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第18話 泉くんだよね?

 頭の中が混乱した。今ここがどこで、何をしていたのか、誰と出会ったのか、頭の中が真っ白になっていた。


「本当に泉くんだよね?」

「本当なんですけど」

「いつからそこにいたの」

「ちょっと前から」


 ちょっと前、ってことは


「まさかさっきのやりとり全部聞いた?」

「やりとりなら、小川さんと話してたこと?」

「・・・・・・」


 顔がめちゃ熱くなった。さっきゆきに言ってたことは全部本気だったけど、だからこそさらに恥ずかしかった。


「それより柳さんはうちの店にはどうやってき」

「泉くん、ごめん! 今度またくるからあッ!」


 恥ずかしさに耐えきれず、私は逃げるように店を飛び出した。当てもなく走ってある程度お店から離れたところで立ち止まった。


「うぅ・・・終わった、終わった、終わった」


 まさか泉くんがゆきとのやりとりを全部聞いていたなんて。


「うああああ、恥ずかしくて死にそう!」


 まだ顔が熱い。多分、今顔が真っ赤になったんだろう。


「こうなると知ってたら、学校で練習してたらよかった」


 バチが当たったのだ。大人しくピアノ練習してたら、こんなことにならなかったのに、サボってゆきとケーキ食べに来たから、バチ当たったのだ。


「明日から、いよいよレッスン再開なのに」


 これじゃ恥ずかしくて顔も見れない。


「うあああ、マジどうするのよぉ!」

「明莉ちゃん!」


 後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。振り向くと、ゆきが肩に鞄二つかけてこっちへ走ってくるのが目に入った。


「急に飛び出しちゃどうするの。カバンも置いてて。さあ、あたしが持ってきたから」

「ありがとう・・・」


 ゆきが私の鞄を手渡した。


「それでいきなりなんで逃げたの。泉、結構戸惑ってたよ。それでどう、うわっ、明莉ちゃん顔真っ赤だよ。大丈夫? どっか具合でも悪いの?」

「大丈夫。さっき走ったから、ちょっと熱くなっただけだわ」


 泉くんが私たちのやりとりを聞いたのが恥ずかしくて顔が真っ赤になったとは絶対言えない。


「ならよかったけど、で、これからどうするの?」

「ん?」

「もう帰るの? あたしは帰っても別にいいけど、明莉ちゃんはまだケーキたくさん残ってるでしょ」

「あっ、そうだ。私のケーキ・・・・・・」


 しかしまたお店に戻るにはそこには泉くんがいた。ケーキを諦めるのはガチでつらいけど、今はどうしようもなかった。


「残念だけど、諦めて帰るしか」

「柳さん! 柳さん!」


 断念して帰ろうと思った瞬間、また後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。それは今一番避けたい声だった。


「ゆき、逃げよー!」

「えっ、なんで?!」


 私は泉くんから逃げ始めた。


「ちょっと明莉、一緒に行こーよ!」

「ちょっと待って、柳さん!」


 後ろからゆきと泉くんの声が混ぜて聞こえてきたが、私は必死に聞こえないふりをして逃げた。

 そうしてなんとなく追撃戦が繰り広げられた。後を追ってくる泉くんとゆき(?)をかわしながら、全力で駆けた。


 しかし


「なにこれ!」


 曲がり角を曲がった先には壁が立ちはだかっていた。

 後ろにはまだ追っ手たちが追ってくるのに、これじゃ逃げ場がなかった。


「柳さん」

「明莉!」


 ものすごいスピードで近づいてくる泉くんとゆきを見て、私はぎゅっと目をつぶった。


 終わった。


「「捕まえた!」」


 結局私は逃げきれず、泉くんとゆきに捕まえてしまった。ゆきは私の腕をぎゅっとして離してくれなかった。泉くんは息切れしながら言った。


「急にはあはあ、なんで逃げるんだよ。はあはあずっと呼んでたのに」

「そそれが急に走ってきたから・・・はは」

「なんであたしを捨てていったの!?」

「はは、なぜかなぁ・・・」


 私はぎこちなく笑ってごまかした。ゆきは不満げな目で睨み付けた。泉くんは・・・目を合わせることができなかった。私を見つめているのは確かだけど、私が視線を逸らしていたせいで、どんな顔をしているのかわからなかった。


