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第16話 優しすぎじゃん

今回のエピソードでは柳の視点です

 生徒で混雑した廊下。私は教室のドアの前で立ってため息を吐いた。


 昨日逃げるように泉くんとバイバイしたため、今どんな顔で泉くんと接すればいいか、悩みだった。


「泉くん、


 我ながら酷かったと思う。しかしそのときは仕方なかった。まさか、あの泉くんがあんなこと言うとは全く思いもよらなかったため、週間顔がちょっと熱くなっちゃった。

 幸いにも廊下が暗くて泉くんには見えなかったみたいだが、どうしても落ち着かなかったから、そうするしかなかったんだけど・・・。


「ああ、知らん! 一か八かとりあえず、ぶつかってみよう」


  ここに考え込んでも答えは出ないし、もともとこうやっているのも私らしくない。

 私は気を取り直して教室のドアをバタンと開いた。


「みんな、おはいよ〜」


 私は教室の皆に元気いっぱい挨拶した。そして席へ歩いていった。


「泉くん、おっは〜」

「あ、う・・・うん」


 幸い、泉くんはいつものようだった。


 よかった。泉くん昨日のこと気にしないんだ。


 とほっとしながら席に座った。ゆきをはじめとして友たちと雑談をしている中、突然スマホがブーブーッと鳴った。


「誰だろう」


 こんな朝っぱら連絡する人がいないのに。

 私はスマホを取り出し、通知を確認した。そこには予想外の人の名前が書かれてあった。びっくりした私は隣に顔を向けた。


 泉くん? 泉くんが急にどうして連絡を


 泉くんから連絡が来るのは初めてだった。私は通知を押して内容を見た。


『昼休みにちょっと会えるかな?』

『話したいことがある』


 まさか昨日のことで・・・?


 ふっと不安になった。私はパッと席から立ち、泉くんの隣に立った。


「ねえ泉くん、話したいことってなに? 今話して」


 ヒヤヒヤして昼休みになるまで待つ余裕がなかった。今聞かないと、気になっておかしくなっちゃいそうだった。


「ああの柳さん?」


 泉くんは戸惑ったように周りを見回しながら言った。


「みんな見てるよ」


 泉くんの言う通り、クラスの生徒たちが一斉に私たちを見ていた。


 ・・・あ、そういえば泉くんこういうのやめてほしいって言ってたんだ。興奮して頭より体が先に動いてしまった。


 でも、もうやっちゃったから仕方ない。私は泉くんの手を取った。


「外で話そう」

「ん? ちょ、ちょっと待って!?」


 私は泉くんの手を引っ張って教室の外へ駆け出した。



 泉くんを引っ張って誰もいない場所を探し回っていたところ、屋上に繋がる階段の前に誰もいないのが目に入ってきた。私は迷わずに、すぐそこへ向かった。

 私は息を整えながら泉くんに話しかけた。


「それで話したいことってなに」

「ちょ、ちょっと息をする時間を・・・はぁはぁ」

「わ、わかった」


 今すぐ話を聞きたかったけど、泉くんの顔を見た週間、そんな気持ちは一気に消えた。泉くんは辛そうな顔で荒い息を吐いていた。その様子を見ていると、さすがにやりすぎたか、と思えるほどだった。

 結局私たちは階段に座って、しばらく息を整えた。そのひとときの間にも、私の頭の中は不安な考えが止まらなかった。


 泉くん話したいことって、なんだろう。まさか昨日のあれでブチギレたとか。だから、もうレッスンやめるって言い出すんじゃない? そんなの困る。私は泉くんが必要なのに・・・。


