第2話パート2
「……」
地平線まで続く荒野。
「いやー絶景だね、機理神君」
赤い空に黒い雲。
空に光るは白い球体。
「……ここ、どこですか?」
「どこって、クノア君ちの近くだよ?」
「家どころか、人の気配すらないんですが……」
「そりゃそうだよ。ここ、機理神君がいた所とは違う世界だから」
「……」
「どうしたんだい? 急に天を仰いだりして」
「いや、今日も良く眠れそうだな、と思いまして」
吾紋の台詞に疑問符を浮かべる救世。
が、すぐに切り替えると、辺りを見回す。
「ふむ、近くには私と君以外いないね……なら」
そう言うと、コートのポケットに手を入れ、ある物を取り出す。
一つはハンカチに似た黒色の布、もう一つは蝙蝠を模した仮面であった。
救世は、布の一片を持って肩へ回す。
すると、布は広がってマント状になり、彼女の体躯をすっぽりと覆う。
次に彼女は、仮面を顔につける。
瞬間、仮面からシールドのような物が飛び出し、頭部を全て包み込んだ。
その出たちは、巨大な蝙蝠そのものである。
(あーあー、聞こえるかい? 機理神君)
(えっ、 テレパシーも使えたんですか!?)
(まぁね。私、この世界では寡黙なキャラで通してるから、君との会話はこれで行いたいんだけど、良いだろうか?)
(構いませんが……互いの思考が筒抜けになるのでは?)
知られたくない事もあるだろう、と吾紋は付け足す。
(大丈夫大丈夫。相手に伝えたい事のみ伝わる仕組みになってるから)
(なるほど)
(さ、クノア君家目指して、しゅっぱーつ)
それから一時間。
吾紋達は歩き続けた。
が、未だクノアの家どころか、建造物一つ視界に入って来ていない。
歩けど歩けど見えるのは、岩塔のそそり立つ荒野のみ。
体力には少々自信のある吾紋も、こうも同じ景色が続くと気が滅入って来た。
(救世さん)
(何だい?)
(救世さんって、飛べます?)
(飛べるよ?)
(六十数キロの重り持ってもですか?)
(飛べるけど、疲れるからやらないよ?)
矢張り駄目か、と吾紋は思う。
そんな彼にふと、ある疑問が浮かんで来る。
(……話、変わるんですけど)
(何だい?)
(救世さんって、何者なんですか?)
(……)
(色んな事知ってたり持ってたり……連合の事もご存知でしたよね? それに加えてクノアの事も……だから気になりまして……)
(……)
また唇に人差し指を立ててはぐらかされるだろう。
そう吾紋は思っていた。
(さぁ……誰なんだろうねぇ?)
(へ?)
物悲しさを含んだ声色であった。
だが直ぐに、普段の調子に戻る。
(なんてね? んー今は教えられないけど、この姿の時は龍帝四天王ゴーカサットで通ってるよ)
(何です? 龍帝四天王って)
(この世界を統べる龍帝っていうのがいて、その配下の中で特に強大な力を持つ四体の存在の事だよ)
(へぇ……ん? 確かさっきクノアの配下って……)
(あ、ちょっとストップ)
不意に立ち止まる救世。
(どうしたんです?)
(下、下)
「下? うおっ!?」
直後、数メートル先の地面が盛り上がり四散。
もうもうと立ち込める土煙の中から二つの人影が姿を見せる。
「こんな所で大金の引換券を発見出来るとは!!」
「私達ぃ、ラッキーだわぁん」
人影は、若い男女の姿をしたペアであった。
ムキムキの体躯を前開きベストとズボンに包んだモヒカンの男。
肉感的な体躯をビキニトップスとズボンに包んだツインテールの女。
どちらも殺気を漂わせ、吾紋達に迫る。
「ゴーカサット!! お前には懸賞金10億ガネット(10億円)がかけられている!」
男のやたらと勇ましい台詞に続き、
「つまりぃ、あなたの首を持っていけばぁ、私達ぃお金持ちになれるのよぉ?」
女はネトネトした喋り方で台詞を紡ぐ。
「後、そこのお前!」
男は、吾紋を指差した。
「お前には龍帝軍と交渉する時の人質になってもらう!」
「……俺なんか人質にして、何要求するので?」
恐る恐る問う吾紋。
「え? そりゃ、えーと……」
「……」
それきり、男は下を向いて悩み出す。
(……救世さん。どう思います?)
