その時…

廊下を僕とティルが歩いて来る。


「テリィたん」


ティルが微笑む。


「ラテン語クラスのあと、またお勉強する?」

「ああ」

「今日は私の部屋で」

「わかった。またあとで」

「待ってる」


ティルは手を振り、去っていく。


その様子を見ていたミユリさんは、

慌ててパソコンヲタクを突き飛ばすように解放、

慌てて、その場を離れようとする。


「ミユリさん」


僕は呼び止める。

足が止まる。


「何ですか、テリィ様」

「ちゃんと話がしたい」


静かな声を出す。


「このまま仲違いしたままじゃ嫌なんだ。

 まるで戦争してるみたいだ」


ミユリさんは、少しだけ目を伏せる。


「それは私も同じです」

「通夜の日、ミユリさんは取り乱していた。

 だから、あんなことを言ったんだと思ってる。

 この際、水に流せないかな」


しばらく沈黙が流れる。


「テリィ様」


顔を上げる。


「あの時の言い方は、確かに良くなかったです。

 メイド長として、もっと冷静に話すべきでした」


1拍置いてから、爆弾投下。


「でも、あれは本心です」


僕は、一瞬で言葉を失う。


「後悔はしていません」

「…でも、ミユリさんのやり方は危険なんだ」


思わず声が強くなる。


「誰彼かまわず、アキバ中で聞き込みをして、

 勝手に調べ回るなんて」


ミユリさんは黙って聞いている。


「何か行動するなら、

 ヲタッキーズ全員で相談して決めよう」


その時、ミユリさんの目が僕をまっすぐ射抜く。


「テリィ様」

「な、何?」

「テリィ様は、アレクが殺されたかもしれない、

 1度でもそう思ったことがありますか?」


その視線は、僕の心の奥を探っている。


時空漂流者(レーンウォーカー)が関係してるってこと?」

「YES」


僕は首を横に振る。


「いいや」


ミユリさんは静かにうなずく。


「だったら…」


微笑みとも諦めともつかない表情を浮かべる。


「ヲタッキーズで行動する意味は、ありません」


そう言い残し、ミユリさんは、

振り返ることなく歩き去る。


僕は、その背中を見送ることしか出来ない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンターの音楽室。


三脚を立て、アレクのベースや楽譜、

ピックを丁寧に並べていくスピア。


窓から差し込む午後の光が、

楽器の金属部分を鈍く光らせている。


ミユリさんはノートパソコンを抱えたまま、

その背中に声を掛ける。


「ねぇ、スピア。このファイル、

 "リアナはリアナじゃない"っていう

 タイトルなの。作成日は1月16日。

 アレクがメソポタミアにいた頃なのよ」

「姉様、これ持ってて」


ストロボだけ差し出すスピア。

ミユリさんは受け取りながら話をやめない。


「つまり、リアナって、

 ホントはリアナじゃなかったのかもしれない。

 時空漂流者だったとか"頭巾ズ"みたいに、

 姿を変えられる存在だったとか」

「もう少しリアルに考えてみたら?」


シャッター位置を調整しながらスピアが遮る。


「恋人同士だけど喧嘩中とか、浮気したとか。

 "もう他人だ"っていう意味かもしれないわ」

「でも、領収書に残された数列は…」

「お願いだから」


スピアが振り返る。


「"殺された"なんて言葉、もう使わないで」


音楽室が静まり返る。

だが、ミユリさんは止まらない。


「数列は全部で20桁。"Riana is not Riana"は

 文字数だけなら17よ。でも空白を三つ加えると、

 20になるの」


ノートパソコンを抱き締めるミユリさん。


「偶然とは思えないわ」


スピアは目を閉じ、小さく首を振る。


「姉様…お願いだから、もう休んで」


その時、マリレが音楽室へ入って来る。


「あら?姉様、少し席を外してくれる?」

「ええ。また後で」


ミユリさんは、2人の顔を見比べる。

何かを言いかけるが、飲み込む。


静かに部屋を出ていく。

ドアが閉まる。


マリレは溜め息をつく。


「今日も?」

「うん」


スピアはカメラの角度を直しながら答える。


「また同じ話」

「姉様の探偵ごっこ、止めさせられない?」

「ムリ」

「でも、もし姉様がマジ正しかったら?」


スピアの手が止まる。


「…だから怖いの」


静かな声だ。


「もし本当に誰かがアレクを殺したのなら、

 姉様は、その犯人に1人で迫ることになる」


マリレは何も言えない。


「でも、こうやって仲間同士で疑い合うなんて、

 もう最低でしょ?」

「あのね。姉様は、直接言わないだけ」


スピアはレンズを覗き込む。


「自分たちスーパーヒロインが

 アレクの死の原因だって、そう思ってる」

「え。そこまでは言ってないわ」

「言葉じゃない。伝わるの」


沈黙。


カメラの先には、ベース、エフェクター、ピック。持ち主だけが、いない。


「何してるの?」

「カルチャーセンターの年次アルバム」


スピアは、ようやく少し笑う。


「アレクのページを作るの」

「全部、楽器なの?」

「アレクらしいでしょ?」

「…ちょっと寂しいカモ」

「ねぇ手伝ってくれない?」

「もちろん」


顔を輝かすスピア。


「じゃキンコーズまで乗せて。

 カラーコピーもしなきゃだし、

 スプレーのりも買わなきゃ。

 ナイフもなくなったし、

 画像データもまだ半分しか集まってないの」


そう話しながら、荷物を抱えるスピア。


「締め切りだけは、待ってくれないから」


2人は楽器を最後に一度だけ見つめ、

音楽室をあとにする。


部屋には三脚だけが残る。


閉じたドアの向こうで、1人だけ、

真実を追い続けるミユリさん。


その足音が、遠ざかって逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。


メイド3人を従えて歩く僕。

ティル、エアリ、マリレ。


そこに、ミユリさんはいない。


「ミユリさんは、聞き込みを続けてる」


僕は、溜め息だ。


「アレクのことを知ってそうな人を見つけては、

 片っ端から話を聞いているみたいだ」


エアリが静かに口を開く。


「でも」


少し間を置く。


「案外、ミユリ姉様が正しいのカモ」


僕は、思わず振り向く。


「そう思いたくはない。

 でも、私たちスーパーヒロインの存在が

 関わっているのだけは事実よ」

「エアリ」


僕は首を振る。


「そんなはずない」

「マジで思ってる?」

「もうやめよう」


少し強い口調になる。


「仮に時空漂流者(レーンウォーカー)が関係していたとしても、

 僕たちが目立って動くべきじゃない。

 今までだって、身を隠してきたから、

 生き延びてこられたんだ。

 このアキバで」


エアリは足を止める。

そして僕の前へ回り込む。


「それはどうかしら」


3人が立ち止まる。


「池袋の御屋敷から、お誘いが来たわ」

「乙女ロードか?まさか…風俗?」


冗談のつもりだったが、笑い声はない。


「働いてみないかって」


マリレと顔を見合わせる。

誰も言葉を返せない。


「あら。誰も、卒業おめでとうって

 言ってくれないのね。」


小さく笑うエアリ。

その笑顔は、限りなく寂しげだ。


「また後で話そう」


僕がそう言うと、


「ええ」


エアリは静かにうなずく。


ティルが何も言わずに、

そっと僕の背中に手を添える。


「行こ?」


2人で歩き出す。


後ろでは、マリレとスピアが黙って、

僕の背中に添えられた手を見送っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ティルの部屋。


「コスプレ盆踊りの夜のことだけど」


チェストにもたれたティルは、静かに僕を見る。


「あのキス」


沈黙。


「あれ、本気じゃなかったんでしょ?」

「うん」


ティルは責めない。

ただ、小さく溜め息をつく。


「アレクのこともあったし、

 今は答えを出せない気持ちはわかるわ」


視線を落とす。


「でも、このままでいいのかなって、

 不安になるの」


僕は、ティルの足裏をゆっくり指圧する。

ティルは壁に背を預け、両足を僕に預けている。


「僕は…怖いんだ」

「何が?」

「君と結ばれることが」


ティルの表情が揺れる。


「一度そこまで進んだら、

 もう後には戻れない気がする」


僕は、ティルの足から目を離せない。

ティルの視線から逃げている。


「秋葉原で暮らしてきた僕には、

 ココが世界の全てなんだ」

「"母なる世界線"へ戻るのが怖いの?」

「実感がない」


苦笑する。


「記憶もない。

 君たちは、スーパーヒロインに"覚醒"したから

 自分が別の世界線から来たと信じられる。

 でも、僕には、その感覚がない」


親指でティルの土踏まずを押す。

うっ、と軽く喘ぐティル。


「僕には、超能力はない。

 ミユリさんを推すことしか出来ない

 ただのヲタクだ」


静かな声になる。


「僕にとっての現実は、このアキバだけなんだ」


ティルは何も答えない。

ただ、僕を見つめる。


その沈黙だけが、

2人の距離を少しずつ変えていく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ドアが開く。


「こんばんは」


そこに立っていたのはミユリさんだ。


「や、やあ」


返事をする間もなく、ミユリさんは、

勝手知ったる様子で部屋の中へ入って来る。


ションは苦笑しながらドアを閉める。

ここはスピアの家だ。


ションはキッチンシンクの下にもぐり込み、

ディスポーザーを分解している。


「悪いな。修理しながらでも良いか? 

