7【救援】
どんなに足を振っても振り解くことができない。
…ならばその頭、蹴り飛ばしてやる。
そう考えた私は掴まれた足を思いっきり引っ張り、ゾンビの腕がピンと伸び切ったところで全意識を足の筋肉に集中させ、そしてゾンビの頭目掛けて思いっきり蹴り抜いた。
ルーシェ「いい加減放せぇぇっ!」
グチャッ!
命中した。
コイツら体が腐敗しているせいか、案外脆い。
だが今の一撃で仕留められたとは思えない。
…まぁ、私の足を掴んでいた両手が緩んで振り解く事には成功したので良しとする。
「グアァ!」
その時、私の体を掴んでいるゾンビがもう一度腕に噛み付いてきた。
ルーシェ「ぐぅっ…!いつまで掴んでるんですかあなた達は…ふんっ!」
足が開放されたことによって動くことができるようになり、足よりも掴みが甘かった上半身は簡単に振り解くことができた。
ルーシェ「はぁ……はぁ………」
この短期間で怪我の箇所は5つ…。
そのうち肩と足はかなり深く、血がドロドロと流れている。
長引けば失血死は免れないだろう。
…どうするか……。
足をやられた事により機動力は大幅に低下。
左腕も痛みで使い物にならないだろう。
唯一使える右手には殺傷能力ほぼ0のホウキ一本。
油断したつもりはなかったんだけどな…足元の注意が疎かになってしまっていたのは反省点だ。
今の私には死の恐怖などは存在しない。
存在しないが、せっかくアマネが与えてくれた第二の人生なのだ。
できれば死にたくはない。
だが、そうは言っても状況は芳しくない。
「ウォオオォォォッ!!」
当たり前だがゾンビ共は待ってくれたりなどしない。
私が頭を蹴り抜いたゾンビも既に再び立ち上がっており、そして一斉にこちらへと走ってきた。
こうなれば残された選択肢は一つ。
殺られる前に…殺るしかない。
そう考えた私はすぐさまホウキを構えた。
だが危機的状況なのに変わりはなく、打開策もない。
傷も痛むしどうしようかと悩んでいたその時だった。
アグネス「オラァァッ!」
ドシーンッ!
ルーシェ「なっ…、新手か?…おぉっ……」
新手かと思い警戒したが、その正体はなんと先程避難所でみた巨漢ハゲ…たしかアグネス…だったか?
それが空から急に現れ、そして私の体よりも大きな大剣を片手で振り回しながら、あれだけ苦戦していたゾンビを簡単に駆逐していったのだ。
ルーシェ「…わたし…助…かったのか…?」
アグネス「嬢ちゃん悪りぃな!お前ら細い道ばっか通るから追いつくのに時間かかってヨォ!」
ダッハッハと笑いながら、巨漢ハゲは私の周りにいるゾンビをどんどん殲滅していってくれた。
その様子を見た私は、もう戦わなくていいんだと思うと…アドレナリンが一気に抜けたのか、噛まれた部分が急にズキズキと痛み始めたのでその場にへたり込んだ。
死なずに済んだ。
そう安堵したのも束の間、ある可能性が脳裏を過ぎった。
ゾンビに噛まれたらお約束の感染というものがあるではないか。
よく見る奴だと、Tウ◯ルスというものがあって…噛まれるとワクチンを打たない限り奴らの仲間入りになる。
そして私は5箇所も噛まれてしまった。
…ワクチンも手元にない今、もう厳しいのかもしれない。
…別に絶望したわけではない。
だがアイツらみたいに死体になってその辺を彷徨うことになるのは…嫌だな。
ここが終わったらあの巨漢ハゲに私も処理してもらおうか。
そんなことを考えながら、やる事が無くなってしまった私はボーッとアグネスの戦いを見ていた。
バン!
