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甦った国、蘇った科学者

第三次世界大戦──

 

 開戦の原因は、2025年、日本の帝政が復古したからである。

 

 その原因はあまりにも瑣末で──

 きっかけは、SNSやショート動画アプリで一躍人気になった極右の政治家が、

思わぬ勢いで首相に当選してしまったことだった。


 若者の多くは「ネタ枠」や「皮肉」として彼を支持していた。

 本気で投票した者はごく一部だったという。


 だが──”国家”は、洒落を理解しない。


 首相、いや今は総統だったか。

 

 天皇はその傀儡になり、憲法九条は廃止され、最早平和主義など形骸化した。


 俺は東京大学、もとい現在においては大日本帝国大学の地政学准教授だったのだが、教授は嫌な予感がしていたのか既にフランスに既に亡命しており、

 

 俺は皮肉なことに大日本帝国大学の教授になってしまったのだ。


 そして地政学は読むものではなく実戦目的の軍事兵器と化した。


 勿論俺は平和主義者なので、抵抗もしたが、総統の名誉に従わないものは特攻隊に回されるというあまりにも幼稚で合理的なシステムがあったため、泣く泣く地政の司令に回された。


 そして今日は、俺のさらにその上の、主に防疫部隊を指示している総司令官との会議なのだが──


 四時間半すっぽかされた。


 上司とは言えど、さすがに苛立ちを覚えた。


 なぜ東京大学の教授である俺が四時間半もすっぽかされなければならないのか。


 どうせ俺よりも大して優秀ではない。


 大抵の配備はコネだ。お飾りの総司令だろう。


 あとなんだ、この古い部屋は。掃除はしてあるが置いてあるものが古すぎる。


 なんのホルマリン漬けかも分からないものが大量に置いてあるし、空っぽの人型大の冷却装置らしきものがついている筒もある。


 こんな部屋に俺を呼びやがって。


 そうして、さすがに堪忍袋の緒が切れた俺は、ラボに帰ろうかとでも思った。


 そしてドアを開けた所で──


 居た。


 ボサボサの黒髪の長髪、最上級の軍服の上に白衣、大柄な体格、病的に白い肌、ギョロりとした目、尋常ではない顔つき。


 あ、やばい。


「私との約束を無碍にしようとしたのか?貴様は」


 その魚のように死んだ目で、凝視されている。


「……面白いやつだ、今のは無かったことにしてやろう」


 助かった。まさかこんな奴が上司だとは思わなかった。


「ええと、今日は会議の予定なのですが──」


「必要ない。私が全てもう今後の司令は組んである」


 ……なんだと?東京大学地政学教授の俺に意見も聞かずに決めたのか?


「ふざけんなよ!!俺は東京大学の教授だぞ!」


「ほう、帝国大学の位も落ちたものだな」


 嫌味なやつだ。普段は理性で押えている怒りが込み上げてくる。


「じゃあお前はなんなんだよ、どうせコネで成り上がってきただけの引きこもりでFPSでもやってヒキニートだった議員の息子かなんかだろ?俺は知性で成り上がってきたんだよ!!」


 俺は置いてあった最高ランクの日本酒と升をなぎ倒し、襟首を掴む。


「コネ、か。まぁ、ある意味ではそうかもしれないな」


 ヤツは蚊でも飛んできたかのように、そのまま襟首を掴まれている。


「ならば名乗ってやろう──」


「私は関東軍防疫給水部、秘匿名称は731部隊─その初代隊長、及び陸軍総司令官!名を……いや、天皇陛下に現代の名を名乗れと言われていたな。」


 初代?何を言っているんだこいつは。


 「再び名乗ろう!」

 

 バサァッ、と白衣を翻し、謎のポーズを取り、あさっての方向を見ながらこの男は叫んだ。


 「私は神威楼!つまり……現代だと最凶のマッドサイエンティストだ!」


 どこぞの厨二病キャラにでも憧れたのか?

