第2章:新たな旅立ち(1)
「これで、きっと問題解決!」
ロゼッタの声が、スチームギア地方の工房内に鮮やかに響いた。
俺は、薄暗い工房の中央に停めたバイクを見ながら、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
俺の愛車「ドラグブレイザー」の横には、見慣れない金属製の装置が取り付けられていた。
側車——いわゆるサイドカーだ。
しかし、ただのサイドカーではない。
アンティークな真鍮色の装飾と鮮やかな赤い魔法陣が刻まれた特別製だ。
「まさか、一晩でこんなもの作るとは思わなかった」
俺の言葉に、ロゼッタは満面の笑みを浮かべた。
栗色の短髪を揺らしながら、彼女は油で汚れた両手をエプロンで拭った。
黄緑色の瞳が、夜通し作業した疲れもなく、興奮で輝いている。
「徹夜は慣れてるんで! それに、こういう物作りが私の生きがいなので!」
彼女はサイドカーの側面を誇らしげに叩いた。
その音は工房中に金属音を響かせた。
「これで移動の問題は解決。みんなでいっぺんに移動できるようになりましたね」
穏やかな声が背後から聞こえた。
振り返ると、エルナが温かい微笑みを浮かべて立っていた。
彼女の長い茶色の髪は今日も清楚にまとめられ、白と水色のローブが朝の光を柔らかく反射している。
緑の瞳は癒しの光を宿し、僧侶としての優しさと知性を感じさせた。
「エルナさん、ちょうどいいところに! 試してみましょう!」
ロゼッタは興奮した様子で彼女の手を取った。
エルナは少し驚いた表情を見せつつも、微笑みながら頷いた。
「でも、まずソフィアさんも呼んだ方が——」
彼女の言葉が終わらないうちに、工房のドアが開いた。
「何の騒ぎだ? 朝から随分と賑やかな声が聞こえるが」
凛とした声とともに入ってきたのは、白銀の長髪を後ろで束ねた女性剣士、ソフィア・ブリットだった。
彼女は今日も軽装の鎧を身につけ、腰には長剣を下げている。
青灰色の瞳が鋭く室内を見渡し、すぐにバイクと取り付けられたサイドカーに気づいた。
「これは……?」
「ソフィアさん、おはよう! 見てよ、魔導サイドカーが完成したの!」
ロゼッタは嬉しそうに説明を始めた。
「特殊な魔導金属を使って作り、耐久性は普通の鉄の三倍。それに、ここに刻んだ魔法陣は緩衝効果があって、どんな悪路でも乗り心地は保証済み! さらに——」
「要するに、より多くの人間が一度に乗れるようになったということか」
ソフィアは簡潔に要点をまとめた。
その表情は相変わらず感情を表に出さないが、目が僅かに輝いているのが見て取れた。
「それだけじゃなく、もっとすごい機能も!」
ロゼッタは少し不満そうな声を上げた。
「サイドカーには魔力増幅装置も組み込んであるので、烈火さんのバイクの炎攻撃がさらに強化されるのです!」
「へえ、すごいな」
俺は感心しながらサイドカーに近づき、表面を撫でた。
金属は冷たいはずなのに、触れるとわずかに温かい。
内部から魔力が流れているのを感じる。
「それで、誰が乗るんだ?」
俺の何気ない一言に、部屋の空気が微妙に変わった。
三人のヒロインたちが互いに視線を交わし、一瞬の静寂が訪れた。
「わ、私は後部シートで」
エルナが控えめに言った。
そのとき、彼女の頬が僅かに赤く染まったように見えた。
「いや、私が後部シートに乗るべきだ」
ソフィアが一歩前に踏み出した。
彼女の声はいつもより少し高くなっていた。
「なぜなら、敵の襲撃があった場合、烈火の背後を守る必要がある。剣を振るう私が適任だ」
「え? それなら私もダメじゃない!」
ロゼッタが反論した。
「バイクのメンテナンスは私の仕事だし、魔導システムに異常があった場合、すぐに対処できるのは私だけ!」
三人の視線が絡み合い、工房内の温度が一気に上昇したように感じた。
「お、おい、落ち着けよ……」
俺が制止しようとしたが、既に議論は白熱していた。
「烈火さんの背中を支えるのは、回復魔法が使える私が最適です」
エルナは珍しく主張した。
彼女の緑の瞳に決意の光が宿っていた。
