第12話 いっそ付き合っちゃおうか
放課後の音楽室。中には誰もいなくて静かだ。俺はピアノ椅子に座って柳さんを待っていた。
今日はいつもと違って柳さんと一緒に音楽室に来なかった。柳さんが「一緒に行こう」という前にこっそり教室を出て、一人で音楽室へ来たのだ。
「大丈夫だろう」
多分柳さんならなぜ一人で先に行ったとイライラするはず。だが仕方なかった。日に日に、学校での俺と柳さんの噂が拡散されていて柳さんと一緒にくるのは無理だった。
しかも今日は、柳さんの友人から「付き合ってんお」と言われたし。
「早くなんとかなきゃ」
このままじゃ噂のせいで、柳さんが俺を避けるようになるんじゃないかとちょっと不安だった。
・・・あれ、ちょっと待て。それって逆に俺にとっていいことじゃない?
もしそうなると、放課後に柳さんとのレッスンもなくなるんだろうし、そうなればまた元の生活に戻れる。
なのに俺は何でそれをこ
「泉くん!」
突然ドアが開き、柳さんの怒鳴り声が耳に入ってきた。柳さんは大股でつかつかと近寄って、何も言わずに俺を見た。
俺一人で先に来て、怒ったのか
そういや、なんかいつもと雰囲気が違うような・・・
「・・・はあーよかった。やっぱりここにいたんだね」
柳さんが安堵したようにため息を吐いた。
「なんで一人で先に来てるのよ。ずっと探し回ってたんだよ!」
「え、そうだったの? ごめん」
「もし先に帰っちゃったのかと思って不安だったの。・・・でもよかった、音楽室にいてて」
柳さんが鞄をピアノの上に置いた。
「さあ早く始めよう。今日は何を」
「その前に一つ提案したいことがあるんだけど」
「提案? 提案って何の」
柳さんが首を傾げた。
「これからは音楽室に別々にくるのはどう?」
「急になんで。一緒にくるほうが、誰も待たなくていいじゃない?」
「それはそうだけど、噂のせいで」
「噂って泉くんと私が付き合ってるんじゃないかってやつ?」
よくもそれを自分で言えるんだ。
と思いつつ俺は首を縦に振った。
「噂をなくすには、それがいいと思って」
「それはそうかもしれないけど・・・」
柳さんは何か気に入らない様子で腕を組んだ。
「いっそ本当に付き合っちゃおうか」
「はっ、はああぁ!?」
柳さんがニヤッと笑った。
「本当に付き合っちゃえば最初はちょっとざわついても、三日もすれば静かになるはずだから」
「じょ、冗談が」
「どう泉くん」
柳さんがすぐ目の前まで顔を寄せてきた。
「本当に付き合っちゃう?」
いつの間にか柳さんの顔から笑みが消えていた。冗談に決まっている。彼女の真顔で、低い声が、まるで本気みたいに感じさせた。
心が落ち着かない。こんなの心臓がもたない。俺をじっと見つめている柳さんと目が合うたびに頭が真っ白になりまともな思考ができない。
「そ、それが」
「・・・な〜んて。冗談だよ」
やっぱ冗談だったかい。
柳さんに完全に揶揄われた。柳さんはそんな俺の反応が面白そうに笑っていた。
「でも噂のことは別に気にしなくてもいいよ。どうせ一週間もすれば収まるはずだから」
「本当にそうかな」
「本当だって、経験者のアオバイスだから、信じてもいいわ」
柳さんは胸をドンと叩きながら自信満々に言った。
「それでも泉くんが気にするのなら、わかったわ。これからは別々にくることにしよう」
意外にも柳さんは俺の提案をあっさり受け入れてくれた。
「本当? ありが」
「代わりに」
と思った瞬間、柳さんは怪しげな笑みで俺を見つめた。
「私からも提案したことがある」
いきなり提案だと? なんか不安だが。
俺が今まで見てきた柳さんのイメージからして、高い確率でどんでもないことを提案してきそうだった。
「そんなにビビらないで。マジで簡単なことだから」
「もうさん付けやめない? 私もこれから泉と呼ぶから」
「・・・え、それだけ?」
「うん、これだけ。どう?」
思ってたより簡単なことで、結構意外だった。
「じゃこれからお互いさんつけなしで決定〜!」
「ちょ、ちょっと待って、俺はまだ」
「さんつけがちょっとあれなら、いっそ下の名前で呼ぼうか」
「いや、そっちのほうがりハードル高いだろ」
「じゃこれで決定だね、周」
柳さんは自然に下の名前で呼んだ。
急にこんな美少女に下の名前で呼ばれると・・・
顔が少し熱くなった。これまでの人生で、俺を下の名前で呼んだ人は指で数えられるほど少ない。それなのに、いきなり学校一の美少女に下の名前で呼ばれ、頭の中が真っ白になりそのまま固まってしまった。
「さあ、今度は周も明莉と呼んでみて」
・・・・・・!?
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