第2話パート1
三月下旬 某マンション四階のある一室
「……ん、んん」
何度目かわからないアラームの再通知に、漸く目を覚ます吾紋。
上体を起こし、携帯の画面を見ると、時刻は九時を回っていた。
「休暇中とはいえ、不規則なのは良くないな……」
と、独り言を呟きながら、彼は不規則の原因である出来事を思い返していた。
謎の女性救世。
突如現れた怪物。
怪物を捕縛し封印した、対妖魔組織連合。
そのトップが、自身の親友である長宮ミハル。
そしてミハルから持ちかけられた相談事。
「そうだ。クノアに確認しないと……おっと」
不意に鳴る腹の虫。
「朝、食べてからにするか」
「ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えた後、食器を洗い片付ける吾紋。
ふと時計を見ると、九時半を指していた。
「そろそろ、だな」
携帯を持ち、画面を開く。
「メールじゃ気づかれないかもしれないし、電話するか」
電話の項目を選び、番号を入力する。
(そういえば、クノアに電話するの、何気に初だな……)
発信音が部屋の中に、規則正しく鳴り響く。
そして、ガチャリと音がする。
(もしもし?)
(……はい、もしもし)
(!?)
電話口から聞こえる、渋い声に内心ギョッとする吾紋。
「あ、えっと、クノア……初龍クノア様の番号で間違いないでしょうか?」
「えぇ、そうです。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「機理神吾紋と申します」
「吾紋……恐れ入りますが、クノアの御親友の吾紋様でいらっしゃいますか?」
「は、はい、そうです! その吾紋です」
「そうでしたか! お噂は予々伺っております。少々お待ちください、只今クノアを読んで参りますので」
直後、保留音が吾紋の耳側で流れる。
「驚いた……まさか違う人が出るとは。一体クノア、どんな家に住んでるんだ?」
それから数十秒後、保留音は止んだ。
「もしもし?」
代わりに、馴れ親しんだ声が聞こえてくる。
「もしもし、クノア?」
「吾紋か、待たせてしまってすまない」
「あぁ、良いよ気にしなくて。それより用件の方なんだが……」
「どうかしたのか?」
「……三日後って空いてるか?」
「三日後? まだ確認してないからわからないが、何かあるのか?」
「いやなに、俺とクノアとミハルと三人で遊びにでもいきたいなって思ってな?」
「遊び……」
「無理なら無理と言ってくれ。その時は、俺が誠心誠意ミハルに謝罪するから」
「ミイは既に知っているのか?」
「あぁ。というか、発起人はミハルだ」
「わかった、行こう」
即答であった。
「本当か!?」
「次いつ機会が訪れるかわからないからな。それに、ミイを悲しませるような真似はしたくない」
「よし決まりだ。集合時間や場所は追って伝えるから、待っててくれ」
「楽しみにしているよ」
「それじゃまたな、クノア」
「あぁ、また」
通話が終了すると同時に、一息つく吾紋。
「……一先ず任務遂行っと。さて次は……」
彼はクノアが来れる事ともう一つの用件をメールでミハルに伝えた後、携帯を財布と共にコートのポケットに入れる。
そして外用の衣服に着替え、玄関へと向かった。
同時刻 ??
