第1章:新たな仲間たちとの出会い(3)
翌朝、村人たちの見送りを受けて村を出発した。
俺のバイクにはロゼッタが後部シートに乗り、ソフィアは自分で馬を調達してきていた。
白い馬に跨る彼女の姿は、まさに騎士そのものだった。
「行くぞ」
エンジンをかけると、いつもとは違う力強い唸り声を上げた。
バイクのタンク部分の紋様が微かに明滅している。
「魔力の流れがますます安定してきてるわ!」
後ろからロゼッタの声が聞こえる。
彼女は俺の腰に両手を回し、しっかりとつかまっていた。
「道中に魔獣が出る可能性もあるから気をつけて」
ソフィアが馬を並走させながら言った。
「魔獣か……」
昨日のグリーンホーンの姿を思い出す。
この世界では、そういった危険な生き物と遭遇するのは日常なのだろう。
「任せろ。俺たちには相棒がいる」
バイクのタンクを軽く叩くと、エンジン音が一瞬高まった気がした。
「魔導バイクという頼もしい味方ね」
ロゼッタは嬉しそうに言った。
「でも、もっとパワーアップさせる方法があるはず。スチームギアに着いたら、私の工房で研究させて!」
彼女の熱意には驚かされる。
技術への好奇心が溢れているのが伝わってくる。
ソフィアは冷静に付け加えた。
「力を増すことも大切だが、使い方をマスターすることも忘れるな。昨日はたまたま勝てたが、もっと強敵が現れたときのために」
確かにその通りだった。
昨日のバイクの力は偶然引き出されたようなものだ。
意図的に操れるようになる必要がある。
「わかった。じゃあ、戦い方を教えてくれるか?」
突然の申し出に、ソフィアは少し驚いた表情を見せた。
「私に?」
「ああ。お前は戦いのプロだろう。どう戦えばいいか、アドバイスが欲しい」
彼女は少し考えてから、静かに頷いた。
「いいだろう。協力する」
その言葉に、ロゼッタが興奮して声を上げた。
「素敵! 私が技術的サポートをして、ソフィアが戦闘指導。これは最強チームになるわ!」
俺は思わず笑った。
こんな風に仲間と会話するのは久しぶりだ。
日本では一人で過ごすことが多かったけれど、この異世界では早くも二人の仲間ができた。
不思議な気分だった。
道なりに進んでいくと、広大な平原が広がった。
青空の下、緑の草原が風で揺れている。
地球とは少し違う色合いだが、爽快な景色だ。
遠くには山々が連なり、その一部には浮遊する岩のようなものさえ見える。
「あれは何だ?」
空中に浮かぶ岩の塊を指さすと、ロゼッタが説明してくれた。
「浮遊島よ! 大陸の一部が魔力の影響で浮かび上がったの。あそこには珍しい鉱物や植物があるって言われてるわ」
「行ってみたいな」
「そのうち行きましょう! ただし、危険な魔獣も生息してるから、もっと準備が必要だけど」
彼女の言葉に、ワクワクした気持ちが湧いてきた。
この世界にはまだ見ぬ景色や冒険が待っている。
そして、バイクと共にそれらを探検できる。
「おい、前を見ろ」
ソフィアの声で前方に注目すると、道の先に黒い影が見えた。
数人の人影が、何かを取り囲んでいる。
「あれは……」
近づくにつれて状況が見えてきた。
黒と赤の装束を着た男たちが、一人の女性を取り囲んでいる。
その女性は白と水色のローブを身につけ、杖を持っていた。
長い茶色の髪は後ろで一つにまとめられている。
「またレッドファングの盗賊たちだ!」
ロゼッタが叫んだ。
「昨日のやつらか……」
ソフィアはすでに剣を抜き、馬を駆けさせていた。
「行くぞ!」
俺もアクセルを全開にした。
バイクは竜の咆哮のような音を上げ、猛スピードで盗賊たちに向かって突進した。
接近するにつれ、女性の緑色の瞳と優しげな顔立ちが見えた。
彼女は杖を構えて身を守っていたが、明らかに劣勢だった。
「助けに来たぞ!」
俺の叫びに、女性と盗賊たちが一斉にこちらを振り向いた。
「昨日の……!」
盗賊の一人が恐怖の表情を浮かべた。
バイクのタンク部分が再び明滅し始め、車体が熱を帯びてきた。
炎が徐々に車体を包み込んでいく。
俺は盗賊たちめがけて突進した。
彼らは慌てて散り散りに逃げ始めた。
その隙に、ソフィアが女性の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます」
女性の声は優しく穏やかだった。
盗賊たちは、昨日の記憶もあるのか、すぐに逃げ出し始めた。
「追う必要はない。彼女の安全が先だ」
ソフィアの判断に従い、俺はバイクを停止させた。
