第3章:悪徳領主との対峙(1)
ヴァレンティア領の城下町に近づくにつれ、空気が重くなっていくのを感じた。
「これがクラウンサイド城下町か……」
バイクのスピードを落とし、丘の上から街並みを見下ろす。
灰色の石壁に囲まれた町は、想像以上に荒廃していた。
かつては賑わっていたであろう市場も閑散としており、住民たちの表情は暗く沈んでいる。
そして町を睥睨するように、小高い丘の上には領主の城が聳え立っていた。
「予想以上に状況は悪いですね」
後部シートに座るエルナの声が耳元で囁いた。
彼女の白と水色のローブが風になびく。
長い茶色の髪を後ろで一つにまとめた彼女の緑色の瞳には、心配の色が濃く浮かんでいた。
温かくて包容力のある彼女の存在は、まるで聖女のように周囲を安心させる不思議な力を持っている。
「ほんとだね……人が少ないわ」
サイドカーに乗るロゼッタが町を指さした。
栗色の短髪を揺らし、首からは工具に油で汚れたゴーグルをぶら下げている彼女は、工具ベルトを腰に巻き、黄緑がかった瞳を鋭く光らせていた。
白銀の髪を風になびかせてソフィアが馬で追いついてきた。
彼女は軽鎧を身につけ、腰には長剣を下げている。
青灰色の鋭い眼差しで城下町を見据え、冷静な判断力で状況を分析している姿には、元騎士らしい威厳があった。
「まずは町の人々から話を聞くべきだな」
彼女の簡潔な提案に、俺は頷いた。
「私が偵察してくるわ!」
ソフィアの馬の後ろから飛び降りたリアナが、軽やかに提案した。
水色の髪をポニーテールにまとめ、アクアマリンのような薄い青緑色の瞳を輝かせる彼女は、背中に大きな弓を背負い、狩人のような軽装で身を包んでいた。
その動きは猫のように軽やかで、右腕の小さな部族紋様のタトゥーが太陽に照らされて輝いている。
「いいだろう。だが無茶はするな」
ソフィアの言葉に、リアナは明るく笑った。
「任せて! 情報収集には自信があるんだから!」
軽やかな足取りで丘を下り始めるリアナを見送りながら、俺たちは城下町の入口から少し離れた木立の中に身を隠した。
「烈火さん、バイクを少し見せてください」
ロゼッタがサイドカーから飛び出し、工具ベルトから何やら不思議な道具を取り出した。
彼女の手際の良さには目を見張るものがある。
「長距離走行の影響を確認するので。それに……」
彼女はニヤリと笑い、サイドカーに取り付けられた魔導砲を調整し始めた。
「小型の飛行補助装置も取り付けておきます! 城壁を越えるときに役立つかもしれないから」
「飛行? マジかよ」
思わず声が上ずる。
地上を走るだけでも十分速いバイクだが、それが飛ぶとなると話は別だ。
異世界に来てから、驚くことばかりだが、これは特に衝撃的だった。
「理論上は可能なはず! 竜の核は元々空を飛ぶ存在だったんだから」
彼女は得意げに胸を張った。
「短時間の浮遊だけど、壁を越えるには十分!」
エルナは近くの木陰で瞑想をしていた。
彼女は目を閉じ、優しく光る緑色の魔力を手のひらに集めている。
彼女の周りには、まるで空気が清められたかのような静謐な雰囲気が漂っていた。
「結界の準備をしています」
彼女は目を開け、私たちに微笑みかけた。
「もし危険な状況になったら、この結界で一時的に身を守れます」
ソフィアは馬から降り、思案げに腕を組んでいた。
「リアナが戻るまで、作戦を練っておこう」
彼女の冷静さは、この混沌とした状況で特に心強かった。
◇
約一時間後、リアナが息を切らせて戻ってきた。
彼女の表情は暗く、いつもの明るさが消えていた。
「ひどいわ、あの町は……」
彼女は地面に腰を下ろし、水筒を取り出して一口飲んだ。
「税金が異常に高くて、住民たちは飢えているわ。それだけじゃなくて……」
彼女は一度言葉を切って、辺りを見回した。
「若い人たちが次々と連れ去られているのは本当みたいで、城に連れて行かれた者は、二度と戻ってこないんだって」
