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第7章:クライマックス前の挫折(2)

 火口に向かう道のりは予想以上に過酷だった。

 地面は揺れ続け、所々から溶岩が吹き出している。

 空気は熱く、硫黄の臭いで息苦しい。

 紫の稲妻が頭上で絶え間なく閃き、その光が赤黒い雲を不気味に照らし出す。


「烈火さん、あそこ!」


 エルナが前方を指さした。

 急な斜面の向こうに、火口らしき場所が見える。

 そこから赤い光が柱のように立ち上っていた。


「もうすぐだ!」


 俺はバイクの速度を上げようとしたが、その時、地面が大きく揺れた。

 亀裂が広がり、バイクの前に深い溝ができる。


「くっ!」


 急ブレーキをかけ、何とか落下は避けたものの、前進できなくなってしまった。


「どうしましょう……」


 エルナの声には焦りが混じっていた。


「飛ぶしかないな」


 俺はタンクの紋様に手を置き、雷の力を呼び起こした。

 黄色い紋様が強く輝き、バイクが軽く浮き上がる。


「しっかりつかまって!」


 彼女の腕が一層強く俺の腰に回され、背中に彼女の体温を感じる。


「行くぞ!」


 アクセルを一気に開けると、バイクは空中に飛び出した。

 一瞬の浮遊感の後、無事に溝の向こう側に着地する。


「やった!」


 エルナの安堵の声が聞こえた。

 再び全速力で駆け上がると、ついに火口の縁に到達した。

 そこから見える光景に、俺たちは言葉を失った。


 火口内部は巨大な祭壇と化していた。

 古代の石造りの台座が円形に並び、その中央には黒いローブを着た男——おそらく教団長のザルクスが両手を天に掲げて立っている。

 彼の周りには赤い魔法陣が展開され、そこから天に向かって赤い光の柱が立ち上っていた。


 さらに驚くべきことに、火口内部からは何かが浮かび上がりつつあった。

 赤黒い鱗に覆われた巨大な頭部……それはまさに竜の姿だった。


「バルドラス……」


 エルナの声が震えた。


「目覚めかけている……」

「やはり間に合わなかったか」


 俺は歯噛みした。

 それでも、まだ完全に覚醒してはいない。

 今なら止められるかもしれない。


「エルナ、ここで待っていてくれ」

「え?  でも……」

「俺一人の方が動きやすい」


 彼女は渋々と頷いた。


「でも、無理はしないでください。危険を感じたらすぐに戻ってきてください」


 彼女の緑の瞳に浮かぶ心配の色が、不思議と心強く感じられた。


「ああ、約束する」


 バイクから降り、火口の縁に沿って教団長に近づく。

 接近するにつれ、彼の姿がはっきりと見えてきた。


 痩せた老人の姿だが、その目は異様に赤く光り、皮膚の一部は竜の鱗のように変質していた。

 彼は両手を掲げたまま、何やら古代語らしき呪文を唱え続けている。


「ザルクス・ドラゴニア!」


 俺は彼に向かって叫んだ。


「儀式を止めろ!」


 老人は一瞬動きを止め、ゆっくりと俺の方を振り向いた。

 その赤い目に人間らしい感情は見られない。


「来たか……竜の核の持ち主よ」


 彼の声は低く、まるで複数の声が重なったように反響していた。


「お前を待っていた」


 その言葉に警戒感が走る。


「俺を……待っていた?」

「そうだ」


 彼はにやりと笑った。

 その笑みには狂気が混じっていた。


「儀式に必要なのは生贄と……竜の核だ。お前のバイクに宿る核こそ、最後のピースなのだよ」


 彼の言葉に戦慄が走った。俺たちは罠にはまったのか?

