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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こちら転移者管理室です。

作者: さくや

「もー何なんあいつら!!!」


ダンッ!とジョッキをテーブルに叩きつけながら、目の下にクマを作った室長補佐が叫ぶ。

同時に俺らは動き出す。


彼にお代わりのエールとプレッツェルを差し出す者。

空になったジョッキを店員に渡しつつ、次のオーダーを注文する者。

個室の備品に強化魔法を施す者。


「リンダちゃん、エールを全員分お願いー。あとワインも持ってきてくれる?」

「あ、クアトロフォルマッジ、ブルーチーズ多めで!」

「えーとハタハタと……え、トマトあるんすか?じゃあ冷やしトマトも!」


お代わりを一気に飲み干した室長補佐は止まるところを知らない。


「ここは空想の世界でも夢の中でもねえっつーの!

なーにが聖女だ!導かれし漆黒の賢者だ!国中の女を快楽責めで堕としまくるとか、おもしれー女枠からの溺愛だの、チートスキルで無双に、逆ハーエンドからの隠れキャラ解放だよ!!

どいつもこいつも毎回毎回飽きもせずに似たようなことばっかり主張しやがって!

空が飛びたい?勝手に飛んでそのまま帰ってくんな!俺はお前のつがいじゃねえ!てめーのソレは紛い物だろーが!」


そう叫ぶ彼を俺らは食欲へと誘導する。


「かぼちゃの煮物とお浸しです」

「クアトロフォルマッジ来ましたー!蜂蜜倍量ですよ。さっすがリンダちゃん分かってますねえ、はい室長補佐。お好きなだけかけて下さいね」

「室長補佐のお好きな冷やしトマトっすよ!こんな真冬に完熟のトマト!さすが食に命懸けてる日本!……あ……」


すーずーきー!!!余計な燃料投下してんじゃねえよ。

日本と言う単語に反応し、更に目付きが悪くなる室長補佐を横目に俺らは肩をすくめた。


◇◆


建国千年を超える歴史を持つルーセンス王国。とある現象が通例化して百余年。

"異世界転移"だ。

始まりの一人は男性。今では毎年数名がやって来る。多い年は十名程。そのほとんどが日本人。類は友を呼ぶらしい。


やって来る順番と彼らの生きる時代に関連性はない。最年少は十六歳、最高齢は八十歳。赤子や子供、妊婦はいない。

彼らは着の身着のままでやって来る。所持品は無し。ベルトや髪留め、アクセサリーに帽子や財布、スマホもおやつも家の鍵もない。眼鏡もコンタクトもインプラントもない。


言葉は通じるが大抵の場合、興奮状態にある為に感知され次第、鎮静魔法で眠らされ、そのまま王都へ転送される。

そしてこの国で自立出来るよう一般教養とスキルを学び、習得出来次第、準国民として権利と義務が与えられる。


大抵は早い段階で現状把握してくれる。世界が違うだけで、ルールも義務も法もあることを理解してくれる。ありがてえ。

もちろん理解に乏しい人もいる。まあこれは転移者に限定するものではないよね。どの世界にも一定数いる。

ただ、転移者のソレはかなり厄介なのよ。


何故ならこの世界ではあっちの世界以上に、転移者個人の意志つーか思い込みつーか想像力の強さが実力となるから。


転移者のほぼ全員が豊富な魔力を持つ。

何だろね。異世界に転移したって事実が常識と言う無意識のストッパーを外すのか、異世界転移すると魔力を持つって刷り込みつーか思い込みがあるのか。


問題は、魔力は感情によって大きく影響されるってこと。魔力って怒りや恐怖によって暴発つーかコントロールを失いやすいんよ。

暴漢に襲われてパニックになり、森ごと灰にした事例もある。


アンガーコントロールって知ってる?そっちの世界でも有益よ?

大抵のやらかしってのは怒りに我を忘れた結果だからね。


そんなこんながあった結果、現在では魔力の暴発を防ぐ為に結界が張られている。簡単に言うと、ある魔道具を装着していないと、常時魔力が吸収されるやつ。

この結界の動力は吸収された魔力。余った魔力はインフラに活用される。

なんて素敵なSDGs。


え?搾取なんて失礼な。吸収する量も人道的に計算されてるわ。


そもそもいつ何時ブチ切れるか分からない上に暴発されたら多大な害を被るのはこっちよ?