(どうって?)
(前の二人についてです)
(率直な感想としては……私の相手ではないね)
二人の会話をよそに、男は未だ悩み続けている。
「んー魔道具とかぁ、どうかしらぁん」
見かねた女が、助け舟を出す。
「それだ、それ! サンキュー! ……と、いうわけで、俺達は魔道具を要求する!」
「……俺、龍帝軍? とは殆ど関わりないですよ、多分」
嘘は言っていない。
『殆ど』の部分に、僅かな接点を残しているからである。
「そうなのか? なら人質の意味はないな……」
「そうねぇ、だったらぁ……」
男女はどこからか得物を出し、
「消さないとな」
「消さないとねぇ」
吾紋に構えた。
「!? 見逃してくれる流れでは!?」
「そうしたいんだが、顔見られたからな」
「機密保持の為には、しょうがないわよねぇ」
そう言って、大斧を右手に持つ男と、両手の指の間に三本ずつナイフを挟む女。
殺気も先程より大きくなっている。
「ま、まずい……!」
(吾を顕せ)
(! その声は昨日の……!)
直後、吾紋の足下からから黒い霧が出始める。
(さすれば、この場を切り抜けられ……いや、現在吾は不要のようだ)
が、すぐに霧は晴れる。
それとほぼ同時にゴーカサット(救世)が、マントから出したホワイトボードを男女に見せる。
【今から君達に二つの事を伝える。一つ目、彼は私の友人だ。手を出す事はやめて欲しい】
十秒程見せた後、彼女は書き直し、再び見せる。
【二つ目、後ろの彼には手を出さない方が良い】
「「後ろ?」ぉ?」
思わず振り向く男女。
その十数メートル先に、佇む者が一人。
百七十前後の体躯を白く袖口の広い衣装に包み、頭部を白布で覆った怪人物。
顔も隠れている上目の辺りも影となっている為、その表情を窺い知る事は出来ない。
「あ、あいつ、どっかでみたような……」
男の疑問に、
「んー……あ、あいつも四天王の一人よぉ! 名前は思い出せないけどぉ、あいつも10億以上懸かってた筈ぅ」
女が答えた。
「何、10億以上!? ならターゲット変更だ!」
「そうねぇ、どうせなら多い方が良いものねぇ」
男女は振り向き、怪人物に向けて得物を構える。
当然、背中はガラ空き。
(いや、こっちにも四天王いるのに不用心過ぎるだろ)
彼らのあまりにも行き当たりばったりな思考と動作に、思わずツッコミを入れてしまう吾紋と、
(あの二人、面白いね)
喜劇を観ているような感想を抱く救世。
そうとは知らない男女。
「その首、もらったー!!」
「懸賞金、いただきよぉー!」
標的に向かって、一気に突進して行く。
斧とナイフの同時攻撃が、怪人物に襲いかかる。
「……」
が、攻撃の全ては躱され、掠りもしない。
「お前達」
攻撃されているとは思えない程冷静な口振りで怪人物が喋った。
その声は少年のような声音でありながら、老人のように少々嗄れている。
「何故、私やゴーカサットにそのような大金がかけられているか、不思議に思った事はないか?」
「不思議に!? いや、ないが!?」
斧を振り回しながら、男が答える。
「では質問を変えよう、お前達は仮に私やゴーカサットを倒し金を得たとしたら何を成す?」
「そんなの決まってるじゃなぁい。遊んで暮らすのよぉ」
ナイフを握った両手でパンチを繰り出しながら、女が答える。
「そして金が尽きればまた狙う、か……」
そう言って僅かにため息をつくと、怪人物は跳躍し十数メートル後方に飛び退き、声を張る。
