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1【天界】



 それは突然の目覚めだった。

 自分でも何が起こったのか訳がわからない。

 俺は少し前まで6階の高さから落ち、確実に絶命した…はずだった。

 はずだったというのに…次に目を開けてみるとそこは真っ白い空間に、ポツンと立っている自分が居た。


 ここは一体…?俺はどうなってるんだ…?

 あの高さから落ちて生きられる生物なんてアリくらいしか知らない。

 遂には混乱し始めたので、一旦窓から飛び降りた後のことを思い出すことにした。

 最期の最後まで鮮明に…。

 しかし思い浮かぶのは真っ先に内臓が潰れたあの感覚と、その後に聞こえた骨の砕ける音と肉が潰れる音と…いや、やはりどう考えても死んでいるな。

 と、するなら天国…なのか?

 死後の世界なんて一切信じては居なかったが、今こうしてココにいる以上信じねばなるまい。


「あ…えっと…あの〜…」

「…?」


 その時、ふと女性の声が聞こえたので、俺はその声の主の元へ視線をやった。

 どうやら考え事に夢中になりすぎて周りが見れていなかったらしく、声をかけられてからようやく彼女の存在に気がついた。


「ふふ…お考え事に夢中になって、私に気が付かないお方はあなたが初めてですよ」


 手で口元を隠しながら小さく笑って見せる彼女。

 その容姿はとんでもないくらいの美しさだった。

 まつ毛と髪の毛は共に白く、そして腰あたりまで伸びている長髪。

 両方の目は赤く染まっており、澄んだ眼差しで濁りの一切感じられないその目は、まるで俺の心の奥底までもを見透かしているかのようだった。


アマネ「ではまずは簡単な自己紹介から…私はここ、天界で暮らす天使…アマネと申します」


 自身をアマネと名乗った彼女は、その場で俺に向けて軽く会釈をしてきた。

 その会釈を見て社会人として生きてきた俺は反射的に会釈を返してしまう。

 まさか会釈が返されると思っていなかったのか、俺の行動に一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに彼女は顔に喜色を浮かべていた。


