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1.天使の選択



 目が覚めるとそこは謎の空間。

 ぼんやりしていた意識が段々とハッキリしてくる。

 自身の足、手…うん、動く。

 どうやら仰向けに寝転がっていたらしい。

 上半身を起こして周りを見てみる。


 その時、背中に長い毛が掛かったのに気がついた。


 …ん?髪の毛か…長いな?俺こんなに長かったか?

 最後に切ったの、いつだっけか…?


 長くなっている自身の髪の毛を束にして掴んで見ていた。


 ……?

 …あ?俺、飛び降りた…はずだよな?

 最後に聞こえた音…。

 いや、間違いなく死んだはずだ。


 「…あの〜…」


 その時、正面から女性の声が聞こえた。

 他に人がいるのかと思い、その声の主の元へ視線をやると…そこには綺麗で美しい女性が立っていた。

 背中に羽、頭上には輪っか。まるで天使そのものだった。


 「意識、ハッキリしてきましたか?」


 目の前の女性は心配そうな表情でこちらの様子を伺っている。

 それに対し、私は訳もわからずコクっと頷いて見せた。

 するとその様子をみた女性は笑顔を作り、再び喋り始める。


 アマネ「まずは簡単な自己紹介から…私は天界と呼ばれるここで、天使の『アマネ』と申します」



 そう名乗るとアマネは俺に向けて会釈をしてきた。

 それを見て、社会人として生きてきた俺も反射的に会釈を返してしまう。


 アマネ「まぁ…ふふっ、誠実な方なんですね」


 俺の様子を見て、片手で口元を隠しながら笑うアマネ。


 …笑われたのか。馬鹿にしているような顔…ではないな。

 思えば女性にこんな顔されたことあったか?…いや、無いな。


  「…あの……アマネさん、天使って言いまし………え?」


 その時、自身の声が変わっていることに気がついた。

 まるで女性のような声。

 前はもっと低くて…その、男って感じの声だったんだ。

 なんなんだ、いまの俺の声は…?

 俺の体、いったいどうなっちまったんだ?


 俺は喋るのを中断し、喉を触りながらその場で困惑した。

 するとその様子を察したアマネがこちらに近寄ってきて、俺の両肩に手を置くと、じっと俺の顔を覗き込んできた。


アマネ「私の眼をじっと見て。…そう。覗き込んでください」


 そう指示するアマネが、こちらに顔を近づけてきた。

 なので言われた通り、俺は両方の眼をジッと見つめてみた。

 透き通るほど綺麗な赤色の瞳の奥…そこには…。


 「な、なんだ…!?なんだこれ…?」


 それはまるで直接脳内に視せられている感覚。

 俺の視界ではアマネの眼を見ているが、脳内では別の視界?が映し出されている。


アマネ「視えますか?それが今のあなた…なのです」


 そこに映っていたのは、驚いた表情で目を見開いている女の子…だった。


 これが俺…!?

 なんで…女の子になってんだ!?

 …下半身…何もない。胸も少し膨らみが……。


 俺は驚きと焦りで思考がパンクし、自身の体の至る所を触って確認していた。


アマネ「生前、飛び降りて自殺してから遺体を修復しようとしましたが…だめでした。ですので私の方で別の体に魂を移し替えたのです」


 魂を…移し替えた…だと?

