第21話 俺もそうだった
その日の夜。手伝いの一週間の時間が終わり、姉さん帰る前に赤ちゃんを抱いて最後に挨拶した。
「じゃもう行くね」
「明日から娘と会えないのは、ちょっと寂しい」
「そんなこと言わないで。家とあんま遠くないからいつでも会えるじゃん」
「そうだね、いつでも来て。赤ちゃんはお父さんが子守りするから」
「え? お俺が?」
「「なんで、嫌?」
姉さんと母さんが同時に父さんを睨みつけた。結局気後れした父さんは消え入りそうな声で返した。
「いやぁ・・・いい」
「聞いたわね。いつでも来て」
「ありがとう、父さん」
怖い人たちだ。あの人たちの獲物にならないように、俺は黙っていよう。
「あと周」
と思ってから十秒も経たず、姉さんが俺に顔を向けた。
いきなりなんで・・・。
緊張して唾をコクリと飲み込んだ。
「頑張れ
「・・・ん?」
姉さんらしくない応援に、俺は首を傾げた。
「あと、あの女の子もいつか紹介してくれよ」
「ちょっと、お前マジで」
父さんと母さんの前でそれを言ったら・・・。
「「ん? 女の子?」」
母さんと父さんがきょとんとした顔で俺を見つめた。
「どういうことなの? 女の子って?」
「さあ〜、それは本人から聞くのがいいじゅないかな」
姐さんがむかつく笑顔浮かべた。
「じゃ私はもう行くね。今度暇な時、また来るよ」
「お前、ちょっと」
姉さんは俺を声を徹底的に無視しながら遠ざかっていった。
そんなこと言って行っちゃうと、俺はどうすんだ!
と怒鳴りたかったが、無駄だと知っていた。そうして姉さんは家に爆弾を投げたまま帰って、それに対する対価は全部俺のものだった。
「女の子って、周、あんて恋愛するの?」
「してない」
「じゃさっき姉さんが言ってた女の子ってなんだ」
「ただ揶揄うために言ってただけだから、気にしないで」
と言ったが、母さんと父さんの顔に疑いの色は消えなかった。結局これ以上の解明するのは諦め家に入ろうとした瞬間、父さんが俺の肩を掴んだ。
「まあ何よりこの一週間苦労した。明日からは父さん働けるから、明日はいつものように遅く帰ってもいいんだ」
「そう、はなが言ったあの女の子と遊んできて」
「だから違うってば」
俺は揶揄う母さんから逃げて、家に入った。母さんと父さんが家に入る前に部屋に入って電気を消した。そしてすぐベッドに身を投げ出した。
「姉さんマジでムカつくんだ!」
どうせこれからしばらく会わない人だし、しつこくしてて面倒臭くて仕方なく言ってたんだが、まさか母さんと父さんの前で全部言っちゃうなんて、やられた。
「あと、俺が柳さんのこと好きなんだって」
今日店で姉さんが言ってたことが思いついた。どう考えてもあり得ない。
ケーキを届けてあげたのはただ・・・勿体無いから。勿体無いから届けてあげただけで、特に意味はなかった。たとえ俺が柳さんのことが好きだとしても、それは見込みがない。
学校一の美少女とひとりぼっちの俺が付き合うなんて、絶対不可能だ。俺がそんな可能性ないことに希望を抱くほど馬鹿じゃない。
だから今回だけは姉さんが間違った。
「ああ、もう寝よう」
俺は布団をかけて目を瞑った。これでもう一日を終わらせろうとした。しかししきりに柳さんのことが思いついて眠られなかった。
『泉くんはさ、すごく優しくて責任感強い人なんだよ。ゆきが好き勝手なことを言うような人じゃないんだよ!』
柳さんが店で言っていたことが頭から離れなかった。
『私の前で泉くんの悪口を言ったら、いくらゆきでも絶交だから。わかった?』
俺のために、そこまで言う必要はなかったのに・・・。
でも俺のためにそこまで言ってくれて嬉しかった。
「そいいや、いよいよ明日からはまたレッスン再開なんだ」
明日柳さんとのレッスンを思うと、なんだかまた胸がドキドキし始めた。これはきっと久しぶりにレッスンするからだ。
「早く寝ないと」
早く寝ないと明日が来ない。暗い部屋、部屋の外から微かに聞こえてくる父さんと母さんの声がまるで子守歌みたいだった。そうして眠に意識が朦朧としてきた俺は、静かに呟いた。
「明日は何を教えるか」
こうして俺は明日を期待しながら静かに目を瞑った。
******
放課後、誰もいなくて静かな音楽して。先にきた俺は柳さんを待っていた。
「音楽室一週間ぶりだね」
確か一週間しか経ってないのに、なんか一ヶ月は経った気がした。俺は音楽室の中を見渡した。
そうしてしばらくして、音楽室のドアがガンっと開かれた。
「やっほ〜、一週間ぶりだね」
「そうだね」
「この一週間、なんか長く感じられたわ。泉くんもそうだった?」
「俺もそうだった」
「えっ、本当!? なんか嬉しいね」
柳さんが鞄を床に置いた。そしてピアノに向かった。
「それで今日は何するの?」
「今日は一週間の間、どれだけ実力が伸びたか確認するつもりなんだ。だから一回弾いてみて」
「よーし。一週間の成果を見せてやるから、ちゃんと聞いてね」
柳さんは自信満々にああ言って、ピアノの鍵盤に手を乗せた。そして長かった一週間ぶりに、柳さんとのレッスンが再開された。