「なんという……」
エルナが悲しげに呟いた。
「さらに、町の中央広場に奇妙な祭壇が建てられているの。それは竜の紋章が刻まれた石でできていて……」
「ドラゴン崇拝教団の証拠か」
ソフィアが鋭く指摘した。
「きっとそうよ。それに、明日の夜に何か大きな儀式が行われるらしいわ。町の人たちはみんな怯えていた」
リアナの報告に、俺たちは顔を見合わせた。
「明日の夜……それまでに何とかしないと」
エルナが心配そうに言った。
「今日は夕方だ、残り時間は限られている」
ソフィアが静かに言葉を続けた。
「城に乗り込むか?」
俺の問いかけに、全員が黙った。
確かに単純な解決策だが、リスクも大きい。
「まずは町の住民たちと接触すべきでしょう」
エルナが提案した。
「彼らの中に協力者を見つけられれば、もっと情報が得られるかもしれません」
「賛成!」
ロゼッタが手を挙げた。
「それに、私のバイク改造も完了させる時間が必要なので!」
「それでは、二手に分かれよう」
ソフィアが決断した。
「私とエルナは町に入り、状況を探る。リアナはここに残って、町の動きを監視しつつ、必要ならば連絡役となれ」
「了解!」
リアナが元気よく返事をした。
「烈火とロゼッタは、バイクの準備をしておけ。いざというときのために」
全員が頷き、すぐに行動に移った。
ソフィアとエルナは平民の服装に着替え、町へ向かっていった。
リアナは木の上に軽々と登り、街の監視を始めた。
俺とロゼッタは、バイクの最終調整に取りかかった。
「この装置が完成したら、城壁を飛び越えられるはず」
ロゼッタは目を輝かせながら、バイクのエンジン部分に何やら複雑な装置を取り付けていた。
まるで子供のように無邪気な表情だが、その手の動きは熟練の職人そのものだ。
「本当に飛ぶのか?」
不安を隠せない俺に、彼女は自信たっぷりに胸を張った。
「もちろんっ! 理論上は絶対大丈夫! ……たぶん」
その「たぶん」が妙に引っかかったが、今更引き返すわけにもいかない。
俺は愛車のタンクに手を置き、小さく呟いた。
「相棒、頼むぞ」
バイクのタンク部分に刻まれた赤い紋様が、まるで応えるかのように脈打った。
こいつは確かに特別だ。
単なる機械ではなく、何か生命を宿しているような感覚がある。
◇
夕暮れ時、ソフィアとエルナが戻ってきた。
二人の表情は硬く、特にエルナの緑の瞳には悲しみの色が濃く浮かんでいた。
「状況は予想以上に深刻だ」
ソフィアが簡潔に報告を始めた。
「町の中央にある祭壇は間違いなくドラゴン崇拝教団のものだ。そして、明日の夜に大規模な儀式が行われる予定らしい」
「儀式?」
リアナが木から飛び降りて尋ねた。
エルナが「ええ」と、静かに言葉を継いだ。
「話によると……『最強の竜を目覚めさせる儀式』だそうです。そのために、若い人たちが生贄として連れ去られているのです」
彼女の声は震えていた。
優しい心の持ち主であるエルナにとって、こんな残虐な行為は耐え難いものに違いない。
「くそ……そんなこと、許せるわけないだろ」
思わず拳を握りしめる俺に、ソフィアが冷静に続けた。
「さらに、領主の城には強力な衛兵が配置されている。正面からの突入は厳しいだろう」
「でも、何とかしなきゃ!」
ロゼッタが叫んだ。
「明日の夜までに城に乗り込んで、儀式を止めないと!」
全員が黙り込み、打開策を考えていたとき、リアナが突然、飛び上がるように立ち上がった。
「あっ! 思いついた!」
彼女のアクアマリンの瞳が輝き、明るい笑顔が戻ってきた。
「この前、町の東側に廃れた下水道の入口があったの。もしかしたら、城までつながってるかもしれないわ!」
「下水道か……」
ソフィアが思案する表情を見せた。
「確かに可能性はある。多くの古城は、非常時の脱出路として下水道や地下通路を設けているからな」
「よし、調べてみよう」
俺の言葉に全員が同意し、夜の闇に紛れて町の東側へと向かった。