アマネ「まぁ…ふふふっ、誠実な方なんですね。素敵です」


 彼女の発する声音…それはまるで俺の心の全てを慰撫するかのように優しく、さらには不思議なほど親身とさえ感じられるくらい穏やかな口調だった。

 久しぶりに照れてしまったな…調子が狂う。


「あの…アマネさん。天使とか天界とか言われましたよね…ていうことは、ここは死後の世界という認識でいいのでしょうか?」


 この質問をした時、俺はほんの少しだけ自身に違和感を覚えた。

 違和感の正体こそ掴めなかったが、まるで自分が自分でないような…?そんな感じがした。


アマネ「はい、死後の世界という認識…それで問題はないかと思います」


 そう答えるアマネは、どこか少し寂しそうな顔をしながら俺に答えてくれた。

 なぜそんな顔をするのかは分からなかったが。

 それにしても、どうやら俺は無事に死ぬ事ができたらしい。

 …だがそうなると引っかかることがある。

 ここにいる俺は誰なんだろうか。

 いや、死んだ後だから深く考える必要などもう無いのだが…俺は今、明確に息を吸ったり吐いたりしており、まるで生きている人間と何ら変わらないのだ。

 死んで元の肉体から離れ、魂というものがあるとするならば今の俺はその状態のはず…なのにちゃんとこうして自身の手が見える。


「あの…でしたらここにいる私は一体…?」

アマネ「いきなりで混乱しますよね…ごめんなさい。実はあなたが亡くなられた後、魂をこちらにお呼びしまして。一時的に別の体へ魂を宿させていただいてます」


 するとアマネは手鏡を出し、俺に手渡してきた。

 それを受け取るとそこに映る今の自分の姿を見て、俺は人生で1番驚くことになる。

 いや、もう人生終わってるんだけど。


「へ!?えぇ…!?ななっ!?なんでぇぇ!?」


 そこに写っていた俺は男ではなく裸の女だった。

 目、髪は共に黒く、まさに純日本人って感じの容姿をしていた。

 顔のパーツもかなり整っており、このレベルなら雑誌のモデルやアイドルくらい余裕で目指せるだろう。


「こ、これが私…?」

アマネ「お気に召しませんでしたか…?今後もし転生を望まれるのでしたらお好きな性別に変えることも…」

「てってんせいっ!?」


 あぁ…さっき感じた違和感の正体はこれだったか。

 俺の声女になってんだもんな…なぜすぐ気がつけなかったのか。

 自身が女になっており、さらには転生というワードまで聞かされ、これで驚かない人間などいるはずがないだろう。

 混乱に次ぐ混乱で俺は脳内までこの空間と同じく真っ白になっていた。

 すると、そんな俺の様子をみて混乱していると感じ取ったのだろう。

 アマネはこちらまでゆっくり歩いてくるとそっと俺の頭を自身の胸に抱き寄せ、それから頭を撫でつつ言葉を続けた。


アマネ「実はあなたをここにお呼びしたのはそれが理由なのです。本来であればこのまま魂を浄化するのですが、劣悪な環境で生きてこられた方にはこうして転生という形で本人の望む生き方をしてほしいのです」


 頭を抱き寄せられ、一瞬思考が停止したが俺はすぐ我に帰った。

 女性に抱き寄せられる事、人生で一度でもあっただろうか?

 否、一度もない。

 いい香り、柔らかい胸の感触、撫でられている頭、熱くなっている耳や頬…俺はいまどんな顔をしているのだろうか…到底人に見せられるような表情ではないのはこの時点で理解はできた。

 だが同時に、先ほどの混乱から解放され、落ち着くこともできている。


 劣悪な環境…か。

 ということは俺の両親はどうなったんだろうか。

 浄化されたのか?

 親の育ってきた環境は分からないがあるいは…。

 一瞬そんな事を考えていたが、再度アマネが言葉を続けたので俺は思考を止め、話を聞くことにした。


アマネ「それとなのですが…貴方の元の体は損傷が激しく、最善は尽くしたのですが修復は不可能で…すみません」


 …いくら肉体に宿る魂を移し替えられる、なんでもアリの天使様でもグチャグチャの肉まではキツいらしい。


「あぁ…それに関しては問題ありません。むしろ直そうとまでしてくれて…ありがとうございます」


 俺は裸のままアマネに頭を深く下げ、お礼を言った。

 …先程まで少々取り乱してしまっていたが、おかげですぐに落ち着くことができた。

 彼女のおかげだ。


アマネ「そんな、お礼を言われるような事はなにも…!どうか頭を上げてください」


 言われるまま頭を上げ、そのまま俺は話を続けた。


「…それで、先程アマネさんが言われてた転生との事なのですが、お願いできますでしょうか」

アマネ「…!希望されるのですね!でしたら容姿の方は…」

「見た目は…もうこのままで大丈夫です」


 次があるのなら男でも女でも、どちらでも良いのだ。


アマネ「…いいのですか?では、転生先の世界について少しだけ説明をさせてください」



 そうして数十分ほどアマネから次に行く世界の説明を聞いた。

 なんでも日本とは違って、剣や魔法などが存在する世界とのことらしい。

 そこでは人族と魔族の仲は険悪だそうで、日本と比べれば治安は少し悪いらしいが、比較的魔界の遠い安全な街の近くへ送るからきっと大丈夫だろうとのこと。

 そしてこの世界での暮らし方やお金の稼ぎ方、他には厄介ごとに巻き込まれない立ち回りなどいろんなことを教えてもらった。


アマネ「それからあと2つ…一つは天使の加護を3つ、貴方に差し上げます。加護の効果は貴方も私も選ぶことはできませんが、きっとこの世界で生きていくために役立つでしょう」

 

 加護…?

 3つ…?

 力か何かをくれるという認識でいいのだろうか?


アマネ「そしてもう一つ、それは貴方のお名前です。私はその体を作った時、ルーシェ・ブランリェッドと名前を付けました。下界でもその名前で通るでしょう。なので名前を聞かれた時はそう名乗っていただきますようお願いしますね」

ルーシェ「ルーシェ…わかりました。名を聞かれた時はこの名を名乗ります」

アマネ「さて、私からは以上ですが、何かご質問等はありますか?」


 一通り説明を終えたアマネは俺の元からゆっくりと離れて行き、確認してきた。


ルーシェ「…私からも、2つ。…私の両親だった2人は転生されたのですか?」

アマネ「あのお方達は転生はしておりません。そのまま魂を浄化し、無へと還りました」


 ふむ、どうやら俺の両親は転生はしていなかったようだ。

 という事は俺並みに苦労はしていなかったという事になるんだろう。

 …では本題に入るか。最後はお願いになるが。


 ルーシェ「そうですか…わかりました。ではもう一つ。これはお願いになるのですが、あの…私の感情という機能を無くしてくれませんか」



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