第2話 『亜麻色の髪の乙女』
柳明莉
数日前、ようやく死ぬチャンスできた俺を助けた恩人(?)である彼女は、同じクラスでしかも隣の席だ。それで親しいと聞かれたらそれは違うけど、可愛くて学校でモテモテなのは知っている。
「みっな、おはよう」
噂をすればなんとやら。
教室のドアがガラッと開き、亜麻色の髪の少女が元気よく挨拶した。柳さんだった。
「泉くん、おっはー。今日はちゃんと前見て歩いた?」
「あ、うん」
柳さんはクラスで存在感ない俺にも毎日挨拶をしてくれる。そして柳さんが席に着くと、彼女の周りにクラスの子達が集まる。
「柳さんやっほ〜」
「今日はいつもより早いね」
「今日は早く目が覚めて」
やっぱり学校の人気者だ。登場だけでこんなにも人が集まるなんて。あんなにモテモテなのはあの可愛い見た目も一因だろうが、きっと性格の理由の一つだろう。明るく元気で、誰にでも優しいから、皆から愛されるだろう。
俺とは全く違う世界の人だ。毎晩このまま永遠に目を覚めなければいいな、と思う俺と違って彼女はキラキラ輝いているようだった。
あんな人は「死にたい」と一度も思ったことないだろう。
そんなこと思いながら柳さんを見つめていた途中、偶然彼女と目が合ってしまった。柳さんは俺を見てニッと笑った。俺は慌てて顔を逸らした。
見つめていたのバレたかな。
なんか急に恥ずかしくなってきた。俺は静かに席から立ち、逃げるように教室を出た。
******
退屈な授業が全部終わった後、放課後。普段ならすぐ家に帰るが、今日は当番だったので職員室を返しに行かなければならなかった。
「失礼しました」
先生に鍵を返却して職員室を出た。
「早く帰ろう」
そう呟きながらトボトボと廊下を歩いていた途中、音楽室から楽器を奏でる音が聞こえてきた。部活で演習しているようではなかった。複数人で奏でるようではなく、一人で奏でる音だった。
「誰が弾いているのだろう」
ちょっと気になってきた俺は確認だけするつもりで、音楽室のドアをそっと開けて中を覗き込んだ。
「あれ、彼女は」
ピアノに向かっている柳さんが目に入ってきた。窓の外から差し込む夕焼けとピアノを奏でる柳さんの美しい姿が溶け合ってまるで一枚の絵みたいだった。
この音さえ聞こえなければね。
美しい絵から流れてくる音は、どうしても聴いていられないほどだった。楽譜を見ながら精いっぱい弾いてはいるみたいだが、一体何の曲を弾いているのか全くわからない。ピアノ曲なら大体知っているのに。
いや、そもそもこれを曲と呼んでもいいのかい。
ともかく、曲とは思われない何かがの演奏を弾き終えた柳さんは、得意げな笑みを浮かべた。
「よーし! 昨日よりずっとよくなったわ。このままいけば、もうすぐ完璧に弾ける」
「いや、無理だろ」
「えっ」
あ、しまった。思ったことをつい口に出してしまった。その上、運悪く柳さんと目が合ってしまった。
「泉くん?」
柳さんが首を傾げながら俺の名を言った。
もう終わった。今逃げるには遅い。もう俺の顔を見たし、名前まで呼ばれた。
もし柳さんに「さっきのあれどういう意味?」と聞かれたら、どう答えばいいんだろう。
パニックになって頭が混乱している中、俺に近づく足音が鮮明に聞こえた。背中からコツコツと聞こえる足音が、徐々に近づいてきた。俺は逃げることもできず、その場にそのまま凍りついてしまった。
怒るかな。絶対怒るだろう。
「あの」
緊張で凍りついた肩に、温かい手が触れた。俺はホラー映画の主人公みたいに震えながら、柳さんを見上げた。柳さんは意味不明の微笑していた。
「泉くん」
いつもと比べて少し低い声。これは俺に怒っているに
「いつからここにいたの? 全然気づかなかったわ」
「そそれがちょっと前から、ピアノの音が聞こえてつい・・・ごめん」
「そう? なら私の演奏も聴いた?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「そっか、それはちょっと恥ずかしいね」
・・・あれ? 怒ってないのか。
気のせいだったのか、柳さんはいつもと同じだった。
「それで私の演奏、どうだった?」
「え?」
「さっきの演奏、聴いたでしょ。私は結構よかったと思うけど、泉くんはどう思う?」
「お、俺は」
どうしよう。素直に答えば・・・だめだろう。だがだからといって嘘で褒めるのは、ちょっと実力が・・・
「やっぱダメだった?」
「いや、そうじゃなくて、えーっと、それが」
返事を待つ柳さんの無言の圧を受けながら、俺は今の状況からやり過ごせそうな言葉を、頭の中で必死に探した。
「それがさ、えーと、あ!」
その時、やっと思いついた。
「柳さんが弾いた曲、何の曲かわからなくて、俺が評価するのはちょっと・・・」
「確かに」
よくわからないから評価できない、これを言い訳にしてこの状況から抜け出そうとした。そしてその作戦がうまくいったのか、柳さんも納得したような顔をしていた。
あとは自然に逃げるだけ。
「柳さん、俺もう行っても」
「泉くん、ちょっとここで待ってて」
「はい?」
そろそろ挨拶して帰ろうと思ったが、急に柳さんが立ってピアノの方へ走っていった。そしてピアノの上の紙を手に取り、また俺に小走りで近づいてきた。
「これだよ」
柳さんは手の紙を俺に突き出した。あれは楽譜だった。
「亜麻色の髪の乙女。さっき私が弾いた曲だよ」
感想・ブックマック・評価していただくと嬉しいです