6【安堵、そして絶望】
———ギルド内…
ギルド内に入り、急いで扉を閉める。
シャルロッテ「はぁ…はぁ…」
切らしていた息を深呼吸で整えると、まず最初に窓から外の様子を見る。
外ではゾンビに囲まれながらも何とか攻防を繰り広げているルーシェの姿が見えた。
しかしそれは誰が見てもまずい状況だったのである。
あのままではいつか…いや、すぐに殺されてしまう。
ルーシェさんが……私が魔法で今すぐ…いやダメだ、魔力が切れると動けなくなってしまう…。
そうなるともっと足を引っ張ってしまうことになるだろう。
なら…今、私にできることは一つしかない。
シャルロッテ「ルーシェさん…私、すぐ向かいますから…!すぐ助けに行きますから…!どうか無事でいて…お願いっ……!」
それはルミナとレイアを見つけた後、ルーシェと共にすぐここを離れるのだ。
外でルーシェが頑張っているのなら、自分も頑張らなければいけない。
意を決した私は流れる涙を両手で拭うと、ギルドの奥へと入っていった。
シャルロッテ「ルミナ、レイア、どこにいるの…いたら返事をして…」
そうやって小声で呼びかけるが…返事は帰ってこない。
声を出しすぎると、もし室内に魔物がいた場合バレてしまう可能性があるため、大きい声はあまり出せない。
となると一部屋ずつ確認していく必要がある。
…一階は全部で3部屋。
まずは今自分がいるエリアと、受付嬢のロッカールーム、それと倉庫部屋だ。
そして2階にはギルドマスターのルームがある。
シャルロッテ「うぅ…ギルドマスター…なんでこんな時にいないんですか…」
ギルドマスター…あの人はめちゃくちゃ強い存在だ。
その実力はもはや言葉では表せないくらい…魔界側からは強すぎてバランスブレイカーと呼ばれるほど、とんでもなく強い人だ。
シャルロッテ「よし…とりあえずロッカールームから…」
魔物がいる可能性もあるので極力音を立てず、ゆっくりと開ける。
シャルロッテ「ルミナ…、レイア…いる?」
だがこの部屋に人の気配はなかった…ハズレだ。
ならば次は倉庫部屋を探ってみることにする。
…だが、倉庫部屋にも2人はいなかった。
となると、最後はギルドマスターの部屋のみだ。
ここにいなければ…行方不明ということになる。
私は極力物音を立てないよう急いで階段を上がり、そしてギルドマスターの部屋前までつくとドアに手を掛けゆっくりと開けた。
シャルロッテ「ルミナ…レイ——…ッ!!?」
ドスッ!
ドアを開けたその瞬間、顔の真横をナイフが勢いよく通り過ぎ、後ろの壁に音を立てて突き刺さった。
頬には温かい液体が伝う感覚がある。
もし、ほんの少し左に立っていたらコレが刺さっていたのは壁ではなく私の——…。
そんな最悪の事態が脳裏を過り、怖くなってしまった私はポロポロと涙を流してその場にへたり込んでしまった。
シャルロッテ「ルミナ…レイア…うっ…うぅ…無事で……無事でよかった……ぐすっ…」
だが恐怖と同時に安堵もしていた。
なぜなら…そこの部屋にいたのはルミナとレイア…探していた者の姿があったからだ。
今、私は恐怖と安堵の両方に直面し、涙が止まらなくなっていた。
頬からは血も流れているし、それはもうきっと酷い顔になっていることだろう。
レイア「…シャルッ!?どうして…?…ッ!ごめんなさい!あぁ…私なんてことを……」
ルミナ「シャル…お姉ちゃん…なの?」
2人はシャルと分かるとすぐさま駆け寄り、レイアは血や涙でくしゃくしゃになっているシャルの顔を優しく拭き、ルミナは2人に抱きついて泣き始めた。
ルミナ「ふぇーんっ!良かったなの〜!」
レイア「えぇ…ほんとに良かったわ。ルシェラさんの診療所からここまでよく無事で…」