 ザルクスの体から黒い靄が立ち上り、それが彼の姿を包み込んでいく。


「私の命と引き換えに、バルドラスはすでに目覚めつつある。あとはお前を倒し、核を奪えば完全復活だ!」


 彼の体が変形し始めた。

 肩から翼のようなものが生え、腕は鋭い爪へと変わる。

 全身が赤黒い鱗で覆われ、かつての人間の姿はほとんど残っていなかった。


「くっ……」


 俺は後ずさった。

 これはただの人間ではない。

 すでに半分、竜になりかけている。


「竜の核……よこせ……」


 変貌したザルクスが俺に向かって飛びかかってきた。

 その速さは尋常ではなく、かろうじて身をかわすことができた。


「ドラグブレイザー !」


 俺は叫びながら、愛車を呼んだ。

 すると信じられないことに、バイクが自らエンジンをかけ、俺の元へ走ってきたのだ。

 エルナは驚いた表情で、バイクの後部シートに乗っていた。


「烈火さん!」


 彼女の声には焦りと恐怖が混じっていた。

 バイクが俺の横に滑り込み、俺はすぐさま跨った。


「ありがとう、相棒」


 タンクに手を当てると、温かい振動が返ってきた。


「来い、ザルクス!」


 俺はエンジンを吹かし、彼に向かって突進した。

 同時にタンクの紋様が赤く輝き、炎の力を放出する。

 赤い炎がザルクスを直撃したが、彼は苦もなく払いのけた。


「その程度の力で私に立ち向かうつもりか?」


 彼の嘲笑に、歯噛みする。


「烈火さん!  彼の力は強大です!」


 エルナの警告が耳に入る。


「パワードスーツ形態を!」

「わかった……」


 俺はバイクのタンクに両手を置き、力を解放しようとした。

 炎、氷、雷の三つの力が交わり、俺とバイクの間に強い共鳴が生まれる。

 バイクが光に包まれた。

 車体が分解され、俺の体に装甲として再構成されていく。

 タンクの紋様が胸部に移り、全身が黒い装甲に覆われていく。

 パワードスーツ形態の完成だ。


「それが竜の核の力か」


 ザルクスは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。


「だが、所詮は断片の力。真の竜には敵わぬ!」


 彼は大きく羽ばたき、空高く舞い上がった。

 そして俺めがけて急降下してくる。


 俺は装甲から生み出された赤い刃で彼の攻撃を受け止めた。

 衝撃で地面が割れるほどの力がぶつかり合う。


「烈火さん!」


 エルナが結界を展開し、衝撃波から身を守っていた。


「大丈夫か!?」

「はい!  でも……」


 彼女の言葉が途切れた。

 火口の中からうめくような音が響き、赤い光がさらに強まっていく。

 バルドラスの復活が進んでいるのだ。


「やはり核が反応している……」


 ザルクスが満足げに言った。


「お前が近づくほど、復活は加速するのだ!」

「まさか……」


 彼の言葉に愕然とした。

 俺のバイク、俺自身がバルドラスの復活を助けているというのか?