「じゃあ私たちはもう帰るから」

「ちょっと柳さん、これ」


 泉くんがある箱を手渡した。


「なにこれ」

「柳さんのケーキお持ち帰りして持ってきた。走ってきたせいでちょっと崩れたかもしれないが、もしそうなったら俺に言って。作り直してあげるから」

「いいや、私のせいでだから、わざわざそうする必要はないわ」


 わざわざこれを届けに・・・


「やっぱ優しいじゃん」

「ん? 今なんだと」

「なんでも。それよりありがとう、わざわざ届けてくれて」

「母さんに言われて持ってきただけだから、気にしなくていい。あとさっきお店で柳さんが言ってたこと聞こえなかったから、気にしないで」

「・・・ん?」


 思いがけない言葉に、私は呆然と泉くんを見つめた。


「それって聞こえなかったってこと?」

「うん。なんか大声で言ってたみたいけど、何の話してたのかはあんまり聞こえてなかったんだ」

「・・・はあ、なんだ」


 脚の力が抜けてそのまま座り込んだ。


「聞こえなかったんだわね」


 そんなことだったらあえて逃げる必要もなかったのに。でも安心した。


「あのさ」


 横から可愛い声が聞こえてきた。ゆきだった。


「ちょっとあたしのこと忘れてない?」


 ゆきが片手をあげて言った。そういえばここにゆきもいたんだ。


「ゆきごめんね。私のせいで」

「いや、それはいい。そんなことより」


 ゆきが泉くんと私を睨みつけた。


「前から聞きたかったけど、君たち付き合ってるの?」

「「ち違うッ!」


 私と泉くんが同時に返した。ゆきは驚いて尻餅をついてしまった。


「痛っ、そこまで否定する必要ある?! 逆に怪しいよ」

「だってゆきが変なこと言うから」


 ゆきに手を差し伸べた。ゆきは私の手を取って立ち上がった。そのとき、泉くんのポケットからブーブーっと鳴った。


「俺はもう戻らなきゃ」

「仕事に?」

「うん、では戻るね。ケーキは俺に言ってたら作り直してあげるから」


 泉くんは最後まで私のケーキを心配していた。


 別にいいって言ってたのに。


 と思いながら、遠ざかっていく泉くんに手を振った。


「ふーん、やっぱ怪しい」


 そんな私を、ゆきが怪しげに隣で睨んだ。


「まさかまた付き合ってるって思ってるの? 違うってば。もう一度言うけど、私と泉くんは付き合ってないからね」

「じゃ好き?」

「そそそんなわけないでしょ」

「ふーん、どう見てもおかしい。明莉が良介以外の男子とこんなに仲良く過ごすのは、中学以来初めてじゃない? あのことがあってから男子とある程度距離を置いて過ごしてたんじゃん。なのになんで泉とは」

「ゆき」

「あ、ごめん」

「いいや、そんなことより私たちももう帰ろ」

「うん」


 私とゆきは並んで道を歩いた。普段だったらいろんなこと話しながら帰宅するけど、今日は何故か気まずい沈黙が流れていた。


「あ明莉ちゃん」


 気まずい沈黙の中、ゆきが急に立ち止めた。


「さっきはごめん」

「大丈夫だって」

「あと、お店で泉のこと勝手に言ったことも、ごめん。次から気をつけるから、絶交だけは勘弁して」


 ゆきが謝った。私はゆきをじっと見つめた。


「それは私じゃなく、泉くんに直接謝って」

「・・・わかった」


 ゆきが落ち込んで俯いた。そんなゆきの反応を見て、つい笑みが出ちゃった。


「そんなに落ち込まないで。ゆきとは絶交しないから」

「ホント?」

「うん、今のところはね」

「それっていつか絶交するってことじゃん!」

「さあ、それはこれからゆき次第だわ」

「アカリィ!!」


 すぐ元気を取り戻したゆきが拳を振りかざして飛びかかった。私は微笑みながら、ゆきの拳から逃げ回った。


「アカリィ! こっち来い!」

「やだ、絶対殴るつもりじゃん」

「殴らないから、ちょっとこっち来い」

「嘘、信じない」


 そうしていつものようにゆきと賑やかに帰宅した。

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