不意にギルドの方から扉の開くような、そんな音が聞こえたのでそちらに目をやると…扉前にはシャルの他に、2人の知らない女が立っていた。
片方は私と同じ黒髪のロリ娘、そしてもう片方は白髪のすました顔の女だ。
ルーシェ「……」
私はシャルの顔を見ても何も言うことなく、ただ無言で顔を見つめていた。
しかしシャルはボロボロになった私の体をみたと同時、一瞬で目に涙を浮かべると駆け寄って抱きついてきた。
シャルロッテ「…う、うぅぅっ…ルーシェさん……ルージェざん゛!!う、うわぁぁぁんッッ!!」
怪我をしているこの体に突進され普通に痛かったが、グッと我慢して動かせる右手でシャルの頭を抱きながら撫でた。
ルーシェ「どうどう」
シャルロッテ「良かった…!ほんとに良かったのっ!生きてて……」
ビービーと泣くシャルの頭をポンポンと優しく叩いていると、白髪のすまし女がこちらへと近づき、しゃがんできた。
レイア「アナタがルーシェね、私はレイア。シャルからほんの少しだけアナタのこと聞いているわ。…色々喋りたいことあるけど、まずは怪我の止血をするから」
レイアと名乗ったすまし女は、持っていた袋から布と包帯を取り出すと、私の体を見て応急処置を始めてくれた。
ルーシェ「…私はもう奴らに5箇所噛まれています。感染するのも時間の問題でしょう。…ああはなりたくありませんので、私のこと殺してくれませんか?」
レイア「…感染?何を言っているの?確かに傷は深いけど、ルシェラさんならこの程度の傷——」
シャルロッテ「や゛だっ!!誰にもっ!殺させないからっ!ルーシェさんお願い頑張っでぇぇぇッ…!」
とりあえず私の懐でビービー泣いてるこのバカは放っておくとして…なんだか微妙に話が噛み合ってない気がした。
なのでもう一度確認してみる事にする。
ルーシェ「…この世界ではアレに噛まれた生物は、あのようにゾンビ化するのではないのですか?」
レイア「噛まれたらあの魔物の仲間になってしまうのか、と言うことかしら?あのタイプの魔物に噛まれた人をたくさん見てきたけど、私の知る中では誰一人としてそんなことにはならなかったわよ」
なんだ、感染しないのか。
私の元いた世界では基本噛まれたらお仲間確定演出が常識なのだが…さすが異世界だ。
元の世界の常識がここは通用しないらしい。
すると今の会話を聞いていたロリ娘もこちらまで歩いてきて、不思議そうな顔をしながら私の顔を覗き込んできた。
ルミナ「この世界では…?ぎるどますたーと同じこと言ってるの〜」
レイア「…私も思ったわ」
…?
ギルドマスターと同じこと?
うっかり『この世界』と発言してしまったが、…まさか他にも私と同じ転生者がいるのか?
そうして話しているうち私の体にはすでに包帯が怪我の箇所全部に巻かれており、止血の応急処置が終わっていた。
こういう処置になれているんだろう。
とても早く、そして無駄がない。
布と包帯の使用量を最小限に抑えており、もう一人くらいなら応急処置できるくらいには余らせていた。
…プロだな。
レイア「ルーシェ、私の上着を着て。服がボロボロよ」
ルーシェ「……問題ありません。別に寒」
レイア「駄目、着て」
…面倒臭いな。
男だったなら着なくても問題なかったろうに。
私はしぶしぶとレイアから借りた上着を着る事にした。
そして懐に貼り付いていたシャルを剥がし、立ち上がると次は避難所を目指すことにした。
ちなみに巨漢ハゲ…アグネスはまだ暴れている。
あの男、強いんだなと感心していた…その時だった。
ドシン…ドシン!ドシンッ!
ルミナ「な、なに!地面が揺れるの〜!」
足音が聞こえてくる。それもかなりデカく、揺れるほどだ。
私たち全員、音の正体が気になり…辺りを見回していると、それはすぐに見つけることができた。
建物の屋根から頭を出し、こちらを覗き込む化け物…
アグネス「ほォオ…親玉登場ってかァ?」