『ふたりに会うための地図』
文を送ってから二日後、思いのほか早く返事が届いた。
そこに記されていたのは、たった一行。
「試作の条件は、依頼人本人が訪ねてくること」
「……やっぱり、来いってことなのね」
私はすぐに支度を整え、荘園を抜け出した。
向かう先は、知と魔術が交差する学術都市。
手紙には魔法がかけられていて、私にだけ見える地図が浮かび上がった。
その不思議な地図を頼りに、私は目的地を目指す。
「思ったより…きついわね。今だけ前世の体力が恋しいわ……」
ラフェリオン自体はそう遠くない。けれど、七歳の身体では話が違う。
息を切らしながら道を進んでいたが、私はふと立ち止まる。
「この地図…道のない場所を示してる? もしかして、“招かれた人”しか入れないようになってるのかも……」
小さな胸はドキドキと高鳴る。
わずかな不安と、それ以上の好奇心に背中を押されて、私は足を進めた。
やがて、目の前に現れたのは――
まるで絵本から飛び出してきたような、小さな可愛らしいおうちだった。
「かわいい……!」
煙突のある三角屋根に、ツタの絡まる白壁。丸い窓と小さなドア。
まさか、本当にこんな場所があるなんて。
恐る恐るドアをノックしてみたが、返事はない。
けれど、次の瞬間――
ガチャ、と音を立てて、ドアがひとりでに開いた。中に入ると、そこはまるで小さな魔法研究所だった。
棚には魔道具机には試験管や瓶。宙に浮かぶ本が自動でページをめくっている。
「すごい……!いったい、何を研究してるんだろう」
思わずつぶやいたその時、奥から静かに足音が近づいてきた。
現れたのは、深くフードをかぶった十代前半ほどの女の子。
「アリスティアさんですね?」
少女が柔らかく声をかけてくる。
「はい。私が、アリスティアです」
「お待ちしていました。どうぞ、こちらへ」
彼女に導かれ、私は奥の部屋へと足を進めた。
すると厚いカーテンで遮られた一室が現れた。
蝋燭の灯りが揺れ、不思議な香りの空間。
その中央の机に座っていた青年が静かに顔をあげる。
メガネ越しの青い瞳が、長い前髪の隙間から蝋燭の光を受けてきらりと輝いた。
(前髪でよく見えないけど……確実にイケメン)
私は、心の中で確信した。
「……来てくれてありがとう」
その声は、思ったよりも穏やかで落ち着いていた。
「あなたが、試作をしてくださる方ですか?」
「そう。僕はレネ・フェルシュタイン。この工房の責任者で、試作担当でもある」
「工房……?ここって、工房なんですか?」
「表向きはね。でも実際は、いろんな“試み”をしている。君の依頼も……ちょっと面白そうだったから」
隣にいた少女がぺこりと頭を下げる。
「それと、この子は僕の弟子、ミレーユ。魔術と錬金術、両方を学んでいる」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「わぁ……可愛い……」
癖のある栗色の髪、右下の泣きぼくろが印象的だった。
この子絶対賢いな。
ていうかこの世界、なぜか美男美女が多い気がする。
「よろしくお願いします。私のことは、ティアって呼んでくださいね」
「はい!よろしくお願いします、ティアさん」
ひと通り挨拶が終わると、私はカバンから一枚の紙を取り出した。
「これが、私の考えたデザインです。この部分に、新しい仕組みを使いたくて」
レネは紙を受け取り、じっと見つめる。
「……なるほど。今までにない構造だね」
「はい!どうしても、この形を実現したいんです」
しばらく沈黙のあと、彼は静かに息をついた。
「…これは、服じゃない。“ひとつの仕組み”だ」
「えっ……?」
「装飾性と機動性を両立させるなんて、普通なら矛盾してる。でも……“服そのものが変化する”としたら、話は別だ」
彼は背後の棚から分厚い本を取り出し、机の上に広げた。
中には、魔術式と繊維構造を融合させた図が、細かく描かれている。
「布に魔術式を“縫い込む”ことで、動いたときだけ布が伸びたり締まったり…君の言う、“動きに合わせて美しく変化する服”が実現出来るかもしれない」
「それって、本当に可能なんですか!?」
それが出来たら凄すぎる。
前世ではそもそも魔法がなかったからそんな服は存在しなかった。もし作れるなら…作ってみたい!
「理論上はね。でも、縫製と魔術、両方に精通していないと難しい。普通は分業される分野だからね」
私は、ぐっと身を乗り出す。
「……じゃあ、私はその橋渡しになります! 服の機能性にはこだわってますし、レネさんとなら、きっと作れる!」
レネは驚いたように私を見て、小さく笑った。
「君、面白いな。普通の依頼人は、“できるか”しか聞かない。でも君は、“一緒にやろう”って言うんだね」
「だって、これは私の“未来の仕事”の第一歩なんですから!」
「….よし、やってみようか。まずはこのデザインに合う魔術式を組むところから…」
「まって、その前に作ってほしいものがあるの!」
「えっ?何を?」
「この“滑留め具”を。ドレスを一緒に開発している仲間に、一週間以内に届けるって約束してるの」
「へぇ…その人、布に詳しいの?」
「もちろん!彼女、“市場の布鬼”って呼ばれてるくらいだから!」
ミレーユとレネが、思わず吹き出す。
「”布鬼”ってすごい二つ名だな」
「じゃあまずは、それを作ろう。僕たちの第一歩は、そこからだ」
“動いて、美しい”。
その当たり前の感覚を、この世界にもたらすために――
私とレネとミレーユの、ささやかで大胆な挑戦が、いま始まった。
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