表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第2章:新たな旅立ち(1)

「これで、きっと問題解決!」


 ロゼッタの声が、スチームギア地方の工房内に鮮やかに響いた。

 俺は、薄暗い工房の中央に停めたバイクを見ながら、目の前の光景に驚きを隠せなかった。


 俺の愛車「ドラグブレイザー」の横には、見慣れない金属製の装置が取り付けられていた。

 側車——いわゆるサイドカーだ。

 しかし、ただのサイドカーではない。

 アンティークな真鍮色(しんちゅうしょく)の装飾と鮮やかな赤い魔法陣が刻まれた特別製だ。


「まさか、一晩でこんなもの作るとは思わなかった」


 俺の言葉に、ロゼッタは満面の笑みを浮かべた。

 栗色の短髪を揺らしながら、彼女は油で汚れた両手をエプロンで拭った。

 黄緑色の瞳が、夜通し作業した疲れもなく、興奮で輝いている。


「徹夜は慣れてるんで!  それに、こういう物作りが私の生きがいなので!」


 彼女はサイドカーの側面を誇らしげに叩いた。

 その音は工房中に金属音を響かせた。


「これで移動の問題は解決。みんなでいっぺんに移動できるようになりましたね」


 穏やかな声が背後から聞こえた。

 振り返ると、エルナが温かい微笑みを浮かべて立っていた。

 彼女の長い茶色の髪は今日も清楚にまとめられ、白と水色のローブが朝の光を柔らかく反射している。

 緑の瞳は癒しの光を宿し、僧侶としての優しさと知性を感じさせた。


「エルナさん、ちょうどいいところに!  試してみましょう!」


 ロゼッタは興奮した様子で彼女の手を取った。

 エルナは少し驚いた表情を見せつつも、微笑みながら頷いた。


「でも、まずソフィアさんも呼んだ方が——」


 彼女の言葉が終わらないうちに、工房のドアが開いた。


「何の騒ぎだ?  朝から随分と賑やかな声が聞こえるが」


 凛とした声とともに入ってきたのは、白銀の長髪を後ろで束ねた女性剣士、ソフィア・ブリットだった。

 彼女は今日も軽装の鎧を身につけ、腰には長剣を下げている。

 青灰色の瞳が鋭く室内を見渡し、すぐにバイクと取り付けられたサイドカーに気づいた。


「これは……?」

「ソフィアさん、おはよう!  見てよ、魔導サイドカーが完成したの!」


 ロゼッタは嬉しそうに説明を始めた。


「特殊な魔導金属を使って作り、耐久性は普通の鉄の三倍。それに、ここに刻んだ魔法陣は緩衝効果があって、どんな悪路でも乗り心地は保証済み! さらに——」

「要するに、より多くの人間が一度に乗れるようになったということか」


 ソフィアは簡潔に要点をまとめた。

 その表情は相変わらず感情を表に出さないが、目が僅かに輝いているのが見て取れた。


「それだけじゃなく、もっとすごい機能も!」


 ロゼッタは少し不満そうな声を上げた。


「サイドカーには魔力増幅装置も組み込んであるので、烈火さんのバイクの炎攻撃がさらに強化されるのです!」

「へえ、すごいな」


 俺は感心しながらサイドカーに近づき、表面を撫でた。

 金属は冷たいはずなのに、触れるとわずかに温かい。

 内部から魔力が流れているのを感じる。


「それで、誰が乗るんだ?」


 俺の何気ない一言に、部屋の空気が微妙に変わった。

 三人のヒロインたちが互いに視線を交わし、一瞬の静寂が訪れた。


「わ、私は後部シートで」


 エルナが控えめに言った。

 そのとき、彼女の頬が僅かに赤く染まったように見えた。


「いや、私が後部シートに乗るべきだ」


 ソフィアが一歩前に踏み出した。

 彼女の声はいつもより少し高くなっていた。


「なぜなら、敵の襲撃があった場合、烈火の背後を守る必要がある。剣を振るう私が適任だ」

「え?  それなら私もダメじゃない!」


 ロゼッタが反論した。


「バイクのメンテナンスは私の仕事だし、魔導システムに異常があった場合、すぐに対処できるのは私だけ!」


 三人の視線が絡み合い、工房内の温度が一気に上昇したように感じた。


「お、おい、落ち着けよ……」


 俺が制止しようとしたが、既に議論は白熱していた。


「烈火さんの背中を支えるのは、回復魔法が使える私が最適です」


 エルナは珍しく主張した。

 彼女の緑の瞳に決意の光が宿っていた。


「万が一のとき、すぐに治療できますから……」

「治療の前に、敵を倒すことが先決だ」


 ソフィアは剣の柄に手を添えながら反論した。

 白銀の髪が揺れる。


「そもそも、このサイドカーを作ったのは私です!」


 ロゼッタが両手を腰に当てて言い放った。

 工具ベルトが鈍い音を立てる。


 俺は呆れた表情で頭をかいた。

 異世界に来て以来、こんな状況になるとは思ってもみなかった。

 日本では一人でバイクに乗り、誰とも深く関わらなかった俺が、今や三人の美少女に囲まれ、しかも彼女たちが俺のバイクに乗る権利を争っている。

 なんともシュールな光景だ。


「とりあえず、今日は試運転だ。順番に乗ってみよう」


 俺の提案に、三人は不満そうな表情を見せながらも渋々頷いた。


「それもそうね……」とロゼッタが小さく呟き、「烈火さんの言う通りです」とエルナも穏やかに同意。「妥当な判断だな」とソフィアはクールに腕を組んだ。


「よし、準備しよう。街を出て、少し走ってみる」


 俺の言葉に、三人は一斉に動き始めた。


 ◇

 