 今、手が離せないンだ」

「ええ。少し話がしたいだけだから」


ミユリさんは腕を組み、シンクにもたれかかる。

しばらく、工具の音だけが響く。


「アレクのこと、大変だったな」


ションがぽつりと言う。


「貴方のお花、受け取ったわ」

「届いたか」

「いい香りだった」


ションは、少し照れくさそうに笑う。


「香りで選んだからな」

「ありがとう」


再び、短い沈黙。


ミユリさんは、不意に切り出す。


「ねえ、あの夜のことだけど」

「ボウリング場の?」

「違うわ」


ションは、シンクの奥から顔だけ出す。


「前にペントハウスへ忍び込んだ時」

「ああ」

「あの時、どうやって鍵を開けたの?」

「ピッキング」


あっさり答えるション。


「やっぱり」

「自転車のスポークを削って作った道具だ」

「ナイフじゃ無理かしら」


ションの手が止まる。

ゆっくりと立ち上がる。


「どこへ入る気だ」


ミユリさんは目を逸らさない。


「カルチャーセンター」


ションは、深く息を吐く。


「俺が保護観察中なのは知ってるよな」

「だから手伝ってとは言わない」

「じゃあ何だ」


「アドバイスを頂戴」


ションは首を振る。


「学校関係の300m以内には近づけないんだ」

「一緒に入ってなんて頼まない」


ミユリさんの声は静かだ。


「私1人でやる」


ションは、しばらく黙っている。


「やっぱり、協力できない」


きっぱりと拒絶する。


「悪いけど、それだけは無理だ」

「OK。わかったわ」


ミユリさんは、にっこり微笑む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜のカルチャーセンター。


誰もいない廊下。カードキーをかざす。

短い電子音。ロックが静かに外れる。


「ミユリ。カードキーじゃないか。

 ピッキングじゃ最初から開かねぇよ」


苦笑するション。

ミユリさんは肩をスボめる。


「成績でも書き換える気か?」

「そんなことしないわ」


小さく笑う。


「真実を確かめるだけ」


扉が開く。

2人はオフィスに入る。


「俺は、廊下を見てる」


ションは、周囲を見回す。


「目的の資料を見つけたら、それだけ持って…

 いや、確認したら、直ぐに出ろ」


ミユリさんはうなずき、資料の棚へ向かう。

目的のファイルを見つける。


ページをめくる。

呼吸が速くなる。


「あったわ」


必要な記録を急いで控えていく。

そのとき。


ドアがわずかに開く。


「ミユリ」


ションが小声で呼ぶ。


「もう時間だ」

「あと少しなの」

「だめだ」


低い声。


「1現場で5分以上の長居は無用だ。コレ、鉄則」


ミユリさんは唇を噛み、ファイルを元に戻す。


「全部は見られなかったわ」

「また考えれば良い」


ションが促す。


「今夜は、ここまでだ」


2人は、静かに部屋を出る。

その瞬間だ。


白い光が一直線に2人を照らす。


「動くな!」


鋭い声が廊下に響く。

警備員がライトを向けて立っている。


さらに足音。


反対側の通路からも警備員が駆け寄ってくる。

逃げ道はない。


ションはゆっくりと両手を上げる。

そして、小さく溜め息をつく。


「だから、言っただろ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜のパーツ通り。


ポケットに手を突っ込み、歩く僕。

その時、短い口笛が夜気を裂く。


振り向く間もなくメイド服のマリレが

僕の真横に並ぶ。


「脅かすなよ。」

「大成功」


いたずらっぽく笑う。

そのまま、並んで歩き出す。


「エアリの池袋行き、反対なの?」

「当たり前だ」


僕は、天を仰ぐ。


「だけど、僕が話すと喧嘩になる。

 マリレから説得してくれよ」

「任せて」


少し間を置き、マリレは僕の横顔を見る。


「ねぇ、テリィたん」

「なんだょ」

「マジ大丈夫?」

「もちろん」

「なら良いけど」


マリレは視線を前へ戻す。


「さっき、エアリには少しきつかったから」

「え?ミユリさんが正しいカモって

 言っただけだけど」


僕は、苦笑する。


「マリレもそう思うのか?」

「わからないわ」


静かな声だ。


「でも、私は希望だけで結論を出して欲しくない。

 怖くても、真実は真実として見ていたいの」


僕は小さくうなずく。


「わかった。さすがはプロイセン軍人の家系」

「ナチじゃナイわょ国防軍だから」


マリレは、笑いながら歩調を速める。


「マリレ」


呼び止める。

振り返る彼女。


「ヲタッキーズが…

 僕は、アレクを死なせたかもしれないなんて

 考えたくないんだ」


目を伏せる。


「君たちスーパーヒロインは、

 自分たちには帰るべき世界線があると言う。

 でも僕は違うんだ。この秋葉原こそが故郷で、

 僕は、ただのヲタクなんだって、

 ずっと思ってた」


夜風が吹き抜ける。


「だけど今は…僕の方が間違ってた、とも思う」


マリレは少しだけ首を傾げる。


「あら。私は逆よ」

「え?」

「今は、私たちの方が間違ってる気がしてる」


沈黙。


「テリィたんは、この世界線で生まれ、

 この世界線をリアルとして生きてきた、

 ただのヲタクだと思う」


悪かったな。


「でも私たちは違うわ」

「どう違う?」

「私たちが持つ超能力だけど」


彼女は自分の胸に手を当てる。


「あれは別の世界線から来た力だわ」

「"母なる世界線"からか」

「YES」


少し笑う。


「別の世界線で生まれたsomething(波動生命体)が、

 "リアルの裂け目"を通じて、この世界線の

 私たちの肉体に宿ったの」


僕は息をのむ。


「つまり"スーパーヒロイン"の正体は、

 アキバの腐女子に、何か別の存在が

 重なった結果だとでも?」

「憑依…って奴ね」


マリレは、肩をすくめる。


「だから、私たちには、この世界線での記憶と、

 別の世界線での記憶、その両方があるわ」

「で、僕には、

 この世界線でのヲタクな記憶だけってワケか」


わかったような、わからないような。

妻恋坂の交差点の真ん中で立ち止まる。


「…じゃ明日」

「またね。テリィたん」


僕たちは、それぞれ反対の方向へと歩き出す。

マリレの背中が、電気街のネオンに溶けて逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ミユリ姉様は、ココにいてくれ」


カルチャーセンターの廊下。

ハンソ"警部"の低い声が響く。


隣には通報したセキュリティ担当。

セオリーどおり被疑者を引き離すハンソ。


先ず、ションの前に立つ。


「何をしていた?」


ションは、肩をすくめる。


「デートだよ」

「真夜中のカルチャーセンターでか?」

「場所なんて関係ないだろ。

 2人きりになれる場所を探してた」


ハンソは鼻で笑う。


「それで?」

「これからパンツを下ろすところだった」

「成功したのか」


ションは、ミユリさんを横目で見て苦笑する。


「いいや。思ったより真面目な子だった」

「救いようのない馬鹿だな」

「知ってる」


ハンソはしばらくションを見つめ、

それ以上追及しない。


踵を返し、今度はミユリさんの前へ。


「ミユリ姉様」


ミユリさんは、姿勢を正す。


「自分が何をしたか、わかっていますか?」


強くうなずく。


「はい」

「学校への不法侵入は立派な犯罪です」

「申し訳ありません」

「…だが」


ハンソは、小さく息を吐く。


「姉様は、これまで真面目な生活態度だった。

 今回に限り、厳重注意で済ませます」


ミユリさんは目を見開く。


「ホントに…よろしいのですか?」

「ホントは…良くない。とにかく、次はないから」


深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


その向こうで、ションと目が合う。

ションは何も言わない。


いつものように肩をすくめて笑うだけだ。

しかし、その笑みだけで十分だ。


「行くぞ」


ハンソがションの肩を軽く押す。


「はいはい」


連行されるション。1度も振り返らない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署。ラギィからお目玉を食う僕。


「ハンソから話は聞いたわ。

 カルチャーセンターに忍び込んだんだって?

 しかもションまで巻き込んで。

 あれはテリィたんたちらしくないわ」


テリィたんたち?

