第3章:悪徳領主との対峙(2)
下水道の入口は、リアナの言った通り、町の東側の廃屋の裏にひっそりと存在していた。
錆びた鉄格子は簡単に外れ、内部は暗く湿っていた。かび臭い匂いが鼻をつく。
「暗いわね……」
リアナが小声で言った。
「ここは私の出番です」
エルナが前に出て、手のひらを開いた。
彼女の指先から柔らかな光が広がり、淡い青白い明かりが周囲を照らし始めた。
彼女の魔法の光は、不思議と心を落ち着かせる効果があるようだ。
「すごいぞ、エルナ」
ソフィアが彼女を褒めた。
ロゼッタは急いで何かを組み立て始めた。
彼女の器用な指が、小さな部品を素早く組み合わせていく。
「これは簡易の方位計。魔力の流れを読み取って、城の方角を示してくれるはずよ」
彼女が完成させた装置は、小さな羅針盤のようなもので、中心の針が微かに震えながら、一定の方向を指している。
彼女が「あっち!」と指さした方向に、狭い通路が続いていた。
「行こう」
俺が先頭に立ち、エルナの光に導かれながら、じめじめとした通路を進んでいく。
時折、足元から何かが逃げていく音が聞こえ、リアナが小さく悲鳴を上げた。
「ねえ、ちょっと怖いんだけど……」
彼女が俺の背中にしがみつくように近づいてきた。
いつもは明るく活発な彼女も、こんな暗い場所は苦手なようだ。
「大丈夫だ、すぐに出口を見つけよう」
彼女を安心させようと言ったが、その言葉とは裏腹に、通路はどんどん狭く、そして複雑になっていった。
「ロゼッタ、その方位計は正確なのか?」
ソフィアが疑わしげに尋ねると、ロゼッタは少し焦った様子で答えた。
「理論上は大丈夫なはず! でも……」
彼女は方位計を軽く叩いた。
「古い下水道だから、魔力の流れが乱れてるのかも……」
「つまり、迷ってるってことか」
俺の言葉に、全員が沈黙した。
エルナが静かに前に出て、目を閉じた。
彼女の周りの空気が微かに震え、彼女の魔法の光が少し強くなった。
「感じます……上の方に、強い魔力の集中が」
彼女が目を開け、天井を見上げた。
「私たちはすでに城の真下にいるようです」
「本当?」
リアナが驚いて声を上げた。
「じゃあ、あとは上に行けばいいってこと?」
「そうみたいね」
ロゼッタが方位計を再度確認して言った。
「でも、どうやって上に……」
その言葉が終わらないうちに、ソフィアが前方を指さした。
「あそこだ」
エルナの光が照らし出したのは、古びた石の階段だった。
長い年月を経て苔むしているが、確かに上へと続いている。
「行ってみよう」
俺が先頭に立ち、慎重に階段を上り始めた。
石の段は所々崩れており、足場が不安定だ。
階段を上り切ると、そこには重い鉄の扉があった。
錆びついているが、完全に閉ざされている。
「どうやって開ける?」
リアナが不安そうに尋ねた。
ソフィアは何も言わず、剣を抜いた。
彼女の白銀の髪が暗闇で一層際立っている。
「下がっていろ」
彼女の冷静な一言の後、鋭い剣の一撃が扉の錠を直撃した。
金属が砕ける音とともに、扉が少しだけ開いた。
「さすがソフィアさん!」
エルナが感嘆の声を上げた。
ソフィアは無言で扉を少し押し開け、内部を確認した。
「大丈夫だ、誰もいない」
彼女の言葉に全員が安堵の息をついた。
一人ずつ扉をくぐると、そこは城の地下倉庫のようだった。
埃をかぶった棚に並ぶ古い道具や食料品。
窓はなく、唯一の光源は壁に取り付けられた松明だった。
「やった、城の中に入ったわ」
リアナが小声で喜んだ。
「まだ気を緩めるな」
ソフィアが周囲を警戒しながら言った。
「ここからが本当の作戦開始だ」
俺たちは地下倉庫から脱出し、暗い廊下に出た。
城内は予想以上に静かで、衛兵の姿もほとんど見当たらない。
「おかしいな……」
リアナが首を傾げた。
「こんなに大事な儀式の前夜なのに、警備が薄いなんて」
「もしかして……」
エルナの顔から血の気が引いた。
「みんな儀式の準備に集中しているのかも……」
「それなら好都合だ」
ソフィアが冷静に状況を判断した。
「領主の居室を探そう。そこに手がかりがあるはずだ」
俺たちは慎重に城内を探索し、徐々に上の階へと進んでいった。
広い廊下や豪華な部屋を通り過ぎる度に、この城の主が並外れた権力と富を持っていることを実感する。
しかし同時に、どこか不吉な雰囲気も漂っていた。
壁には竜の紋章が刻まれ、廊下には奇妙な形の燭台が並んでいる。
ついに、俺たちは城の最上階と思われる場所に到達した。
重厚な扉の前で、ソフィアが立ち止まった。