 街の北門を出ると、広大な草原が朝日に照らされて輝いていた。

 空は澄み切った青で、遠くには紫がかった山脈が連なっている。

 柔らかな風が草原を撫で、波のような揺らめきを作り出していた。


 俺たちは門を出たところで、バイクを停止させた。


「さて、最初に乗るのは誰だ?」


 三人は再び目を合わせた後、エルナが一歩前に出た。


「じゃあ、私から……」


 彼女は少し恥ずかしげに言った。

 その仕草が妙に可愛らしくて、俺は思わず目を逸らした。


 エルナはサイドカーに優雅に乗り込んだ。

 白い僧侶のローブが風になびき、茶色の髪が朝日に照らされて輝いている。


「それじゃあ、私は後ろに」


 ロゼッタが当然のように言って、バイクの後部シートに飛び乗った。


「え?  私は?」


 ソフィアが珍しく困惑した表情を見せた。


「申し訳ありません、ソフィアさん。次は必ず……」


 エルナが申し訳なさそうに言った。


「仕方ない。私はここで待っている」


 ソフィアは少し不機嫌そうに腕を組み、木陰へと移動した。

 白銀の髪が風に揺れ、その美しさに俺は一瞬見とれてしまった。


「行くぞ!」


 俺はエンジンをかけた。

 バイクからは低い唸り声が響き、タンク部分の赤い紋様が鮮やかに輝き始めた。

 エルナが「わ!」と叫んでサイドカーの縁をしっかりと掴んだ。


 俺たちは草原を駆け抜けた。

 バイクの腹部から炎のような魔力の痕跡が地面に残り、サイドカーの魔法陣も共鳴するように赤く光っている。


「どうだ?  乗り心地は?」


 風を切る音の中で俺が尋ねると、エルナは明るい笑顔で応えた。


「素晴らしいです!  こんな速さで移動するの、初めての経験です!」


 彼女の緑の瞳が輝き、普段の落ち着いた雰囲気から解放されたような、子供のような無邪気さを見せていた。


「 バイクの魔力反応も安定してるわ!」


 後ろからロゼッタの声が聞こえた。

 彼女は興奮した様子で、何か測定器のようなものをバイクに向けている。


「サイドカーの魔法陣が、バイクの魔力を適切に分散させてるみたい!」


 二人の歓声を聞きながら、俺も自然と笑みがこぼれた。

 バイクを走らせる喜びを誰かと共有するのは初めての経験だ。

 どこか胸が温かくなる。


 大きく一周した後、俺たちは出発地点にもどると、ソフィアが腕を組んで待っていた。


「次はあなたの番ですね、ソフィアさん」


 エルナが優しく微笑みながらサイドカーから降りた。


「当然だ」


 ソフィアは表情を引き締めたまま、サイドカーに乗り込んだ。

 その動作は騎士らしく無駄がなく洗練されていた。


「私も降りるから、エルナさんが後ろに乗って!」


 ロゼッタが後部シートから飛び降りた。

 エルナは少し躊躇いながらも、後部シートに座った。


「準備はいいか?」

「ああ、いつでも」


 ソフィアが簡潔に答えた。

 だが、彼女の目は僅かに期待を含んでいた。


 再びエンジンをかけ、俺たちは草原を疾走した。

 今度は前回より少しスピードを上げる。


 ソフィアの口から「おお……」と小さな感嘆の声が漏れた。

 彼女は普段あまり感情を表に出さないが、風を切る感覚に思わず声を上げたようだ。


「速いですね……でも、不思議と怖くありません」


 後ろからエルナの声がした。


「もっと速く行けるぞ」


 俺はアクセルをさらに開けた。

 バイクからは低い唸り声が上がり、地面との摩擦で小さな火花が散る。

 サイドカーの魔法陣がより鮮やかに光り始めた。


「素晴らしい……」


 ソフィアが小さく呟いた。

 彼女の青灰色の瞳に興奮の色が宿り、普段は厳しい表情が少し柔らかくなっていた。

 風に吹かれる白銀の髪が太陽の光を反射して輝いている。


 しばらく走った後、俺たちは再び元の場所に戻った。

