第3話:窮地の鍛冶職人
冒険者ギルド
薄暗い室内。
まばらに座る冒険者たちからの視線。
僕は視線を避けるように受付へ向かった。
ハンマーの重みが、
背中に張り付いて離れない。
受付嬢は、
机に肘をついたまま、顔だけ上げた。
「……戻ったんだ」
声に温度がない。
僕は頷くだけで、言葉を飲み込んだ。
「討伐、できませんでした」
その瞬間、
誰かが小さく鼻で笑う音がした。
受付嬢は紙を引き寄せて、
さらさらと何かを書き足す。
ペン先が紙を擦る音だけが、
やけに大きい。
「受注未達。クエスト失敗。」
言われるまでもなく分かっている。
僕は唇を噛んだ。
「規約に基づき違約金、5,000G」
「……5,000」
口に出した瞬間、頭の中で数字が弾けた。
売った武器が2,000G。
食堂のホーンラビットパイが1,200G。
現在の僕の所持金――800G。
項垂れるように頭を下げながら、
声を絞り出す。
「……払えません」
受付嬢は特にリアクションすることもなく。
「じゃあ、借りる?」
「借りる……?」
「ギルドから。もちろん、利子つくけど」
利子、借金。
僕は心の中で抵抗感を覚えつつも、
それよりも、
この状況を切り抜けられることへの
安堵感の方が大きかった。
「……条件は」
受付嬢は机の引き出しから、
別の紙を一枚抜き出した。
そこには、簡単な文字で、
短い規約が並んでいる。
「利子は、十日で五割」
「……はい」
「返済期限は十日。返せない時は――」
受付嬢は借用書から、
ゆっくりと僕の目に視線を移す。
「奴隷落ち」
耳の奥で、高音の金属音が響いた気がした。
頭は言葉の通り、真っ白になった。
異世界転生、知ってる。
奴隷制度、知ってる。
――自分が、奴隷に?
冒険者たちの会話が耳に入ってくる。
「ソロで、初クエストで、借金かよ」
「記録更新だな」
僕は聞こえないふりをするのに、
精一杯だった。
受付嬢が淡々と続ける。
「借りるなら、今ここでサイン。
借りないなら、違約金未納でいま、奴隷落ち」
選択肢は、なかった。
僕は紙を受け取り、サイン欄を確認。
震える手を必死で抑え、名前を書いた。
「はい、成立」
受付嬢は紙を回収すると、小袋を机に置いた。
「5000G。これで違約金は精算。」
そう言ってすぐに、小袋を戻した。
受付嬢は、最後に小さく付け足す。
「十日。期限。忘れずに」
忘れるわけがない
⸻
ギルドを出ると、
煙の匂いが少しだけ薄く感じた。
さっきまでの空気の方が、
ずっと息が詰まっていたからかもしれない。
気が抜けて、
急激に心身の疲れが吹き出す。
おぼつかない足取りで裏路地に入り、
人目のつかない空きスペースに腰を落とす。
なんだか疲れた。
⸻
朝の寒さに起こされる。
頭の中で数字を並べる。
借金:5,000G
利子:十日で五割
十日後の返済額、7,500G。
とにかく、なるべく早く返済しよう。
僕はまた、ギルドを訪れた。
後がないからか、恥ずかしさもなく、
色んなことが吹っ切れていた。
クエストボードの前に立つ。
見慣れた紙が目に入る。
「スライム」
「ホーンラビット」
昨日の失敗が、込み上げてくる。
打撃無効。
速すぎる。
僕の武器は、ハンマーだけ。
攻撃手段は、物理的な打撃だけ。
失敗を繰り返せば、違約金だけが増える。
五回連続失敗で降格、という説明も聞いた。
Fランクの降格は……資格剥奪。
僕の手が、無意識にハンマーの柄を握った。
握る手の中に汗が滲む。
そのとき。
ギルド職員がクエストボードに、
新しい依頼書を一枚貼った。
他よりも大きく、赤い印が押されている。
【緊急討伐依頼】
ゴーレム:一体
……強そう。
スライムも倒せない僕には、
無縁の依頼だと瞬時に思った。
ただ、次の行に思わず目が止まった。
報酬:100,000G
十万。借金の返済。食事。宿。
何日間か、生きていける。
思わず唾を飲み込んだ。
わかってる。
無謀だって。
夢見すぎだって。
でも――
スライムに無効だった打撃。
ホーンラビットに当たらなかった打撃。
だったら、硬くて大きい相手の方が、まだ――
強敵なのは理解している。
でも、違約金は一律だ。
スライムも、ゴーレムも。
失敗したときのペナルティは同じ。
だったら。
僕は掲示板の紙を、力強く剥がした。
「受けます」
受付に紙を出す。
受付嬢はそれを見て、
一瞬だけ表情を険しくした。
「これ、やるの?」
「…はい」
鋭い目つきで僕を見た後、
いつもの無関心な表情に戻った。
「そう。これ、地図」
紙を投げるように渡される。
「命は大切に」
僕は一礼して地図を握りしめ、
ギルドを出た。
⸻
街を抜けると、相変わらず平原は壮大で、
無責任だと思いつつ、それでも胸が高鳴った。
点在するスライムを避けて歩きながら、
何度もシミュレーションを重ねる。
ゴーレムは大きくて硬いだろう。
でも、動きはそこまで早くないはず。
相性はきっと、悪くない。
もしも勝てたら。
100,000G。
美味しい食事。
それから暖かいベッド。
⸻
目的地の手前で、草木が途切れた。
ゴツゴツとした岩場の大地。
その中央で――
雄大に歩いていた。
岩の塊みたいな巨体。
関節が軋むたび、岩が擦れるような音が響く。
ゴーレム。
思ったよりも、巨大で。
思ったよりも、静寂で。
思ったよりも、恐ろしい。
僕は呼吸が浅くなった。
……これと、戦うのか。
無条件に身体が震えた。
背中のハンマーは、やけに頼りなく感じた。
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