「最後の質問だ。お前達、ラスカゾークの残党が懸けている賞金を狙っている所を見ると……奴らの一味か?」
「ラスカゾーク!? まさか!?」
「私達ぃ、あいつらとは全く関係ないわぁ。ただの賞金稼ぎよぉ?」
「……分かった。では……かかって来い」
逆さ手招きし、挑発する怪人物。
当然、男女はそれに乗った。
突進し、怪人物の目と鼻の先まで接近する。
が、攻撃はまたしても当たらなかった。
いや、それだけではない。
次の一撃も、彼らは放つ事が出来なかった。
「う、動けん……」
男は大斧を両手に持ち高く振り上げた状態で、
「な、なんでなのぉ……」
女はナイフを挟んだ両手及び両腕を背中側に引いた状態で、動きを止めていた。
「先程尋ねたな。何故、私やゴーカサットにそのような大金がかけられているか……」
怪人物はそんな二人の腹部に五指を当てている。
「それは、このような事が成せるからだ」
次の瞬間、男女の身体に異変が起きた。
最初は肌であった。
水気がなくなり、かさつき、ひび割れが目立ち始める。
次は肉体そのもの。
ハリがなくなり、段々収縮していき、骨の形が浮き出てくる。
中でも変化が顕著だったのは胸部であった。
男の鍛え上げられ逞しかった胸筋は見る影もなく縮み、肋骨が透けて見える。
女の柔らかく豊満であった乳房は萎び、重力に従って垂れ下がっていく。
「そ、そんな……俺の肉体が……」
「私達ぃ……萎んじゃうぅ……」
驚きとショックの表情が読み取れる両者の顔面も、艶を失いひび割れていく。
口も窄み、喋る事すらままならなくなっていった。
やがて、男女は自重に耐えきれず、仰向け且つ大の字の状態でその場に倒れた。
怪人物の手は離れているも、もはや満足に体を動かす事は出来ず、ピクピクと反射的に動くのみ。「暫くその状態でいろ。そして、己が所業を見つめ直したならば、これを使って連絡して来るが良い」
怪人物はそう言うと、小箱を男女の間に置く。
そして、吾紋達の方を向くと、一歩一歩近づいて行った。
【久しぶりだな。何日ぶりになるだろう】
ゴーカサット(救世)の書いたボードに対し、
「ざっと二週間振りだね」
怪人物は近づきながら、フランクな口調で答える。
「……」
(そんなに緊張しなくても良いよ、機理神君。おっかない人じゃないから……まぁ、能力はおっかいないけどね)
(あの人、何者なんです? さっき四天王って言われてましたけど……)
(そう。龍帝四天王の一人、『与奪』カダレエ)
「カダレエ……さん」
「ん? 君、私をしっているのか?」
怪人物――カダレエは吾紋に尋ねる。
「え? えっと、きゅ……ゴーカサットさんに教えて頂きました」
「なるほど。君は誰だ?」
「吾紋です。機理神吾紋」
「アモン?」
一瞬、僅かに動揺を見せるカダレエ。
が、直ぐに冷静さを取り戻す。
「ゴーカサット、吾紋君はどうしてここへ? 見たところ、この世界のものではなさそうだが……」
【彼はクノア様の親友だ。今日はクノア様に会わせようと連れて来た】
「何と! クノア様の!?」
「あの、カダレエさん。質問良いですか?」
「あぁ。良いよ」
「クノアって、カダレエさん達の中でどんな立ち位置にいるんですか? まさか、組織の長官とか……」
「ふむ。良い線行ってるが、少々違う。確かにクノア様は、我々の頂点に君臨されている。が、それは長官という役職としてではない」
カダレエは一拍置き、言った。
「彼の方は、この世界を統べる龍帝シソ様の御子息にして、次代の帝王であらせられる御方なんだ」