感情のコントロールを学ばせるのも大切だけど、それ以前に予防と対策は必須よ。

当の本人が地雷みたいなもんだからね。事前に起爆装置を外しとくのは当たり前でしょ。


勿論タダって訳じゃない。魔力を提供してもらう代わりに、安全保障と自立支援はそりゃもう手厚くサポートしますよ。

ここまでするのはウチの国くらいよ。いやいやほんとに。酷いとこは従属の首輪付けて人の形した発電機扱いよ?


転移者に寄り添うのが転移者管理室の仕事。

さっき荒ぶってたのは室長補佐。

彼を鎮めようと必死になってたのが、俺ら職員。


◆◇


「おつかれー。送り届けありがとねー」

「ああ。これ家令さんから戴いてきた」

「お!二十年古酒の泡盛!来週の定例会で開けるとするか」


二時間ほどいきつけの店で飲み、その後管理室の会議室で二次会。途中で室長補佐を送ってった田中さんが戻って来たので、とっておきの芋焼酎を差し出す。

顔を綻ばせ、礼を言うと田中さんは旨そうに飲み出した。


「室長補佐、大丈夫そう?」

「ああ、存外スッキリした顔してたぞ」

「あらま。そりゃありがたいね」


室長補佐が着任されたのは室長が療養に入って三日目。来月で四ヶ月目。

トップがコロコロ変わると俺らの仕事も増える。このまま長く勤めてもらえるのが一番だ。


「で、十二番はどうなった?」


十二番ってのは今年十二番目の転移者。そう、今年は既に十人以上も転移者がいるんよ。

田中さんが尋ねると岡本さんが即答した。


「本日付で聖女候補として訓練施設に収容されました」

「あー」


勇者・聖女候補と認定される彼らには際立つ特徴がある。

他の転移者とは比べものにならないくらい、魔力量がバカみたいに多い。そして話が通じない。


元々思い込みが激しい気質に異世界転移なんてしちゃったものだから、全能感が漲るのだろうね。それらがまるっと魔力量に反映されるわけだ。

いい方向へ突出してくれる分にはありがたいのだけど、如何せん自己顕示欲が強いのよ。

期待通りの反応が返って来ないと不満を持ち、それが限界に達すると闇堕ちする者が出て来る。


過去には王家の簒奪つーか滅亡つーか世界を掌握しようと画策した勇者がいたらしい。


まあ、そんな気質を持つ人間が存在するのも自然なことだけどさ、マイルールと魔力量で我を押し通されると社会が成り立たないわけで。

そんな彼らを勇者・聖女候補と呼び、訓練施設という名の矯正施設に収容するのが五十年前から始まった施策だ。


ちなみに収容期間中の教育の理解度によって矯正施設を出たあとの将来が決まる。


一つ。一定の制約はあれど自発的に生活する権利が与えられる。職は提示された中からの選択。居住地、婚姻は本人の自由。

二つ。適正に合った職を与えられ、共同生活援助を受ける。婚姻は不可。

三つ。隔離施設に終身収容される。


三つ目がえげつないって?

