バレンタイン義理チョコ被り即引退デスゲーム 〜裏をかきすぎた女子高生たちの末路〜
「さあ……、地獄の儀を始めましょうか」
二月十四日、朝。
この日の教室の空気は心なしか重かった。登校してきた女子たちが和やかにバレンタインのチョコを交換し合う光景が、遠い異世界の出来事のように見える。
みのり、まほ、さな、しずくの四人は、まるでお通夜のような緊張感で着席した。
「……みんな、持ってきたわね?」
みのりの問いに三人が無言で頷く。
「ルールはいいわね。四人の間でバレンタインプレゼントが被ったらその時点で『女子力引退』。三学期終了まで昼休みは全員分の学食のラーメンを運ぶ『おかもち係』として生きてもらうわ!」
「ねー、やっぱりそれ過酷すぎない?」
流行に敏感なまほが、『義理チョコ被り即引退デスゲーム』の言い出しっぺで自称軍師のみのりに言う。
「昨日も言ったけど、これは戦争なの! 毎年毎年似たようなチョコを交換し合って『わあ、おいしそー(棒)』なんて虚無のやり取りを繰り返すのはもう終わり! 我ら『仲良し四人組』の厳格な法を適用するのよ!」
「……女子力、引退。つまり、眉毛とか繋げてもいいってこと?」
天然のさなが明後日の方向を向いて呟く。
「違うわ、社会的死よ! いい? これは高度な心理戦。私は一週間前からあんたたちの動向を観察していたわ。三日前、まほはデパ地下をうろついていた……。おそらく『映え』を狙って高級海外ブランドのチョコを買ったはず!」
「ギクッ。……よく見てたわね」
「そしてさな! あんたは先週、家庭科室の予約状況を確認していたわよね? 無難に『手作りクッキー』で逃げようとしたでしょうが、それも読めていたのよ!」
「……さな、クッキー作ろうとしたけど、『海水の味がする石』を錬成したから、もう諦めたよ」
「それはそれで別の事件だよ!」
グループ一の常識人、しずくのツッコミが炸裂する。
「とにかく!」と、みのりが強引に話を戻す。
「百貨店、手作り、コンビニスイーツ……。それら『誰でも思いつく選択肢』を選んだ時点で被る確率は跳ね上がる。相手の裏の裏をかき、この世で唯一無二の『義理の最適解』を提示できた者だけが、このデスゲームを生き残れるのよ! さあ、一人ずつカバンから『究極の義理』を披露してもらいましょうか……。まずはトレンドに敏感なまほ! あんたからいきなさい!」
「ふふ、いいわよ。……みのり、あんたは私が『映えチョコ』に走ると言ったわね? 甘いわ。百貨店のチョコなんて誰かが買うに決まってるじゃない」
まほがカバンから取り出したのはピンク色の可愛らしいラッピング……、ではなく、無機質な銀色のアルミパウチだった。
パサッ、と机に置かれたのは、チョコの概念を揺るがす一品。
「これよ。『超高タンパク・チョコ味プロテイン業務用』!」
「……え、何それ。チョコなの?」
しずくが眉をひそめる。
「そうよ! 現代の女子高生に足りないのは甘い言葉じゃない、筋肉なのよ! 義理で糖分を摂らせるなんて、相手の血糖値を上げるだけの嫌がらせでしょ? これはタンパク質20g配合、脂質カット。義理の相手を健康にする、これこそが『慈愛の義理』よ!」
まほは勝ち誇ったように胸を張った。
「誰とも被るはずがないわ。だってこれ、近所のマッチョさんたちが集うジムのフロントでしか売ってない限定品だもの!」
「……そこまでして被りを回避したかったのかよ」
しずくのツッコミを無視して、みのりがニヤリと笑う。
「なるほど、チョコ味のプロテインね。悪くないわ。……次は、天然の皮を被った策士、さな! あんたは何を持ってきたの?」
さなはぼーっとした表情のまま、ゴソゴソとレジ袋を取り出した。
「……さなはね、チョコという『加工品』に頼るのをやめたの」
彼女が机に転がしたのは、ゴツゴツとした茶色の塊。
「……これ、『カカオ豆(生・400gパック)』」
「豆じゃねーか!!」
しずくの叫びが教室に響いた。
「……これなら絶対被らないでしょ? 食べる時は自分で殻を剥いて、石臼で挽いて、砂糖を混ぜて練ってね。二週間くらいかかると思うけど。……それが、さなからの『義理の重み』」
「重すぎるわ! 義理の相手に工場のラインを外注するな!」
現場は一気にカオスと化していた。残るは、自称軍師のみのりと、常識人のしずくだけである。