僕は唇を噛む。


「何か探していたんだろうな、多分」


慎重に言葉を選んで答える。

ラギィは、責めるような目だ。


「とにかく!何も知らされないままなのが

 正直つらいの。

 知らない方が楽だと思うことだってある。

 でも…昔の姉様なら、

 こんな無茶は絶対にしなかったハズ」


沈黙。

僕は短く答える。


「…調べてみる」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜。


バックヤードのメイド長の机。

床も壁も、全て紙で埋め尽くされている。


交通事故の記事。

事故現場の写真。

メソポタミアの地図。

アレクの笑顔。

"リアナ is not リアナ"と印字された紙。

1と0だけが並ぶ奇妙な数列。


それらを糸で結ぶように、

付箋が無数に貼られている。


スマートフォンを耳に当てる。


「こんにちは。オルソさんのお宅でしょうか。

 秋葉原のミユリと申します」


国際電話の呼び出し音だけが続く。

留守番電話に切り替わる。


「私は、アレクの交換留学時代の友人です。

 お聞きしたいことがあります。

 いつでも結構ですので、

 お電話をいただけませんか?

 コレクトコールでも構いません。

 できるだけ早くお願いします」


電話番号をゆっくり吹き込む。


「それでは、失礼します」


通話を切る。部屋は静まり返る。

返事はない。それでもミユリさんは落胆しない。


壁の前へ歩き、赤いペンを手に取る。

メソポタミアの地図に一本、太い線を引く。


アレクの写真の横に、新しい付箋。


「オルソ…返答待ち」


そして、小さくつぶやく。


「まだ終わってない」


血走った目は、眠ることを忘れている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


翌日。


マチガイダ・サンドウィッチズ。

窓際の丸テーブルで、エアリが資料を広げている。


「HI」


マリレがコーヒーを片手に腰を下ろす。


「池袋のお店の資料?」

「うん」


エアリはパンフレットをめくる。


「寮付きなの。ワンルームだけど、

 お店から歩いて行けるんだって」

「そう」


少し間を置く。


「でも、行かないで」


エアリは顔を上げる。


「どうして?」

「わかるでしょ」


マリレは真っすぐ見つめる。


「ヲタッキーズは、

 一緒にいるからヲタッキーズなの」

「もう決めたンだけど」

「秋葉原で何か起きたら?」

「すぐ戻るわ」

「どうやって?」


マリレは苦笑する。


「"今日はスーパーヒロインのお仕事が入ったから

 お店は休みます"って言うの?」


エアリも笑う。


「首都高代くらい、パワーで何とかする」

「えっ」


マリレが身を乗り出す。


「まさか千円札を万札に変えちゃうとか?」


エアリは呆れたように息をつく。


「そこじゃないでしょ」


2人とも少しだけ笑う。

だが、その笑顔はすぐ消える。


「私はね」


エアリはパンフを閉じる。


「自分の人生を取り戻したいの」


静かな声だ。


「アレクが死んで、みんな壊れかけてる。

 でも、だからって私まで止まっていたら、

 誰も前へ進めなくなるわ」

「逃げることになるけど」

「違う」


エアリは、首を振る。


「私は、やり直したいだけ」

「今みたいに感情が揺れてる時に

 決めることじゃない」

「マリレだって、昔は感情で動いてたじゃない」


返す言葉がない。


「とにかく反対」

「私は、私の人生を選ぶ」


立ち上がるエアリ。


「テリィたんの代わりに言ってるの。」

「それなら」


エアリは振り返る。


「言いたいことがあるのなら、

 本人に直接言えば?って伝えて」


資料を抱え、そのまま店を出て逝く。

マリレは1人、冷めたコーヒーを見つめる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンターのコラボルーム。

