第17話 美味しい〜
それから一週間。放課後の泉くんとのレッスンを休んでから七日経った。
「周くんはもう帰ったんだ」
私は空いている隣を見て独り言を呟いた。店の手伝いのため、最近泉くんは授業が終わると、すぐ帰る。
「でも明日で一週間だから、もう少し我慢しよう」
明日になると約束の一週間が終わり、ようやくまた泉くんにレッスンを受けることができる。
この一週間のあいだ、優しくも泉くんから作ってもらったノートで一人で練習していたけど、やっぱり一人で練習するより泉くんに直接習うのがいい。あと、ノートに書いてあることはもう全部身についていたので、これから何をすればいいかわからなかった。
「ああ、早く明日にならないかなぁ
「明莉ちゃん〜」
一番前の席から鞄を持って走ってくるゆきが見えた。
「遊ぼーよ〜」
「ごめん、今日もやることがあるよ。今度遊ぼうよ」
「やだ! あたしと遊んでよ。最近、泉あのやつばっか構って、あたしとは全然遊んでくれないじゃん。今日くらいは、あたしと遊んでくれよ」
ゆきが私の肩を掴んで駄々をこね始めた。
「ねえ、遊ぼーよ。一日くらいはあたしに付き合ってくれてもいいじゃん」
ゆきが私をガクガクと揺さぶった。
ゆきの言う通り放課後泉くんにレッスン受けてから、あんまりゆきと遊んだことがない気がした。だからゆきが駄々をこねるのも理解できないわけではないんだけど・・・。
「ゆき、今日はやることがあるから良介と」
「お願い、前に言ったケーキ屋さん一緒に行こーよ」
「ケーキ?」
ケーキ屋、その単語が耳にパッと入ってきた。
「そうケーキ、久しぶりに一緒に行こーよ〜」
ちょっと迷った。そういえば最近ケーキ屋さんに行ってなかった。
一日くらいは大丈夫かな・・・?
今まで一生懸命やってきたし、泉くんからの宿題も全部やっていたから、一日くらいは友たちと遊びに行ってもいいんじゃないかな。
「ねえ、明莉行こーよ。遊ぼーよ」
ゆきがこんなに頼むのに、断るのも悪いし。生クリームたっぷりのケーキも食べたいし・・・。
うーむ、仕方ない。
「ゆきッ!」
鞄を取ってパッと席から立ち上がった。
「行こう! ケーキ屋さん」
「やったあ! 行こー行こー!」
ゆきが弾んだ声で相槌を打った。そうして私たちは軽快な足取りでケーキ屋さんへ向かった。
******
「ゆき、こっちなの?」
「うん、あそこの曲がり角を曲がれば着くよ。隣のクラスの友達に聞いたところでは、あそこめーっちゃ美味しいらしいよ」
「それは楽しみだわね」
久々にケーキを食べると思うと、胸の高鳴りが止まらなかった。今すぐにでもケーキ屋さんへ駆け出したい気持ちをなんとか抑えながら、ゆきと道を並んで歩いていった。
「明莉ちゃん、あたし前から一つ聞きたいことあったんだけどさ」
「なになに」
「それが・・・」
ゆきが何か言おうと口を開いた週間、どこかで甘い匂いが鼻をかすめた。
「明莉ちゃん、最近泉と何を」
「いよいよ着いた! あそこだよね? あそこのあのケーキ屋さんだよね?」
「ん? あ、うん。あそこのお店だけど、ちょっとあたしの話を」
「わはッ! 早く行こう!」
ついに、待ちに待ったケーキ屋さんが出た。お店から伝えてくるケーキの匂いに、私は取り憑かれたようにケーキ屋さんへ駆け出した。
「明莉ちゃん?! ちょっと、一緒に行こー」
「はは、早くきて」
ゆきが後ろについて走ってきた。そうして私たちはお店の中に入った。
店内にはお客が結構いた。私たちが座れる席があるか心配だった。
「明莉ちゃん、あたしが席をとっとくから、あたしの分も頼んでね」
「わかった。チョコケーキだよね?」
「うん。さあ頼むね」
ゆきは首を縦に振った。ゆきは店内を歩き回りながら、私たちが座れる席を探し始めた。
「私も早く注文しに行かないと」
私は急いでレジに並んだ。ショーケースに並んだショートケーキを見ながらレジを待った。
どっちも美味しそう
生クリームたっぷりで、上にのせられた美味しそうな果物を見ているとよだれが出そうになっちゃう。
「何を食べようかな」
どっちも美味しそうで、簡単に選べられなかった。一旦イチゴケーキは絶対頼むことにしといて、あとは・・・ああ、マジ贅沢な悩みだわ。でもこんな幸せな悩みならいつでも歓迎だわ。
「はぁ、早く食べたいぃ・・・」
思わず本音が漏れてしまった。よだれを垂らしながらショーケースに並んだケーキを見て悩んでいるうちに、いつの間にか私の番だった。
「お客様? ご注文はいかがされますか」
「ええと、まずはチョコケーキ一つとイチゴケーキとチーズケーキとティラミス一つ、あと・・・モンブランも一つください」