「ふふ、甘いわね。プロテインに生のカカオ豆……。あんたたちの浅知恵なんて私の軍略の前では児戯に等しいわ!」
みのりが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。その手はカバンの奥深くに隠された「最終兵器」を掴んでいる。
「いい? 義理チョコの本質とは何か。それは『相手に気を使わせない茶色い物体』。私はあえて『見た目のインパクト』かつ『実用的』かつ『圧倒的な茶色』を極めたわ!」
満を持してみのりが机に叩きつけたのは――。
「私からは、これよ! 『養生テープ(茶色)』よ!!」
「……は?」
しずくの口が半開きになる。
「見なさい、この養生テープ! 茶色ければ視覚的にはチョコと同じだし、何より梱包や仮止めに使える! これぞ義理の向こう側にある『実用主義』よ!」
「みのり……、あんた、それ、ただのホームセンターの買い出し帰りじゃない?」
まほが引き気味にツッコむ。
「違うわ! これは『茶色いから実質チョコ』という概念の暴力よ! 義理の相手に養生テープを渡してごらんなさい、『えっ、ちょうど風呂の蓋が壊れてたんだ、助かるよ!』って感謝されるに決まってるでしょ!」
「されるか! 卒業まで教室の窓ガラスの補強でもしてろ!」
しずくの怒声が響く中、みのりはフンスと胸を張る。
「ふん、これなら絶対被らないと確信していたわ。プロテインと生豆と養生テープ……。さあ、最後はしずくね」
三人の視線が最後の一人、しずくに集中した。
しずくは顔面を蒼白にし、ガタガタと震える手でカバンを抱え込んでいる。
「……しずく、 どうしたの? 出しなさいよ。もしかして『手作り』という安牌に逃げたんじゃないでしょうね?」
みのりが詰め寄る。しずくは泣きそうな顔で観念したように一包みを取り出した。
「……いや、あのさ。みんながそんな……、筋肉とか、農家とか、土木作業に走るなんて思わなくて……」
しずくが机に置いたのは、あまりにも見覚えのある赤い包み紙の『どこにでもある普通の板チョコレート』だった。
「…………えっ?」
教室をこれまで以上の静寂が支配した。
「……しずく、あんた、この極限状態の心理戦で、あえて……、あえての『ド定番』を選んだの?」
「だって 逆張りの裏の裏をかいたら、一周回って『誰も普通のを買わない』っていう結論に辿り着いたんだもん! 私たちのグループ内では、これが一番被らない究極の選択だと思ったんだもん!」
しずくが机に突っ伏して叫ぶ。
しかし、その直後だった。
「……ねえ、ちょっと見て」
まほが引きつった顔で周りを見て言った。
廊下や隣の席では、他の女子たちが「はい、これ義理ねー!」「あ、この板チョコ被ったわ(笑)」と、幸せそうに「普通のチョコ」を交換し合っている。
「…………あ」
四人の頭の中に、共通の絶望がよぎった。
「……被ってない。四人の中では、誰も被ってないけど……」
「……ねえ、みのり。私たち、完全に浮いてない?」
みのりの手元には茶色いだけの養生テープ。
まほの手にはプロテイン。
さなの手にはカカオの豆。
そしてしずくの手には、世間では100%のシェアを誇る、この四人の中では唯一の「本物」。
「……ええ、そうね。完全に『バレンタインを勘違いした不審な集団』だわ」
みのりが力なく呟く。
女子力引退こそ免れたものの、四人の机の上には友情の証(?)として、養生テープとカカオ豆とプロテインがシュールに積み上げられた。
「……さな、これ、どうやって食べればいい?」
「……まずは石臼を買うところから。……しずく、そのチョコ、一口ちょうだい。本物のチョコの味が知りたい」
「……私も、欲しい……」
「……いいよ。養生テープと交換ね……」
結局四人は互いの「戦利品」を交換し合い、しずくが分けた板チョコを慈しむように齧った。
「……あ、甘い。チョコってこんなに甘かったんだ……」
「プロテイン、口の中の水分全部持ってかれるわね……」
誰からともなく、深く、重い溜息が漏れる。
「……来年は、普通にしようね」
「うん、コンビニで買おう」
二月十四日、午前八時三十分。
女子校の片隅で、四人の女子高生たちは「来年の平凡な平和」を固く誓い合うのだった。
(完)
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女子校のノリって、時々こういう斜め上の方向に全力疾走しがちですよね。




