第6章:パワードスーツ形態への覚醒(1)
「よーし! 完成っ!」
ロゼッタが勝ち誇ったように声を上げると、サイドカーから雷光のような閃きが走った。
彼女の栗色の短髪は一晩中の作業で少し乱れていたが、黄緑がかった瞳は興奮で輝いていた。
いつもの工具ベルトを腰に巻き、首からはゴーグルをぶら下げている姿は、まさに魔導技師そのものだ。
「すごい! ピカピカ光ってる!」
リアナが感嘆の声を上げ、サイドカーの周りを跳ねるように回った。
水色の髪をポニーテールにまとめ、アクアマリンのような薄い青緑色の瞳が好奇心でキラキラと輝いている。
彼女は森の色合いを基調とした軽装で身を固め、背には大きな弓と矢筒を背負っていた。
右腕の小さな部族紋様のタトゥーが朝日に照らされ、彼女の野性的な魅力を引き立てている。
「魔力の流れも安定してます」
エルナが微笑みながら確認した。
白と水色のローブを身にまとい、長い茶色の髪を後ろで一つにまとめた彼女の緑色の瞳には、昨晩の徹夜研究の疲れが見えたが、それでも癒しの光を宿していた。
彼女の存在自体が、この緊張感ある朝に安らぎをもたらしてくれる。
「問題なさそうだな」
ソフィアが冷静な視線でサイドカーを観察した。
白銀の長髪を後ろで束ね、軽装の鎧を身につけた彼女は、早朝から剣の手入れを済ませていたようだ。
その青灰色の瞳は鋭く、常に先を見据えているかのようだった。
「よし、試してみるか」
俺はバイクに近づき、タンクに手を置いた。
赤と青の紋様が刻まれたタンクはわずかに温かく、まるで生きているような鼓動を感じる。
そこに新たな黄色の線が加わり、まるで稲妻のような模様を描いている。
「烈火さん、気をつけてね」
エルナが心配そうに言った。
「雷の力はまだ完全に安定していないかも」
「大丈夫っ! 計算上は95%の安全率!」
ロゼッタが胸を張った。
「前回の氷実装の時より高いので!」
「その5%が心配なんだけどね……」
リアナがクスクス笑った。
「ま、何事も経験よね! 烈火、やってみなよ!」
全員の視線が俺に集まる中、俺はエンジンキーを回した。
いつものエンジン始動音とは明らかに違う、低く唸るような音が工房内に響き渡った。
それは竜の目覚めの声のようでもあり、雷鳴のようでもあった。
バイクの車体が震え、タンクの紋様が鮮やかに輝き始める。
赤、青、そして新たに加わった黄色の光が交錯し、まるで踊るように明滅していた。
「反応良好っ!」
ロゼッタが測定器で数値を確認しながら喜びの声を上げた。
「雷の魔石との共鳴率99.3%! 予想を上回る同調率っ!」
「本当に乗れるのが? 」
ソフィアが少し懐疑的な表情で尋ねた。
「もちろん! 烈火さん、アクセルを!」
ロゼッタの促しに、俺はゆっくりとアクセルを回した。
バイクのエンジン音が変化し、排気口から青白い光と共に小さな電気の閃きが走る。
それは美しくもあり、少し不気味でもあった。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
これまでの炎と氷の力に加え、雷の力までもがバイクに宿ったのだ。
単なる機械だったバイクが、この異世界でどんどん進化していく。
「試運転しましょうよ!」
リアナが弾むように言った。
「私、サイドカーに乗りたい!」
「ダメっ! 初回の運転は調整が必要だから、私が乗らなきゃ!」
ロゼッタが即座に反論した。
「えー! いつも同じこと言ってるじゃない!」
リアナが頬を膨らませた。
「安全のためには仕方ないでしょ!」
「二人とも、落ち着いて」
エルナが静かに仲裁に入った。
「まずは安全を確認することが大事です」
「それに、今日は火山に向かう予定だぞ」
ソフィアが厳しい表情で言葉を添えた。
「くだらない争いをしている時間はない」
その一言で、二人は黙った。
確かに今日は重要な日だ。
ドラゴン崇拝教団の計画を阻止するため、竜の火山を目指す。
余計な争いをしている場合ではない。
「わかったわ……」
リアナは諦めの表情を見せつつも、すぐに明るさを取り戻した。
「でも、帰りは絶対私に乗らせてね!」
「約束するよ」
俺は思わず微笑んだ。
彼女の無邪気さは、この緊張感の中でも心を和ませる。
「とりあえず、街の外で試運転しよう」
俺の提案に、全員が頷いた。
