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18【死因】


ルーシェ「理由は自殺による転生です」

シャルロッテ「えっ…?じ…自殺…?」

楸「……」


 私の言葉にシャルは驚愕している様子だったが、楸は大して驚いてはいない様子だった。

 この世界に辿り着くには死が前提条件なので、そういう事もあって彼は驚いたりはしなかったのだろう。


 私はそのまま話を続けるべく、肩に置かれたままだったシャルの手をどけると、椅子からスッと立ちあがった。

 そして座って話を聞く楸の方へ目をやると、彼の背後にある窓ガラスが同時に私の視界に映った。

 あのサイズ、人1人なら余裕で出入りができるだろう。


ルーシェ「ええ、自殺です。生きることに疲れたので6階の窓から飛び降りまして。…あぁ、ちょうどこんな窓でしたね」


 そう喋りながら、私はその窓へ歩いて近づいて行った。

 そうして窓前まで来ると、そのガラスには椅子に座りながら振り返る楸と、悲しそうな顔でジッと私を見つめているシャルと…2人が薄っすらと反射して映っていた。

 シャルの表情…私のことでそんな顔をする人間、前世には1人も存在しなかった。

 彼女はいま…どんな気持ちで私を見ているのだろうか。


ルーシェ「…幼少期、事故が原因で両親を失いました」

シャルロッテ「えっ……」

楸「なっ…」


 母親は後追いだったが…まぁ事故が原因だから伝え方に問題はないか。


 窓の方を見ていたが、私はその場でクルリと振り返り、2人の方へ顔を向けて話を続ける事にした。


ルーシェ「それから親戚の家に引き取られましたが…私、かなり嫌われていたんですよ。食事の時や寝る時、熱を出して動けない時など…四六時中ずっと物置小屋に押し込まれてましたから。…暴力なんかもたまにありましたっけ」

シャルロッテ「………」


 そのままさらに言葉を続ける。


ルーシェ「その後は親戚の家も追い出され、施設行きになりましたけど…そこでも職員からの暴力がありましたね。木刀なんかで、ココと、ココ…後それからここもやられたかな」


 そう説明しながら、木刀で叩かれた箇所である顔面、頭、背中、脇腹に指を指して見せた。

 こんな話…以前の私なら思い出したくもない内容なのだろうが、感情を失ってからなんとも思わなくなってしまった。

 …素晴らしい。あの天使には感謝だな。


シャルロッテ「な、何でそんな…ひ、ひどい事を…」

ルーシェ「気に食わなかったんでしょうね。私、あの時対人恐怖症で人とまともに喋ったりができなかったので。なのでその施設の子供達とも仲良くできず、イジメられてましたよ」


 そうして私は当時の事を思い出しつつ、2人に過去話を軽く話す事にした。


———


 時刻は11時。

 施設内に響き渡る鐘の音。

 ここでは昼食前に先に施設内の掃除をし、その後で昼食を取ると言った決まりがある。


「掃除の時間だ、道具を持って早速始めなさい」


 そう言ってホウキと雑巾、それからバケツなどの掃除道具を持った職員が私たちの過ごす部屋へと入ってきた。

 そうして私たちの前にその道具を乱暴に投げ捨てると、職員はすぐさまタバコに火をつけ、そして部屋を後にする。


「…」

「…」


 職員が部屋から去った後、子供達は皆無言のままにそれぞれ道具を持ち、そして掃除を始め出した。

 私も掃除に参加しようと思い、まずは水を用意しようと考えた私はバケツを手に取り、部屋から出る。

 そうしてトイレで水を汲み、水の入ったバケツを持って部屋に戻ると置いてあった雑巾を全て濡らし、そして床を拭き始めた。


「ふっ…ふっ…」


 床の汚れを落とす為、私は雑巾を握る手に力を込めて拭きあげていく。

 それから他の子供達も濡れた雑巾を手に持ち、床掃除を始めてから20分ほどが経った頃…バケツに汲まれた水がだいぶ真っ黒になっていた。


「…やれよお前」

「まじでやんの?先生にバレたら俺たちが…」

「バレねーから大丈夫、やってみろ」


 不意に、私の背後から小声ではあったがそんなやり取りが少し聞こえてきた。

 この時、既に対人恐怖症でまともに人と喋られなくなっていた私は、ここの施設にいる子供達と仲良くすることができずに物を隠されたりなどちょっとしたイジメにあったりしていた。

 なのでどうせまたロクでもない事をやらかそうとしているんだな…と、気にせずに床を拭いていた…その時。


 バッシャァーッ!