「……」
受話器を本体上部に戻し、余韻に浸るクノア。
「御友人の方と話は出来ましたか? クノア様」
そんな彼の側に佇む者が一人。
百九十センチ代半ばに達する筋骨隆々の体躯をスーツとで包んだ偉丈夫。
「あぁ。……時にマレアス、三日後俺は予定入っているか?」
「三日後、でございますか?」
手帳を広げ、マレアスは確認する。
「これは珍しい、何も入っておりませぬ」
「その日は火急の用以外絶対に入れないようにしてくれ、頼む」
「かしこまりました」
そう言うと、マレアスはポケットからハンカチ状の布を取り出し、肩へと回す。
布は面積を大きくなって行き、マントとなって彼を覆った。
「ではクノア様、お先に失礼します」
「わかった。俺もすぐに行く」
直後、一瞬にして姿を消すマレアス。
部屋には、クノア一人が残った。
「……三日後か……」
その顔は、親友達に会える事を喜ぶ少年のものであった。
が、彼はすぐに表情を切り替える。
王にふさわしい威厳と強大さを併せ持った表情に。
それに呼応するかのように、一対の巨大な翼が彼の背中に展開された。
同時刻 住宅街
家を出てから数分、吾紋は舗装された路面を歩いていた。
「……」
彼は現在、ある事について思考を巡らせていた。
対妖連合とミハルの相談によって記憶の底に埋もれかけていたある事、それはーー
ミハルが倒れ、クノアが何者かに殺される不吉な光景。
あまりに非現実的でありながら、昨日の出来事もあって急に帯びて来る現実味。
反面、彼には未だ引っかかる部分が存在した。
「ミハルは任務中という線があるかもしれないが、どうしてクノアまでいるんだ……ぅ寒っ!」
ひゅうひゅうと音を立てる風に、彼は思わず身震いする。
「陽が出ているとはいえ、この寒さは堪えるなぁ」
「今、何枚重ね着してるんだい?」
「えっと、上着入れて三枚……ん?」
声のした方に振り向く吾紋。
「おはよう吾紋君」
「うぉっ!!」
思わず飛び退くと同時に、今の動作に彼は既視感を覚える。
それもその筈、相手はーー
「あなたは昨日の……」
「そ、弥像救世だよ」
「あの救世さん。独り言に重ねて話しかけて来るの、心臓に悪いんでやめてもらえませんか?」
「あははっ、ごめんごめん」
一切悪びれる様子なく救世は言う。
「あ、そうだ。立ち話も何だし、この先の公園のベンチで話そう」
「え? まぁ良いですけど……」
二人は公園に行くと、ベンチに座り一息つく。
「良い天気だねぇ……時に機理神君」
「何ですか?」
「私の言った通り、ミハルちゃんから相談されただろう?」
「はい。……まぁ、それ以外に判明した事実の方に驚きましたけどね」
「彼女が、対妖連合の長官だった事かい?」
「!? どうしてそれを」
「私の知り合いが、そこに所属していてね。その伝で」
「な、なるほど……」
「それで、彼女からは何を相談されたんだい?」
「内緒です。自分を頼って打ち明けられた事を第三者に話す程、俺の口は緩くありません」
そう言って、彼は人差し指を唇に当てる。
「尤もな意見だ。流石、万物万人の調停者」
「? 何の話です?」
「おや、その様子だとまだ気づいていないみたいだね」
「だから何の話で……」
「まぁ、その内わかるよ」
「……」
吾紋は、追及をやめた。
ただでさえ思考しなければならない事が多いのに、これ以上詰め込めるほどの余裕は、彼にはない。
「そう言えば機理神君、今日はどこかに出かける気だったのかい?」
「はい。あ、詳しくは話せませんよ。相談された事にかかわってくるので」
「それってさ、今日絶対にしなければならない事?」
「うーん、絶対ではないですね。あった方が良いですけど、なくても……」
嘘ではない。
吾紋はこれから、三日後に三人で回るスポットの下見に行こうとしていたのだ。
下見をしていた方が、誘導する事によって効率よく回れる。
反面しなければしないで、当日の二人の行きたい所に行くのみである。
迷う時間も楽しさと一つと捉えれば、寧ろそちらの方が良くも思えて来る。
故に、嘘ではない。
「もし、今日じゃなくても良いなら、私について来てくれないかい?」
「今からですか?」
「うん」
「どちらへ?」
救世は、一拍置いて言った。
「クノア君の住んでる所」
「知ってるんですか!?」
「うん。私、彼の配下? みたいなものだからね」
「? どういう事で……」
「論より証拠。さ、行くよ」
そう言って、吾紋の手を握る救世。
次の瞬間、彼女らは公園から姿を消した。