◇
スチームギアの東門を出ると、朝日に照らされた広大な草原が広がっていた。
風は冷たく、空気は澄んでいて、遠くには紫がかった山脈が望める。
「行くぞ!」
俺がアクセルを開くと、バイクは獣のような唸り声を上げて発進した。
タンクの紋様が鮮やかに輝き、排気口からは時折電光が走る。
後部シートにはエルナ、サイドカーにはロゼッタが乗っている。
ソフィアとリアナは馬で後を追っていた。
「烈火さん、調子はどうですか?」
エルナが俺の背中から聞いてきた。
彼女の手が俺の腰に回され、温かさと安心感を与えてくれる。
「なんていうか……磁力のような奇妙な感覚がある」
俺の言葉に、サイドカーからロゼッタが身を乗り出した。
「それは雷の魔石の特性ね! 周囲の金属や魔力に感応しているんだよ!」
彼女の説明に頷きながら、俺は速度を上げていった。
草原の中を駆け抜けると、バイクの速さは以前にも増して増していく。
まるで風を切り裂くかのような感覚だ。
「うわぁ! 速い速い!」
リアナが馬を全力で走らせながら叫んだ。
彼女の水色の髪が風になびき、弓が背中で揺れていた。
「これなら教団のやつらも驚くわよ!」
「調子に乗るな」
ソフィアが冷静に注意を促した。
「まだ火山には着いていない。無駄に魔力を消費するな」
「わかってるって!」
俺はやや速度を落とし、バイクの新しい能力をじっくりと感じ取ることにした。
炎の猛々しさ、氷の冷静さ、そして雷の鋭さ。
それらが一つになると、どんな力を生み出すのだろう。
「おや? あれは……」
突然、エルナの声が緊張に満ちた。
彼女の指先が前方を指す。
遠くの空に、黒い影が見えた。
最初は鳥かと思ったが、よく見れば巨大な翼を持つ生物だ。
その体は青黒く、全長は軽く10メートルはあるだろう。
「ウィンドドレイク!」
リアナが弓を構えながら叫んだ。
「風の竜だわ! しかも大型!」
「ここで見かけるのは珍しいな」
ソフィアが剣を抜きながら言った。
彼女の白銀の髪が風になびき、青灰色の瞳が鋭く標的を捉えていた。
「リアナ、あれは普通のウィンドドレイクか?」
「いや……」
リアナの表情が曇った。
「通常より大きいし、体の色も違う。それに……」
彼女の言葉が終わらないうちに、ドレイクが轟音と共に急降下してきた。
その口からは緑がかった風の刃が放たれ、地面を切り裂いていく。
「危ない!」
俺は急ハンドルを切り、風刃をかわした。
エルナが小さく悲鳴を上げ、ロゼッタのメモが宙に舞う。
「魔力を帯びている!」
ソフィアが叫んだ。
「どうやら通常の獣ではないようだ」
「教団の使い魔かも!」
リアナが矢を番え、ドレイクに向かって放った。
矢は正確にドレイクの翼を捉えたが、わずかに傷をつけただけで、肝心の飛行能力に影響はなかった。
「硬い……」
リアナの顔に焦りの色が浮かぶ。
「烈火、新しい力を試すチャンスよ!」
彼女の言葉に、ロゼッタも興奮した様子で頷いた。
「 雷の力は空中の敵に効果的なはず!」
「エルナ、大丈夫か?」
俺は後ろの彼女に問いかけた。
「はい……少し驚きましたが」
彼女の声は落ち着いていた。
「みなさん、私が結界を展開します。攻撃に集中してください」
彼女の手が広がり、淡い緑色の光の膜が俺たちを包み込んだ。
彼女の魔法の温かさと安心感を背中で感じる。
「行くぞ!」
俺はバイクを大きく旋回させ、ドレイクに正面から向き合った。
タンクの中央部分に片手を置き、雷の魔力を呼び起こす。
「雷よ、俺の呼びかけに応えろ!」
まるで祈りのような言葉が自然と口から漏れた。
すると、バイクのエンジン音が高くなり、タンクの黄色い紋様が強く輝き始めた。
排気口から青白い電光が放たれ、空中に向かって伸びていく。
「すごい反応っ!」
ロゼッタが歓声を上げた。
電光はドレイクの体に直撃し、獣は苦痛の叫びを上げた。
しかし、ダメージは予想よりも小さく、すぐに体勢を立て直して再び急降下してくる。
「効いてはいるが、倒しきれない!」
ソフィアの判断は的確だった。
「烈火、炎を混ぜてみて!」
リアナの叫びに、俺は眉をひそめた。
「混ぜる?」
「そう! 炎と雷を同時に!」
その発想は考えてもみなかった。
だが、やってみる価値はある。
「烈火さん、気をつけて」
エルナの懸念の声が背中から聞こえたが、既に俺の決意は固まっていた。
