第2話パート3
数分後 同地
吾紋達はカダレエに先導され、荒野を歩き続けていた。
「そう言えばカダレエさん。さっきの二人組、あのまま放っといて大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。生命活動に必要な量の水分は残しておいたからね。それに、あそこは直雨が降る」
カダレエは続ける。
「少々刹那的なだけで根っからの悪人ではなさそうだったし、それを差っ引いても、クノア様から成る可く殺すな、と言われているからね」
「クノアが……」
「クノア様は強く聡明である上、非常にお優しい。ラスカゾーク達との戦いで荒廃した文明を、この短期間で再興させられたのは、彼の方が玉座に就かれたというのが大きいね」
「なるほど……しかし、長官の次は帝王か……」
「? 何の話だい?」
「あぁいえ、独り言です。気にしないでください」
「そうか……お、見えてきたぞ、吾紋君」
カダレエは前方を指差す。
その先の崖下にはーー
「……凄い」
広大な都市が存在していた。
幅は視界の端から端では足りない程、奥行きは地平線まで届くかという超巨大都市。
目を凝らすと、レンガ造りのレトロな街並みが広がっている事がわかる。
そして、吾紋の目を一番引いたのが、
「でかぁ……」
中心部に存在し、天まで届こうかという長大な城。
「あのそびえ立つ城こそ、クノア様の住まわれる場所にして、我々龍帝軍の本拠地なんだよ」
「思っていた家と、だいぶ違いますね」
吾紋が想像していたのはアパートかマンション、二階建住宅であった。
軍の本部が入ったバベルの塔似の城など、頭をよぎった事すらなかった。
「今日の今時分だと、市街地の視察に出ていらっしゃるだろうから、城の中で待っているかい?」
「……ちょっとだけ、街に行ってみても良いですか?」
「街へかい?」
カダレエの反応は、やや否定のニュアンスを含んでいるように、吾紋には見えた。
「あー……やっぱり、人間が行くのは歓迎されない、ですかね?」
「そんな事はない! ……と、言いたいところなんだが……」
難しい顔をするカダレエの前に、救世が出る。
【カダレエ。彼なら大丈夫だ。私が保証しよう】
「……分かった。だが吾紋君、街ではゴーカサットの言うことを聞いて指示には従う事、良いね?」
「わかりました。ありがとうございます」
「それじゃ私は用があるので、一旦失礼するよ」
【待ってくれ、カダレエ】
「どうした?」
【実は、お前に渡しときたいものがあるんだ】
直後、ゴーカサット(救世)は懐から楔状の物体を取り出し、渡す。
「これは?」
【何わかる。今は持っておいてくれ】
「わかった。それじゃ」
直後、カダレエは姿を消した。
(さて、機理神君。行こうか)
(はい……って、どうやって降りるんでしょう? エレベーターや階段の類は見当たりませんし)
(私が君を担いで、降りよう)
(でもさっき、疲れるからやらないって)
(やっぱりあの重りは君自身の事だったのか)
(あ)
(それに君も今言ったろう? 今から行うのは飛ぶんじゃなくて降りる。気球と同じ要領だね。私は君が墜落しない為の補助役さ)
そう言うと、ゴーカサット(救世)はマントから両手を出し、吾紋に向ける。
(さ、両腕を水平に伸ばして半回転して)
(こうですか?)
言われた通り行う吾紋。
(そうそう)
すると、脇の部分を掴まれ、持ち上げられる。
地面から足が離れた事に、彼は内心驚く。
(救世さんって、意外と力持ちなんですね)
(君がそんなに重くないだけだよ。さ、それじゃ降りるよー)
それから数分後。
地面に降り立った吾紋達は、大きな門を通り抜け、街へと入った。
念の為、吾紋は頭巾を被って。
「あ、ゴーカサット様だ!」
「ゴーカサット様、こんにちは!」
「今日も凛とした佇まい……素敵!」
そんな声があちらこちらから聞こえて来る。
ゴーカサット(救世)は挨拶には会釈で、時折手を振って返す。
(人気ですね)
(これでも四天王の一人だからね。それなりに支持はされているさ)
少し歩くと、メインストリートへと入った。
道には様々な異種族が行き交い、さながら歩行者天国のようになっている。
(街の人達、姿が人間とそこまで変わらないんですね)
(人型の方が、何かと便利だからねぇ。勿論、そうでない人達の為の設備も備わっているよ)
(あ、本当だ)
(……機理神君って、自分とかけ離れた種族の姿見たりしてもあまり驚かないんだね)
(そう言えばそうですね。何でなんでしょう)
(それに、さっきから何か揉め事や事件がないか探しているように見えるんだけど、無意識かい?)
(あ、出てましたか? うーん自分でもわからないんですが、偶に目で追ってしまうんです)
(……)
(? 救世さん?)
応答はない。
が、振り向くと彼女はついて来ている。
(どうしたんだろう?)
(聞こえるか)
三度聞こえる謎の声。
(あなたはさっきの。えーと……霧出す人)
(吾は人ではない。吾は……ナンジだ)
(多分十二時は回っていると思います)
(そうではない……うーむ、如何にして説明したら良いものか)
悩む謎の声。
(話せるときで構いませんよ)
(面目ない。何れ機会が来れば……)
(? どうしました?)
(前方、向かって左から二番目の者)
(え?)
眼球を動かし、当該の人物を確認する吾紋。
上着のポケットに片手を突っ込みながら、よろよろと歩く者。
不自然にならない範囲で吾紋が注視していると、
(察し良いね、機理神君)
救世が話しかけてきた。
何故さっきは黙り込んでしまったのか聞きたかったが、彼はそれを隅に置き、現在の事に集中する。
(あのよろよろしている人? は何なんですか?)