「そんな……」


 エルナの悲痛な声が聞こえる。


「つまり……私たちは罠にはまったということですか」


 ザルクスは狂ったように笑い始めた。


「そうだ!  我々は若者たちを生贄と見せかけ、お前たちを誘き寄せた。竜の核こそが真の生贄だったのだ!」

「くそっ……」


 俺は苦悩に顔をゆがめた。仲間たちを危険な目に遭わせたのは、俺自身だったのか。


「しかし、まだ間に合う」


 ザルクスの声が急に冷静になった。


「お前が自ら核を差し出せば、私はそれを使ってバルドラスを制御できる。世界を滅ぼすことなく、その力を我がものにできるのだ」

「嘘をつけ!」


 俺は怒りを爆発させた。

 装甲から青い光線が放たれ、ザルクスの翼を凍りつかせる。


「お前に竜の力は扱えない!」

「なぜだ?」


 彼は翼の氷を払いながら問いかけた。


「なぜお前には扱え、私には扱えぬと?」

「それは……」


 言葉に詰まる。

 確かに理屈では説明できない。

 ただ、感覚的に、このパワードスーツ形態は俺とバイクの絆によって生まれたものだと確信していた。


「烈火さん!」


 エルナの声が緊迫していた。


「バルドラスの復活が加速しています!  もう……」


 彼女の言葉が終わらないうちに、火口から轟音が響き、赤い光柱が爆発的に膨れ上がった。

 硫黄の匂いと熱風が一気に強まる。


「遅すぎた!」


 ザルクスが歓喜の声を上げた。


「我が主、偉大なるバルドラスが目覚める!」


 火口から巨大な頭部が現れ、続いて長い首、そして翼を持つ巨体が姿を現した。

 それは全長50メートルはあろうかという巨竜だった。

 赤黒い鱗に覆われた体からは熱波が放たれ、眼は燃える炎のように赤く輝いていた。


「バルドラス……!」


 恐怖と畏怖が入り混じった感情が込み上げてくる。

 これが伝説の最強の竜、バルドラスか。


「我が主よ!」


 ザルクスが竜に向かって両手を広げた。


「私はあなたの忠実なしもべ。あなたを復活させた者です。この世界をあなたに捧げます!」


 だが、バルドラスはザルクスに視線を向けただけで、何の反応も示さなかった。

 代わりに、その赤い瞳が俺に向けられた。


「やはり……核を感知したか」


 ザルクスの声がわずかに震えた。


「しかし、心配するな!  今すぐに奪い取って!」


 彼が俺に襲いかかろうとした瞬間、バルドラスが大きく息を吸い込み、赤い炎をザルクスに向かって吐き出した。


「な……何をする!?  私はあなたの……!」


 ザルクスの悲鳴は炎の中に消え、彼の姿はあっという間に灰となった。


「教団長を……」


 エルナの声が震える。


「なぜ……」


 バルドラスはゆっくりと俺に向き直った。

 その赤い瞳に映る俺の姿。

 装甲の胸部で輝く紋様は、バルドラスの目の色と同じ赤さだった。


「お前は……俺の……」


 言葉にならない思いが脳裏をよぎる。

 この感覚は……まるで竜が俺に語りかけているかのようだった。


 その時、バルドラスが再び大きく息を吸い込んだ。

 今度の標的は間違いなく俺だ。


「烈火さん、危険です!」


 エルナの叫び声が聞こえる中、俺は反射的に両腕を交差させ、防御態勢を取った。

 装甲の紋様が青く輝き、氷の力が前面に出てくる。


 轟音と共に、バルドラスの口から巨大な炎が放たれた。

 燃え盛る業火が俺めがけて押し寄せる。

 熱波だけで周囲の岩が溶け始めるほどの凄まじい炎だ。


「うおおおっ!」


 俺は渾身の力で防御の壁を作り出した。

 青い光が広がり、炎と氷がぶつかり合う。

 蒸気が激しく立ち上る中、俺の足は少しずつ後退していく。

 力の差は歴然としていた。


「持ちこたえて!」


 エルナの声が聞こえる。

 彼女も魔法の杖を掲げ、緑色の結界を展開して俺をサポートしていた。

 だが、彼女の結界さえバルドラスの炎の前では徐々に焼き尽くされていく。


「くそっ……このままじゃ……!」


 全身に激痛が走る。

 装甲から警告音のような振動が伝わってくる。

 これ以上は持ちこたえられない。


「烈火さん!」


 エルナの悲痛な叫びが聞こえた瞬間、炎がついに防御を突破した。

 爆発的な衝撃と共に、俺の体が吹き飛ばされる。

 装甲が砕け散り、元のバイクの形に戻ろうとするが、その過程さえ完全ではなかった。

 バイクの部品が散乱し、タンクの紋様は暗く沈んでいる。


「ぐっ……!」


 岩肌に叩きつけられ、口から血が滲んだ。

 意識が遠のきそうになる中、かろうじて目を開いていると、エルナが必死の形相で俺に駆け寄ってくるのが見えた。


「烈火さん!  しっかりして!」


 彼女の手が俺の体に触れる。

 温かい緑の光が広がり、痛みが少しずつ和らいでいく。


「エ、ルナ……逃げろ……」


 かすれた声で言うのが精一杯だった。


「駄目です!  一人では行きません!」


 彼女の緑の瞳には涙が光っていた。

 しかし、その奥には揺るぎない決意も見える。


「でも……バルドラスが……」


 言葉が途切れる中、巨竜が再び動き出した。

 大きな翼を広げ、空高く舞い上がる。