 呆れて、手元にあった資料の上に手をついてしまった。


「……タイムリープはまだ発明されていないぞ、最重要項目として研究はされているが」


「ならコールドスリープはどうだ?」


「実用的ではない」


 そう言い放つと、コイツは嘲笑を浮かべ、クツクツ笑いだした。


「なら、この部屋にある筒はなんだと思っている?」


「……急速冷却装置か何かか?サンプルの保存用だろ」


 テンプレマッドサイエンティストのような声で、ヤツは腹を抱えて笑っている。

 

「人をコケにするのもいい加減にしろよ!!」


「……それがコールドスリープの装置だ、1940年製の最新兵器だ」


「こんなもので人間が冷凍保存できるとでも思ってんのか?」


「数パーセントのホルマリンに漬けて酸素供給装置と冷凍機能があれば可能だ」


「随分と原始的だな、曲がりなりにも科学者なんだろ?」


「……まだ分かっていないのか」


 今度はコイツがほとほと呆れたみたいな心地で、俺の眼前にまで迫り、目を完全に水平な角度で見てきている。


「私は”コールドスリープから目覚めた”と言っている」


 ……コールドスリープから?

 

 いや、技術的には可能だが、可能……だが。

 

 それよりも目が怖い。本能的な恐怖を覚える。

 

 が、俺はそれを振り払った。

 

「馬鹿げた事ばっかり言いやがって、俺はラボに帰る」


「そうか、ならば帰れ、来る者は拒むが去るものは追わない」


 俺はドアから出て、長い廊下を歩いて帰った。

 ……だが、帰ってからひとつ気がついたことがある。


 731部隊?終戦後に解散されたはずじゃないのか?

 まさか、と、俺はろくに目も通さなかった会議資料を漁る。

 731部隊の再設立、そして実戦目的の人体実験の研究案。

 そして、”初代731隊長のコールドスリープの解除”。

 そこには総統の判が押されていた。


「……嘘だろ」


 じゃあ、アイツは本当に、”石井四郎”なのか?


 国内情報しか見れなくなったスマートフォンを見る。


 俺が最も嫌っているショート動画アプリ、それも最早プロパガンダでしかないが、見る。


 そこには、『【英雄】神威楼、演説』と書かれたライブ配信があった。


 慌てて外に出て、走る、走る、走る。


 国会議事堂。ヤツはそこに、いた。


 機械ですらないメガホンを持って、フラスコを回しながら、集まりに集まったギチギチの群衆の上の演説台に立ち、ヤツは……。


「私は新しい人類を目指していたわけではない。

 “失敗作の世界”に戻ってきただけだ。」


「戦争は進歩する。

 だが──人間は退化していった。

 私だけが、忘れられなかった。」


「日本兵の最適化、そして防疫の名のもとによる人類の最適化により──」


 ここからだと何を言っているかまるで分からないが、次の声だけは、ハッキリと聞こえた。


 「私は戦わずして、”東京に攻め入った鬼畜米英を殲滅”することに成功した」


「私は神威楼、陸軍総司令官──731部隊初代隊長である!!」


 民衆は沸き上がり、のぼせたように、なにかに取り憑かれているかのように、一心不乱に叫んでいる。



「キャー!!神威様ー!!」


「大日本帝国の英雄サイエンティスト!!」


「儂らの時代が帰ってきた!!」


 なんだこの地獄絵図は。

 あんなやつを英雄?あんな非人道的な、人間かすらも怪しいやつを?

 俺は知っている。

 “この男を英雄にしてはいけない”。


だが──

世界は、彼を持ち上げ始めている。

 

「……そして、その私の右腕として、私は彼を指名した」


 指が俺の方に向いた途端、その場にいた全員が俺の方を見る。


 「戦後、そして今戦時中。その大日本帝国大学の教授……」


 嫌な汗が吹き出してきた。

 言うな。それを、言うな。


「”大道真司”を!!」


 この物語には“転落”がない。

 

 なぜなら、すでに、この国は、地の底から始まっているからだ──

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