「万が一のとき、すぐに治療できますから……」
「治療の前に、敵を倒すことが先決だ」
ソフィアは剣の柄に手を添えながら反論した。
白銀の髪が揺れる。
「そもそも、このサイドカーを作ったのは私です!」
ロゼッタが両手を腰に当てて言い放った。
工具ベルトが鈍い音を立てる。
俺は呆れた表情で頭をかいた。
異世界に来て以来、こんな状況になるとは思ってもみなかった。
日本では一人でバイクに乗り、誰とも深く関わらなかった俺が、今や三人の美少女に囲まれ、しかも彼女たちが俺のバイクに乗る権利を争っている。
なんともシュールな光景だ。
「とりあえず、今日は試運転だ。順番に乗ってみよう」
俺の提案に、三人は不満そうな表情を見せながらも渋々頷いた。
「それもそうね……」とロゼッタが小さく呟き、「烈火さんの言う通りです」とエルナも穏やかに同意。「妥当な判断だな」とソフィアはクールに腕を組んだ。
「よし、準備しよう。街を出て、少し走ってみる」
俺の言葉に、三人は一斉に動き始めた。
◇
街の北門を出ると、広大な草原が朝日に照らされて輝いていた。
空は澄み切った青で、遠くには紫がかった山脈が連なっている。
柔らかな風が草原を撫で、波のような揺らめきを作り出していた。
俺たちは門を出たところで、バイクを停止させた。
「さて、最初に乗るのは誰だ?」
三人は再び目を合わせた後、エルナが一歩前に出た。
「じゃあ、私から……」
彼女は少し恥ずかしげに言った。
その仕草が妙に可愛らしくて、俺は思わず目を逸らした。
エルナはサイドカーに優雅に乗り込んだ。
白い僧侶のローブが風になびき、茶色の髪が朝日に照らされて輝いている。
「それじゃあ、私は後ろに」
ロゼッタが当然のように言って、バイクの後部シートに飛び乗った。
「え? 私は?」
ソフィアが珍しく困惑した表情を見せた。
「申し訳ありません、ソフィアさん。次は必ず……」
エルナが申し訳なさそうに言った。
「仕方ない。私はここで待っている」
ソフィアは少し不機嫌そうに腕を組み、木陰へと移動した。
白銀の髪が風に揺れ、その美しさに俺は一瞬見とれてしまった。
「行くぞ!」
俺はエンジンをかけた。
バイクからは低い唸り声が響き、タンク部分の赤い紋様が鮮やかに輝き始めた。
エルナが「わ!」と叫んでサイドカーの縁をしっかりと掴んだ。
俺たちは草原を駆け抜けた。
バイクの腹部から炎のような魔力の痕跡が地面に残り、サイドカーの魔法陣も共鳴するように赤く光っている。
「どうだ? 乗り心地は?」
風を切る音の中で俺が尋ねると、エルナは明るい笑顔で応えた。
「素晴らしいです! こんな速さで移動するの、初めての経験です!」
彼女の緑の瞳が輝き、普段の落ち着いた雰囲気から解放されたような、子供のような無邪気さを見せていた。
「 バイクの魔力反応も安定してるわ!」
後ろからロゼッタの声が聞こえた。
彼女は興奮した様子で、何か測定器のようなものをバイクに向けている。
「サイドカーの魔法陣が、バイクの魔力を適切に分散させてるみたい!」
二人の歓声を聞きながら、俺も自然と笑みがこぼれた。
バイクを走らせる喜びを誰かと共有するのは初めての経験だ。
どこか胸が温かくなる。
大きく一周した後、俺たちは出発地点にもどると、ソフィアが腕を組んで待っていた。
「次はあなたの番ですね、ソフィアさん」
エルナが優しく微笑みながらサイドカーから降りた。
「当然だ」
ソフィアは表情を引き締めたまま、サイドカーに乗り込んだ。
その動作は騎士らしく無駄がなく洗練されていた。
「私も降りるから、エルナさんが後ろに乗って!」
ロゼッタが後部シートから飛び降りた。
エルナは少し躊躇いながらも、後部シートに座った。
「準備はいいか?」
「ああ、いつでも」
ソフィアが簡潔に答えた。
だが、彼女の目は僅かに期待を含んでいた。
再びエンジンをかけ、俺たちは草原を疾走した。
今度は前回より少しスピードを上げる。
ソフィアの口から「おお……」と小さな感嘆の声が漏れた。
彼女は普段あまり感情を表に出さないが、風を切る感覚に思わず声を上げたようだ。