 そして、火山全体を見下ろすような位置に留まると、大きく息を吸い込み始めた。

 今度の攻撃は俺たちだけでなく、火山全体、いや、もっと広範囲を狙っているようだ。


「あれは……!」


 エルナの表情が恐怖で歪んだ。


「ヘルファイアブレス……伝説の中で大地を焼き尽くしたという必殺の息吹……」


 このままでは、山麓で待つ仲間たちも、救出したばかりの若者たちも、皆が灰になってしまう。


「何とか……止めないと……」


 俺はよろめきながら立ち上がった。

 バイクの散らばった部品を見渡す。

 タンクは無事だが、エンジンは大きく損傷し、車輪も歪んでいる。

 この状態では走ることすらできない。


「烈火さん、これを!」


 エルナが小さな袋を差し出した。

 青い粉末だ。


「魔力増強の薬……危機的状況にだけ使うと言ったもの」


 彼女の表情には迷いがあった。


「ただし……副作用が……」

「構わない」


 俺は迷わず袋を受け取り、中身を口に含んだ。

 苦い粉末が喉を通り抜けると、一瞬にして全身に電流が走ったような衝撃を感じた。

 内側から燃え上がるような熱と、冷たい刃が突き刺さるような痛み。

 相反する感覚が同時に体を襲う。


「うっ……!」


 膝をつきそうになるが、それでも立ち続ける。

 魔力の流れが加速し、体中の細胞が活性化されていくのを感じる。

 同時に、散らばっていたバイクの部品が震え始めた。


「もう一度……!」


 俺はタンクに手を伸ばした。

 赤、青、黄色の紋様が再び輝き始める。

 まるで俺の決意に応えるかのように、タンクが温かさを取り戻していく。


「相棒、最後の力を貸してくれ!」


 散らばった部品が一斉に空中に浮かび上がり、俺の周りに集まってきた。

 損傷していたはずの部品が、目に見えて修復されていく。

 バイクは形を変え、再び装甲として俺の体に装着されていった。


 パワードスーツ形態。

 だが、今回は前回とは違う。

 全身を覆う装甲は以前より重厚になり、胸部の紋様は三色が完全に融合して紫がかった白い光を放っていた。


「ヘル・ライダー・キャノン……」


 脳裏に閃いた言葉を、俺は思わず口にした。


「烈火さん?」


 エルナの困惑した声が聞こえるが、もう応える余裕はなかった。

 装甲が変形し、俺の右腕からは巨大な砲身が展開された。

 胸部の紋様から魔力が集中し、砲身の内部で渦を巻き始める。

 炎、氷、雷の力が融合した、究極の一撃。


 だが、力は足りない。

 一人の魔力では、バルドラスの炎に対抗できるほどの攻撃は作れない。


「私も!」


 エルナが俺の背後に立ち、肩に手を置いた。

 彼女の緑色の魔力が俺の体内に流れ込み、装甲の輝きをさらに強める。


「だけど……これでも……」


 二人の力を合わせても、まだバルドラスには遠く及ばない。

 絶望的な状況の中、突然、空に赤い閃光が走った。

 続いて青い閃光。信号弾だ。


「みんなが……!」


 エルナの声に希望が戻る。

 山の斜面を見ると、三つの人影が猛スピードで駆け上がってくるのが見えた。


「やっほー!」


 リアナの元気な声が風に乗って届く。

 彼女は驚くべき俊敏さで岩場を駆け上がり、弓を構えていた。


「遅れてごめんっ!」


 ロゼッタの声も聞こえた。

 彼女は手作りのように見える奇妙な装置を背負い、息を切らせていた。


「無茶をしおって」


 冷静な声はソフィアのものだった。

 彼女は相変わらず優雅に、しかし素早く移動し、すでに剣を抜いて構えていた。


「みんな!」


 エルナの声に喜びが満ちる。

 三人は素早く俺たちの元に集まった。

 それぞれが驚いた表情で、俺の新たな姿を見つめている。


「すごい……これが進化したパワードスーツ形態?」


 リアナの目が好奇心で輝いていた。


「魔力値が計測不能です!」


 ロゼッタが持っていた測定器が警告音を鳴らし続けている。

 ソフィアが厳しい表情で空を指さした。


「あれを止めねば」


 バルドラスの口元には巨大な炎の球が形成されつつあった。

 あと数秒で放たれるだろう。


「みんな、力を貸してくれ!」


 俺の叫びに、四人は即座に応えた。


「任せて!」


 リアナは特殊な矢を番え、バルドラスめがけて放った。

 矢は竜の翼に命中し、光の鎖のようなものを形成して動きを一瞬止めた。


「これでも食らいなさい!」


 ロゼッタは背負っていた装置を起動させた。

 装置からは青白い光線が放たれ、バルドラスの口元を直撃。炎の球の形成を遅らせる。


「隙を作る!」


 ソフィアは信じられないほどの跳躍力で空高く飛び上がり、剣で竜の首筋を切りつけた。

 傷は浅かったが、バルドラスの注意を引くには十分だった。


「今です!」


 エルナは両手を広げ、俺を中心に五人を繋ぐ魔法陣を展開した。


「全員の魔力を一つに!」


 五人の力が一つに繋がる感覚。

 それは言葉では表現できないほど深く、強いものだった。

 炎のような情熱、氷のような冷静さ、雷のような鋭さ、癒しの優しさ、そして自由を求める野性的な力。