年次アルバムの編集委員会。


机いっぱいに写真やポスターが並ぶ。


「このページには、

 初ライブのポスターも入れたいの」


スピアが画像を並べながら説明する。


「あと、この犬に噛まれた時の詩。

 これも絶対、必要だわ」


委員たちは顔を見合わせる。


「アレクらしさを残したいの」


スピアは、熱っぽく続ける。


「そして、笑えるページにしたい」


1人の女子が手を挙げる。


「でも、デジカメの返却期限、昨日までよ?」

「わかってる」

「印刷所の締切も近いし」

「それもわかってる」


スピアは唇を噛む。


「とにかく!もっと良いものにしたいの」


別の女子が静かに言う。


「全部載せなくても良いんじゃない?」

「だめ」


即答だ。


「どれもアレクだから」


場の空気が重くなる。


「ミユリ姉様も、きっとそう言う」


その言葉に、1人の女子が首を傾げる。


「そのミユリ姉様は、どこ?」


誰も答えない。

スピアは、小さく目を伏せる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。


メイド服のミユリさんは、

スマートフォンを耳に当てたまま歩いている。


「ガイドブックにも載っていなかったのです」


電話の向こうでは、

大使館の書記官が困ったような声で笑う。


「ミス・ミユリ。

 我が国の建築物に興味を持ってくださり、

 とても光栄に思います。

 でも、その写真だけで、

 建物の場所を特定しろと言われましても…」

「お願いします」


食い下がる。


「私にとって、とても大切なことなんです」

「4階建てで、全面ガラス張りの建物でしたね」


書記官は、小さく息をつく。


「何度も申し上げますが、

 私にも通常業務がありまして…」


ミユリさんは1枚の写真を取り出す。


「写真をメールで送ります。

 見てもらえませんか」


しばらく沈黙。


「わかりました。送ってください。

 ただ、お約束はできません」

「ありがとうございます」


通話が切れる。ミユリさんは歩き出そうとする。

その前に、1人の影が立つ。


僕だ。


「昨夜、ションと何をしてた?」


ミユリさんは、一瞬だけ目を伏せる。


「その話は、あとでお願いします」


写真を握りしめる。


「早くスキャンしないと」

「送る相手は?」

「メソポタミア大使館です」


僕は思わず息を吐く。


「もう、やめルンだ」


ミユリさんの足が止まる。


「やめられないわ」

「アレクは…」

「自殺なんかじゃありません」


僕の言葉は、遮られる。

そして、その声には迷いがない。


「どうして言い切れる?」

「私には、わかります」

「わからないだろ」


僕も1歩踏み出す。


「ミユリさんは今、疑いを広げているだけだ。

 周りのみんなを巻き込んで…

 ヲタッキーズまで壊そうとしてる」


ミユリさんは、静かに僕を見つめる。


「壊したいのではありません」


かすかに首を振る。


「真実を知りたいだけです」

「そのためなら何をしても良いのか?」


僕は、思わず彼女の腕をつかむ。

ミユリさんは、その手を見下ろす。


「…テリィ御主人様。お離しください」


彼女が"御主人様"と呼ぶ時は全てお終いだ。

僕は力を抜く。指先が離れる。


2人の間に、長い沈黙が落ちる。


「テリィ様」


ミユリさんは、静かに告げる。


「ここで私が止まったら、アレクはホントに、

 自殺したことになってしまいます」


僕は、何も返せない。

背を向けるミユリさん。


写真を胸に抱いたまま、

早足で去って逝く。


僕は、追わない。


その背中が雑踏に消えて逝く。

ただ、見送るしかない。


第3章 天文台


「テリィたん。」


夜。


裏アキバの芳林パーク。


ベンチに座ったまま動けずにいる僕。

ティルが静かに歩み寄ってくる。


金色の髪を下ろし、何も言わず隣に腰を下ろす。


「大丈夫?」


僕は、答えない。

ティルは、そっと僕の腕をさする。


「見せたいものがあるの。来て」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


天文台。


秋葉原ヒルズの最上階。


静かなモーター音を響かせながら、

ドームがゆっくり開いて逝く。


夜空いっぱいに星が広がる。

ティルは、望遠鏡を指す。


「ほら。あの少し揺れて見える星」


僕は、接眼レンズをのぞく。


「あれが?」

「バーナード星」


ティルは微笑む。


「私たちの世界線にもある星よ」


望遠鏡から目を離さず聞く。


「超古代に放たれた光が、

 今、ようやく地球に届いている」


静かな声だ。


「私たちの故郷も、それと同じ。

 遠すぎて、夢みたいだけど…でも存在する」


ティルは、夜空を見上げる。


「マルチバースのどこかに、必ず」


沈黙。


「テリィたんも、もう気づいているはず」


僕はゆっくり振り返る。


「何を?」


「向こうの世界線こそが現実で、

 この秋葉原で過ごしている私たちの日々こそ、

 一瞬の夢なのかもしれないって」


胸の奥がざわつく。

僕は、望遠鏡から目を離す。


「もし夢なら」


長く息を吐く。


「僕は、いつ目を覚ますんだ」


ティルは僕を見る。


「それは…」


少しだけ笑う。


「テリィたんが決めることよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


「どうぞ」


扉が開く。スピアだ。

机に向かったまま、ミユリさんは顔も上げない。


机も壁も、アレクの写真と資料。

完全に埋め尽くされている。


「姉様」


返事はない。


「アルバム制作会議、来なかったね」

「ごめん」


それだけだ。


「仕事、推しつけちゃって」


スピアは眉をひそめる。


「仕事?」


ようやくミユリさんが振り向く。


「リアナって子、やっぱり変なの」


メソポタミアの地図を広げる。

既に付箋が何10枚も貼られている。


「ブログの日付と写真は一致した。

 でも、この建物だけが、どこにも存在しない」


近代的なガラス張りのビル。

その前で微笑むアレクとリアナ。


「アレク、ホントにメソポタミアにいたのかな」


ミユリさんの目だけが異様に冴えている。


「もしかしたら別の国…」


首を振る。


「いいえ。別の世界線にいたのかもしれない」

「もうやめて」


スピアの声が震える。


「お願いだから、もうやめて」


ミユリさんは黙る。


「私には、姉様が必要なの」


その一言で、部屋の空気が変わる。


「もう1人の親友は死んじゃった」


涙があふれる。


「寂しくて、苦しくて、

 それでも毎日カルチャーセンターへ行って

