ご自由にお楽しみください
ホテルの中を、静かに歩く一つの足音。
広く、静まり返ったホテルのロビーで少女は目を覚ました。
ふかふかのソファと、落ち着いた明かり。
少しアップテンポなジャズが流れていて、奥にはセルフのウェルカムドリンクコーナーがある。
奥へと歩いていくと、テーブルの上にはバスケットに入ったフルーツがあった。
空腹の少女はバスケットのリンゴを一口かじる。
その時、ソファの上に何かを見つけた。
ホテルの鍵だ。
ポケットに入れて少女はホテル内を歩き出す。
普通ならホテルマンや客がいるのだが、ここには人の気配は無い。
ホワイトティーのような優しい香りに懐かしさを覚えるも、現実とは思えないこの状況に少女は不気味さも感じた。
ジャズに足音と呼吸音のみが混ざる。
「…じ、ゆうに。ご自由…に」
声が聞こえた。
どこか単調すぎるような声。
廊下の奥から、それは聞こえた。
「ねぇ…誰かいるの…?」
少女は奥に向かって聞き返す。
「…じ、ゆうに。ご自由…に」
廊下の奥からぬっと声の主が姿を現した。
白いお面だ。
それはカパッと口を開けると、先ほどと同じように言葉を話した。
「…じ、ゆうに。ご自由…に」
それが合図のように、今度は無数の面が後ろから出てきた。
宙にプカプカと浮かびながら少女を目で捉えると、ゆっくりと近づいてきた。
恐ろしくなった少女は全力で走り出す。
アレはどう見ても人間ではない。
話が通じるかどうかも分からないのだ。
廊下の角を曲がると、そこにも同じような景色が続く。
身を隠せるような場所はないかと探していると、少女が眠っていたソファと壁に隙間があった。
急いで隠れると、数分後にお面の大群がゾロゾロと来た。
顔の向きをそれぞれ変えて、少女の姿を探しているようだ。
体は冷や汗を流しているのに指先だけが感覚を失うほど冷えている。
浅い呼吸を繰り返し、絶対に見つからない事だけを考える。
お面はなかなかしぶとく、ここの周辺を浮遊していた。
どうにかして離れなければ。
何かないかと思った時ポケットの中の鍵を思い出した。
そっと取り出し、廊下の奥へと投げる。
チャリンッ
ザワッとお面が一斉にそちらを向く。
途端にすごいスピードで飛んでいった。
周りの空気がブワッと風を起こしソファ横の植物が揺れる。
心臓が、ジャズのリズムみたいに鳴っている。
奴らはもう、目の前にはいなかった。
(早くここから出よう…)
少しずつ、慎重に陰に隠れつつ少女は進む。
すると、観葉植物の隙間から何かが見えた。
銀色の扉。
少女は辺りを確認し、立ち上がる。
どこへ続いているのかは分からないけれど、こことは別の場所に辿り着けるに違いない。
少女は扉をグッと押した。
ギギギッ
バタンッ…。
扉の中へと入った少女を迎えたのは
長いテーブルを囲んだ沢山の白い面の無機質な表情だった。
今度はハッキリと何を言っているのか聞こえる。
「ご自由にお楽しみください。」
低い不気味な声。
少女はここから出ようと入ってきた扉の方へ駆け寄った。
簡単に開いた扉は、どんなに強く押しても何故か開かない。
必死に扉を開こうとする少女は、はたと手を止めた。
反射して映った自分の顔は
白い面をつけていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
ホテルのロビーという落ち着いた雰囲気の場所こそ、安心と対極のホラーが引き立つのではないかと思い作成してみましたm(_ _)m
気に入ってくださった皆様、是非他の作品も読んでくださると嬉しいです!(≧∀≦)




