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第1話パート3

「……寒いな」

 後一週間足らずの内に新年度に替わるとはいえ、外は未だ冷風が栄華を誇っていた。

 長ズボンに長袖インナーとシャツ、薄くないブレザーを着用していても尚隙間から侵入して来る冷気は、空きっ腹の彼の身に応えた。

 彼は自宅までの歩幅を進めながら、昼食の献立を練り始めた。

 自分以外の通行人はおろか、家々から感じる筈の人の気配すらない事に気づかずに。

「よし、素うどんにしよう」

「他の具材はいらないのかい?」

「あぁ。……ん?」

 声のした方を振り向く吾紋。

「やぁ」

「!?」

 彼のすぐ隣に、飄々とした微笑を浮かべる女性が立っているのだ。

 何の音も気配も発さずに。

 咄嗟に飛びのく吾紋。

「そう怖がらなくて良いよ。怪しい者じゃないから」

「全く面識のない人間の独り言に入って来る時点で怪しいでしょう」

「それはそうか。いや、これは失礼」

「えっと、どちら様でしょうか?」

 努めて冷静に、彼は尋ねる。

「私かい?私は……」

 女性は考え込む仕草をした後、答えた。

「救世。弥像救世だ。初めまして、機理神吾紋君」

「どうして、俺の名を?」

「それは、未だ秘密」

 そう言って、人差し指を唇に当てる救世。

 吾紋はかなりの胡散臭さを感じつつも、視線を動かして彼女を観察する。

 背丈は百八十センチ弱。

ラッパ型の長ズボンに裾出しのシャツを着用し、薄いブラウンのロングコートを羽織っている。

髪は白と金の中間のような色合いをしている。

(……ん?)

何より、吾紋が注目したのは――

「一つ、質問良いですか?」

「良いよ」

「……そのコートのポケット、何が入っているんですか?」

それを聞いた瞬間、救世の口角が僅かに吊り上げを増す。

「察しが良いね、機理神君。特別に教えてあげよう。あ、全部は駄目だよ、一つだけね」

 ポケットの中に手を入れ、そして取り出す救世。

 その手の中には、ルーペのレンズ部分に近いモノがあった。

 直径五センチの周囲を黒く光沢のある鉱物のようなもので囲んだ、両面凸型のレンズ。

「それは?」

「千領瞳。過去現在未来の事象を垣間見る事が出来る優れものさ。但し、使用者の有する精神エネルギーの膨大な消費と引換の為、不足している者が覗くと最悪廃人になる」

「……」

「あ、その顔は信じていない顔だね」

「そりゃ、信じられないですよ。いきなりそんな空想全開の説明されても」

「ふむ、一理ある。じゃ、特別に見せてあげよう」

 どの道見せるつもりだったけど、と救世は小さく呟く。

「いや良いですよ。廃人になるって今言ったじゃないですか」

「大丈夫大丈夫。君なら、ちょっとやそっとじゃならないから」

「え? どういう意味で」

 吾紋が二の句を継ぐより先に、彼の眼前にレンズが迫った。

「? ……!?」

 そこに映し出されたのは――


 全方位が白い空間の中、血塗れで倒れるミハル。

 動かない彼女を前にし絶叫するクノア。

 そんな彼の喉を背後から刀で貫く何者か。

 刀を抜き、高笑いする何者か。


「こ、これは……」

「その反応、やはり君にも見えたか」

 レンズを吾紋の眼から離す救世。

「どういう事だ!? ミハルとクノアが……!」

 静かに、然し確かに動揺する吾紋。

 往来の場である為、叫びこそしないものの、彼は尋常でなく驚愕していた。

「この千領瞳、使用者が見たいモノを指定せずに除いた場合、現在の状況から最も高確率で迎えるであろう最悪な未来を見せて来るんだ。確実ではないから実際には違うかもしれないが、概ね同じ事が起こると言って良いだろう」

「同じ事って、回避する方法はないんですか?」

「ない。基本的には」

「そんな 」

「待て待て。絶望するのはまだ早い」

「しかし今、回避できないと」

「言っただろ?基本的には、と。この未来は予測段階。即ち、変えられる可能性があるという事さ」

「どうやって」

「それは私にも分からない。ただ……」

「ただ?」

「君自身の本当の力に気付けば、或いは、ね」

 そう言って、吾紋を指差す救世。

「本当の力……?」

「そ。あ、そろそろ行かないと。じゃ、またねー機理神君」

 彼女は手を振り、夜の闇へと消えていく。

「そうそう。ミハルちゃんから相談されるの、多分今夜だよ」

 背後から、肩にかかる手の感触と救世の声。

 振り向くも、姿はなく。

 それきり声はしなくなると同時に、人の気配も戻って来た。

「なんだったんだ、今のは……」

 吾紋は状況が飲み込めないでいたが、腹の虫に促され一先ず昼食にしようと、再び帰路に着いた。


二十分後 吾紋居住物件(マンション四階の一室)


 冷凍うどんを電子レンジで温めた後、水道水で薄めた出汁入りの椀に入れる。

 僅か数分で、吾紋の昼食は完成した。

「いただきます」

 麺を啜り咀嚼するのを繰り返した後、汁を飲み干して手を合わせる。

「ごちそうさま」

 調理から完食まで、十分にも満たないこの時間が、存外彼は好きであった。

「……さて」

 食器を洗い終えると、彼はそのままベッドに体を預け仰向けになった。

 そして頭の中で、先程起きた事を整理する。

 突如、自身の前に現れた謎の女、救世。

 彼女に半ば無理やり見させられた怪しいレンズには、クノアとミハルの死亡する未来が映し出されていた。

 救世曰く、自身の本当の力に気付けば回避できるかもしれない、との事。

「改めて整理すると、非現実さが凄いなぁ……」

 そう言って、頭を悩ます吾紋。

 然し、親友二人が悲劇的結末を迎える可能性が僅かでもあるのなら、何としてでも避けたいというのが彼の本心であった。

 その為には、思考を張り巡らす事を怠ってはならないとも思った。

(そう言えば、今夜ミハルに相談されるみたいな事も言ってた……ような……)

 段々思考が鈍り、彼のトレードマークである八分開きの眼も閉じていく。

 そして彼は、一時の眠りに就いた。


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