 アルバムを作らなきゃって思ってる」


声が詰まる。


「でも、何も手につかない。

 全てボンヤリして、

 自分まで死んじゃったみたいなの」


泣きながら首を振る。


「だから、お願い。事件なんて追わないで。

 妄想の中へ逃げないで。

 ヲタクだから妄想したい気持ちはわかる。

 でも、今だけは禁止」


ミユリさんを見つめる。


「お願いだから…

 私と一緒に、ちゃんと悲しんで」


沈黙。

長い沈黙。


「スピアも」


ミユリさんは小さく言う。


「信じてくれないの?」


スピアは、静かに首を横へ振る。


「ごめん」


涙をぬぐう。


「今の姉様は、妄想に取り憑かれてる。

 そうとしか見えない」


スピアは、アルバム用の写真をまとめて抱える。


「それ、置いていって」


ミユリさんが言う。


「メソポタミアの写真は」


スピアは振り返らない。


「姉様」


ドアの前で立ち止まる。


「姉様の頭の中には、もうアレクしかいないの?」


返事はない。


「ションは?」


静かな声。


「姉様のために、また捕まった。

 保護観察が取り消されたら、

 また蔵前橋へ戻されるかもしれない。

 それでも姉様は、まだ事件を追うつもり?」


ミユリさんは答えられない。


「もう、わからない。」


ドアが閉まる。


ミユリさんは立ち尽くしたまま、

誰もいなくなった扉を見つめ続けている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


スピアの家。


ションは壊れたディスポーザーの下にもぐり込み、

柄の長いほうきで配管を叩いている。


コンコン。


玄関でも同じ音がする。

立ち上がって扉を開けるション。


そこには…ミユリさんが立っている。


「やあ」

「こんばんは」

「スピアなら出かけてるよ」

「知ってる」


ミユリさんは、小さく微笑む。


「今日は、ションに会いに来たの」


ションは、少し驚く。


「この前は、ありがと。

 警察からかばってくれて。

 なのに、お礼も言わないままで」


ションは照れくさそうに笑う。


「別に気にしてない」


配管へ戻り、工具を握る。


「保護観察は?」

「おばさんが警部に掛け合ってくれて…

 あ、ラギィは"元"警部か」


肩をすくめる。


「実刑は免れそうだ。その代わり、

 秋葉原でジジイになるまで地域奉仕活動だ」

「良かった」


ションは、ディスポーザーのスイッチを押す。


ガガッ…


動かない。


「ダメだな」


冷蔵庫を開け、缶ジュースを2本取り出す。

1本を差し出す。


「ほら」

「ありがと。でも、今日は…」


首を振る。


「もう行かなきゃ」

「次は何をする気だ?」


ションは、笑う。


「現金輸送車でも襲うのか」


ミユリさんも少し笑う。


「違うわ」

「また、付き合おうか」

「迷惑を掛けちゃう」

「俺は、別に」


肩をすくめる。


「1人より2人の方が、少しは楽しい」


その言葉に、ミユリさんの表情が揺れる。


「ありがと」


小さく笑う。


「でも今は、大き過ぎる問題を抱えてる。

 それだけ考えていたいの。

 だから1人で逝くわ」

「俺に説明は出来ない?」

「YES」


ションは少し黙る。


「つまり」


苦笑する。


「ミユリとのデートもなし。遊ぶのもなし。

 俺にも出来るコトは、何もない」


ミユリさんは、静かにうなずく。


「ごめんなさい」


玄関へ向かう。ドアノブに手を掛ける。

そのまま立ち止まる。


振り返る。


ションは、不思議そうに見返す。

ミユリさんは、数歩戻る。


そっとションにone kiss。

ほんの一瞬。


「え…」


さしものションが言葉を失う。

ミユリさん自身も驚いたような顔をする。


「忘れて」


それだけ言うと、逃げるように家を出る。

玄関だけが静かに閉まる。


ションは、頬を押さえたまま、

しばらく動けない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


マリレのペントハウス。


窓ガラスを叩く音。

マリレがカーテンを開けると…


「スピア?」


急いで玄関を開ける。


「ごめん!」


頭を下げる。


「迎えに行く約束、完全に忘れてたわ!」


スピアは黙っている。

恨めしそうな目。


「電話もつながらなかった」

「スマホは止まってて…料金払い忘れて。

 マジごめん。今から写真屋さん、行く?」


スピアは首を横に振る。


「もういい」


部屋へ入る。

マリレが追う。


「機嫌直して。ちゃんと謝るから」


スピアは振り返る。


「私」


少し笑う。


「マリレを頼っていいの?」

「もちろん。困った時はいつだって…」

「違うの」


首を振る。


「今じゃない」


沈黙。


「この先も」


マリレは言葉を失う。


「いつか」


スピアは窓の外を見る。


「貴女達は、タイムマシンに乗って、

 この世界線からいなくなる」


静かな声だ。


「その日が来るって思うだけで怖い。

 だから今、どんなに優しくされても…」


涙がこぼれる。


「永遠じゃない。意味がないの」


マリレは、何も言えない。


「もう誰かを失うのは嫌」


スピアはそう言い残し、部屋を出て逝く。

ドアが閉まる。


残されたマリレは、椅子に座ったまま動かない。

部屋には、静けさだけが残っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


受話器を握るミユリさん。

国際電話の呼び出し音が続く。


「はい」


男の声だ。


「オルソさんでしょうか? 

 秋葉原からおかけしてます。

 私、ミユリと申します。

 アレクの件で何度かお電話を…」

「違う」


ぶっきらぼうな返事だ。


「え?オルソさんは、ご不在ですか?」

「そんな人は知らん」


ミユリさんの表情が凍る。


「でも、この名前と番号が…」

「私の名前はリンドだ」


相手は苛立ちを隠さない。


「頼むから、国際間違い電話をかけてくるのは、

 もうヤメてくれ」


1拍手置いて、


「新手の国際詐欺団かと思ったぞ」


無情に電話は切れる。

受話器だけが静かに戻る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「どういうこと?」


御屋敷。バックヤード。


メイド長の机いっぱいに写真やコピーを広げる。

メソポタミアで撮られた集合写真。


ホストファミリーの名前。

何度も見返した住所。


どれも本物のようで、どこか噛み合わない。

ふと、花束を手にした写真に目が止まる。


弔花に添えられていたギフトカード。


《ビクタ花店》


住所は…外神田?