俺はタンクの左側と中央に両手を置き、炎と雷の力を同時に呼び覚ます。
バイクが震え、エンジン音が異様に高くなった。
タンクの紋様が赤と黄色に激しく明滅し、排気口からは燃え上がる電光が放たれた。
「な、なんだこれ……」
まるで燃える稲妻のような光景に、思わず言葉を失った。
赤と黄色が混ざった光の矢がドレイクに直撃し、今度は明らかな効果が現れた。
ドレイクの翼の一部が焦げ、獣は空中でよろめいた。
「効いてる!」
リアナが興奮して声を上げた。
彼女は次々と矢を放ち、ドレイクの動きを妨げていく。
「ソフィア、今だ!」
ソフィアは馬から跳躍し、信じられないほどの高さまで飛び上がった。
彼女の白銀の髪が風になびき、剣が太陽の光を反射して輝いている。
「はぁっ!」
彼女の剣がドレイクの翼を切り裂き、獣は大きく傾いた。
しかし、それでも完全には倒れない。
「もう一度!」
俺はバイクの力を最大限に引き出し、今度は三つの力を同時に呼び覚ました。
炎、氷、雷――それぞれの紋様が激しく輝き、エンジンは竜の咆哮のような音を立てる。
「烈火さん! 魔力が不安定です!」
エルナの警告が聞こえたが、既に後戻りはできない。
バイクから放たれたのは、赤、青、黄色が混じり合った奇妙な光だった。
それはまるで虹色の炎のようであり、凍りついた稲妻のようでもあった。
ドレイクに直撃した光は、獣を包み込み、一瞬で凍結させ、次の瞬間には焼き尽くした。
苦痛の叫び声と共に、ドレイクは地面に墜落した。
「やった!」
リアナが喜びの声を上げた。
だが、その直後だった。バイクがコントロールを失ったように暴れ始めたのは。
「なっ……!」
ハンドルが握れなくなるほどの振動が走り、車体全体が異常に熱くなる。
タンクの紋様が制御不能のように点滅し、エンジン音が金切り声のように高くなった。
「烈火さん!」
エルナの悲鳴が耳に飛び込んでくる。
「魔力が暴走してる!」
ロゼッタが計器を確認しながら叫んだ。
「魔力バランスが崩れてる! このままじゃ――」
彼女の警告の通り、バイクは制御不能になっていた。
俺はハンドルを必死に握りしめるが、まるで生き物のように暴れ回る車体を抑えることができない。
「みんな、飛び降りろ!」
俺は叫んだ。
これ以上仲間を危険にさらすわけにはいかない。
「だめです! 私が――」
エルナの反対の声を聞いたとき、俺の視界が突然、白い光で満たされた。
「ぐっ……!」
全身に激しい痛みが走る。
それは焼けるような、凍えるような、そして電流のような複合的な感覚だった。
バイクのタンクから奇妙な魔力の波動が溢れ出し、俺の体に流れ込んでくる。
「烈火さん!」
誰かの声が聞こえる。
けれど、もはや誰の声かも判別できない。
意識が遠のいていく……。
だが、その時だった。
「ドラグブレイザー……核の適合者……共鳴……完了……」
頭の中に、今まで聞いたこともない声が響いた。
低く、力強く、まるで古代の竜が語りかけるような声。
「力を授ける……危機を救うために……」
その言葉と共に、俺の体に何かが流れ込んでくる。
熱い、冷たい、そして痺れるような感覚。
それは苦痛であると同時に、力強さをもたらすものだった。
「何が……おきてる……」
かすかな意識の中で、俺は感じ取った。
バイクが変化しているのだ。
いや、正確には、バイクと俺自身が変化している。
バイクの車体が分解され、再構成されていくような感覚。
金属の部品が俺の体に密着し、まるでアーマーのように全身を覆っていく。
タンクの紋様が俺の胸部に移り、赤、青、黄色の光が脈打っている。
「これは……?」
意識が戻りつつある中、俺は自分の姿を確認した。
全身が黒い装甲に覆われ、胸部と腕、脚には赤、青、黄色の紋様が浮かび上がっている。
それはまるで竜の鱗のようでもあり、機械の装甲のようでもあった。
頭部にはヘルメットのようなものが形成され、視界が驚くほど鮮明になる。
「烈火……?」
ソフィアの困惑した声が聞こえた。
彼女は剣を半ば抜いた状態で、俺の変化を見つめていた。
「大丈夫だ……」
俺は答えたが、自分の声さえも少し変わっていた。
より低く、力強く響く。
「これが……魔導バイクの真の姿なのかもしれない」
「すごい……」
リアナが目を丸くして見つめていた。
