第9話 俺、今手取っちゃった?!
柳さんの演奏はまさしく最悪だった。知ってはいたんだけど、あの時は途中から聴いてたし、最初から聴き切るのは今回が初めてで、まさかこんなに酷いとは思えなかった。
「どう? 前より上手くなったと思うんだけど」
柳さんはピアノに向かって明るい笑顔と共に尋ねてきた。ピアノの横の床に座って柳さんを見上げていた俺は、床に手をついて立ち上がった。
前には素直に言えなかったが、今回は教える立場だから傷づくともはっきりと言わないと。
「最悪だった」
「えええぇ?!」
「拍子もペダルも手の動きも、全部ぐちゃぐちゃだった」
「そ、そんなにひどかった?」
俺の評価に、柳さんは傷づいたのか落ち込んだ様子だった。前だったら「そんなにひどくはない」と言ったはずだったが、今は教える立場だから
「うん、まじ最悪だった」
「そんな・・・」
素直に言わないといけない。
「結構上手くなったと思ったのに」
柳さんは深く俯いて独り言を呟いた。
流石に言いすぎたか
まさかこんなに意気消沈するとは思わなかった。今更だけど、何か励ましの言葉でも言うべきか。
「でもこれから頑張れば多分よくなるとお」
「泉くん!」
「はっ、はいっ」
いきなり柳さんはパッと顔をあげた。彼女は真面目な顔で俺をじっと見つめた。
「これから私何をすればいいの。早く教えて。泉くんの言うこと全部やるから」
「え・・・」
「早く、一秒でも早く練習したいんだわ」
俺の心配とは裏腹に、柳さんはやる気満々だった。
「私今から何をすれば・・・あれ、泉くん? なんでそんなに見つめるの。私の顔に何かついてるの?」
「いや、ちょっと驚いて」
「驚いたって? 何が」
「俺が言いすぎちゃって、落ち込んでたんじゃないかなと思ったのに、柳さん平気そうで」
「そんなことで落ち込むわけないじゃん。もちろん思ってたよりストレートに言われてちょっとショックだったけど」
「それはごめん」
「あはは、別に謝らなくてもいいわ。むしろ今の泉くんはストレートに言ってくれる方が役に立つから。あとそんなことで落ち込んでると時間が勿体無いだろ。その時間を練習に使った方が、早く上手くなれるはずだし」
「そりゃ・・・そうだね」
ちょっと驚いた。あんなふうに前向きに考えられるんだ、と。
同じ世界で同じ学校、同じ授業を受けるのに、俺とは全然違う。
「泉先生! 私は何から始めればいいでしょうか。早く私を鍛えてください」
「・・・・・・」
「あれ、もしもしー泉くん? 聞いてんの?」
「あ、ごめん。ちょっと他のこと考えてた」
「もーレッスン中なのに。それで私何からすればいいの? もう一度弾いてみようか」
柳さんが楽譜を指さしながら聞いた。俺は楽譜を横目で見ながらちょっと考え込んだ。
何から・・・。この曲だけ弾くのが目標なら、身につけるまで反復練習させばいいけど、そうじゃいつ完全になるかわからない。そしてさっき柳さんがピアノを弾くのを見たところ、今彼女に最も必要なのは基礎テクニックだ。
指の動かし方や姿勢など、柳さんは何もわからなさそうだった。だから曲がめちゃくちゃになるのだ。
そういうわけでまずは基礎テクニックを教えて、柳さんがある程度身につけたら、反復練習させるのが最も効率的そうだった。
「今日は基礎テクニックを練習しよう」
「基礎テクニック? それ難しくない?」
「難しいよ、すごく」
一生練習しても足りないというのが基礎テクニックだから。
「そんな難しいの私にできるかな」
「まあそんなに難しのはやらないよ。どうせこの曲だけ弾ければ十分でしょ」
基礎テクニックといってそんなに専門的に教える気はない。ピアノを弾くとき、指の動かし方やどう握るべきか、この程度教えるつもりだった。
俺は右手を上げて柳さんに見せた。
「まずは姿勢から、指をこう曲げてみて」
「こう?」
柳さんが手を曲げてみたが、俺とがなんか違かった。
「そうじゃなくて、こう」
「あ、これか」
「いやいや、違う。ほら」
俺は柳さんの手を取って直接彼女の指を曲げてやった。
「こうやって、卵を握ってる感じで。こう指を曲げて弾かないと・・・」
え、待って。俺、今・・・手取っちゃった?! は早く離さないと
「へぇそうなんだ。卵を握ってる感じか」
柳さんが反対の手で俺が取っている手を触れる。その瞬間、彼女の手が俺の手に触れてしまった。ビクッとした俺は慌ててパッと手を引っ込め、後ろに倒れた。
「泉くん? 急に急にどうしたの、大丈夫?」
柳さんがきょとんとした目で俺を見つめた。
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