「ここだ」
彼女は扉に刻まれた紋章を指さした。
「領主の紋章だ」
「中に入りましょう」
エルナが決意を込めて言った。
ロゼッタが工具ベルトから小さな道具を取り出し、錠前を調べ始めた。
「これくらい、簡単に……」
彼女の自信満々な言葉通り、数秒後に小さなカチリという音とともに、扉の鍵が外れた。
「さすが」
俺が彼女を褒めると、ロゼッタは得意げに胸を張った。
「当然っ! 魔導技師は細かい作業も得意なんだから!」
俺たちは静かに部屋に入った。
ここは間違いなく領主の私室だ。
豪華な調度品に囲まれた広い部屋の中央には、大きな机があり、その上には無数の書類が散らばっていた。
「手分けして調べましょう」
エルナの提案に全員が同意し、それぞれ部屋の異なる場所を探り始めた。
リアナは本棚を、ロゼッタは机の上の書類を、ソフィアはキャビネットを調べている。
エルナは部屋の反対側に置かれた小さな祭壇のようなものを慎重に観察していた。
俺は大きな絵画の裏に隠された金庫を見つけた。
「おい、こっちに何かある」
全員が俺のもとに集まってきた。
「秘密の金庫ね!」
リアナが興奮した様子で言った。
「中に何が入ってるんだろう?」
「開けられる?」
ソフィアがロゼッタに尋ねると、彼女は工具ベルトから再び道具を取り出した。
「もちろんっ! ちょっと時間かかるかもしれないけど……」
彼女が集中して作業を始めたとき、突然、廊下から足音が聞こえてきた。
「誰か来る!」
エルナが小声で警告した。
「隠れろ!」
ソフィアの命令に、全員が部屋の中の隠れ場所を探した。
俺はカーテンの陰に、リアナは大きな本棚の後ろに、ロゼッタは机の下に、エルナとソフィアはクローゼットに隠れた。
扉が開き、二人の男が入ってきた。
一人は豪華な衣装を身につけた中年の男、もう一人は黒いローブを着た痩せた老人だった。
「明日の儀式の準備は整っているな?」
豪華な衣装の男——おそらく領主だろう——が尋ねた。
彼の声は低く、威厳に満ちている。
「はい、領主様」
黒ローブの老人が頭を下げた。
「生贄も十分に集まりました。儀式が終われば、古の竜神が覚醒し、私たちに計り知れない力を与えてくれるでしょう」
「良かろう」
領主は満足げに頷いた。
「竜神の力を手に入れれば、この国だけでなく、周辺国も支配下に置くことができる。我々ドラゴン崇拝教団の栄光の時が来るのだ」
「はい、そして最後の鍵となる竜の核の情報も入りました」
老人の言葉に、領主の表情が一層明るくなった。
「本当か? あの噂の奇妙な乗り物ののことか?」
「はい。我々の偵察によれば、異世界から来た若者が乗る黒い乗り物が竜の核を宿しているとのこと。すでに捕獲部隊を送りました」
俺は身を固くした。
「完璧だ」
領主は大きく笑った。
「明日の儀式で竜神を呼び覚まし、さらに竜の核を手に入れれば、我々の力は絶大なものとなる」
二人はさらに詳細な打ち合わせを続け、やがて部屋を出ていった。
彼らの足音が遠ざかったのを確認してから、全員が隠れ場所から出てきた。
「やっぱりドラゴン崇拝教団だったのね……」
リアナの表情は緊張に満ちていた。
「そして烈火さんのバイクも狙われているわ」
「捕獲部隊……」
ソフィアが眉をひそめた。
「バイクを置いてきた場所は大丈夫だろうか」
「急いで戻るべきです!」
エルナが焦りを隠せない様子で言った。
「でも、先に金庫を……」
ロゼッタが金庫に戻り、急いで作業を再開した。
彼女の指先が素早く動き、数分後、小さな音とともに金庫が開いた。
「やったっ!」
彼女は勝ち誇った表情で金庫の中身を取り出した。
それは古ぼけた羊皮紙の巻物だった。
「これは……」
ソフィアが巻物を広げ、全員で覗き込んだ。
「古代竜神の儀式の詳細……」
エルナが恐怖の表情で言った。
「多くの若者の生命を犠牲にして、竜神を呼び覚ますなんて……」
「それだけじゃないわ」
リアナが羊皮紙の一部を指さした。
「ここに竜の核について書いてある。これがあれば、竜神をコントロールできるって……」
「だから俺のバイクを狙ってるのか」
俺は歯を食いしばった。
「許せない。自分の欲望のために、罪のない人々を犠牲にするなんて」
「今は感情に任せている場合じゃない」
ソフィアが冷静に状況を判断した。
「まずはバイクを確保し、それから儀式を阻止する計画を練るべきだ」
全員が頷き、急いで部屋を出た。
さっきと同じ経路で地下へと向かい、来た道を辿って下水道へと戻るのだった。