第7話:一角兎と鍛治職人
草の匂いが濃い。
クラフビルドの外れ、平原の縁。
早朝の光は明るく、視界は良好。
僕は深く息を吸い、吐く。
背中のハンマーの重みは、昨日までと違う。
重みが、ない。
スウィフトハンマー。
手の中で、軽い。
なのに頼りない感じはしなかった。
「いける」
⸻
草むらが揺れる。
跳ねる影がひとつ、ひょい、と顔を出した。
ホーンラビット。
角の生えた、あのウサギ。
可愛い見た目とは裏腹に、
近づくだけで、背筋が勝手に強張る。
昨日の「当たらなかった」記憶が、
まだ肌に残っている。
僕は、距離を測る。
もう一度、呼吸を整える。
「……核心の一打」
ガサッ
声に反応したのか、
ホーンラビットが、僕に目掛けて跳んできた。
速い。
焦る気持ちを抑える。
ホーンラビットの体内に、赤い点が浮かぶ。
小さい。動く。だけど、見える。
動きに合わせて核を狙い、丁寧にハンマーを振る。
降りながらハンマーの軌道を修正。
ドッ。
毛並みが揺れる。
確かな手応え。
軽い衝撃が手首に返ってきた。
「……当たる」
次の瞬間、
ホーンラビットの身体が糸を切ったように崩れた。
僕はその場で、息を吐き切った。
勝った。
⸻
……楽勝だった。
キュイッ!キュイッ!
草むらの奥から、短い鳴き声が聞こえた。
甲高い。苛立つような音。
次いで、別の影。
二つ。三つ。
来る。
ホーンラビットが、仲間を呼んだ。
まだ、一分経っていない。
《核心の一打》が使えない。
背中にじんわり、汗が滲んだ。
一体が跳ね、もう一体が回り込む。
目が追いつかない。
草が弾け、風が裂ける。
角が光る。
僕は反射で身をひねる。
ギリギリで避けたはずなのに、
頬をかすめるような痛みが走った。
冷たい汗が背中を滑る。
逃げるしかない。
走る。
走って、走って、距離を取る。
でも、速い。
背後の気配が、すぐそこに迫る。
そして、周りのホーンラビットも集まってくる。
五、六……まだ増える。
数えたところで意味がない。
十近い影が、輪を作るように僕を囲みはじめていた。
逃げ道が、消えていく。
距離を取って、立て直すことも難しい。
心臓が、うるさい。
ついに囲まれて、足を止める。
角が一斉に向く。
突進。
突進。
突進。
全ての敵の動きを観察し、
避けることだけに集中する。
服をかすめて、ギリギリで避ける。
避ける。
避ける。
避ける。
避け続けられるわけもなく、
体制を崩し、ぐらりと視界が傾く。
次の瞬間、正面から角が迫った。
避けられない。
反射で、腕が動いた。
スウィフトハンマーを横に薙ぎ払う。
――ガッ。
鈍い衝撃。
ホーンラビットが弾けるように吹き飛び、
地面を転がって動かなくなった。
……え?
スキルは使ってない。
だけど、倒せた。
……あ。
考えれば、ゴーレム戦で、
レベルが上がっていた。
一気にレベル、36。
戦う前に、レベルに考えが至らなかった。
自分自身に呆れながら、ついつい笑いが溢れた。
ハンマーを振る。倒す。
ハンマーを振る。倒す。
拳で殴る。倒す。
何羽か倒すと、残りは散った。
草むらに消えるように、距離を取っていく。
勝った。
⸻
ギルドの扉を開ける。
受付嬢がこちらに気づいて、紙を取った。
「報告」
僕は頷き、倒した数を告げる。
受付嬢はペンを走らせ、淡々と処理を進める。
その手が、一瞬だけ止まった。
「……血、出てる。」
頬の傷を指されて、初めて痛みに気づいた。
「かすっただけです」
そう言って笑いかけたつもりだったが、
受付嬢は、笑わなかった。
「……かすっただけって」
僕は自分の服に視線を落とした。
擦り切れた袖。裂けた裾。
「甘く考えてたら、死ぬよ。」
その言葉が、妙に重く落ちた。
僕は喉を鳴らす。
知ってる。
さっき、死にかけた。
「武器だけ作るのが、
鍛冶職人じゃないでしょ。」
受付嬢は小さく息を吐いた。
僕は、頷くしかなかった。
⸻
宿。
スウィフトハンマーの柄を握る。
武器にだけ、気を取られていた。
――次は、防具か。
胸の奥で、新たな熱が灯った。
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