ミユリさんの瞳がわずかに動く。


「ココだわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


外神田某所。


地下アイドルへのスタンドフラワー。

キャラクターバルーンが店先を埋める花屋。


「注文した人の住所だけでも教えてください」


店主は困ったように笑う。


「ミユリ姉様、それは無理だよ」

「でも、カード番号しかわからないの」

「そりゃ個人情報だから」

「電話番号だけでも良いの」

「番号案内で調べてくれ」

「同じ名前の人が多すぎるのよ」


店主は首を横に振る。


「ミユリ姉様」


苦笑する。


「悪いけど、教えられない」

「貴方は知ってる」


1歩踏み出す。


「私が探しているメソポタミアの人の情報を」


店主は深くため息をついた。


「ここは花屋だ」


少し間を置く。


「探偵事務所じゃない」


ミユリさんは何も言い返さない。

ギフトカードだけを見つめている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ケチャップ銀行。


窓口の女性が通帳を見て目を丸くする。


「全額ご出金ですか?」

「はい」

「ミユリ姉様」


顔見知りの行員が冗談めかして笑う。


「結婚資金?」

「いいえ」


ミユリさんは迷わず答える。


「メソポタミアへ行きます」


窓口の空気が止まる。

その一言だけが、本気だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


マチガイダ・サンドウィッチズ。


昼下がりの店内。

エアリは1人、スマートフォンを見つめている。


「少し良いかな?」


顔を上げる。

僕は、向かいではなく、隣に腰を下ろす。


「良い知らせさ」


画面を差し出す。


「神田駅前のメイドキャバ。老舗みたいだ。

 随時募集してる。明日からでも働ける」


エアリは画面を見る。


「神田…」


小さく息をつく。


「駅前ソープじゃないのね」

「まさか。神田なら秋葉原から1駅だ。

 何かあってもすぐ戻れる」

「でも、せめて体入(体験入店)しないと」

「すれば良いさ」


僕は笑顔を作る。


「完璧だろ?」


エアリは静かに首を振る。


「神田じゃダメなのか?どうして?」

「池袋へ行きたいから」

「もう我がままはやめろ」


その1言で空気が変わる。

エアリはバッグから1枚の封筒を取り出す。


「これ、読んで」


推薦状だ。


"エアリは秋葉原を愛し、地域活動にも熱心で、

 優秀なメイドです"


