第8話 泉先生、今日のレッスンはなんですか
放課後の時間。今俺は高校に入った以来、初めて俺に皆の視線が注がれている。だって
「泉くん、行こ」
学校最高の美少女が、今俺の前に立って一緒に行こうと誘っているから。
いや、初めてではないか、昨日もこんなふうだったし。
しかし今日は感じられる視線がさらに強かった。まあいつも一人で、周りとあんまり喋らなくて存在感がないと言っても過言ではない俺が昨日に引き続き今日まで二日連続で、放課後に学校一の美少女である柳さんと会うなんて。
「私朝からずっとドキドキすぎて耐えられないんだよ。だから早く」
「いやいやいや、柳さん言い方。そう言うと誤解するだろ」
他人が聞いたら誤解するような言い方だったが、柳さんは全然わかってなさそうだった。そのため、その対価を払うのは、結局俺一人だった。
視線が痛い
俺を見る男子たちの視線からまるでビームが出ているそうだった。俺は彼らを必死に無視して顔を背けた。
「ねえ、早く行こうよ」
柳さんが俺の手を握って上下に揺らしながら催促した。それに比例するように、周りからの視線の圧がどんどん増していった。
視線だけで人を殺すって嘘じゃなかったんだ。
嫉妬混じりの視線には殺気すら感じた。危機感を覚えた俺は、慌てて席を立った。
「わかったから、もう手離して」
「わかった」
案外柳さんはすぐ手を離してくれた。すると幸いさっきよりは皆からの視線が弱くなった。
「じゃ早く行こう」
柳さんはニッと笑い、先に教室を出た。俺は深いため息を吐きながら鞄を取り、彼女の後についていった。
そうして柳さんが先頭に歩くと、その後を俺はついていった。
「あの泉くん」
「なに」
突然柳さんは立ち止まり振り返った。
「どうしてそんなに離れて歩くの? 横で歩いてよ」
柳さんは唇を尖らせた。
実は教室を出た後、俺はずっと彼女とある程度の距離を保って歩いていた。だって柳さんと一緒に歩くと、昨日みたいに周りから見つめられるのに決まっているからだ。
ただでさえクラスで望まらず皆から見つめられたのに、廊下でまでみんなに注目されるのは嫌だった。
だから距離を保って歩いていたんだが・・・。どうやら柳さんはそれが気に入らなかったようだ。
「早くこっちきてね。一緒に歩こうよ」
「いやいや、俺はここでいいよ。どうせ目的地は一緒だから、別に一緒に歩かなくてもいいだろ」
「ふ〜ん」
柳さんが目を細めて俺をじっと見つめた。そうしてゆっくりと一歩ずつ俺に歩いてきた。
あれ? なんでこっちへ? まさか
柳さんが一歩ずつ近づくたびに、不安が増していった。
やがて、柳さんは俺の前の前に立った。
「やだ、一緒に歩こう」
そう言って昨日みたいに俺の手を握った。
「いやっ、柳さんどうせ目的地は一緒だから離れて歩いても」
「どうせ目的地が一緒だから一緒に歩く方がいいでしょ。その方がずっと楽しいし」
「いや、別に楽しくないし、こう歩くと」
「じゃ出発!」
柳さんは俺の話を最後まで聞かず、俺の手を握って音楽室に向かって引っ張っていった。
これ昨日も・・・・・・。
やっぱり昨日みたいに廊下を通りすぎる生徒たちが変な目で俺を見つめながら通り過ぎた。
だから離れて歩こうとしたのに。
結局には皆の視線を全身で浴びながら、柳さんと一緒に廊下を歩いていった。なんだか廊下がいつもより遥かに長く感じられた。
そうして長い長い廊下を歩き、ついに音楽室に辿り着いた。俺は他人が見る前にドアを閉めた。
「マジ地獄だった」
俺は深いため息と共にドアに寄りかかって座った。まだ一日が終わってないのに、もう疲れた。今ならこんな硬い床でもすぐに眠れる。でも今は眠れない。だって今目の前のあの少女がそれを許すはずがないから。
「泉先生、今日のレッスンはなんですか」
「先生はやめて。先生と呼ばれるほどではないから」
俺は床から立ち上がった。
「とりあえず今日はピアノを一度弾いてみて。柳さんの実力を把握したいんだ」
「でも私の演奏は前聴いてなかったっけ」
「その時はドアの隙間から聴いただけで音だけ聴こえた。今日は柳さんの弾き姿で、姿勢を見るつもりだよ」
「そっか。わかったわ。じゃ曲はこれでいい?」
柳さんが鞄から楽譜を取り出して見せた。柳さんが弾きたがる『亜麻色の髪の乙女』の楽譜だった。
いつも持ち歩くのか
もう答える力もなかった俺は答えの代わりに首を縦に振った。すると柳さんも頷き浮かれそうに小走りでピアノに向かった。
ピアノ椅子に座った柳さんが俺に手を振った。
「じゃ始まるわね」
俺は何も言わずに首を縦に振った。そして亜麻色の髪の柳さんの演奏が始まった。
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