第1話パート4
「貴様ッ!! 何故この様な狼藉を働くのだ!?」
崩壊を続ける世界の大地から、天空に向って彼は叫んだ。
「私ハ全宇宙ヲ統ベル者。コノ地ニ根付ク生命達ハ生カシテイテモ意味ガナイ。故ニ一度滅ボシ再ビヤリ直ス」
天空に浮かぶ機械仕掛けのソレは無機質に答えた。
「何故其れを貴様が決めるのだ!! 当世一切の調停は吾が担っているのだぞ!」
「貴様ノ意思ヤ権限ナド知ッタ事デハナイ。生命ノリセットハ決定事項ダ。中止モ延期モナイ」
一切の感情を含ませずに淡々とした物言いをするソレ。
対し、彼は身体を震わせ、刀を握った手を更に強く握りしめる。
そんな彼の近くにいる者達は口々にソレを神と言い、世界崩壊の危機にもかかわらず平身低頭の姿勢を取り続けた。
「神……そうか貴様は神と言うのだな? ならば神よ! 吾は万物万人の調停者として、貴様を斬り滅ぼす!」
「身ノ程ヲ弁エヌ愚カ者ガ。先ズ貴様カラ葬リ去ッテヤロウ」
ソレは巨大な手を伸ばし、彼を握り潰そうとした。
「むん!」
が、彼はその手を一太刀の下に切り捨てると、一瞬停止した隙をついて腕伝いに駆け上がる。
そして空高く飛翔すると刀を振り上げ、ソレの中心部に突っ込んでいった。
「!」
意識が現実に戻るや否や、吾紋は勢い良く上体を起こした。
睡眠をとっていた筈の彼であったが、その息は乱れ、額には汗が滲んでいた。
「またか……」
彼にとって、今の夢は初めてではなかった。
自身が口調も性格も立ち位置も違う全く別の存在となり、神と呼ばれるモノと戦う不思議な夢。
「そういえば、今何時だ?」
時計を確認すると、既に夜の八時を回っていた。
長期休暇中とはいえ、生活リズムが不規則になるのは頂けない。
吾紋はそう思うと、体を疲れさせて寝やすくする為に散歩に出かける事にした。
外は昼間以上に冷え込み、夜風が音を立てて吹いていた。
「もう一枚着てきても良かったな……」
ゴツメのズボンにインナーとシャツ、灰色のロングコートというコーデ。
コートが前開きなのは、彼なりのお洒落である。
住宅街をやや前屈みの姿勢で歩く吾紋。
「駅前の喫茶店で一服して帰るか……」
腕時計を見て一人呟くと、彼はふと空を見上げた。
生憎月は新月に入っている為に殆ど見えないものの、それが気にならない程輝く星々に思わず見入る。
「これはミハルとクノアにも知らせないとな」
そう言ってポケットに手を入れ、携帯を探す。
が、見当たらない。
「あれ? おかしいな……あ、ベッドに置きっぱだ」
直様引き換えそうと、方向転換する吾紋。
「?」
しかし、歩幅を進めはしなかった。
何故か。感じたのである、違和感を。
「妙だ……人の気配がない」
自身以外の通行人はおろか、家々から聞こえて来る筈の人の声も全くない。
只、風だけが辺りに漂っているのみという状況に、彼は既視感を覚えていた。
(またあの人が?……いや、違う!)
同時に、背後から彼を襲う異様な気配。
振り返る吾紋。
「!」
そこーー約十メートル先ーーには、何かがいた。
自動車程もある四足歩行の何か。
電柱の灯りに照らされたその姿は、二本角を生やした巨大な狼と言うべき、正に怪物であった。
(な……!)
音もなく現れ自身を睨む怪物に、吾紋は恐怖すると同時に頭をフル回転させた。
(逃げなければ……いや待て、あれが逃げ切れるような相手に見えるか? それに俺が逃げた事で被害が拡大するかもしれない。では大人しく餌になるか? なってたまるか! 未だ小説家デビューしてないんだぞ!?)
吾紋が恐るべき速さでもって策を練っている間にも、怪物は殺気を剥き出しにし姿勢を低くしている。
飛びかかる気満々であった。
(それに……未だミハルの相談も聞いてない。死んだら聞いてやれない!こんな寝覚め悪い事があるか!?)