「メイド協会が描いてくれたの」


僕は、黙って読む。


「みんな、私の将来を応援してくれてる」


エアリは静かに続ける。


「私は今まで、自分の役目を果たしてきた」


少し笑う。


「だから、もう次へ進みたいの」


僕は、封筒を返す。


「秋葉原を捨てるってことか」

「違う」

「じゃ何だ」

「自分の人生を生きるってこと」


沈黙。視線を上げ、エアリは僕を見つめる。


「もう、テリィたんのセフレは卒業させて」


その言葉が胸に刺さる。


「マリレを代わりに寄越したでしょ?」


僕は、視線を逸らす。


「逝くな」

「決めたから」

「みんながバラバラになる」

「もう、とっくになってるの!」


静かな声だ。


「ミユリ姉様も、スピアも、テリィたんも」


立ち上がる。


「私は池袋へ行く」


僕も立ち上がる。


「待てょ」


声が大きくなる。


「絶対に逝かせない」


エアリは、振り返らない。


「無理にでも止めるぞ」

「どうやって?」

「メイド協会にエアリは薬物依存だと話す。

 池袋で誰も採用出来ないようにする」


エアリがゆっくり振り向く。


「マジなの?」

「ホンキだ。力づくでもアキバへ連れ戻す」


長い沈黙。


エアリは、推薦状を見つめる。

そして、指先で軽く握る。


紙は音もなく灰になり、足元へ舞い落ちる。


「これで御満足?」


僕は言葉を失う。


「今日で終わり」


エアリの瞳は、濡れている。


「私たちの関係も」


踵を返す。


「もう、私の人生に口を出さないで」


そのまま、店を出て逝く。

僕は、追うことができない。


「おい、妖精メイド」


陽気な常連客が軽口を飛ばす。


「怒った顔も可愛いじゃ…」


エアリは振り返りもせず、片手を軽く払う。

見えない衝撃が常連を弾き飛ばす。


椅子を巻き込みながら廊下を滑り、

壁に激突する常連。


「いってぇ!」


僕は、我に返って駆け寄る。


「大丈夫か」


店の外。もうエアリの姿は見えない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


スピアの家。キッチン。

シンクと格闘中のスピアのママ。


トイレのラバーカップの柄を

ディスポーザーに突っ込んでいる。


「んっ…よいしょ!」


ぐいっと押し込む。


「やっぱり駄目だわ」


そこへマリレが顔を出す。


「私が見ましょうか?」

「いいのいいの」


ママは額の汗を拭いて笑う。


「うちの子は、うちで面倒を見る主義だから」

「でも、もう買い替え時じゃありません?」

「そんな簡単に言わないで」


ディスポーザーをぽんと叩く。


「この子とは長い付き合いなのよ」


マリレが苦笑する。


「でも、機械の方は、

 もう引退したいって思ってるカモしれませよ」

「え?」

「先に別れを言い出した方が、

 お互い傷つかないってコトもあるカモ」


スピアのママは、一瞬だけ手を止める。

そして、ふっと笑う。


「マリレ」

「はい?」

「夫婦も、家族も…機械もね」


機械(ディスポーザー)を優しく撫でる。


「いつか終わるのは、最初からわかってるの」


静かな口調だ。


「でもね」


少しだけ笑う。


「終わるからって、

 今を大事にしない理由にはならないでしょ?」


マリレは黙って頷く。


「そのハンマー取って」

「はい」


ラバーカップの柄を受け取り、ハンマーを渡す。

スピアのママは勢いよく、


ゴン。

ゴン、ゴン。


「お願いだから、もう少しだけ頑張って」


その瞬間。


マリレは、誰にも気づかれないよう、

そっと指先を動かす。


淡い光。


次の瞬間、ウィィィン……

ディスポーザーが静かに回り始める。


「あら!」


水が勢いよく流れ落ちていく。

スピアのママは、目を丸くする。


「見た?直った!直ったわ!」


満面の笑みで胸を張る。


「私の愛情の勝利よっ」


マリレは、吹き出しそうになるのを堪える。


「お見事です」

「でしょ?最後は何事も気合いよ」


スピアのママは、得意げにハンマーを掲げる。


第4章 喪失、そして再生


"WELCOME TO AKIHABARA"。


そう描かれた看板の下。

冷たい風が吹く。


旅行鞄を抱えたミユリさんが、

ガードレールに腰を下ろしている。


行き先は…メソポタミア。


1台のケッテンクラートが減速し、

彼女の前で止まる。


「ミユリさん」


僕だ。


「どこへ逝く気?」

「メソポタミアです」

「乗って」

「嫌です」

「御屋敷には何て説明する?」

「大阪の日本橋へ視察に逝くとでも。

 あとで電話します」


そのとき、1台の赤いUperタクシーが滑り込む。


「そんな言い訳、すぐにバレるよ」

「その時は、その時に考えます」


運転手が声をかける。


「神田リバー水上空港までですか?」

「違います」


僕が応えるとミユリさんは静かに首を振る。


「私が呼びました。ミユリです」


タクシーへ歩いて逝く。


「お願いします」


運転手が荷物を受け取ろうとした瞬間、

僕は、横から奪う。


「僕のケッテンクラートに乗るんだ」

「無理やりですか?」

「遺憾ながら」

「こんな時だけ命令しないで」


ミユリさんは、真っすぐ見つめ返す。


「私は、エアリ(貴方のセフレ)じゃありません」


言葉が突き刺さる。

それでも、僕は退かない。


「ミユリさんが怒るのは理解出来る。

 でも、ミユリさんのやっていることは、

 ヲタッキーズ全員を危険に巻き込んでルンだ」

「違います」


ミユリさんは、静かに首を振る。


「私は、みんなを救いたいだけです」

「ミユリさんには、ヲタ友への責任がある」

「あります」


間髪入れずに答えが返ってくる。


「だからこそ、逝くのです」


1歩タクシーへ近づく。