炎は徐々に収まっていった。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
女性は深々と頭を下げた。
「エルナさん! 大丈夫?」
ロゼッタが駆け寄ると、女性——エルナと呼ばれた人物——は小さく微笑んだ。
「ロゼッタさん……こんなところでお会いするとは」
「知り合いか?」
俺が尋ねると、ロゼッタは頷いた。
「エルナ・ローレンス。彼女は優れた回復魔法が使える僧侶なの。スチームギアでも評判の人よ」
エルナは照れたように微笑んだ。
「そんな……大げさですよ」
彼女は俺の方を振り向いた。
「あなたの……その乗り物は……?」
「これは、相棒の魔導バイクだ」
「興味深いですね」
彼女の緑色の瞳には純粋な好奇心が宿っていた。
「エルナ、スチームギアに向かっていたのか?」
ソフィアが尋ねると、彼女は頷いた。
「はい。修道院からの帰り道です。この近くの村で病人の治療をしていて……」
「なら、一緒に行こう」
ソフィアの提案に、エルナは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。ソフィアさんのような強い方と一緒なら安心です」
「彼女の馬は盗賊に追われて逃げてしまったみたい」
ロゼッタが言った。
「じゃあ……」
俺はバイクを見た。
後部シートには既にロゼッタが乗っている。
「私は少し歩きます。皆さんは先に……」
エルナが遠慮がちに言ったが、ソフィアが馬から降りた。
「私の馬に乗れ。私は……」
彼女は少し躊躇いながら俺の方を見た。
「お前のバイクに乗せてもらえるか?」
突然の申し出に、俺は少し驚いた。
「いいけど……大丈夫か?」
「問題ない」
彼女は簡潔に答えた。
エルナはソフィアの馬に乗り、俺のバイクには、後ろにロゼッタ、その後ろにソフィアが乗った。
三人乗りは初めてだが、バイクが今や普通のものではないことを考えれば、不思議ではなかった。
「みんな、しっかりつかまっていろよ」
エンジンをかけると、いつもより低く、しかし力強い唸り声を上げた。
タンクの紋様が再び輝き始めた。
「バイクが……喜んでる?」
ロゼッタが不思議そうに言った。
「仲間が増えて嬉しいのかもな」
冗談のつもりで言ったが、実際、バイクの反応はいつもと少し違っていた。
四人でスチームギアへと向かう道中、エルナが尋ねた。
「あなたは……異世界から来たのですか?」
「ロゼッタから聞いたのか?」
「はい。珍しいことですね」
「ああ、俺も最初は信じられなかった」
エルナは穏やかに微笑んだ。
「この世界には不思議なことがたくさんあります。でも、それは新たな出会いや発見の機会でもあるんですよ」
彼女の言葉には心が温かくなるような優しさがあった。
ソフィアは黙って景色を見ていたが、時折俺のバイクの動きに注目しているようだった。
彼女の鋭い観察眼は、バイクの異変にも気づいているのだろう。
「あっ! 見えてきた!」
ロゼッタが前方を指さした。
地平線上に、大きな城壁と高い塔が見えてきた。
煙突から立ち上る煙が、そこが工業都市であることを物語っている。
「スチームギアの街だ」
ソフィアが静かに言った。
「着いたら何からする?」
俺の質問にロゼッタが即答した。
「もちろん、私の工房でバイクの調査! 魔導バイクの秘密を解き明かしましょう!」
その言葉に、バイクが小さく震えた。
まるで「よろしく」と言っているかのように。
「よし、じゃあまずはバイクの謎を解き明かそう」
街の城門が近づくにつれ、俺の心は期待で膨らんでいた。
この異世界で待ち受ける冒険、バイクの秘密、そして共に旅をする仲間たち——。
すべてが新しい経験だった。
日本では何者でもなかった俺が、この世界では魔導バイクを操る存在として認識される。
その違いに、少し戸惑いつつも、どこか期待も感じていた。
街の入り口に到着すると、衛兵たちが驚いた表情でこちらを見つめていた。
黒い車体から炎のような紋様を放つバイク、そしてその上に乗る三人の姿は、確かに奇妙な光景だったろう。
「行くぞ、相棒」
バイクのタンクを軽く叩くと、エンジンが小さく唸った。
そして俺たちは、スチームギアの街へと走り込んでいった——。
魔導バイクの謎を解き明かすため、そして、俺たちの旅の本当の始まりとして。
「相棒、これからもよろしく頼むぜ」
心の中でそう呟くと、バイクはまるで応えるかのように、竜の咆哮のような音を鳴らしたのだった。