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第5話 神は俺を見捨てた

 その日の夜。部屋の電気を消した俺はすぐベッドに寝た。


「疲れたぁ」


 今日色々あり過ぎた。そのため、疲れ過ぎて指一本動かせないほどだった。


「今日人が多すぎた」


 普段はこれほど忙しくないのに、今日に限って店に人が多かった。いつもの二倍、いや三倍だった。そのため、マジで休む暇もなく忙しく働いた。


「マジで地獄だった」


 今日のこと思うと吐き気がする。


「そういや柳さんもあった」


 いきなりピアノを教えてって、本気なのかな。ただの冗談だったあらいいな。けど、そう思うには柳さん真剣だった。


『放課後私にピアノ教えてください』


 どう見ても冗談ではなさそうだった。普段より声が低いし、表情も真剣すぎた。そのため、俺は丁重に断った。人に教えられるほどの腕じゃないから、そのお願いは聞いてくれないって。

 人にそんなこと言われたら普通諦めるべきなのに、柳さんは全然諦める気がなかった。


『ねぇ〜教えてよ、お願いぃ』


 柳さんは諦めずしつこくお願いしてきた。俺は今回もちゃんと断ろうと思ったが、彼女を見た瞬間、口から言葉が出てこなかった。


『お願いだよ』

『そ、その』


 柳さんが顔を近づけてきた。しかもあんな顔で上目遣いをしてくるなんて、反則だろ。柳さんがあんな顔で頼んできたらそれを断れる男は多分いないだろう。


『ねぇ泉くん教えてよ。頼むから』

『そそれが』


 断らなきゃいけない。教えてやれないと言わないと。って頭ではわかっているか、いざ口にしようとすると彼女のうるうるした目が断りにくくした。


『ねぇ教えてよ』


 柳さんは頼み続けてきたが、俺はちゃんと断ることも答えることもできなくて困ってい。

 そんな時、またスマホがブーッと鳴った。


 助かった。


 音のない振動はまるで救援の音のように聞こえた。俺は柳さんにわざと見せるようにスマホを取り出した。


『柳さん今母さんから電話が来て、先に行くね。そしてピアノは・・・教えてやれないから』

『えっ、泉くんちょっと待ってぇ!』


 俺は逃げるように音楽室から抜け出した。なんか柳さんの声が聞こえた気がしたけど、まあ多分気のせいだろう。


「とりあえず逃げ出したけど、大丈夫、だよな?」


 今になって考えると、ちょっと薄情すぎたかな。でもその状況で俺にできることはそれしかなかった。

 だって俺が何をしても柳さん諦める気はなさそうだったから。


「まさか明日もお願いするんじゃないだろうな」


 ふっと不安になってきた。もしそうなったら、次はどう逃げるかが問題だった。


「ああ、もういい。寝よう」


 今考えても答えが出るわけでもないし、元々俺は未来のことなんて心配する人でもない。


 だって明日にも死にたいから。未来など考えても無駄だ。


 俺は余計なことを考えずに目をつぶった。そしていつものように、明日こそ永遠にこの眠りから覚めないと願いながら眠りについた。



 しかしやっぱり俺の願いは叶わなかった。


「今日も生きてる」


 今日もやはり無事に目を覚ました。

 毎日毎日、死なせてくれと祈っているのに、今日もこうして生きている。


「やっぱ神はいないのか」


 あるいは俺を見捨てたんだろう。

 そんなこと思いながら俺はベッドから起き上がった。


「結局今日も意味ない一日を過ごさないと」


 俺は絶望感と共に学校の準備をした。そしてトボトボ歩いて玄関へ向かった。

 玄関で靴を履いているところ、母さんが声をかけた。


「今日も店の手伝いするの?」

「うん」

「最近学校はどう? 楽しい? たまには店の手伝いより友達と遊んでも」

「大丈夫」


 母さんの言葉に、俺は短く答え立ち上がった。


「行ってくるね」


 母さんにそう言ってすぐ玄関を出た。


******


 朝の教室は騒がしい。クラスの皆が賑やかに喋っている中、俺は一人静かに席に着き窓の外をぼんやりと眺めていた。


「帰りたい」


 まだ朝のホームルームさえ始まっていないのに、もう帰りたくなった。


「みんな〜おはいよう」


 教室のドアから朝には似つかわしくない元気な声が聞こえてきた。朝からこんなに元気な挨拶する人は俺が知る限り一人しかいない。柳さんだった。

 俺は声がした方に顔を向けずに、窓の外を眺めた。昨日のことで柳さんと顔を合わせるのが気まずかった。


 話も聞かずに出ちゃって怒ってるだろう。あと、今日もピアノ教えてって言われたら、どう断ればいい?


 そんなことで頭がごちゃごちゃになった瞬間、


「泉くん」


 俺の名前を呼ぶ柳さんの声が聞こえた。反射的に顔を向けると、いつの間にか柳さんが傍らに立っていた。


 まさかここでお願いするつもり? みんなが見ているのに?


 俺は緊張でゴクリと唾を飲み込んだ。


「おっは」

「ん? あ、うん」


 心配とは裏腹に、柳さんはいつものように普通に挨拶し、普通に席に座った。そしていつものように友達とだべり始めた。普段と何も変わり柳さんの様子に、俺はほーっと彼女を見つめた。


 あれ? それだけ?


 柳さんが怒ったらどうしようか悩んでいた自分が馬鹿みたいだった。そうして何事も起こらず、朝のホームルームが始まった。



 やっと授業は全て終わり、放課後になった。俺は帰る準備をしていた。


 とにかく柳さんいつもと同じでよかった。


 朝のホームルームの後も、もしやと思って柳さんを警戒していたが、幸い普段と変わりはなかった。たまに俺と目が合うとき、にやっと笑ったけど、それは普段からそうで別に気にするもんではなかった。その上、今放課後なのに俺にお願いするどころか、いつも一緒の友達とだべている。


「ねぇ明莉〜今日は前に言ったケーキ屋に行こーよ」

「ごめん、今日は先約がある。今度一緒に行こう」


 約束か。だから今日は俺にピアノ教えてって言わなかったんだ。その約束の相手って誰かわからないけど、ありがたいな。


「約束? もしかして男と?」

「ふ〜ん、まあね」


 柳さんは涼しい顔で答えた。そしてそれを聞いた柳さんの友達は驚いて目が飛び出すそうになった。彼女だけじゃなくそれを聞いたクラスの皆が驚いてボーッとした目で柳さんを見つめていた。

 まあ驚くのも無理はない。学校一の美少女と有名な柳さんが放課後、男子と約束なんて。それってデート以外にはないだろ。あの男は前世で国でも救ったのか、本当に果報者だ。


 俺にとってありがたい人でもあるし。


 そう得体の知れない人に心から感謝を伝えながら教科書を鞄に入れているところ、誰かが近づいてくる気配を感じた。顔を上げてみると、そこには柳さんが立っていた。


 ・・・・・・え?! なぜ柳さんがここに?


 まさか、違うだろう。まさかその約束の相手って俺? いやいやいやいや、そんなわけない。マジで勘弁してくれよ。マジで、お願いだから、俺に挨拶だけして帰ってく


「準備終わったら早く行こ、泉くん」


 あ、終わった。やっぱ神は俺を見捨てた。

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