「まるで古代の戦士みたい!」
「魔力値が信じられないっ!」
ロゼッタは測定器を手に、興奮した様子で言った。
「三つの属性が完全に融合して、全く新しい魔力を形成してるっ!」
「烈火さん……無事で良かったです」
エルナの目には安堵の色が浮かんでいた。
先ほどまでの恐怖が、彼女の表情からもはっきりと読み取れる。
俺は新しい体を試すように、腕を動かしてみた。
信じられないほどの力強さと軽さを感じる。
まるで重力さえも軽減されたかのようだ。
「この姿なら……」
言葉が終わらないうちに、俺の背後から唸り声が聞こえた。
墜落したはずのドレイクが再び体を起こしていた。
その姿はさらに変貌しており、体から黒い霧のようなものが立ち上っていた。
「まだ生きているのか!」
ソフィアが剣を構え直した。
「いいえ、あれはもう生きているとは言えません」
エルナが震える声で言った。
「暗黒の魔力に操られた死体……ネクロドレイクです」
「やっぱり教団の仕業ね!」
リアナが弓を構えた。
「ネクロマンサーがいるのは間違いないわ!」
再び空に舞い上がったドレイクは、以前よりも素早く、より凶暴になっていた。
その口からは黒い炎のようなものが吐き出され、地面を焼き尽くしていく。
「みんな、下がれ」
俺は静かに言った。
この新たな力を試す時が来たようだ。
「私たちも戦うわ!」
リアナが声を上げたが、ソフィアが彼女の腕を掴んでいた。
「待て。彼の力を見極めよう」
ソフィアの冷静な判断に、全員が少し距離を取った。
俺はネクロドレイクと正面から向き合った。
この装甲から感じる力は本物だ。
そして、どこかで感じる――これはバイクの意思でもあるという確信。
「行くぞ、相棒」
小さく呟いた言葉に呼応するように、胸部の紋様が強く輝いた。
ネクロドレイクが黒い炎を吐き出した瞬間、俺の体が反射的に動いた。
信じられないほどの速さで横に跳び、攻撃をかわす。
その動きは人間のものとは思えない。
「すごい……」
リアナが息を飲んだ。
続けて、俺は地面を蹴り、驚異的な跳躍力で空高く飛び上がった。
ネクロドレイクと同じ高さまで達し、獣の背中に着地する。
「化け物が……」
俺の腕が武器に変形していた。
赤く輝く刃のようなものが、右腕から伸びている。
それは炎の剣のようでもあり、エンジンの部品が変化したもののようでもあった。
躊躇なく、その刃をドレイクの背中に突き立てる。
獣が痛みに悶え、空中で暴れ回るが、俺の足は磁力でくっついているかのように離れない。
「仕留める!」
左腕からは青い光線が放たれ、ドレイクの翼を凍りつかせる。
そして最後に、胸部から黄色い電光が放射された。
三つの力が一体となり、ネクロドレイクを貫く。
「ぐおおおぉぉぉ!」
獣の断末魔の叫びが空に響き渡り、そして黒い体が炎と氷と雷に包まれながら地上へと落下していく。
俺は空中から落下する獣から飛び降り、地面に着地した。
全く衝撃を感じない。
まるで羽のように軽く、しかし岩のように安定した着地だった。
黒い煙をあげて完全に息絶えたネクロドレイクを前に、俺は自分の手を見つめた。
信じられないような力だ。
こんな力を持ってしまって良いのだろうか。
「烈火……」
ソフィアが慎重に近づいてきた。
彼女の青灰色の瞳には警戒と敬意が混じったような色が浮かんでいた。
「大丈夫か?」
「ああ……」
俺の声はまだ変わったままだった。
「ただ、どうやって元に戻るのかが……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、装甲が光に包まれ、再び分解し始めた。
金属の部品が離れ、再構成されていく。
そして気づいた時には、俺の隣にバイクが元の姿で立っていた。
「戻った……」
全身から力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。
エルナが駆け寄り、俺を支えてくれた。
「烈火さん! 大丈夫ですか?」
彼女の緑の瞳には深い心配の色が浮かんでいた。
「ああ……ただ、すごく疲れた……」
「そうでしょうね」
彼女が優しく微笑んだ。
「あれだけの魔力を使えば、普通の人なら倒れてしまいます」
「すっごーい!」
リアナが飛びつくように俺に抱きついた。