 突如、冷たい液体がその音と共に私の頭から大量に流された。


「…?…??」


 一瞬何が起こったか理解ができなかった私は数秒間、その場で固まってしまっていた。

 だが、自身の前髪から滴り落ちる黒く濁った液体が視界に入り、その瞬間に全てを察した。

 そしてゆっくり振り返ると…私が水を汲んだバケツを両手で持つ少年と、その背後にはそれを指示したであろう少年が腕を組んでこちらを見ている。


「…な、なんで…こんな…こと…」


 怖かった。

 ものすごく怖かったが、なぜ彼らはこんな酷い事をするのか、私は彼らに問うた。

 恐らくこの時…か細い声で、そしてかなり声が震えていたと思う。


 だがその問いに対する答えが帰ってくることは無く、背後で腕を組んでいた少年が部屋の扉を開けた。


「先生ー!」


 そして大声で職員を呼んだのだ。

 この時、私はこの2人の犯行の最終目的を全て察した。


「…ッ!?…お、お願い…言わないで…」


 私は泣いて懇願するが、もう…遅かった。

 扉前には木刀を持った職員が既に立っており、そして「アイツが綺麗にした床をわざと汚した」と、でっち上げの嘘を伝える少年2人。

 それを聞いてみるみる顔が赤くなってこちらを鬼の形相で睨む職員に、私は今までにないくらいの恐怖心を抱いた。

 アレを例えるなら…命を狙われて絶体絶命な状態になった時の恐怖心…だろうか。


「ぁあ…ごめん…なさい…許して…僕は…」


 恐怖のあまり体がブルブルと震え、涙が大量に溢れ出し、それによって前が見えなくなる。

 さらには軽いパニック状態にでもなっていたのだろう、私は頭を抱えてその場から動けなくなってしまっていた。

 

「…顔を上げろ」


 少年2人から話を聞いた職員は、うずくまっている私の前へやってくるとものすごく低い声音でそう呟いた。

 しかし、恐怖のあまり今の私の耳にはその言葉が届いてはいない。

 すると無視されたと思ったのか、木刀を握る職員の手には無数の血管が浮かび上がり、ソレを強く握り締めた。


「…顔を上げろっ…つってんだよぉッッ!!?」

「ひ、ひぃぃいッ!?ごめんなさいごめんなさいぃぃいッ…!」


 激怒した職員はそのまま木刀を振り上げると、私の背中へ目掛けそれを力強く振り下ろした。

 その瞬間、硬い物で人体を殴った時に鳴る「ドゴッ」というような鈍い音が部屋中に響く。


「うっ…ぐぅうっ!いたいッッ…よぉ……」


 だが一撃では止まらない。

 怒りで顔を赤く染めた職員はそのまま私の背中、足、首などを力強く何度も叩いてきた。

 そうして背中の痛みが我慢できなくなり、私は体を大きくのけぞらせると…ガラ空きの顔面に職員は木刀を容赦なく振り下ろしてきた。


「うっ…ぁ……」


 …その後は…記憶がない。

 おそらく痛みのあまりに失神してしまったんだと思う。


 それから次に目が覚めると、酷く寒かった。

 起きて現状を確認すると、私に掛けられた水はそのままにされていたのだ。


 …みんなの姿が見えない。

 どこにいったんだろう。


 気になった私はビショビショになったままの体を起こし、部屋から出た。

 そしてリビングまで行くと、既にほかの子供達は皆昼食を食べている途中だった。


「…」

 

 私は無言のままそうやって立ち尽くしていると、起きてきた私に気がついた職員がこちらに指を指して言葉を発した。


「自分が汚したところは自分で片付けなさい。それまでご飯は抜きだ」


 そう指示され、逆らう訳には行かないので言われた通り、私は掛けられた水を雑巾で綺麗に掃除をしに戻った。

 それから数十分後…リビングは戻ると、私の分の食事は…食べられていた。


「……食欲…なかったし…」

 

———


 …他にも挙げればたくさんあるが、そんなエピソードをシャルと楸に説明すると、「嫌な事を思い出させてしまって本当にごめん」と彼は私に謝り、そしてシャルの方は泣きすぎて涙をボロボロ溢しながらも、怒りでその身を震わせていた。