 ロゼッタが手を振って出迎えてくれた。


「どうだった?」

「予想以上だ」


 ソフィアは簡潔に答えたが、その口元はわずかに微笑んでいた。


「さあ、最後は私の番ね!」


 ロゼッタが弾むような足取りでサイドカーに飛び乗った。

 その動きはエネルギッシュで、工具ベルトが腰でカランと鳴った。


「エルナさん、また後ろに乗ってもらっていい?」

「はい、構いませんよ」


 エルナは優しく微笑み、再び後部シートに座った。


「行くぞ!」


 三度目のエンジン音が草原に響き渡った。

 今度は二回の経験を活かして、さらに滑らかな走りを意識する。


「うおおおっ! すごいスピード感!」


 ロゼッタが歓声を上げた。

 彼女はサイドカーの中で立ち上がりかけ、首のゴーグルを目に下ろしている。

 そんな危険な体勢で喜びを表現する彼女に、俺は思わず笑みを浮かべた。


「ちゃんと座ってろよ!」

「大丈夫っ!」


 彼女は両手を広げ、風を全身で感じているようだった。

 その純粋な喜びの表情に心が和む。


「あっ!  見て!  サイドカーの魔法陣が反応してる!」


 確かに、サイドカーに刻まれた魔法陣が通常より強く輝いていた。

 そして、バイク自体からも今までにない力強い振動が伝わってくる。


「相棒、どうした?」


 俺がタンクに手を置くと、バイクから温かい振動が伝わってきた。

 まるで、新しい仲間たちを受け入れ、喜んでいるかのようだ。


 大きなカーブを曲がり、風を切る感覚を楽しんだ後、俺たちは出発地点に戻った。

 ソフィアが腕を組んで待っていた。


「みんな乗れたな。乗り心地はどうだった?」


 三人とも満足げな表情を浮かべている。


「最高でした」とエルナが穏やかに微笑み、「想像以上だな」とソフィアもわずかに口角を上げ、「素晴らしいっス! 私の改造は大成功!」とロゼッタは誇らしげに胸を張った。


「これで長距離移動も問題なし!」

「よし、それじゃあ……」


 俺が次の提案をしようとしたとき、突然サイドカーの魔法陣が一斉に点滅し始めた。


「え?  これは……」


 ロゼッタは驚いた表情で装置を確認した。


「信じられない……バイクの魔力がサイドカーと共鳴して、新たな機能が発現したみたい!」

「新たな機能?」


 全員が興味深げにサイドカーを見つめた。

 ロゼッタは急いで工具ベルトからメモ帳と測定器を取り出し、サイドカーの状態を確認し始めた。


「これは……魔力増幅機能が強化されたみたい。サイドカーに乗る人間の魔力をバイクに集約して、さらに強化するシステムが自然発生したっぽい」

「自然発生……?」


 ソフィアが眉をひそめた。


「そんなこと可能なのか?」

「普通はありえないわ」


 ロゼッタは興奮した様子で説明した。


「でも、この魔導バイクは特別。竜の核と融合してるから、独自の進化を遂げてるの!」


 エルナが魔法陣に視線を向けながら静かに言った。


「まるで……生きているように進化しているのですね」

「まさにそう!」


 ロゼッタは目を輝かせた。


「これってスゴイことなの?」


 俺が尋ねると、三人は揃って頷いた。


「常識外れです」


 エルナが答えた。


「通常、魔導具は作られた時点で能力が決まります。自ら進化するなんて……古代魔術の書物でも稀にしか記されていません」

「これはますます研究価値があるわ!」


 ロゼッタは両手を叩いて喜んだ。

 そのとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。

 全員が音の方向へ視線を向ける。


 街の門から一人の男が馬に乗って近づいてきた。

 彼は黒と金の制服を着た伝令のようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