 昨日やったことがあったの、可能性ゼロではなかった。

 不安でヒヤヒヤしながら泉くんが落ち着くまで待っているうちに、彼の呼吸もたいぶ落ち着いてきた。これ以上待てなかった私は大きくひとつ息をついて口を開いた。


「それで話したいことってなに」

「それが、俺がレッスンをやめないといけないかも」

「ええっ!?」


 衝撃的な話に、私は思わず大声で聞き直してしまった。私は泉くんの両肩を掴んだ。


「い、いきなりどういうことだよ! やめるって、まさか昨日のことのせいなの? 昨日は私はごめん。あのときは突然すぎて、とになくごめん! だからレッスンやめないで」

「柳さん? ちょっと」

「これから教室やみんなの前で絶対声かけないから! だからやめるって言わないで」

「柳さん!」


 泉くんが私の手を掴んで大声で私を呼んだ。初めて大声を出す泉くんの姿に、私は戸惑って口を閉ざした。


「急にどうしたんだ」

「だって泉くんが急にレッスンをやめるって言うから」

「何言ってるの。そんなこと言ったことない」

「え、でもさっきやめるって」

「だから、やめるんじゃなくて休むって言ったんだ」

「え?」

「一週間くらいレッスンを休みたいと」

「・・・・・・ああ、そういうことだった?!」


 私が聞き間違えたったんだ。


「よかった、やめるのがないんだね」


 自然に安堵のため息が出た。


「でもなんで? 一週間レッスンを休まなきゃいけない理由でもあるの?」

「それが昨日父さんが腰を痛めちゃって。一週間くらいは放課後に帰って店の手伝いをしないと」

「そっか。一週間を休むのは残念だけど、そんなことなら仕方ないわね」

「・・・・・・」

「何その目は。なんでそんな目で見てるの」


 泉くんは目を丸くしていた。


「いや、ちょっと驚いて」

「何が」

「柳さんがこんなに理解してくれるとは思わなかった」

「えぇ、泉くんは私のこと一体なんだと思ってんだよ。そんな理由なら誰でも理解するわよ」

「そ、そうなんだ」


 泉くんは頭を掻きながら答えた。


「それで話したいことってこれで全部なの?」

「うん、あ、あとこれ」


 泉くんが手のノートを手渡した。そしてノートを開いてみた。中には五線譜の上に音符が書いてあり、それを説明するような文章が書かれていた。


「これ、なに」

「休む一週間のあいだ、何もしてないのはもったいないだろ。だからその間、柳さんが練習することをまとめておいたんだ。これだけあると、俺がいなくても問題なく練習できると思う」


 泉くんの言葉を聞いて再びノートに目を移した。説明一つ一つが理解しやすく書かれていた。その上、音符も全部直接手で書いたものだった。


「泉くん、これいつ作ったの? 作るのにかなり時間がかかったんと思うんだけど」

「まあ、徹夜でちょっと」

「ええっ、徹夜したって!?」

「完徹っていうか、一時間くらいは寝たんだ」

「でも・・・」


 これいちいち手で書くの大変だったはずなのに・・・。


「私のためにこんなに・・・感動だわ。ありがとう」

「いや、それほど大したもんじゃないから」

「それほど大したもんだよ。私のために徹夜して作ってくれたんでしょう。めっちゃ感動したわ。マジありがとう」

「そ、そう?」


 泉くんは照れくさそうに頭を掻いた。そして泉くんは立ち上がった。


「じゃあ俺は眠いからもう戻るね」

「うん、私と一緒に戻るのは嫌でしょう? だから私はあとで戻るから、先に行ってて」

「いや、別に嫌いっていうか・・・わかった。先に戻るね」


 そう言って泉くんは階段を下りていった。私は遠ざかる泉くんの背中をじっと見つめた。やがて泉くんの姿が完全に見えなくなり、私はノートに目を移した。


「私のためだけに作ってくれた教科書・・・」


 私はノートを一枚一枚めくりながら、中に書かれた内容をゆっくり読んだ。


「優しすぎじゃん、泉くん」


 何一つもわからない私のために、一から十まで親切に書かれていた。

 そうして、最後のページをめくった私は、ノートを閉じて立ち上がった。


「これじゃ女はドキっとしちゃうんだよ」


 私はノートを大事に持って教室に向かった。

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