(直ぐわかる。が、事を起こす前に抑えなければ)
(事? 事って?)
(さっき千領瞳で見えた範囲だと……起きれば死人が出る)
低く真面目な音程でもって、彼女は言う。
吾紋の頭に、良くない想像が広がっていく。
(直ぐ止めないと!)
そう思い、駆け出そうと姿勢を低くし始めたところで、後ろから肩を掴まれる。
(救世さん!?)
(下手に動くと証拠隠滅される恐れがある。動くのは、ポケットから手を抜いた瞬間だ)
注視する吾紋達。
そして――ポケットから手が引き抜かれた。
握られているのは、スイッチ状の何か。
それに彼が気づいたのは、駆け出した後であった。
稲妻の如き速さでもって標的に近づき、何かを持った腕を捻り上げる。
「いでででででででで!!な、何すんだ!!」
「動くな!! このスイッチで何かしようとしていただろ!」
「どうしてそれを!? あ」
「やっぱりじゃないか!!」
路上で起こる怒鳴り合いに、
「なんだなんだ?」
「喧嘩か?」
と、周囲の者達が騒めき立つ。
「お、俺はただのアルバイトだ!」
「バイト?」
「このスイッチで、交通量調査を行ってたんだよ!」
「……一つだけでか!? メーターも何も付いてないそのスイッチで」
「うっ……」
あっさり看破すると同時に、握力を強くしスイッチを離させ取り上げる吾紋。
「ふぅ、一件落着……あれ? 救世さん?」
今し方一緒にいた筈の彼女がいない事に気づいた直後、
「動くな!」
羽交締めにされ、首に鋭く変化した爪を突き立てられる。
(しまった……、手を緩めてしまった!)
「殺されたくなきゃ、スイッチを寄越せ!」
脅しをかける不審者。
が、吾紋は冷静であった。
次こそ、霧出す人? が声をかけてくる。
そしたら直ぐ変わってもらおう、と。
しかし、その気配は一向になく、彼の額に汗が滲み始める。
(あの、すみませーん! 霧出す人―!)
(何だ? 吾は人ではないと、先刻申した筈だぞ)
(すみません、名前未だわからなかったものでして。ってそれより、今ですよ今!)
(今?)
(今顕す時でしょ!?)
(いや、今はその時ではない)
(どうして!?)
(空を見ろ)
言われた通り、上を向く吾紋。
「動くなと言ってるだろう! 殺されたい……か……」
つられて上を向き、硬直する不審者。
その視線の先には――
「……クノア?」
偉大にして強大な王が存在していた。
全長四メートルを超える巨大な翼を背中に生やし、ダイヤ状の鱗を首筋と両頬に備え、蜥蜴の如き赤い瞳を持った、スーツにコート姿の青年。
彼は兵士と思しき防具を着た数人の者達と共に徐々に降下し、吾紋達の前に降り立つ。
「……何事だ」
低く、威厳を持った声であった。
自身の知っているそれとはあまりに違い、吾紋は少々呆気に取られる。
「……」
「何事だと聞いている」
「……!」
自分に言われているのだと、吾紋はようやく気づいた。
「こいつが妙なスイッチ取り出そうとして、それで取り押さえたら、逆に殺されかけてるってとこだ」
「……」
クノアは次に、不審者の方に視線を向ける。
その鋭い眼光に、彼は怯む。
「何のスイッチだ?」
「え、えっと……それは……」
「即刻答えよ。嘘は通じぬものと思え」
「……」
クノアの圧に、不審者は体中から汗を吹き出す。
「ひ、ひいいいい!」
そして、吾紋をクノアの方に突き飛ばすと、振り向き逃げ出した。
が、兵士達に囲まれ、捕らえられる。
「確保しました!」
「よし、傷害の現行犯で連れて行け。それからスイッチについても……」
【それなら、こいつも連れてってください】
突如、クノア達の前に突き出されるボード。
出したのは勿論――
(救世さん!)
「ゴーカサット。ここで何をしている?」
【そこにいる彼が街に行きたいと言うので連れて来たのです。そしたら、不審な人物がいたので彼と手分けして捕えようとしました】
彼女は、縄で縛ったもう一人の不審者を引き渡す。
【こいつも、同型のスイッチを持っていました。形状からして、爆弾の起爆装置。二人いたのは、トラブル発生時の予備でしょう】
「成程……御苦労だった」
クノアは彼女からスイッチを受け取ると、吾紋の方へと向かう。
「貴殿の持つスイッチも証拠品として押収したい。構わないだろうか?」
「あ、あぁ」
吾紋が渡したスイッチは、クノアの手から兵士の一人に渡る。
「さて……」
クノアは、吾紋に向き直る。
「我はクノア。ここの者達を束ねる者である。此度の貴殿の活躍によって多くの民が救われた。礼を言いたい。その為に、貴殿の名を聞かせてもらえないだろうか?」
(救世さん? 顔見せても良いですか?)
(あぁ)
彼は頭巾を取り、自身の正体を親友に明かす。
「機理神吾紋」
「機理神……驚いたな、貴殿と同じ名前と顔の者を、我は知っている」
「その知ってる本人だよ」
「……」
一瞬の沈黙。
「ちょっと待ってくれ」
クノアは顔を手で押さえ、地面を向く。
「クノア様、如何なさいましたか!」
「クノア様、大丈夫ですか?」
彼の下に人々が近づいて来る。
「あぁ、問題ない。少々情報を整理するのに手間取っただけだ」
そう言うと、彼は太縄と分厚い板を手配させる。
板に穴を開け、縄を通して結び、上からブランコの要領で吊るさせる。
「では機理神様、こちらに」
兵士の一人に促され、吾紋は板の上に座り縄を握る。
瞬間、彼の足は地面から離れ、空へと上がっていった。




