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偽物聖女♂とバレて婚約破棄されました

高い天井に、水晶のシャンデリアがいくつも煌めき光の粒をホールに振らせ続ける。色とりどりのドレスや礼装を身にまとった貴人たちが蝶のように軽やかに舞い踊る。

耳に届く円舞曲(ワルツ)の旋律は、流れるように柔らかく心地よい。


そんな優雅で煌びやかなパーティーは、突如として現れた王太子のひとことで終わりを告げた。


「聖女シモーナ___貴様との婚約を破棄する!」

「・・・え?」


***


数ヶ月後。


乱暴に開け放たれた、蝶番の外れてもはやぶら下がっているだけの扉の前で、王太子___アーロンは沈痛そうに紺碧の瞳を歪めてため息をついた。


「やー、殿下。おつかれー。不機嫌そうだけど、寝不足?」

「はぁー・・・・・・お前なぁ。」


王都の外れにある、古ぼけた小さな孤児院。

ひび割れや雨漏りの跡のある外観とは裏腹に、豪奢な絨毯や高価な装飾品の置かれた院長室。その中でもひと際目立つ鮮やかな深緑色の長椅子に悠々と腰を下ろしている銀髪の青年の様子に、アーロンは眉をひそめた。


「昔はこんなんじゃなかったのに・・・」

「えー!なんだよそれ。せっかく頑張ってやったのによー。」


ひっでー、と青年が自身の長い銀糸の髪をくるくると弄ぶと、アーロンは深いため息を吐いて青年の隣に腰掛けた。


「・・・なんで?」

「もう少しそっちに詰めてくれ、シモーヌ。狭い。」

「え?ああ・・・うん?」


シモーヌと呼ばれた青年は、これが普通なのだろうかと自問して___自信なさげに首を捻った。


***

およそ半年前。


「婚約を破棄してほしい。」

「え?」


よく晴れた、春のある日。

庭園のよく見える王城の一室。


王太子の執務室に聖女___シモーナがやって来るなり、王太子___アーロンはそう告げた。

シモーナはあまりの突然のことに困惑して、たっぷり数秒固まった。


「シモーナ?」

「はっ・・・失礼しました。

ですがアーロン様。此度のわたくし達の婚約は両陛下と教皇聖下による取り決めで、当人同士ではどうにもならないかと思いますが・・・」


シモーナが不安げの頬に手を当てて小首を傾げると、アーロンは腕を組んで深く頷いた。


「ああ、そうだな。」

「ですから、聖女であるわたくしと王太子であるアーロン様の婚約は___」

「だが、それはお前が本当に『聖女』だったらの話だろう。」


アーロンはそう言い放つと、ズカズカとシモーナに近付いて肩を掴んだ。そして顔をシモーナの頬に寄せて、そっと耳打ちした。


「お前、___だろ。」

「な___!?なんで、そのことを・・・っ!」


はっとして口を押さえたが、口から出た言葉は戻せない。

シモーナは翠玉のような瞳に涙を湛えながら口元を押さえて立ち尽くすことしかできなかった。


男だとバレたことが神殿長に知られたりしたら___!


底冷えするような悪寒に襲われて、ひゅっと喉が鳴った。

これから自分はどうなる?家族は?どうしたらいい。どうしたら・・・


「シモーナ!落ち着け!大丈夫だから!」


不意にアーロンに引き寄せられ、シモーナの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

何が大丈夫なのか。何も知らないくせに。

シモーナは文句のひとつでも言ってやろうと口を動かした。が、言葉は喉の奥に引っかかって声にならなかった。


「・・・失礼。」


その様子に気づいたアーロンは少し考え込むと、シモーナを抱えあげた。


「!?〜〜〜!!!!!」

「危ないぞ。」


声にならない声で叫びながらシモーナがブンブンと腕を振り回して抵抗しようとするも、アーロンは全く意に介さなかった。それどころか、幼子でもあやすかのようにシモーナの肩をポンポンと軽く叩いてくる始末だった。

抵抗を諦めてすっかり大人しくなったシモーナを執務机の前にある黒く光る革張りのソファに座らせると、アーロンはその脇に膝をついて1枚の羊皮紙を取り出した。


「これを見てくれ、シモーナ。」

「・・・?・・・・・・これ、は・・・」


シモーナは差し出された羊皮紙に目を走らせ、にやりと聖女らしからぬ笑みを浮かべてアーロンの深海のような瞳を見つめた。


「これはつまり・・・そういうこと、ですよね?」

「そういうことだ。協力してくれるな?聖女どの。」

「もちろんですよ、王太子殿下。」


シモーナとアーロンは固く握手を交わして頷きあった。

そして楽しげな様子で、一番星の灯るまで『作戦』について話し込んでいた。


***


それから数週間後。

王家主催の建国記念パーティにて。


貴族たちの挨拶を貼り付けた笑顔でやり過ごしながらアーロンは周囲に視線を走らせた。そして少し離れた壁際で神殿長と話しているシモーナ見つけると、軽く目配せをして合図を送った。