最大限の譲歩も福祉的共助も公助も前段階にあるのよ。けど、当の本人に改善する意思がなければどうしようもないでしょ。


どこの世界でも生きていくには対価が必要なわけ。

けれど、いくら魔力を対価にしたところで、野放しに出来るほどの信用はないのよ。

既にやらかしたから勇者・聖女候補として訓練施設に収容だからね。


「岡本さん、十二番さんって何したんすか?」


鈴木がアタリメをつまみに日本酒を呑みつつ岡本さんに尋ねる。

そっか、鈴木は昨日休みだったもんな。

手を伸ばすとホタテのヒモまで差し出された。

鈴木の目利きに間違いはない。さすが漁協組合長の三男坊。


「室長補佐に向けて魅了を発動しました」

「えっ?昨日って最終面接でしたよね?その場で?大丈夫だったんすか?」

「パッシブで解除なさってました」

「ほら、あの人二世だから魔法抵抗高いのよ」

「すごかったぞ。あっという間に制圧したからな。惚れ惚れしたな」

「うわー見たかったなあ。それにしても魅了っすか。魔眼ですか?」

「驚くなかれ。フェロモンだ」

「うへえ臭そう!!あーそれでつがい否定宣言。室長補佐も災難でしたねー」


室長補佐、順位は低いけど王位継承権持ってるのよね。そして顔がいい。頭が良い。スタイルもいい。性格もいい。言葉通り、独身貴族を謳歌中。

筆頭宰相補佐官だった彼がウチに来たのはその能力故。祖母が転移者で、上手いこと引き継がれたらしく魔力量も魔力抵抗も高い。

何世代か前にも転移者の血が入っているらしいから、彼を二世と呼ぶのが正しいかは知らん。

恋愛にも結婚にも引く手数多なんだけど、特定のお相手はいないんだよね。

貴族令嬢だけでなく、女性転移者にも市井の女性にも大人気。


十二番ちゃんもその一人ってわけね。それにしても魅了持ち。しかも王侯貴族相手に発動とか。久方ぶりの猛者登場だわ。やー、モテる男は辛いねえ。


「で、十二番ちゃんは何て言ってた?」


思い出したのか、岡本さんがいやーな顔してる。ウチに来て二年。ようやく表情が豊かになったよな。


「室長補佐は運命の人で、鉄仮面……私のことです……は、二人の仲を引き裂く邪魔者とのことです。癒しの力で室長補佐の目を覚ましてあげるとのことでした」

「ぶはっ」

「あー……岡本さん、本当にお疲れ様です」


ふむ、十二番ちゃんは聖女タイプね。


まあ岡本さんはクールビューティだもんね。室長補佐と並ぶと絵になるのよね。完全なる八つ当たりなのが不憫だけど。


「十二番さんも他の聖女候補を見ればあっさり目覚めるんじゃないっすか」

「ライバル登場で修羅になったりして」

「フラグやめてー」


鈴木がカンカイを取り出し、食べ始める。うわ、くっせー。


「おい鈴木、カンカイ食べる時は全員に渡せよ」

「あっすみません。どうぞ」


カンカイ、旨いけど匂いがキツイんだよね。食べちゃえば分からなくなるけど。うん、旨い。クセになるんだよなー。

みんなでひたすら毟っては食べ、毟っては食べ。気がつけばいい時間だ。


「鈴木、門限大丈夫?また締め出されるんじゃない?」

「え?うわっ、もうこんな時間すか!やべえ、次は正座でお説教三時間コースって言われてた!」

「片付けはいいから早く帰れ。寮母さんにちゃんと謝るんだぞ」

「あーすみません。じゃあ、みなさんお先に失礼します!」

「鈴木さん、お疲れ様でした」

「おやすみー」


慌ただしく廊下を走る足音が小さくなる。食器を洗い、酒瓶やゴミをまとめ、窓を開けて換気する。各々が動き、十分後には電気を消して執務室を後にする。


「じゃあ二人もお疲れー」

「お疲れ様でした。おやすみなさい」

「ああ、お疲れ。岡本さん、途中まで送るわ」

「あ、ありがとうございます」


うーん、今日もいい酒が飲めた。

十二番ちゃんも、腐らずに抜け出せるといいんだけどねー。

こればかりは幸運を祈るしかないわ。


◆◇

 

室長の療養期間が一年を超え、室長補佐から補佐が取れた頃。同時転移が感知された。


そうそう、十二番ちゃんは他の聖女候補とエグいバトルかまして、残念ながら終身収容された。

フラグ立てた(と気にしてる)田中さんをみんなで必死に慰めたんだっけ。

まーあれは仕方ない。本人の気質だ。

だってまさか傷害の前科持ちだなんて気付かないわよ。今後は転移感知時に賞罰の有無も走査すべきなのこれ?


あーでも魅了スキルは勿体なかったな。完璧にコントロール可能なら間者の取り調べとか候補者管理に活用したかった。

宰相さんも報告をあげたら残念そうな顔してた。分かるよ。逸材だったもんな。


話戻して。同時転移は七十年前に一度きりだ。その時は女性一人に男性二人の幼馴染同士だったらしい。

三角関係のもつれですったもんだした挙句に女性がこっちの男を一ダース程食い散らかして大揉めに揉めたって報告書を思い出した。

今回は清く正しい真面目な仲良しさんだといいなあ。


「お疲れ様です」

「おつかれー。で、どんな感じ?」

「女性二人です。一時間前に目覚め、希望したため軽食を提供しました。今は第二会議室で説明待ちです。三番担当は橋本さん、四番は吉野さんです」

「ありがとね」


渡された書類に目を通す。転移感知時の走査では二人共健康に問題なし。栄養状態も良好。

担当者との初対面時は若干の緊張状態だが取り乱してはいない、か。いいねいいね。

ん?