(未だ、死にたくないか?)
(当然だ! ……え、誰だ?)
不意に響く謎の声。
(ならば、吾を現世に顕せ)
(だから、誰!?)
(いや、もう猶予はない。顕れる)
直後、強制的に吾紋の意識は現実に引き戻される。
真っ先に視界に飛び込んで来たのは、口を開けて彼に向かい飛びかかって来る怪物の姿であった。
(あ……終わった)
(未だだ)
(へ?)
次に飛び込んで来たのは、彼自身を包んでゆく謎の黒い霧。
夜にも拘らずはっきりと見えるその霧が彼を包み込んで行く。
そして視界全てを、霧が覆ったかに見えたその時であった。
「ギャワン!!!!」
正面からの叫びと同時に、霧は散り消え去った。
そして真ん前を見れば、無数のロープのようなもので縛られ、動きを封じられた怪物の姿。
「な……え?」
訳がわからず混乱する吾紋。
そんな彼をよそに、状況は動く。
「標的、捕縛完了。これより、封写作業を行う」
ロープのような物の伸びる暗闇から、黒装束と黒頭巾に身を包んだ四人の人物が姿を現す。
一人は手綱を握って怪物を抑えながら指示を出し、一人は警棒のような物を握り構えた状態で怪物に近づき、一人は吾紋の前に背中を見せる形で立ち塞がる。
そして、最後の一人は昔のカメラに似た機械を取り出して怪物に向け、上部についたボタンを押す。
閃光が一瞬、怪物を包み込み、光が消えると同時に怪物も姿を消していた。
「封写完了」
機械を持った者が告げる。
静かで且つ頼もしさを感じさせる声色。
(ん? 今の声……聞き覚えが)
「もし貴方」
吾紋の前に立ち塞がっていた者が振り向き、彼に問いかける。
「大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」
「え? あぁはい。どこも大丈夫、です、はい」
「そうですか。ではこれを御覧ください」
そう言うと、懐から取り出そうとする。
(こ、このパターンは……!)
反射的に身構える吾紋。
「? どうされました?」
が、取り出されたのは電話番号の記載された名刺サイズの紙であった。
「あれ? あぁいや、てっきり記憶を消されるものかと」
「あぁ成程。御安心ください。私共は記憶消去の類は基本行なっておりません。ですが、どうしても忘れたい等御思いでしたら、こちらへお掛けください」
そう言われ差し出された紙を、吾紋は受け取る。
紙には、電話番号の隣にもう一文記載されていた。
「えー何々……対妖魔組織連合!? ……あ」
思わず大きな声が出てしまった事に、口を手に当てる吾紋。
それに反応したのか、機械を持っていた者が彼らの方へ近いて来る。
「どうかされましたか? ……吾紋?」
「……その声、もしかして……」
頭巾を脱いで面頬を外し、顕になった正体。
それはーー
「ミハル!?」
「……」
ミハルは照れ笑いのような困惑しているような複雑な表情を浮かべ、頷く。
吾紋は先程以上に驚きを隠せなかった。
「ど、どういう事、だ?」
「おや、お知り合いですか? 長宮長官」
二人の間に立つ形になっていた者が尋ねる。
「えっと、ぼ……私の親友です。名前は機理神吾紋……吾紋、彼は私と同じ連合に所属している吏折半蔵氏です」
咳払い後、声色に威厳を含ませ、ミハルは話す。
「吏折です。初めまして、吾紋君」
頭巾を取り、人当たりの良さそうな顔を見せる吏折。
「あ、え、こちらこそ初めまして」
そう言って彼と握手を交わした後、吾紋はミハルに向き直った。
「ミハル、聞きたい事が山ほどあるんだが……良いか?」
「申し訳ございません。これより、周囲の警戒に当たらねばなりませんので……」
「長宮長官。ここは私にお任せください」
吏折が、労いの意を含んだ口調でもって言った。
「し、しかし……」
「彼に相談したい事があるのでしょう?」
「な、何故それを?」
「それくらいお見通しですよ。さぁさぁ」
「……分かりました。ではくれぐれも気をつけて」




