第10話 ほんと理解できない子だ
「泉くん大丈夫? 急に転んちゃってびっくりしたわ」
「それが・・・ごめん」
「いきなりごめんって、何が」
「手を取っちゃって」
言葉では説明しづらくてつい手を取ってしまった。もっと気をつくべきだったのに。
俺は不安になって柳さんの顔色をうかがった。
「大げさだよ、手くらいで。大丈夫、大丈夫。私だって普段から泉くんの手取るじゃん。あと私に教えてあげようとしてただけでしょ」
柳さんは大したものではないように笑い流した。
「私は全然気にしないからこっち来て、早く」
柳さんがピアノをポンポンと叩きながら俺を呼んだ。
俺一人意識しすぎたのかな。柳さんは別に気にしてないのに。
ニコニコ笑いながら俺を呼んでいる柳さんを見ていると、なんか意識していた俺がバカみたいだった。
俺一人意識しすぎてたのかな。柳さんは全然平気そうなのに
俺は恥ずかしくなってきて余計に咳をしながら、柳さんの方へ歩いていった。
「次は何をすればいいの」
「次は・・・」
そうだ、これはあくまで「レッスン」にすぎない。だから余計なことは考えず、教えることだけに集中しよう。
そう覚悟を決めて再びレッスンを続いていった。
そのあと、どれくらい時間が経ったのだろうか。
「泉くん、ここで手首はどうするんだっけ」
「何度も言っただろ。親指を手の下に入れて手首を回せって。そうすると楽に上がれるんだって」
「あ〜完全に理解したわ」
なんとなくレッスンは進んでいった。俺が先に手本を見せてあげると、柳さんがそれを見て真似する形だった。
柳さん覚えるのは早いわけじゃなかったけど、頑張ってついてくるのは目に見えてわかった。
「こうしろってことだよね?」
「そう」
「よーし、もう一度やってみる」
もう十分だと思ったのに、柳さんはまた鍵盤の上に手を置いた。俺は柳さんが鍵盤を叩く音を聴きながら窓の外を眺めた。
「もう暗くなりそうたな」
秋だからか夏に比べて日没が早い。
もう五時すぎたし、完全に暗くなる前にそろそろ帰らないと。
ちょうどピアノの音が静かになった。俺は柳さんに声をかけた。
「柳さん今日はここまでで帰ろう」
「え、もう?」
「五時すぎたから」
俺はスマホの時計を柳さんに見せた。柳さんが目を開いた。
「本当だ。もうこんな時間なっちゃったんだ。じゃ仕方ないね。今日はここまでにしとくか」
そう言って、柳さんは大きく伸びをした。そして俺たちはざっと後片付けをして、鞄を持って音楽室を出た。他の生徒たちはもう帰ったのか、廊下が静かだった。俺と柳さんは誰もいない廊下を並んで歩いた。
「そういやさ」
音楽室を出て何も言わずに廊下を歩いていた中、柳さんが話しかけた。
「泉くん昨日店の手伝いがあったと言ったさ。バイトでもやってるの」
「バイトではないかな、親の店だから」
「そっか。何のお店か聞いてもいい?」
「ケーキ屋」
「えっ」
「柳さん? 急にどうしたの」
柳さんが急に立ち止まった。隣で歩いていた柳さんが急に消えたので振り返ると、柳さんは俯いたままじっと立っていた。
「あそこでじっと立って何してんの。早くっ」
「泉くん」
珍しく声が低かった。急に変わった雰囲気に俺はちょっとビビった。
俺何か失礼なこと言ってたんか
さっきのやり取りで柳さんの気に障るようなこと言ってたのか振り返ってみる最中、柳さんが突然大股でつかつかとこちらに詰め寄ってきた。柳さんは目の前で足を止めて俺の両肩をグッと掴んだ。
「ご、ごめん。俺が何か失礼なこと言ってたら」
「泉くんち、ケーキ屋さんやってんの?」
「・・・・・・え?」
柳さんが目をキラキラ輝かせながら聞いた。
「私ケーキめーっちゃ好きなんだ! 三度の飯をケーキで済ませられるくらい」
「そう、なんだ」
「泉くんちのケーキ屋さんも行ってみたいな。今度食べに行ってもいい?」
「それは、別にいいけど」
「やったあ!」
柳さんが飛び跳ねて喜んだ。前、俺がピアノを教えてあげるって言ったときよりも、ずっと嬉しそうだった。
これ、そなんに喜ぶことなのか
ほんと理解できない子だ。
「泉くん早く行こー!」
いつあそこまで行ったのか、柳さんがあそこから手を振りながら俺を呼んでいた。
「泉くん〜」
遠くから俺を呼ぶ彼女を見ているとなんだか笑いが出た。
「早く行こーよ」
「わかった」
俺はいつもより少し早足で彼女に歩いていった。
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