『試作品一号』
工房の机いっぱいに布を広げると、仲間たちの視線が自然と集まった。
「次はAラインの子供用ワンピースを作ろうと思うの。背中にはファスナーを付けるから、一人でも着替えがしやすい」
「子供用ですか? 最初に言っていたのは大人用のドレスでしたよね」
ミレーユが首をかしげる。
「僕もそう聞いてたよ。大人用じゃなくて、どうして子供服なんだ?」
レネが腕を組んだ。
「布の量が少ないからでしょ? 子供用なら足りるし、仕上げも早いはず」
カミーユが身を乗り出す。
「うん。それに動きやすい服なら布の特性も見せられるよね」
エリナがぱっと笑顔を見せた。
私は布を撫でながら答える。
「限られた布で仕上げるなら、大人より子供服の方がいいと思う。しかも、この布の強さと軽さを示すには、動きやすさが前提の服がちょうどいいの」
「なるほど……」ミレーユが頷いた。
机の横では、カミーユが染色用の鍋に赤い染料を注いでいる。
「布は私が染めるから任せて!」
湯気の立つ鍋の中で、魔道繊維がゆらりと揺れ、鮮やかな赤に染まっていく。
「わぁ……、すごく綺麗。さすがね」
エリナが目を輝かせた。
「まだ完璧な繊維じゃないけど、色がしっかり乗るのは嬉しいね」
カミーユが得意そうに微笑む。
机の上には、私が描いたスケッチと簡単な型紙。袖や身頃、スカート部分を切り出すための紙が並ぶ。
「これが……型紙?」カミーユが指先でそっと触れる。
「初めて見ますね」ミレーユが不思議そうに見つめる。
「そう。でもこれなら同じ形を何枚でも作れるの。サイズを変えれば、色んな子に合う服も作れるかもしれない」
思わず口に出してしまい、胸が高鳴る。
「わあ、フリルやレースの配置、すごく可愛い!子供が着たら絶対喜ぶよ」
エリナが目を輝かせた。
「袖はふんわり、裾は動きやすく……」
カミーユも感心している。
「ええ。見た目は可愛いけど、動きやすさを意識してるの。今まで着てたドレスは重くて動きづらかったから……走ったり遊んだりするのにはあまり向いてなくて……」
「袖の長さも調節してあるんだね。これなら走り回っても邪魔にならない」
エリナも身を乗り出す。
「シンプルなデザインでもきっと可愛いですね」
「ええ。リボンやレースでアレンジできるけど動きやすさも意識してる」
私はスケッチに指を沿わせながら言った。
前世で私が着ていた子供服のイメージを少し活かしつつ、この国の服として自然に馴染むように。しかし、今まで帝国にないようなデザインを意識して……。
「でもこれは……軽くて、着ていても疲れなさそう」
ミレーユがスケッチを覗き込みながら微笑む。
「じゃあ、早速作り始めるわよ!」
エリナとカミーユが声を揃える。
「私とエリナで裁断と縫製をやりましょう」
カミーユが胸を張った。
工房の中央に布を広げ、私は型紙を取り出した。
「まずはこれを布に合わせるところから。ずれないように重しを置いて……ほら、見ててね」
「でも、印ってどうやってつけるの?」
エリナが首をかしげる。
私はあるものを取り出した。
「これを使うの。名前はチャコペン!お兄様に頼んで作ってもらったの。これなら失敗してもやり直せる!」
「すごいね、あんたのお兄ちゃん!」
カミーユが目を輝かせる。
「でしょ? それにお兄様にはバレてるから協力してもらうことにしたの」
私は笑いながら言った。
次に私は型紙に沿って布へ線を引いていく。
「縫い代は指一本分、余分に。これは大事なポイントね」
カミーユが慎重に真似し、エリナは手で布を押さえている。
「よし、印付け完了。次は裁断。布は押し切りで……こうやって滑らせるように」
「わ、真っ直ぐ切れる……!」
カミーユが感嘆の声をあげた。
「エリナ、袖の方お願い。私は身頃をやるわ」
切り出されたパーツが机の上に並ぶと、服の形が見えてきた。
「これを仮縫いでつなぐ。針を通して、糸を引きすぎないように。ほら、こう」
私は布を二枚重ね、ざっくりと縫って見せる。
「次は二人でやってみて」
「私、身頃と袖を合わせる!」エリナが手を挙げる。
「じゃあ私はスカート部分ね」カミーユも針を進める。
やがて簡単に形ができ上がり、私は仮縫い服を身につけてみた。
「……うん、肩のあたりをもう少し広げた方がいいかも」
「裾はもっと広げた方が可愛いと思う!」エリナが提案する。
「じゃあ修正して、本縫いに入りましょう」
カミーユが糸を解き、再び型紙を広げた。
私はスケッチを見ながら、エリナとカミーユに手順を説明する。
「まずは身頃の縫い合わせから。本縫いは、糸が緩まないように細かく縫ってね」
私は指先で針の運び方を見せる。
「こうやって、端から端まで小さくチクチク縫うと、強く仕上がるの」
カミーユが真剣な顔で針と糸を動かし、布の端に沿って丁寧に縫っていく。エリナはミシン代わりの魔道具で布を軽く押さえ、縫い目が曲がらないように補助する。
魔道具はレネが作った”簡易ミシン”。布を押さえ、小さな歯車が一定の幅で針を上下させる仕組みだ。
もちろん特許は申請済み。
「これ……糸が勝手に進む!」
「すごい!真っ直ぐ縫えるね」
「次はスカート部分。ふんわり広がるように、ウエスト近くに小さな折り目を作ってタックを寄せるの」
私は布をつまんで見せ、ほんの数センチ折り返す。
「こうやってちょっと折って、仮縫いで止めて……ね、広がりが出るでしょ?」
エリナが同じように布を折り、カミーユが仮止めの糸で固定する。
「装飾はシンプルに。胸元と裾に細い白いレースをつけましょう。ウエストには小さなリボンをひとつだけ」
最後に背中へファスナーを縫い付ける。私は針を動かしながらゆっくり説明した。
「ファスナーは端を揃えて、少しずつ縫っていくと歪まないの。引っかかりがないか、最後に必ず確認してね」
全ての工程が終わりワンピースはついに完成した。
「じゃあ……私が着てみるね」
袖を通す。軽い。肩を回してもつっぱらない。裾を指でつまみ、思わずくるりと回ってみた。
赤いスカートがふわりと広がり、レースが光を受けて小さく揺れる。
「……これ、すっごくいい!」思わず声が弾んだ。
エリナが拍手し、カミーユも「染めた甲斐があった!」と胸を張る。
レネは照れ隠しに歯車を回し、ミレーユは小さく微笑んだ。
私はスケッチを握りしめ、小さくガッツポーズした。