「三番は現時点で魔力感知無し?」

「はい、橋本さんからも睡眠時の接触に魔力が感知できなかったとのことです」

「へえ。要観察だな。ありがとー。んじゃお仕事してきますかね」

「いってらっしゃいませ」


いよいよ三番&四番とご対面!


◆◇


「お疲れ様です」

「疲れた……おじさんほんとくたびれた……もう帰っていい?」

「報告書さえ提出して下さればいつでもどうぞとのことです」

「わーん室長いけずう!」


げっそりしながら自分の席に座ると、鈴木がお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。


「お!よもぎ団子!鈴木ありがとう!」

「買ってきてくれたのは田中さんっす」

「そっかー。ん、上手い!鈴木はお茶を淹れる名人だよな。上手いお茶をありがとな」

「どういたしましてー」


田中さんは夜勤明けか。あとでお礼を言おう。渋めのお茶によもぎ団子がたまらん。カーッ!生きてて良かった。


「で、どうでした?」

「女子高生ってあんなにパワフルなのな。おじさん知らなかったよ……」


もうね。喋り出したら止まんねーの。立て板に水って言葉考えた人ほんと尊敬だわ。


「折角の異世界転移なのにバイトの面接みたいでヤダって褒め言葉もらったよ」

「あーこちらの意図通りに反応して貰えるのはありがたいっすね」

「だーねー」


各地から転送され、一時的に寝かされる部屋は保健室や救護室を模している。

病院の診察室風にしたら、それはそれで取り乱す人が結構いたらしい。なので白衣もナース服も聴診器も無し。


俺らとの初面談に使う会議室も、長テーブルにパイプ椅子。俺ら全員スーツ着用。


「戻りましたあ」

「橋本さんお疲れ様です」

「おーお帰りなさい」

「室長補佐も大変お疲れ様でした」

「いやほんと疲れました……」


橋本さんがくすくす笑う。

橋本さんはふくよかでいつもニコニコしている女性。こう言う優しいお母さんが欲しかったよ。うん。橋本さん歳下だけど。

あーそうそう。俺、室長補佐の肩書きを押し付けられました。あみだくじで。


「はい、どうぞ。よもぎ団子は田中さんからの差し入れっす」

「ああ春ねえ。お茶もありがとうね」

「お代わりもありますんで!」


暫しお茶タイムを堪能してから橋本さんが報告を始めた。


「同室を希望したのでツインルームに案内しました」

「あーやっぱりまだ緊張してましたか」

「ええ。それでも高校二年生にしてはしっかりしてますよ。健気過ぎて見てるこっちが泣きそうです」

「泣かないでください」

「年取ると涙もろくて」

「橋本さんが年なら俺はどうなるんですか」

「うふふ」


三番ちゃんが立て板に水の子ね。四番ちゃん曰く通常運行だそうだ。

えらい喋りまくるコだけど、ものすごい気を遣う子だ。

彼女のおかげで四番ちゃんも結構リラックスしていてツッコミが冴えまくってた。仲が良くて何よりだ。


「そうそう、異世界らしい宿屋に泊まりたいと室長補佐に伝えて欲しいとのことでしたよ。漫画肉も食べたいそうです」

「マンモス肉の方でいいのかな」

「ジェネレーションギャップで落ち込みたいなら」

「マンモス肉って何すか?」

「うわー追い討ちかけないでー」


転移者に与えられる個室はビジネスホテル風。提供される食事は日替わり定食。ラーメンもスイーツもツナマヨおにぎりも選べる。味もそこまで変わらないはず。

異世界に来ても食に貪欲な日本人の執念はすごいのだ。

カップ麺はまだ完成されてない。某食品会社の開発担当者とか来てくれないかな。


「それで魔力の発現はまだっぽい感じですかね」

「そうですねえ。本人も不満そうでしたよ」

「わはは、目に浮かぶわ。

じゃ、ケア含めて宜しく頼みます」

「はい。承知しました」


保健室にバイトの面接、そしてビジネスホテルの客室と日本が誇る食事。接するスタッフはみんなスーツ姿。

おかげで初めての異世界でも毒気抜かれて大人しくなってくれるのよね。余計な興奮材料はいらん。


転移して三日間が最大の山場だ。

次は一週間。そして一ヶ月。


壊さないように、壊れないように。

出来るだけ寄り添って、見守って。


百年経つけどまだ戻れた者はいないから。


だから、どうか。

出来るだけ健やかに根付いて欲しい。


それが先輩転移者の望みだ。


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