「速いですね……でも、不思議と怖くありません」
後ろからエルナの声がした。
「もっと速く行けるぞ」
俺はアクセルをさらに開けた。
バイクからは低い唸り声が上がり、地面との摩擦で小さな火花が散る。
サイドカーの魔法陣がより鮮やかに光り始めた。
「素晴らしい……」
ソフィアが小さく呟いた。
彼女の青灰色の瞳に興奮の色が宿り、普段は厳しい表情が少し柔らかくなっていた。
風に吹かれる白銀の髪が太陽の光を反射して輝いている。
しばらく走った後、俺たちは再び元の場所に戻った。
ロゼッタが手を振って出迎えてくれた。
「どうだった?」
「予想以上だ」
ソフィアは簡潔に答えたが、その口元はわずかに微笑んでいた。
「さあ、最後は私の番ね!」
ロゼッタが弾むような足取りでサイドカーに飛び乗った。
その動きはエネルギッシュで、工具ベルトが腰でカランと鳴った。
「エルナさん、また後ろに乗ってもらっていい?」
「はい、構いませんよ」
エルナは優しく微笑み、再び後部シートに座った。
「行くぞ!」
三度目のエンジン音が草原に響き渡った。
今度は二回の経験を活かして、さらに滑らかな走りを意識する。
「うおおおっ! すごいスピード感!」
ロゼッタが歓声を上げた。
彼女はサイドカーの中で立ち上がりかけ、首のゴーグルを目に下ろしている。
そんな危険な体勢で喜びを表現する彼女に、俺は思わず笑みを浮かべた。
「ちゃんと座ってろよ!」
「大丈夫っ!」
彼女は両手を広げ、風を全身で感じているようだった。
その純粋な喜びの表情に心が和む。
「あっ! 見て! サイドカーの魔法陣が反応してる!」
確かに、サイドカーに刻まれた魔法陣が通常より強く輝いていた。
そして、バイク自体からも今までにない力強い振動が伝わってくる。
「相棒、どうした?」
俺がタンクに手を置くと、バイクから温かい振動が伝わってきた。
まるで、新しい仲間たちを受け入れ、喜んでいるかのようだ。
大きなカーブを曲がり、風を切る感覚を楽しんだ後、俺たちは出発地点に戻った。
ソフィアが腕を組んで待っていた。
「みんな乗れたな。乗り心地はどうだった?」
三人とも満足げな表情を浮かべている。
「最高でした」とエルナが穏やかに微笑み、「想像以上だな」とソフィアもわずかに口角を上げ、「素晴らしいっス! 私の改造は大成功!」とロゼッタは誇らしげに胸を張った。
「これで長距離移動も問題なし!」
「よし、それじゃあ……」
俺が次の提案をしようとしたとき、突然サイドカーの魔法陣が一斉に点滅し始めた。
「え? これは……」
ロゼッタは驚いた表情で装置を確認した。
「信じられない……バイクの魔力がサイドカーと共鳴して、新たな機能が発現したみたい!」
「新たな機能?」
全員が興味深げにサイドカーを見つめた。
ロゼッタは急いで工具ベルトからメモ帳と測定器を取り出し、サイドカーの状態を確認し始めた。
「これは……魔力増幅機能が強化されたみたい。サイドカーに乗る人間の魔力をバイクに集約して、さらに強化するシステムが自然発生したっぽい」
「自然発生……?」
ソフィアが眉をひそめた。
「そんなこと可能なのか?」
「普通はありえないわ」
ロゼッタは興奮した様子で説明した。
「でも、この魔導バイクは特別。竜の核と融合してるから、独自の進化を遂げてるの!」
エルナが魔法陣に視線を向けながら静かに言った。
「まるで……生きているように進化しているのですね」
「まさにそう!」
ロゼッタは目を輝かせた。
「これってスゴイことなの?」
俺が尋ねると、三人は揃って頷いた。
「常識外れです」
エルナが答えた。
「通常、魔導具は作られた時点で能力が決まります。自ら進化するなんて……古代魔術の書物でも稀にしか記されていません」
「これはますます研究価値があるわ!」
ロゼッタは両手を叩いて喜んだ。
そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
全員が音の方向へ視線を向ける。
街の門から一人の男が馬に乗って近づいてきた。
彼は黒と金の制服を着た伝令のようだった。




