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第2話:鍛冶職人の居場所

挿絵(By みてみん)

街に近づくにつれて、空の様子が変わる。


雲ではない。

煙だ。


無数の煙突から吐き出される黒い煙が、

空を低く押し下げている。


金属が焼ける匂いと、油の焦げた匂い。

喉の奥にざらつく粉塵。



――クラフビルド。



武器と装備の生産で栄えた街。

鍛冶職人と技術が集まり、金が回る場所。


鍛冶職人である自分が最初に向かう街として、

これ以上の場所はない。


……そう思っていた。



通りには、武器屋、防具屋が並び、

裏通りには鍛冶屋、工場が並んでいた。


行き交う人々は、行商人らしき人間と、

職人らしき、無骨なドワーフ族が多い。


街に足を踏み入れてから、

何度も深呼吸をした。


――ここなら。


そう思って選んだ街なのに、

最初の一歩が、やけに重い。


目の前の、鍛冶場の門扉から溢れ出る、

赤く灼けた炉の熱と、金床を叩く重たい音。


中では、屈強な職人が金床を叩いていた。


……今さら引き返すのは、違う。


僕は喉を鳴らし、

開け放たれた門扉を、慎重に叩いた。


「……す、すみません!」


声は、思ったより大きかった。


職人が顔を上げる。

一瞬だけ、視線をこちらに走らせる。


――見られてる。


背中に、じわりと汗が滲む。

僕は慌てて、アイテムボックスを開いた。


光の粒子が弾け、

中から剣を取り出す。


王城で作った、自分の武器。

両手で差し出し、言葉を選ぶ。


「……武器を、作ってきました」

「よければ、見ていただけませんか」


胸の奥が、きしむ。


職人は無言で剣を受け取った。


刃を撫で、

重心を確かめ、

柄を一瞥する。


その沈黙が、

やけに長く感じられた。



「……丁寧だな」



胸の奥が、少しだけ軽くなる。

だが次の言葉は、容赦なかった。


「だが、ダメだ」


「……え?」


職人は剣を返しながら言った。


「これは“武器”じゃない」


それ以上は、何も語られなかった。



二軒目も、三軒目も、同じだった。


対応は違う。


鼻で笑う者。

首を振るだけの者。

「青いな」と呟く者。


だが結論は、全員同じ。

相手にされない。


壁に並ぶ武器に目をやった。


宝石が埋め込まれ、

紋様が刻まれ、

光を放つ刃。


「……装飾が、足りないんですか?」


思わず、そう口にした。


職人は一瞬こちらを見てから、

首を振った。


「違う」


「じゃあ……」


「違う」


それで終わりだった。



最後の鍛冶場で、僕は頭を下げた。


「下働きでも構いません」

「掃除でも、火の管理でも」


職人は、少し困った顔をして、奥を指した。


鎖の音。

俯いたまま動く人影。


「ああ……」


理解した瞬間、言葉が詰まった。


この街では、

“余計な人手”の入る余地はない。



武器は、すべて売った。

まとめて、2,000G


店主は困惑と、

どこか憐れむような表情で言った。


「包丁くらいにはなるだろ」


それは慰めでも評価でもなく、

ただの処分だった。



腹を満たすために入った食堂で、

ホーンラビットパイを頼んだ。


思ったより、美味しい。


だからこそ、

胸の奥が冷えた。


「この街、職人は多すぎるんだ」


店主が、ぽつりと教えてくれる。


「付与の質が、ものを言う世界だからね」


付与。


その言葉の意味は、

まだ、この時の僕には分からなかった。


「逆に足りていない職業は?」



「冒険者だな」



即答だった。



ギルドは、薄暗かった。


酒と汗の匂い。

まばらに座る冒険者たち。


大きなハンマーを背負った僕を見て、

視線が集まる。


「鍛冶場は向こうだぞ」


小さな笑い声。


僕は反応せず、受付に向かった。

受付嬢は、やさぐれた表情で紙を渡す。


「名前と職業」


書いて渡す。


「……鍛冶職人?」


一瞬だけ、眉が動く。


「仲間は?」


「ソロです」


「……そう」


温度のない声。


説明は早口だった。

ランク。クエスト。違約金。


理解は追いついていなかったが、

とりあえず頷いた。



クエストボードを物色する。

一枚の依頼書に目が留まった。


初級クエスト。

スライム、ホーンラビット各十体の討伐。


スライム。

ゲームの冒頭に必ず出てくる、

いちばん弱い存在。


ホーンラビット。

ツノの生えたウサギ。

さっき食べた。


——まずはここからだ。


この時はまだ、

どこか練習気分で、クエストを侮っていた。

戻ってこられない可能性を、

無意識に、除外していた。


クエスト受注後、早速外に出る。



村を出ると、空気が少しだけ変わった。

人の気配が薄れ、音が遠くなる。


それでも、まだ現実感はなかった。


僕はまだ

“冒険者の真似事”をしているだけだった。


果てしなく広がる平原に、

ひょこひょこと跳ねる影が点在する。



スライムだ。



スライムを間近で見て、

僕は一瞬、気が緩んだ。


思っていたより、小さい。

思っていたより、鈍い。


「……なんだ」


口に出しかけたその言葉の裏で、

胸の奥が、妙にざわついた。


これが、モンスター。

今、僕の目の前で蠢いている“敵”。


期待に似た高揚と、

逃げ場のない場所に立っているという自覚が、

ジワジワと込み上げてくる。


よしっ。


自分に言い聞かせるように、短く息を吐く。

慎重に、スライムに近づく。


勢いよくハンマーを振り下ろす。



ドッ



――手応え。


だが次の瞬間。

ものすごい反動に、勢いよく弾かれた。


身体ごと、地面を転がる。

慌ててスライムのステータスを確認。



【打撃無効】



文字を見た瞬間、

急な焦りとパニックの後、

思考が停止した。


迫ってくる、無機質な塊。


逃げた。



ホーンラビット。


小休憩の後に接敵。

先にステータス確認。


【突進】

【脱兎】


特に想定外のスキルはない。

気を引き締めて、今度こそと構える。



速い。



振り下ろしたハンマーは、

空を切る。

空を切る。

空を切る。


ホーンラビットの突進。



ドズッ



避けた先で、

背後の大木に、大きな穴が空いた。


――無理だ。


逃げた。



...収穫はゼロ。


重い足取りで、ギルドに戻る。


誰も話しかけてこない。

視線だけが、突き刺さる。


これが、

僕の冒険家の始まりだった。

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