「私には、アレクがなぜ死んだのか

 それを確かめる義務があります」


少しだけ声が震える。


「ヲタ友だったから」


沈黙。

僕は、かすれた声で尋ねる。


「僕との関係は、コレで終わりなのか」


ミユリさんは目を閉じ、

小さく息を吸う。


「たとえ、そうなったとしても」


目を開く。


「私は、逝きます」


荷物を受け取り、タクシーへ乗り込む。

窓がゆっくり下りる。


「テリィ様」


最後に1度だけ微笑む。


「アレクは、誰かに殺されました」

「…」

「なぜ、それを信じてくださらないのですか?」


ドアが閉まる。


レッドキャブが静かに走り出す。

窓越しに、ミユリさんの声だけが残る。


「目を覚ましてください、テリィ様」


レッドキャブは走り去る。

立ち尽くす僕。


残された僕に出来るのは、

そのテールランプを見送り続けることだけだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


スピアが家へ戻る。


ダイニングでは、マリレが1人、

椅子に腰掛けて待っている。


「何なの?」


マリレは、静かに立ち上がる。


「座って」


スピアは警戒を解かないまま、

向かいの椅子に腰を下ろす。少しの沈黙。


「今日、ずっと考えてた」


マリレが口を開く。


「大切な人との別れについて」


目を伏せ、小さく息をつく。


「正直、まだ実感なんてない。

 でも、スピアの言うことは正しかった」


スピアは黙って聞く。


「私は、いつかいなくなる。

 1年後かもしれない。50年後かもしれない。

 いつなのかは誰にもわからない。

 でも、その日が来ることだけは確か」


マリレは、スピアを見つめる。


「だから怖いの。

 いつか、別れが来ると知りながら、

 スピアと一緒にいることが」


言葉を切る。


「それでも」


少しだけ笑う。


「今日の私は、今日のスピアに約束できる。

 貴女のそばにいる、この時間を大切にすると」


スピアの瞳が揺れる。

マリレは、そっと手を差し出す。


その手を、ゆっくり握るスピア。


マリレは、その指先に静かにキス。


張りつめていたものが切れたように、

スピアの頬を涙が伝う。


「ありがとう」


しばらく2人は、何も言わない。

やがて、マリレがアルバムを開く。


「ねぇ」


コラージュ用の写真を1枚手にする。


「この写真、ここに置いてみない?」


スピアは涙を拭い、写真を見る。

少しだけ笑う。


「うん。その方が、アレクらしい」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ最上階。天文台。


ドームは静かに開き、夜空がゆっくり姿を現す。

その星空を見上げながら、僕は1人立っている。


「やっぱり」


振り返る。


メイド服のティルが微笑んでいる。


「絶対ココだと思った」


僕は、小さく笑う。


「ずっと、宇宙ヲタクになりたかった」


星を見上げたまま言葉を続ける。


「自分の中に、別の世界線の自分がいるなんて

 認めたくなかった。特別な力なんて

 欲しくもなかった」


一気に吐き出す。


「でも違った。

 僕は世界を欺いていたんじゃない。

 自分自身を欺いていたんだ」


ティルは、何も言わない。

ただ、僕の隣に立つ。


「これからどう生きれば良いのか、

 僕には、もうわからない。

 気づけば、大切な人を1人ずつ失っていた」


ティルは、そっと僕の手を握る。


「私がいるわ」


その一言だけだ。

僕は、ティルを見る。


「私は、ずっとテリィたんと一緒にいる」


僕は、静かに彼女へ口づける。

ティルは僕の唇を受け止め、僕を抱き締める。


「僕は、目を覚ましたいだけなんだ」


その唇を、ティルの唇が塞ぐ。

2人の影は、天文台の床でゆっくり1つになる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


そのころ。


赤いキャブを降りたミユリさんは、

神田リバー水上空港の出国ロビーにいる。


係員から搭乗券を受け取って、

足早に歩き出す、その時。


スマートフォンが鳴動。


「メソポタミア大使館のストクです」


ミユリさんは、足を止める。


「あの、お問い合わせの建物ですが、

 奇跡的に出所が判明しました。

 しかも、信じ難い話ですが、

 その建物は1994年に取り壊されています」


ミユリさんは、手にした写真を見つめる。


アレクとリアナ。

ガラス張りの四階建ての建物。


静かにつぶやく。


「じゃあ、この写真は…」


息をのむ。


「2人は、ここへ行っていない」


飛行艇の灯火が点滅を始める。

ミユリさんは、夜空を見上げる。


「アレク。貴方は…

 いったいどこへ逝ったの?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


天文台。


巨大な望遠鏡は、遠い宇宙へ向けられている。

その下に寄り添う2つの影。


頭上には、何億年もの昔に放たれた光が、

静かに明滅を繰り返している。


V字に連なる星々だけが、何も語らず輝く。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"親友の死は殺人か?"をテーマに、犯人探しに躍起になる余り、ヲタッキーズの反感を買ってしまうヒロインの苦悩などを描きました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、3連休中で気のせいか人出の減った秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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