「全部で二千三百八十円です。お持ち帰りでしょうか」
「いいえ、ここで食べます」
「かしこまりました。ただいまお取りしますので、お待ちください」
「はいッ」
店員さんはケーキをショーケースから取り出し、トレーに乗せた。私はそのトレーを受け取って、キョロキョロしながらゆきを探し回った。
「ゆき一体どこにいるのよ」
「明莉ちゃん〜ここだよ!」
向こうからゆきが手を振るのが目に入った。
「そこか」
ゆきを見つけた私は、そこへ一目散に駆け寄った。ケーキを食べるのが楽しみで、足取りが軽かった。
「お待たせ〜。これゆきが頼んだチョコケーキ」
「うわーありがとう。お金はあとであげるから・・・明莉ちゃん? 何その量は? あたしはチョコケーキ一つだけ頼んだけど、まさかこれ全部」
「うん、全部私のだけど、なんでそんな目で見るの」
「・・・明莉ちゃん、これ全部食べれるの?」
「そりゃもちろんでしょ!」
なんでそんな当たり前なことを聞くんだろう。むしろ、もっと食べたいのをやっと我慢しているのに・・・。
しかしそんな私の努力をわからないゆきは目を丸くして、私のケーキを見入っていた。
「念の為言っとくけど、一口あげないからね」
「いらない。明莉ちゃんが全部食べなよ」
ゆきは深いため息をつき、フォークを持った。そして自分のチョコケーキを切り分けて口に運んだ。なんか照れくさくなった私は、フォークを持ち、最初にイチゴケーキを一口サイズに切り分けて口に入れた。
「美味しい〜」
甘い生クリームとふわふわなケーキシートが、口の中でハーモニーを奏でていた。
「どう? 美味しいでしょ?」
「うん! すーっごく美味しい」
「フフッ、明莉ちゃんのためにちょっと調べてみたよ」
ゆきが胸を張ってえっへんとした。もっと褒めろって意味だった。
「ありがとう、ゆきちゃん。美味しいケーキを食べさせてくれて」
「えっへん、じゃあこれからもっとあたしにかまってくれよ。泉よりあたしを優先しろ」
「ふーむ、どうしようかな」
「ええぇ、何よその反応」
ゆきが拗ねたように唇を尖らせた。
「放課後泉と一体何してるんだよ。もうそろそろ教えてよ。なんで放課後あたしじゃなく、あいつと一緒にいるんだよ」
「やだ、内緒だわ。あとで教えてやるよ」
「じゃあなんであいつなんだよ。なんで泉なんだ」
ゆきの声がひときわ大きくなった。ゆきが手をぎゅっと握りしめるのが目に見えた。
「なんで明莉が、ひとりぽっちで暗くて陰気でキモいヤツなんかと」
「ゆき」
私は静かにフォークをテーブルに置いた。
「あんたが泉くんの何がわかるの。何もわかってないくせに、そんなふうに人のこと言っちゃダメだろ」
「でも普段の様子で十分」
「ゆき、泉くんとちゃんと話したことある?」
「それは・・・ない」
「泉くんはさ、すごく優しくて責任感強い人なんだよ。ゆきが好き勝手なことを言うような人じゃないんだよ!」
「あ明莉ちゃん・・・」
ものすごく頭にきた。どれだけ仲が良い友達でも、泉くんのことを何もわからないくせに、あんなふうに言うのは聞き過ごせなかった。
わからないことがあると、何度も教えてくれるし、やむを得ずレッスンを休むことになったときも、私が練習できるように徹夜でわざわざ教科書を作ってくれる、優しい人なのに、好き勝手に言うなんて。
「次また私の前で泉くんの悪口を言ったら、いくらゆきでも絶交だから。わかった?」
「・・・・・・」
ゆきは、私がいきなりムキになったせいで衝撃を受けたのか、口をつぐんだ。
「ゆき早く答えて。わかった?」
「あ明莉ちゃん、そこ」
ゆきが驚愕した顔で指さした。
「なに、後ろになんかある?」
なんか見ちゃいけないことでも見たのか、と思いながらゆきの指が示すところへ顔を向けた。
「なんでそんなに驚く・・・ええっ!!?」
振り返った瞬間、私は驚きのあまりについ大声を出してしまった。
「なんで・・・なんで・・・」
「その・・・こんにちは柳さん」
「なななななんで泉くんがここにいるの!?」
驚きのあまり、テーブルをパンッと叩き椅子からパッと立ち上がった。真っ白なお店の制服を着た泉くんが今目の前に立っていた。
見間違いじゃないよね? これ幻覚じゃないよね?
私は頬をつねってみたり、目をゴジゴジして見直してみても、泉くんだった。
そういえば泉くんちケーキ屋さんをやってるって、まさかここが!?
「ここうちの親の店だよ」
「・・・・・・」
こんなふうにくるつもりじゃなかったんだけど。
思いげけず泉くんちのケーキ屋さんにきてしまった。
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