 全てが俺の中に流れ込み、右腕の砲身に集中していく。


「ヘル・ライダー・キャノン!」


 叫びと共に、砲身から紫がかった白い光線が放たれた。

 それは宇宙の彼方から落ちてきた流星のように美しく、そして恐ろしいほどの破壊力を秘めていた。

 光線はバルドラスの胸部を直撃した。

 竜が痛みに悶え、形成しかけていた炎の球が消失する。


「効いている!」


 リアナが叫んだ。


「でも、まだ駄目!」


 ロゼッタの警告通り、バルドラスはすぐに体勢を立て直し始めた。

 胸部には大きな傷が開いていたが、既に再生が始まっていた。


「くっ……」


 力を出し切ったにもかかわらず、まだ倒しきれていない。


「みんな、もう一度!」


 エルナが叫んだ。


「最後の力を!」


 五人の魔力が再び一つになろうとした瞬間、俺の体に激痛が走った。

 魔力増強薬の副作用だ。

 筋肉が裂けるような痛み、骨が砕けるような痛み。

 意識が遠のいていく。


「烈火さん!」


 エルナの悲鳴が聞こえる。


「……だめだ」


 ソフィアの冷静な声。


「彼の体が限界を超えている。これ以上は……」

「でも、このままじゃ……」


 リアナの声には絶望が混じっていた。


「魔力波動が乱れてるっ!  パワードスーツが崩壊する!」


 ロゼッタの警告通り、装甲が徐々に剥がれ始めていた。

 魔力の供給が途絶え、形を維持できなくなっているのだ。


 そして、空では再びバルドラスが炎の球を形成し始めていた。

 今度こそ、止められる手段はない。


「……終わりか」


 かすかな意識の中で、俺は諦めの言葉を呟いた。

 その時だった。


「まだだ!」


 俺の胸部から、今までにない声が響いた。

 低く、力強く、まるで古代の存在が語りかけるような声。


「まだ終わりではない」


 タンクの紋様から、紫がかった白い光が噴き出した。

 その光は俺を包み込み、痛みを和らげていく。


「竜の核……」


 エルナが息を呑んだ。


「意識を持っている……?」


 光は形を変え、俺の背後に巨大な竜の幻影を作り出した。

 それは半透明ながらも、確かな存在感を放っていた。


「我が力の一部よ」


 声は紋様から発せられていた。


「汝と共にあれば、我が兄弟すら止められよう」

「兄弟……?」


 ロゼッタが困惑の声を上げた。


「バルドラスが……竜の核の兄弟?」

「語るべき時は後だ」


 声は続いた。


「今は力を合わせよ。一度だけ、真の力を解放しよう」


 俺の体から痛みが消え、代わりに信じられないほどの力が湧いてきた。

 装甲が再構成され、より強固なものになっていく。

 背中からは光の翼が生え、俺の体は空中に浮かび上がった。


「これは……」


 ソフィアの青灰色の瞳が驚きで見開かれていた。


「伝説の竜騎士の姿……」


 空中に浮かぶ俺の姿を、四人は畏敬の念を持って見上げていた。


「みんな、もう一度力を貸してくれ!」


 俺の声に、全員が我に返ったように頷いた。


「もちろん!」


 リアナが弓を高々と掲げる。


「任せてっ!」


 ロゼッタが装置のダイヤルを最大に回す。


「行くぞ」


 ソフィアが剣を構える。


「最後の力を……」


 エルナが両手を広げ、再び魔法陣を展開する。

 五人の魔力が交わり、そこに竜の核の力が加わる。

 それは前回の比ではない、圧倒的なエネルギーの奔流だった。


 右腕の砲身が変形し、より大きく、より複雑な構造になる。

 まるで古代の竜神の顎のような形状だ。


「原初の炎よ、我が下に集え!」


 俺の口から、自分のものとは思えない言葉が紡がれる。

 それは古代語だったかもしれないが、不思議と意味が理解できた。


 砲身の内部に、三つの色が交錯する光の球が形成される。

 赤、青、黄色。そして、それらが融合し、純白の光となる。


「絶望の灰すら残さぬ」


 声が低く響く。


「ヘル・ライダー・キャノン—ファイナルブレイク!」


 叫びと共に、砲身から眩い光線が放たれた。

 それはまさに神々の技とも言うべき一撃。

 美しさと恐ろしさを併せ持つ、極限の破壊の力だった。


 光線はバルドラスを貫いた。

 竜の胸部に開いた穴は、今度は再生する間もなく拡大していく。


「グオオオオオ!」


 バルドラスの断末魔の叫びが空に響き渡る。

 その巨体が光に包まれ、徐々に崩れていく。


「やった……」


 リアナのかすかな声。


「倒した……」


 ソフィアの静かな確認。


「信じられないっ……」


 ロゼッタの驚きの言葉。


「烈火さん……」


 エルナの呼びかけ。


 だが、俺にはもう応える力が残っていなかった。

 体から力が抜け、装甲が光となって散り、バイクの姿に戻っていく。

 意識が遠のく中、最後に見たのは、光に包まれて消えていくバルドラスの姿と、駆け寄ってくる仲間たちの心配そうな表情だった。


「みんな……ありがとう……」


 そう呟いたところで、完全に意識が闇に沈んでいった。


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