それに気づいたシモーナは、そそくさと話を切り上げてホールの中心へと移動した。

それに合わせてアーロンも中央へ向かっていく。


断罪劇は目立ってこそ、意味があるのだ。


そして2人が向かい合うと、アーロンは眉を吊り上げ怖い顔を作ってお決まりのセリフを吐いた。


「聖女シモーナ!貴様との婚約を破棄する!!!」


それを聞いた周囲の人々がザワザワと騒ぎ始め、会場にいる全員の注目が2人に集まった。


第1段階は成功だ。次は___


「そ、そんなことできるわけがないでしょう!?わたくしとアーロン様の婚約は国が決めたものなのですから!」


神殿長が慌てた様子でこちらに向かって来るのを確認して、シモーナはこれまたお決まりのセリフを口にした。

緊張で声が裏返ってしまったが、これはこれでアリなのではなかろうか。

シモーナが内心言い訳をしながらアーロンを見つめると、王太子はにやっと口の端を意地悪そうに吊り上げた。


「そうだな。だが、これを見てもまだそんなことが言えるのか!?」

「そ、それはー!?」


アーロンがすかさず取り出した1枚の羊皮紙をシモーナに掲げ見せると、シモーナは合いの手でも入れるかのように叫んだ。


「神殿の汚職の証拠だ!」

「ああー、そんな。わたくし、知りませんでしたー!恥ずかしいですわー!」


ふらりとシモーナがその場に座り込むと、神殿長の青い顔がアーロンの目の前に現れた。


「ででで、殿下。これには訳が・・・」

「連れて行け。」


神殿長はもごもごと立派な髭を動かして言い訳をしようとしたが、アーロンは眉一つ動かさずに近衛兵に連行を命じた。


「違うのです、殿下___!」


ずるずると引きずられるように連れていかれる神殿長の叫びが周囲にこだました。

そして重厚な扉がしまると、会場はしんと静まり返った。


「・・・さて。聖女シモーナ。お前も一緒に来てもらおうか。」

「・・・はい、殿下。」


手を差し伸べてシモーナを立たせると、アーロンはエスコートでもするかのように手を繋いで会場を出ていった。


これが、人々が聖女の姿を見た最後だった。


***


その後、社交界には様々な噂が咲き乱れた。


「聖女は秘密裏に処刑された」


だの、


「聖女は国外に追放された」

だの、


「聖女は地下牢に幽閉されている」


だの。

果てには、「聖女が娼館にいるのを見た」だの「聖女がスラムで身をやつしているのを見た」だのといった真偽不明の目撃情報まで飛び出す始末だった。


本当にそうならば、大ニュースである。


堕ちた聖女を1目見ようとゴシップ好きの貴族連中が押し寄せ、彼女は見世物にされたことだろう。


だが、そんなことは()()()()()


アーロンは隣でしかめ面をしている元聖女の横顔をぼんやりと眺めた。


「・・・なんですか殿下。俺の顔になんか付いてます?」

「いや、ただ・・・すっかり粗野者になったなと。優雅で繊細な『聖女どの』からは想像もできないほどに・・・」

「残念ながらこれが素なもんで。やー、それにしても、上手くいって良かったですよねー。」

「ああ・・・そうだな・・・」


アーロンが寂しげにシモーヌの銀髪を見つめると、シモーヌは心底嫌そうな表情で舌を出した。


「まさか殿下・・・『シモーナ』みたいなのがタイプだったんですか?」

「・・・まあ、正直・・・」


アーロンの返答にシモーヌは「趣味悪」と軽口を叩いて肩を竦めた。

アーロンはそんなシモーヌの様子にふっと頬を緩ませて目を伏せた。


「『シモーナ』が趣味悪いのなら、それを演じていた君も趣味が悪いんじゃないのか?」

「はいはい。」


くるりと手を回して飄々と受け流すシモーヌの態度に、アーロンは少しだけむっとした。そしてはたと何かを思い出したような表情をすると、気まずそうに目を伏せた。


「そういえば・・・君は家族と共に行かなくて良かったのか?」

「どうしたんですか急に。」


シモーヌはアーロンの問いかけに首を傾げると、うーんと唸った。


「まあ、確かに俺は早くに両親を亡くして、遺された弟妹たちのためにあんなことしてた訳ですけども・・・別にアイツらももうべったり甘えるような歳でもないですし、大丈夫でしょう。

それに、殿下といた方が退屈しないんで。」


シモーヌは金払いも良いですしねー、と揶揄うようにけらけらと笑った。

アーロンは予想だにしなかった返答に、しばらくぽかんとしていたが、やがて堪えきれない様子で吹き出した。


「あっはは、そうか。わたしも君がいてくれて良かったと思っているよ。」

「なっ・・・・・・っつーか!横領の件!さっさと戻って院長しばかなくて良いんですか!」

「ははは。そうだな。」


言い返されるとは思ってもみなかったシモーヌが誤魔化すように問い質してくるのを見て、アーロンはまた笑った。そしてひとしきり笑うと、すっと立ち上がって手を差し出した。


「今回も助かった。また協力してくれるな?『聖女どの』。」

「・・・はぁー。もちろんですよ、『王太子殿下』。」


シモーヌがにやっと笑って手を取ると、アーロンは心底楽しそうに笑った。


嘘ばかり、綺麗事と世辞ばかり並べられた世界で、ただ1人まっすぐに相対してくれた。

男だろうが女だろうが関係ない。わたしが真の意味で信頼できるのは君だけなんだ。


・・・君がいてくれて、本当に良かった。


アーロンは心の中でそう呟くと、あの日のように扉を抜けた。

【5/30追記】

いいね&ブクマありがとうございます

励みになります


シモーヌの方がアーロンより身長高いです

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