ルーシェ「お願い。痛いの。もう辞めて。許して。ごめんなさい。…若くして死にましたが、おそらくは人間の平均寿命分は言ったと思います」

シャルロッテ「うっうぅっ…許せない…ひっく…うっ…うぅ……許せないよッ…!そんなの…ッ!!」


 声を荒げて怒るシャルは、私の方へ睨んでいるかのような鋭い目つきでこちらを凝視しながら涙を溢していた。

 …普段オドオドしてばかりの女がこんな様子を人に見せるなんて意外だ。


楸「シャル…ちゃん……?」


 楸もそんな様子のシャルを見るのは初めてなのだろうか、かなり驚いた様子だった。

 いつも温厚で大人しいシャルが感情的になることなんて滅多に無かったのだろう。

 その様子に楸は驚きを隠せないでいる。


シャルロッテ「ルーシェさんなんにも悪くないのに……こんなにいい人なのにッ!皆んなで虐めて……!ううぅ…っ!」

ルーシェ「……」


 ……いい人…か。

 それは…ただ演じているだけなのだ。

 右も左もわからないこの世界で生き延びる為、恩を売っておく事で困った時に使える駒を動かし、解決させる。

 ただそれだけの為に、お前たちの前ではそれを演じている。

 前世では下手に人間と関わりすぎて、私は…ああなったのだ。

 大切な人など端から作らなければ…対人恐怖症など感情が無ければ…私1人で生きていけられれば…。


楸「ほ、ほら!シャルちゃん、一回落ち着こう?座ってさ…」

シャルロッテ「ぐす…私…その人たちのこと…絶対に許さないから…もしこの世界に来たら…文句言ってやるからッ…」


 楸はシャルの元へ駆け寄ると、背中を優しくさすりながら椅子へと座らせていた。

 そうして楸がシャルを少し落ち着かせたところで、私は再び話を続けることにする。


ルーシェ「ええっと…施設でまあそんなことがあってから大人になってブラック企業に入って…疲れて自殺と…そんな感じですかね」


 後の話は雑になってしまったが、…まぁこれ以上は多く語るようなこともない。

 こんな感じの説明でも問題はないだろう。


楸「……大変…だったんだね…本当にごめんね、嫌なこと思い出させちゃって…」


 そう言いながら、楸は私に対して少し頭を下げた。


ルーシェ「あー…あと隠す必要もないから言いますけど、私には感情がありません。なので嫌な事とかそういうのもないので気にしないでいいですよ」


 下げられた頭を見ながら私はそう答えると、その部屋にいた2人が驚いた顔をして私を見てきた。

 まぁ、そうなるか…感情がないなんて普通じゃない。


シャルロッテ「え……えっ?それって…どういう…」

ルーシェ「転生する前に天使にお願いしたんです。感情という機能を消してくださいと。…泣いたり恐れたりするのに疲れたもので。後悔はしていません」


 そう、後悔など微塵もしていない。

 というか感情を無くした時点で後悔もクソもないだろう、感情がないんだから。

 …まぁこれで今世は感情に振り回されずに生きていけると思うと清々している。


楸「……ルーシェさんって基本いつも無表情でいるから、感情の起伏が少ない人なんだろうなって思ってたけど…なるほど、そういうことだったんだね…」

ルーシェ「えぇ、なので私には——」


 そう喋りかけるとさっきまで椅子に座っていたシャルが、ゆっくりと立ち上がって、そしてとぼとぼ歩きながらこちらへ向かってきた。

 そして私の両肩を掴む。


シャルロッテ「え…?だって、そんな……。もう…、もう感情は元には戻らないの……?」


 私の肩を掴んでいる手には、少し力が込められていた。

 声は震えている。

 …これは一体どういう感情なのだろうか?

 怒り?悲しみ?

 …もういまの私にはまったくわからない。


ルーシェ「無理でしょうね。でも私が望んだことですし、あなたには関係のない事なので。この話は忘れてしまって大丈夫ですよ」

シャルロッテ「……関係…」


 私のその発言を聞くと、シャルは喋りながら俯いた。

 そしてそれと同時、両肩を掴む手にさらに力が込められ、そのせいで少しだけ肩に痛みが走る。


シャルロッテ「…私は……私はッ!ルーシェさんと友達なの!なんとかしてあげられたらって…!なのに…忘れるなんてできないよッ!」


 そう言い放ったと同時、シャルは走って部屋から飛び出して行った。


楸「あ!シャルちゃん!ちょっと!」


 楸が止めようとしたがシャルは止まらず、階段を降りる足音がだんだんと遠のいていった。

 そうしてシャルが居なくなってから楸と2人、部屋でお互いに無言のまま、少しの間その場に立ち尽くしていた。


 ともだち?シャルと私が…。


楸「…ルーシェさん、今のは…」


 楸はなんて声を掛けていいのかわからなかったのだろう。

 しばらく無言でいたのはおそらく掛ける言葉を考えていたか…だが、少しして私にそう声をかけてきた。


ルーシェ「……そうですね。もう少し言葉を選ぶべきでした」


 楸にそう言葉を返しながら、私は開けっぱなしにされたドアの前まで行き、そこで立ち止まるとそのまま言葉を続けた。


ルーシェ「……彼女に謝ってきます。…楸さん、今日はありがとうございました」


 そう言い残した後、軽く会釈をしてから私も部屋を出た。


………


『…見てよ、あいつさぁいつも本読んでるよね』

『オタクなんでしょ、きも…』

『こっちこないでよ!菌が移るでしょ!』


 親戚の家に住まわせてもらっていた頃、私はまだ学校へ通っていた。


 あぁ…思い出すな…前世の学校での記憶。

 女子を相手にいい思い出が全くない。

 そんな異性から友達認定…か。


ルーシェ「……面倒だな…」


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