「あれが魔導バイクの真の姿なのね! パワードスーツ形態! 超かっこよかったわ!」
彼女の興奮は伝染するようで、俺も少し笑みを浮かべた。
「信じられないっ……」
ロゼッタは半泣きのような、興奮のような複雑な表情をしていた。
「竜の核との完全共鳴……古文書にも書かれていたけど、実際に見るなんて……」
「問題は、制御できるかどうかだ」
ソフィアが冷静に言った。
彼女はまだ剣を抜いたままだった。
「あの姿は強力だが、魔力の消費も激しいだろう。それに、精神的な負担も大きいはずだ」
「確かに……今は疲れがひどい」
俺は正直に答えた。
体中の力が抜けていく感覚と、喉の渇き、そして異常な空腹感。
それらは全て魔力の大量消費によるものだろう。
「でも……この力があれば……」
「教団に立ち向かえる」
ソフィアが俺の言葉を受けた。
彼女の青灰色の瞳には決意の色が宿っていた。
「しかし、無理はするな。あの力は諸刃の剣だ」
「わかってる」
俺はバイクを見た。
タンクの紋様はもう静かに眠り、エンジンも止まっていた。
まるで休息を取っているかのようだ。
「相棒も疲れたみたいだな」
俺はタンクに手を置いた。
微かな温もりを感じる。
生きているような感覚がする。
「少し休もう」
エルナが優しく言った。
彼女は小さな袋から瓶を取り出し、青い液体を俺に差し出した。
「魔力回復薬です。少し苦いですが、効果は抜群ですよ」
「ありがとう」
俺は瓶を受け取り、中身を一気に飲み干した。
喉に広がる苦みと、それに続く不思議な甘さ。
そして体の中心から、力が少しずつ戻ってくるのを感じた。
「すごい効き目だな」
「魔導師には必需品なんです」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「ねえ、あの形態はどんな感じだったの?」
リアナが好奇心いっぱいの表情で尋ねてきた。
「感覚とか、見え方とか!」
ロゼッタも興味津々の様子で、測定器を手にしながら近づいてきた。
「魔力の流れはどんな感じでした? 制御できました?」
二人の熱心な質問攻めに、俺は少し困惑しながらも答えた。
「なんていうか……体が軽くなって、視界も鮮明になった。それに、思った通りに動ける。でも、自分の意志だけじゃなく、バイクの……いや、竜の核の意志も感じた気がする」
「竜の意志……」
ソフィアが眉をひそめた。
「危険かもしれないな。お前の意識を奪われる可能性も」
「そんなことはないと思う」
俺は首を振った。
「むしろ、力を貸してくれている感じだった。共鳴というか……」
「それって、烈火とバイクの絆が深まった証拠ね!」
リアナが明るく言った。
「素敵じゃない! 相棒同士の最高の形!」
「理屈はともかく」
ソフィアが冷静に言った。
「あの力があれば、教団との戦いも有利に進められるだろう」
俺は黙って頷いた。
確かに、この力は大きな武器になる。
だが、使いこなせるかどうかはまだわからない。
そして、何より気になるのは竜の核とバルドラスの関係だ。
もし教団が本当に竜神を復活させたら、俺のバイクの核はどう反応するのか。
「さて、休憩はこのくらいにして、出発しましょうか」
リアナが元気よく立ち上がった。
「竜の火山まではまだ遠いし、時間との勝負よ!」
「その通りだ」
ソフィアも頷いた。
「ここで計画を再確認しよう。リアナと私は南回りで潜入。烈火たちは渓谷から突入。今日中に教団の本拠地近くまで移動し、明日の満月の儀式を阻止する」
「よし、行こう」
俺はバイクに近づき、エンジンをかけようとした。
「ちょっと待って!」
ロゼッタが慌てて制止した。
「まだバイクの調整が必要! パワードスーツ形態になったことで、エネルギーバランスが変わってるはずだから!」
彼女は工具ベルトから道具を取り出し、慣れた手つきでバイクの各部を点検し始めた。
「タイトニングバルブのここを……あとインジェクションユニットの……」
彼女の呟きは聞き取れないほど専門的だったが、作業自体はとても手際が良かった。
数分後、ロゼッタは満足げに顔を上げた。
「これで安定したはず! いつでも出発できるよ!」
「さすがロゼッタ」
リアナが感心した声で言った。
「技術屋としての腕前は超一流ね!」
「当然っ!」
ロゼッタは誇らしげに胸を張ったのだった。