シャルロッテ「うんっうんっ…!ルーシェさんが一緒に来てくれたから私………あッ…!」
その時、シャルは思い出す。
再会できた嬉しさのあまり一瞬忘れてしまっていたのだ。
…ルーシェが危ない。
———
「グルァァアッ!」
ルーシェ「…ふっ」
後ろから掴みかかってくるゾンビを超反応で横に回避、そしてその場で回転し、遠心力を利用して持っている看板で奴の頭部をぶん殴って吹き飛ばす。
すると今度は正面にいた10数匹のゾンビが一斉に、こちらへ向かって走ってきた。
まったく、揃いも揃って女1人囲みやがって…まぁ中身は男だが…。
こういう場で1番やっていけないこと…それは焦る事だ。
焦らず敵をよく観察し、隙を探す。
死の恐怖など微塵もない私にはこの程度、造作も無いことだ。
まずは1番近くにいるゾンビの首をホウキでど突く。
そうすることでバランスを崩した手前の奴は、その場に仰向けで倒れた。
そして次に正面から掴みかかって来るゾンビ…コレを伏せて躱す。
それと同時に股の間にホウキを突っ込み、足に棒を絡ませて2匹目を転がす。
だが止まる暇はない。
体勢を整え、すぐに次の迎撃準備を——…。
と、その時だった。
足を何かに掴まれ、身動きが取れない。
何かと思い視線を下にやると、最初に看板でぶん殴って転がしたゾンビがこちらまで這いずり、私の足を両手で掴んでいた。
早すぎる。
こいつら、足だけじゃなく這い回るスピードも……
ルーシェ「これ…まずいな…」
足の筋力は腕の5倍はあると言われている。
女の体でこの両手を振り解くことができるかはわからないが、やるしかない。
しかしこの状況、後ろから噛まれることは確実だな。
おそらく2、3発噛まれることは避けられないだろう。
…だが、急いで振り解かねば身動きが取れずこのまま噛み殺されることは明白。
…覚悟を決めるか。
意を決した私は看板を背後に構え、後ろからの攻撃をケアしつつ足を強引に振り解こうと力を込めた。
だが…やはり力が足らずなかなか振り解けない。
もう片足を使って頭を踏み抜けば早いかもしれないが、私が転けるリスクがある。
この体でゾンビに馬乗りされれば脱出はもう不可能だろう。
だからその選択は選べない。
そして2秒、3秒、4秒と足を掴んでいるゾンビとのやりとりが長引いてしまい…。
ついには背後から近づいてきたゾンビに盾である看板を掴まれてしまい、そして強引にその盾を剥がされた。
こいつら、看板が壁になっていると認識して———…
「アァァグァッッ!」
盾を失い、無防備になってしまったルーシェの体にゾンビたちは一斉に掴みかかり、そして容赦なく体に噛み付いた。
ルーシェ「あっ…グゥゥッ…!!」
腕を2箇所、肩を1箇所、同時に3体に噛まれ、そのまま肉を引きちぎられてしまった。
噛む力が異常に強いのか、肩を噛んできた奴に関しては肉と一緒に服の布まで引きちぎり、そのおかげで私は上半身をむき出しの状態にされた。
くそ…痛い。
ものすごく痛い。
噛みつかれ、服ごと肉を引きちぎられる痛み…それは想像を絶するほどだった。
だが不思議なもので、痛いだけでそれ以上に怖いとか、死にたくないとか、そういう感情は一切湧かなかった。
ただ、痛いと感じただけ…それだけなのだ。
ルーシェ「くっ…放せっ…!」
体を噛まれながらも、足を掴んでいるゾンビを振り解こうと必死に足を動かす。
だが、その手は振り解けず…そうやっていると今度は足を掴んでいるこのゾンビが、私の足首めがけて顔を近づけてきた。
ルーシェ「うそうそ…待っ……うあぁぁっ!?」
足首…ここ噛まれるとかなり痛いんだ…。
正直な話、肩より痛みがデカかった。
左腕、肩、足の3箇所を掴まれており、この状況はまさに絶体絶命。
はぁ……どうしたもんか…。