 そんな事で「なるほど」と理解など出来るはずもないが…ないのだが…。

 現に実際、胸や股間など今の自身の体を触って確認したところ、マジで女体になっている。

 それに飛び降り自殺をした話も、話していないのに知っている…。


 「…………また夢…か?」

アマネ「夢ではないのです」


 目の前の天使に即答で否定されたが、冷静に思い出してみれば15時から休憩を取って、俺は意識を失うように寝ていたのだ。

 その夢がまだ続いているのだろう。

 …飛び降りるのにあれだけ意を決したってのに、夢だなんて…馬鹿らしい。


アマネ「…信じられないようでしたら、もう一度私の眼を。…今度は覚悟して、ジッと見つめてください」


 するとアマネがもう一度同じように顔を近づけてきた。

 なので俺は言われるがまま、もう一度目の奥をジッと見てみる。


 「…?これは…」


 同じように脳内に直接視界が映し出される。

 しかし今度は先ほどの顔を赤らめていた女性とは別の視界。

 そこはなんと俺が飛び降りた会社…自殺の現場だったのだ。


 「…うっ!?」


 そこに血まみれで仰向けに横たわるスーツを着た死体。

 頭が割れて脳を撒き散らしており、足もあらぬ方向へ曲がって自身の血に塗れている男。


 …俺だ。紛れもなく俺なのだ。

 じゃあ本当に俺は…死んで…。


アマネ「見せたくはなかったのですが…すいません。信じてもらうにはこれしかわからなくて…」


 そう喋るアマネは申し訳なさそうにこちらを見ている。

 だが、飛び降りたのは俺自身。

 その状況を作ったのが俺であってこの天使は悪くない。


 「……あの…ようやく現実だとわかりました。……えっと、ありがとう…ですかね」


 そう伝えるとアマネは近づけていた顔を離し、一歩後ろへと下がった。

 そうしてようやく俺は自分が死んでここにいる事、それから体が女になった事を理解した。

 だが…すると引っかかることがある。

 俺はその場で立ち上がるとアマネに質問を投げた。


 「あの…すると、どうして私を新しい身体へ…?」


 その質問を受けたアマネは両手を合わせて笑顔を作った。


アマネ「その身体に魂を移したのは、転生を可能にするためなのです。もし嫌じゃなければ…なのですが…」


 転生、アマネはたしかにそう言った。

 昔、施設にいた頃にたくさん漫画が置いてあって読んだことがある。

 まったく新しい世界に記憶を持ったまま生まれ、そこで勇者になったり賢者になったり、英雄になったりと。

 しかし、俺はそんな器ではない。

 ただ、他の人より少し不幸に育っただけの何もない社畜だ。


 「…転生…ですか…。私なんかが転生しても…」


 俺は俯いて今までの人生を振り返ってみる。

 …しかし、こんな生い立ちじゃとても異世界で活躍なんて出来るわけがない。


 するとアマネが俺の両手を取り、優しく握ってきた。


アマネ「以前住んでいた日本と比べると、少し治安は悪いかもしれません…。ですが、私がこの世界で最も治安の良い場所へ送ります。そこで第二の人生、存分に楽しんでもらいたいのです」


 アマネは本気で言っているようだった。

 おそらくこの人は俺の生前を全て知っているのだろう。

 だからこそ真剣に真っ直ぐ、こちらを見てそう言っているのだろう。


 「…でも、勇者にも英雄にも…なれる自身などないですよ」

アマネ「そんなのにはならなくて良い…ご自身の思うように、好きに生きて人生を楽しいんで欲しい…そう思ってます」


 …人生を好きに楽しむ…か。前の人生は…もう十分だ。

 感情さえなければ、多分こんなに苦しくなかったろう。

 もう一度やるなら……感情を捨てて、無で生きてみたい。

 よし。


 「…転生、してみます。お願いします」


 俺はアマネに両手を握られたまま、その場で頭を下げてお願いした。

 するとアマネは私の手を離し、もう一つ話を続ける。


アマネ「もう一つ大事なことが…。魂が完全に馴染んでしまっているので、もうその身体から変えることはできませんが、大丈夫でしょうか?」


 それは女の身体のままで生きていくことになるというもの。


 男として生きてきた俺が、急に女の体でやっていけるのか…。


 俺はアマネの言葉に少しの間沈黙し、考えた。

 まぁ、感情さえ消せば性別なんてどうでも…いいか。


 「……大丈夫です。問題ありません」

アマネ「わかりました。では始めますね」


 俺は再びそう答えると、アマネは笑顔になり、そして転生の準備を始めた。

 次の瞬間、俺の足元に巨大な魔法陣が展開され、そしてそこから光が溢れ出す。

 あまりの眩しさに、俺は片手を目の前にやって光を防いだ。


アマネ「日本と違い、次の世界は剣と魔法の世界…色んな種族の方がいます。最初は驚きが多いかもしれません。でも大丈夫…目が覚めたらフルグという街の近くに居ますからね」


 アマネは歩きながら床に展開されている魔法陣の外へと出た。

 そして話を続ける。


アマネ「それと、あなたに天使の加護を3つ付与します。この世界で生きていくために必ず役に立つでしょう。」


 天使の加護…?なんなのかよくわからないが、忘れないほうが良さそうだ。

 そうして話を聞いていると魔法陣から溢れていた光がパタっと無くなったので、俺は目の前にやっていた手を下ろし、床の魔法陣に目をやる。

 魔法陣の描かれた床からは軽く電撃のようなものがパチパチと出ているが、当たっても痛みなどは特にない。


アマネ「さて、準備も整い私からは以上ですが、ご質問はありますか?」


 魔法陣の準備を終えたアマネは、最後にこちらへ聞いてきた。


 「…では私からも2つ。名乗る名前を頂きたいです。…前世の名前は捨てたくて」


 俺をこの体に移したということは、おそらく創り主はこの人だろう。

 ならばこの人から名前をもらうのがいい。


アマネ「名前…ですか。そうですね…ルーシェ…ルーシェ・ブランリェッドというのはどうでしょうか?」


 ふむ…ルーシェか…それが、俺の新しい名前。

 ならばその名前を名乗ることにしよう。

 女の子っぽくて悪くもない。

 …では本題に入るか。最後はお願いになるが。


ルーシェ「名前、ありがとうございます。では最後に…これはお願いになるのですが、あの…私の感情という機能を無くしてくれませんか?」




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